64.アッセン再び
近づいてみるとアッセンは暫く見ない内に村の境界にでっかい杭びっしりと打たれていて、門以外から出入りができなくなっていた。東西と北に門があるはずだが……ここからだと若干近い東の門に決めた。
犬の足だと一瞬で門が見えるところまで到着する。何十人もの兵士が門に押しかけ、入らせまいとする中の兵士と戦闘が発生していた。銃声が聞こえる。遠くから撃つんじゃなくて、剣や槍の間合いの外から突き付けて撃っているようだ。守備隊の方には銃が無いようで一方的に撃たれている。
はい、東門到着。
オーグラド兵の後ろから、走りながら陽炎で拾っておいた石を散弾のように投げ散らかす。悲鳴も無く何人かが倒れ、傷の浅かったものが、驚愕の悲鳴を上げた。
「アルスがこっちに来ているぞ!?」
呼び捨てにするの止めてくれない? 石を投げた後も走り続けていた俺は、声を上げた奴を電撃で焼き殺す。
「オオォォーーーーーーン!!」
攻撃だ。殺せ。殺せ。殺せ! 俺の後ろについてきてきた兄弟達が左右に散ってオーグラド兵に襲いかかった。噛み付き、電撃を食らわしてオーグラド兵をみるみる倒していく。手傷を負わされたせいで興奮しているのか、ピノン、パプル、ペペルが特に大暴れしていた。さっきは不意を撃たれたが、乱戦になったら銃も使いづらいだろう。兄弟達は大丈夫そうだな。
『エスタ、ここで見てて、俺たちの後ろに回り込もうとする奴がいたら足でもなんでも凍らせろ。殺さなくてもいい』
『いえ、大丈夫です。やれます』
おや? とエスタを見てみると、俺たちの熱気に当てられたのか、目を爛々と輝かせていた。
『わかった。無理はするなよ。キョーコ、お前は後ろで適当にしてろ』
『なによ、適当って!?』
お前が戦わないって言うから……面倒な奴。俺はなんか言ってるキョーコを放置して、オーグラド兵に跳びかかった。
陽炎で跳躍し、空中から3本の陽炎を振り回しながら放電する。俺の電撃を食らった兵士が身を震わせ悲鳴を上げながらバタバタと倒れた。ふむ、さっきも思ったけどよく効くことだな。おっと。俺に銃を向けようとした兵士に石を投げつけて黙らせた。危ない危ない。
兄弟達はオーグラド兵達を左右から挟み込むように攻撃を続けており、兵士はどんどん数を減らしている。オーグラド兵は混乱の極み。日本人の力を知っているのもあるんだろうが、犬に襲われている、という状況に物凄く動揺している上に、アッセンの守備隊からも押し返され、挟み撃ちを受けているんだ。混乱もするよな。
それから俺が味方を巻き込まないように3回ほど放電した頃、東門での戦闘は終了した。
今は化物を見る目でアッセン守備隊に見つめられ中。守備隊は満身創痍ながら油断なく盾を並べて警戒している。黒い犬が6匹も電撃放ちながら暴れてた訳だからねぇ。そりゃ怖いよね。まあ、説明は後から来る者に任せましょう。
『ミリルフィア! 戦闘になって、俺たちをアッセンの人たちに見られたから説明しといて!』
『はぁ!? ちょっとどういうことですか! 偵察だけって……!』
なんか言い続けてるけど急ぐので無視。
「オォーン!!」
さあ、次は西の門だ。
西の門は危ないところだった。正に守備隊が全滅し、村の中にオーグラド兵が雪崩れ込む寸前というところで、俺たちが側面から文字通り噛み付いた。
「オォオオォォーーーン!」
思いっきり不意をついた上に、犬がここにいる、と鳴き声で知らせてやると、オーグラド兵が目に見えて浮足立った。
「そんな! キムネル様はどうされた……ぎぃあぁ!!」
はいはい、喋ってる暇なんてないでしょーうおッ!?
轟音
俺たちが襲いかかっても混乱していない奴も居たようだ。
5人程の集団が、門の前の乱戦から離れ、銃撃を仕掛けてきた。くそ、陽炎で防御したけど、止めきれずに右肩に1発食らっちまった。オーグラド兵も近くにいるのによくやるよ。厄介そうだから殺しとこう。
「お前たちは下がれ!」
俺が向かってくると見ると、5人の真ん中にいる若い銀髪の兵士が叫びながら銃を捨て、抜刀した。
そして、銀髪の兵士は届きもしない距離で剣を振りかぶった。嫌な予感がするぞ!?
「裁きの鉄槌を!」
剣が振り下ろされると同時に1メートル程の円形に道が陥没した。嫌な予感がしたので右に跳んだのだが避けきれず左足が潰された。
掛け声以外に前触れがわからなかった。くそ、ゼークストの同類か! 奴とやってなかったら今ので死んでたかもしれん。あぶねぇ。
「テミリス様の鉄槌を避けた!?」
この銀髪、テミリスって名前か。俺は左足を治しつつ2メートルほど転移した。
案の定、一瞬前まで俺の頭があった場所を中心に地面が陥没した。この技はやばい。頭か体に食らったら終わる。
「ウオォーン!」
ピノンがこちらに来ようとしているのがちらっと見えたので、止めておく。人間が使う技は陽炎が見えない。兄弟達だと避けられないかもしれん。
殺気。転移する。さっきまで居た場所が陥没した。
くそ、転移って疲れるからやりたくないってのに、こいつの技は範囲が広くて使わざるを得ない! しかも、取り巻きが盾の陰でゴソゴソしてると思ったら、銃に弾込めてやがる。銃と鉄槌の波状攻撃やられたらまずい。とっとと終わらせないと。
力を振り絞ってテミリスの後ろやや上に転移する。さっきの隊長と同じく、これで終わり……
「今だ、撃てぇ!」
上に向けられていた4つの銃口が俺に向かって火を吹いた。熱い弾丸が3発俺の胴体にめり込む。俺は体の中を引っ掻き回されるような衝撃に意識を刈り取られそうになりながら地面を転がった。
「テミリス様、流石です。読み通りでしたな」
「油断するな! まだ死んでいない。止めを刺すぞ」
ぐ、読み通りだと……? 初見で俺の転移場所が、わかる、筈が無い……隊長と戦うところ、を、見られてたのか……?
「鉄槌を何回も使われて本日はもうお疲れでしょう? 私が止めを刺してまいります」
「よせ、近づくな。銃を使う方が良い。次弾を装填せよ」
「はっ!」
くそ、用心深いことだ……
さっきから回復能力を使い続けているが、ダメージがでか過ぎてなかなか直らねぇ……吹っ飛んだ足でも苦労なく繋がったってのに……
「弾込め終了しました」
「よし……」
取り巻き達の持つ銃が俺に狙いを定めた。
死ぬ、わけには……
『アルスさん! 大丈夫ですか!? アルスさんッ!』
倒れ伏している今の状態じゃ草が邪魔で姿は見えないが、エスタの声が不意に飛んできた。その声にテミリスが反応した。こいつ、飛ばした声が聞こえるのか!?
「くっ! 裁きの鉄槌よ!」
やめろ!
鈍い音。
『ぅ……』
短いエスタの声が飛んできて、それっきり。おい、おい、まさか。
『エスタ! 返事しろ、エスタ!』
……返事が無い、うそだろ!?
『すまないな、これも私の役目でね』
テミリスが俺に視線を戻し、ため息でもつくかのような調子で声を飛ばしてきた。
この野郎
エスタを
コロシヤガッタナ……!
辺りは灰色に染まる。周りの世界が俺の支配下に収まル。
満ちる殺意。
溢れる害意。
コロしてやるぞ。人間ッ!
「ひぐっ!?」
「はっ!? なっ!」
取り巻きの4人は俺の世界に竦み上がり、蹲るが、生意気にもテミリスは平然としていた。
「結界か。なんと深く汚らわしい……消し飛ばしてやる」
俺の世界に干渉を感じた。50センチほどの球形の力場に世界が切り取られ、俺に向かって落ちてくる。
ははぁ、これガ鉄槌か。
陽炎デ受け止め握りつぶしタ。
「そんな!?」
さっきよりも随分と小振りで軽いなぁ? 力が残ってないのか? ハハァ!
やっと治し終わった体で立ち上がり、すぐに獲物に跳びかかっタ。
「発動せよ守護の9番!」
テミリスは恐れの匂いを漂わせながラ、盾から魔法を使用しタ。陽炎が立ち上り、障壁を形成すル。
バカめ。
障壁を陽炎の触手で食いちぎる。障壁は散り散りになって掻き消えていった。乾いた体に僅かに力が漲ル。
「な……」
なかなか旨かったぞ。お前の味はどうかナァ。
牽制で振るわれた剣を陽炎で握りつぶし、テミリスを押し倒し、喉に食いついてやル。
「ぐっ、がッ!?」
「テ、テミリス様ッ!」
俺の結界で動けない取り巻きが、狼狽した声を上げタ。クク。お前の主人の血は旨いぞ。
『アル、ス、さ……』
不意にエスタの声が聞こえた。
生きている!
灰色の世界が消え去り、色が戻ってくる。
『無事か!?』
『ご、め……』
確認するのももどかしく、俺はエスタの声の元に跳んだ。
エスタは右手を肩から潰されていたが、生きていた。ああ、よかった……!
回復能力を使うとすぐに元通りになった。念の為に右手を舐め、異常が無いか全身を確認する。
『どこか痛いところはあるか?』
『いえ、もう、大丈夫です……』
だが、調子が悪そうだ。肌の色がわかる訳じゃないが、顔色が悪い、としか表現ができない沈み込んだ感じだ。
辺りを伺ってみると、兄弟の頑張りで、西の門に殺到していた兵士はほぼ全滅しており、戦闘が終わりかけていた。
そして、テミリスもいつの間にか消えていた。




