【サレア】我が家の犬
サレアさん視点です。
娘のフィーナが子犬を拾ってきました。
今は、フィーナが私の夫ラッツと飼う飼わないの言い争いをしています。
ラッツはあまり飼いたく無さそうです。
それはそうでしょう。
その子犬は真っ黒な毛並みなのです。
黒は不吉な色とされ、市場などでも黒い家畜などはそれだけで価格が安くなると聞いています。
ましてや、我が家は農家なので、必要でもない犬を、しかも黒い毛並みの犬を飼いたくない夫の気持ちは理解できます。
ですが……フィーナがこんなに一生懸命になっているのです。
フィーナの弟が死んでしまってから、こんなに感情を露わにしているフィーナを初めてみました。
きっとこの子犬は、フィーナに良い変化をもたらしてくれるに違いない。
私はなんとなく、そう思ったのです。
「サレア、お前からも言ってやってくれ。言うことを聞かんのだ。」
だから私は、夫から助け舟を求められた時、微笑んでこう返したのです。
「あら、別にいいんじゃないの?」
その子犬は私の提案でアルスと名付けられました。
アルス。精霊フィーナ様を助ける守護獣の名前です。
フィーナに誕生日の守護精霊の名前をつけたのはラッツの提案でした。
古臭い風習だと最近では思われるようになってきていますが、私は子供の幸せを願う素敵な風習だと思います。
フィーナは精霊の逸話のように心優しい子に育ってくれました。
アルスも、フィーナを悪い精霊から守る頼もしい守護者になってくれたら……と思います。
今、フィーナの膝の上でフィーナの右手にじゃれている様子は守護者とは程遠いですけれども。
アルスが少し変な犬であることはすぐにわかりました。
フィーナの水汲みが終わり、一緒に市場に出す籠を編んでいた時のこと。
暫くフィーナの手作業を見ていたアルスは、退屈したのか、部屋をウロウロし始め、やがて外へと出ていこうとしました。
そこにフィーナが「遠くに行っちゃ駄目だよー?」と声をかけたのです。
犬相手にそんな言い方では躾けられない、とフィーナに注意しようとすると、アルスが少し振り返って「キャン!」と返事をしたのです。
そしてフィーナの言いつけ通りに家から離れず、夕方まであちこち匂いを嗅いでいました。
偶然かもしれませんが、フィーナの言っていることを理解しているように見えました。
生まれて間もないように見える子犬が、です。
フィーナを母親のように慕っているのは拾われた経緯から察せられるのですが、ここまで通じあえるものでしょうか?
ただ、そんな小さな疑問はその翌朝に吹き飛んでしまうことになります。
「ひゃっ!?」
私達より先に起きたフィーナが居間で声を上げたので、急いで居間を覗くと、そこには山と積まれたネズミの死体がありました。
その横でアルスが得意げに笑っています。犬の笑顔を初めてみました。
その笑顔は私達が驚きで立ち竦んでいる間に、こちらを伺うような不安そうに眉を寄せた顔になりました。
アルスが何を考えているのか、その分かり易い表情に思わず笑ってしまいました。
歓声を上げてアルスを持ち上げてぐるぐると回りだしたフィーナの横で、私とラッツはネズミを検分しました。
ネズミは16匹。頭や腹を潰されたり、噛み殺されているようです。
人間がやったにしては小さな傷で、アルスがやったのではないか、と結論づけました。
これは大変なことです。
ネズミの被害はとても深刻で、収穫する前の農作物から、保存してあるものまで、常に狙われ噛じられて、収穫の3割近くをネズミに食べられることも珍しくありません。
もちろん、対策は無いかと色々と聞いてみるのですが、猫を飼ったところで多少マシな程度、猫の個体によってはまったくネズミを獲らないこともあるらしく、解決策にはならないと聞きます。
街では便利な道具もあるようですが、そういったものは大抵高価で個人で買えるようなものではありません。
ネズミが増えすぎた時は、農家が総出で村中のネズミを退治して回りますが、一時的に数が減るだけですぐにまた出るようになってしまいます。
そんな対応しきれないネズミに食べ物だけではなく、家の柱やお金を稼ぐ為の籠まで噛じられ、私達はネズミに殺されるのではないか、と思ったことは1度や2度ではありません。
そこに1晩で10匹以上もネズミを獲ってくれたアルスは、冗談ではなく我が家の救世主かもしれません。
「ふふっフィーナ、あなたのお供は凄いわね」
「でしょう?」
まだはしゃいでいるフィーナに私が笑いかけると、フィーナは花のような笑顔で振り向き、得意げに言いました。
そんなフィーナを見て、ラッツも頬を緩めています。
フィーナを笑顔にしてくれてありがとうね、アルス。
これからもよろしくね。