67.知らないの?
アッセンの村長邸はどこかで見た建物だった。以前潜入した時に見たのかもしれん。
ラオルに案内されて、家の中に入ると、なかなか立派なものだった。こっちの世界に来て、こんな普通の家に入ったのは初めてかもしれん。床があって、椅子とテーブルがあって、テーブルの上には水差しとランプ。ランプの灯りで部屋がオレンジに揺らめいていた。
そして部屋の中には男が2人立ったままミリルフィアを待っていた。なんか俺とエスタを見て超驚いてるような気がする。体が強張っていて、恐怖の匂いがする。ミリルフィアという偉い人の前だからか声を上げたりしなかったが……
「……ミリルフィア様、ようこそいらっしゃいました。私はアッセン村の村長をしておりますケムラと申します」
テーブルの前に立ってにこやかに手を広げた壮年のひょろっとした男がアッセンの村長のようだ。……あれ? アッセンに潜入した時に俺をハメた人か? いや声が違う気がするから別人か?
村長さんの挨拶が終わると、鎧下を着たマッチョでヒゲの大男が頭を下げた。
「ミリルフィア様、初めてお目にかかります。守備隊の隊長を勤めておりますウルクストと申します」
守備隊の隊長か、俺たちをチラチラと見てるのは、さっきどちらかの門にいて、俺たちが戦ってるところを見たのかねぇ。
「初めまして、ミリルフィアです。ケムラさん、ウルクストさん、宜しくお願いしますね」
ふわりと笑うとミリルフィアは確かに貴族っぽく優雅に見えるな。
「ミリルフィア様、いきなりの質問をお許し下さい。そちらの犬はミリルフィア様が飼っておいでなのですか?」
ウルクストが切羽詰まった固い表情のまま俺とエスタを見つめてきた。
「いえいえ、この子達はココ村の住人が飼っているんです。今はお話しを聞く為についてきて貰ったのです」
「話しを……?」
ウルクストが怪訝そうに首を傾げる。まあ、犬に話しを聞くとか言われたら、そうなるわな。
「まあまあ、まずは席について頂いてから話そうではありませんか?」
村長ケムラさんの発言に皆異論があるはずもなく、それぞれ椅子に腰を下ろした。
俺とエスタはミリルフィアの後ろに腰を下ろす。
「ミリルフィア様、まずはアッセンへ無事のご到着をお喜び申し上げます」
ケムラさんは柔和な態度で頭を下げた。話しを中断されたままのウルクストがなにか言いたげだったが、一応こっちも頭を下げた。
「ありがとうございます」
ミリルフィアも柔らかく笑いかけながら返事を返した。
「ミリルフィア様はこのままケッセルフまで帰られる、というご予定で間違いありませんか?」
「はい、アッセンで数日休ませて頂き、食料などを補給してから、ケッセルフに向けて出発しようと考えています」
「なるほど。それでしたら、ご報告しなければならない事がございます」
ケムラの表情がぐっと緊張した。ウルクストが引き継ぐように口を開いた。
「オーグラドにトムルグ丘陵を抜かれたのはご存知の事と思います」
「はい。声を聞かせて頂きましたわ」
「結果、アッセンの南までオーグラドの兵が跋扈するようになりました。守備隊で対応をしておりますが正直手が回っておりません。ケッセルフからの補給隊も度々襲われている状態です」
おいおい……ヤバいじゃないか。
「援軍の要請などは?」
「ケッセルフに伝令をやっておりますが、特に返事もない状態です。ここからが、先ほどのミリルフィア様のご予定に関係してくることなのです」
「はい、なんでしょう?」
「ケッセルフまでの街道は最早安全ではありません。急がれるのはご察ししますが、ケッセルフから援軍が来るまでアッセンでお待ち頂けませんか? ケッセルフまでの護衛を守備隊から出すこともできない状態なのです」
まあ、そんな事を言われる気がしてたんだ。足止めか。
ミリルフィアを足止めするのは心苦しいが、道中でオーグラドに襲われる可能性が高い、とウルクストが続けた。
「それでしたら、この子達が居るから大丈夫だと思いますよ。この子達の戦いっぷりをご覧になったのでしょう?」
「そう、その事なのです!」
さっきから話したかったことなのだろう、ウルクストが急に勢いづいた。
「その犬達には先ほどの戦いで助けられました。雷を放ち、敵兵を薙ぎ倒す様はまるで……守護精霊のようでした」
「守護精霊、とは良い例えですね。この黒い子の名前はアルス、この灰色の子の名前はエスタというんですよ」
「おお、それはなんとも粋な偶然ですな!」
ミリルフィアが俺の名前を告げるとウルクストが顔を綻ばせた。しかし、ミリルフィアのケッセルフ行きの話しをしてたんじゃないのか? 話しを遮って失礼なんじゃないの? まあ、ミリルフィアは気にした様子も無いので問題ないのかね。
「とにかく度肝の抜かれまして……オーグラド軍が祝福者のような能力を持つ犬を使うという噂は聞いておりましたので、それが言うことを聞かずに暴れだしたのか、とも考えたのですが、動きに冷静な意思を感じます。これはどういったものなのか、と混乱しておりましたが……」
『冷静な意思……?』
エスタがからかうように俺に声を飛ばしてきた。
「ッ!?」
ええい、冷静だったさ! と、俺が言い返す前に、ケムラが驚愕に目を見開いて立ち上がった。あ、声が聞こえるのかこの人。隣でエスタがしまった、と顔をしかめたが、いずれ話すんだろうし、いいんじゃない?
「どうしたのだ、ケムラ?」
飛ばした声が聞こえないらしいウルクストはきょとんとして、立ったままのケムラさんを見上げている。
「あ、あ、あの、犬が喋って……!」
ケムラは化物にでも出会ったかのように凄い怯えていた。雷放つとか話しは聞いてただろうに、ちょっと話しただけでそこまで怯えなくてもいいだろ。
あー、でも凄い怯えて上擦った声聞いたらわかったわ。この人、俺を倉庫まで誘導した人だ。あの狐女に殺すって言われてたけど、生きてたのね。蒸し返すと恨まれそうだから黙ってよ。狐女が喋る犬がどうこう声を飛ばしてた気がするが、この驚きっぷりからすと声が小さくて聞こえてなかったのかねぇ。
「私には何も聞こえなかったが……声を飛ばしたのか?」
「え、ええ、今確かに」
「ご興味があるようでしたから、先にこの子達をご紹介するべきでしたね」
会話の流れが滅茶苦茶になりそうなのをミリルフィアが仕切りなおした。ケムラとウルクストが話すのを止め、ミリルフィアの次の言葉を待った。
「アルスとエスタは不思議な力を使うと同時に、人の心を持っています。私達の話しも理解していますよ。エスタちゃん、失礼なお願いかもしれないけど、2回鳴いてくれないかしら」
「ワン、ワン!」
なるほど言うことを聞いた、とウルクストが頷いた。エスタに頼んだのは素直に言うこと聞いてくれそうだからかね……いや、別に拗ねてないし。
「こ、声も飛ばせるのですか?」
ケムラは腰を下ろしつつ、俺たちを見つめてきている。
「ええ、飛ばせますよ。彼らは声を飛ばす技を当たり前のように操ります」
『初めましてケムラさん、エスタと申します』
タイミング良く、エスタが挨拶をした。尻尾で突かれて促されたので、俺も挨拶する。
『俺はアルスだ』
俺たちの挨拶にコクコクとケムラが頷いた。。
「これは、ご丁寧に……驚きました。こんなに驚いたのは生まれて初めてです……ケッセルフにご報告に戻られるのはこのことなのですか?」
「その通りです。色々お話しをして現場の混乱を収めたいところですが、これは機密事項にあたると判断しております。あまり詳しい事はお話しできませんのでご了承ください」
「いえいえ、ミリルフィア様が制御下に置かれていると別れば、混乱もすぐに収まるでしょう」
制御下、という物扱いにちょっとカチンと来たが、俺が何か言う前にエスタが、俺の右手をぐっと踏みつけてきた。……別に暴れりゃしねぇよ。
「制御している、とは言い難いかもしれません」
「えっ!?」
ミリルフィアのまさかの言葉に、ケムラが若干取り乱す。肝が細いなこの人は。
「今はこの子達の好意で同席してもらっているだけです。私が命令することができませんよ」
「そ、それでは……!」
「あまり怖がるのも失礼ですよ。この子達は犬の体ですが、心は人間なのです。いきなり暴れだしたりはしませんし、むしろ普通の人間よりも理性的ですよ」
ミリルフィアのセリフの理性的の部分で、エスタが何か言いたそうに俺を見た。さっきからなんだコラ。
「は……失礼をしました」
ケムラは素直に俺たちに誤ってきた。ふむ、ミリルフィアじゃなくて俺たちに向かって誤ってくれたのはいいね。結構恐る恐るだけど。
『気にしないでください』
『あ、ありがとうございます』
エスタのフォローにも恐る恐る返事した。
「この犬達とオーグラドが使うという犬に関係はあるのですか?」
ウルクストが失礼、と断って話しを差し込んできた。
「そうですね、同じ一族のものです。オーグラドは故郷に帰る方法を報酬に犬達に言うことを聞かせているらしいです」
日本人を同じ一族と言われるとなんか違和感あるな。エスタもしっくりきてないのか、妙な表情をしている。
「故郷から連れだされて戦争に? なんと卑劣な……!」
あ、誤解されてる。そこまで間違ってないとは思うけど、いいのか? ミリルフィアを見ると肩をすくめられた。詳しく説明する気は無いようだ。
「お前たち、オーグラドの脅しに屈せず、よくぞ正しい道を選んでくれた! 私に協力できることがあれば遠慮なく言ってくれ!」
ウルクストが感激に顔を赤らめながら俺たちに話しかけてきた。
あぁ~、なんかウルクストの頭の中で勝手に話が出来上がっていく~……
エスタが苦笑いしながらも、ウルクストに向かって頷くのが見えた。
「現状のご説明はこれで十分でしょうか? ケッセルフ行きはこの子達が護衛してくれますので、問題ないとわかって頂けたかと思いますが」
会話が一段落したところで、ミリルフィアが切り上げたそうに発言した。
「申し訳ありません。あと、一つだけ宜しいでしょうか?」
だが、ウルクストはまだなにかあるようだ。
「はい、なんでしょうか?」
「先ほどの戦いで、オーグラド兵が妙な術を使っておりました。これも、犬達の力なのでしょうか?」
「妙な術?」
ミリルフィアが問いかけるように俺を見た。そんなもんあったか?
『祝福者ってのはいたけど、そいつのことか?』
『祝福者の技だったら妙な術とは言わないはずですけど……』
「どのような術だったか、もう少し詳しくご説明頂けないだろうか?」
俺たちが声を飛ばして話していると、ケムラが気を効かせてウルクストを促した。
「敵の兵士の中に詠唱も集中もなく、杖の先から矢尻を飛ばしてくるものがいました。見たことも無い術でしたので、そちらの方々の術なのではと思ったのです」
杖の先から矢尻……? あぁ!
『銃の事か?』
『銃? それはどんな能力なんですか?』
あれ? ミリルフィア、銃を知らない? 結構な数が量産されてたから、この世界に銃が普通にあるんだと思ってたんだが。
『火薬の力で鉄の弾を打ち出す道具だ。本当に知らない?』
『火薬? いいえ、聞いたことがありません……』
マジか。隣接してる国でこんなに技術の差があることってありえるのか……?
あ
まさか。
『アルスさん、もしかして……』
エスタも俺と同じ考えに至ったようだ。
『まあ、俺は図面引けと言われたら無理だけど、日本人の中にはできる奴もいるかもしれんよな』
『はい、火薬の作り方も……』
え、マジで? 日本人がオーグラドで地球の知識を教えてるのか? これ、とんでもない事なんじゃ……
『あの、アルス君? もうちょっと分かりやすく話して貰えないかな~?』
『この場で話してもいいが、多分機密事項って奴だぞ』
『……なるほど』
『簡単に言うと、銃は術や能力ではなくただの道具だ。誰にでも使える』
『わかりました、この場ではここまでで』
ミリルフィアが目配せすると、ケムラが心得ましたとばかりに頷いた。
「ウルクスト様、それは銃と呼ばれる道具で、誰にでも使えるものだそうですよ。おそらくオーグラドが作り上げた新たな武器かと」
「ふむ、なるほど。厄介なものを作ったものだな……」
俺たちは村長宅を出ると、ラオルに案内されて、ココ村の人たちが泊まる区画に向かった。
『ちゃんと説明してくださいね?』
『わかってる。もしかしたら、かなりの大事になるかもしれんからな』
『そ、そんなに?』
『とりあえず、キョーコに確認しながら話そう』
いつの間にか日が暮れていた。
俺たちは宵闇に包まれたアッセンの路地をフィーナ達の元へと急いだ。




