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6.名前の由来を教えてよ

 名前が決まり、フィーナと少しじゃれたら後は寝るだけだった。

 外が暗くなってすぐのことだ……太陽と共に寝起きするって奴だ。

「油が勿体ないから早くね」

「はーい」

 あ、電気が無いのはもうわかってたけど、蝋燭もないのか。

 薄暗くなった家の中を、平安貴族が使ってそうな照明器具を片手に女勢が暗い中ウロウロしてる。

 なにしてるんだろ、トイレか?

 おっと、フィーナがこっち来た。

「アルスはこっち」

 灯り片手に持ち上げられ、寝室に連れて行かれて見てみると、そこには見事な藁のベッドが!


 おー……シーツがかかってない、藁だけのベッドって初めて見たわー……ここで寝てるの? チクチクしない?

 同じ大きさの藁のベッドが3つ狭い部屋に詰め込まれていた。

 いや、ベッドが3つというより、3つで1つか? ピッタリとくっついてるし……

 失礼ながらあまりの貧乏くささに若干引いていると、フィーナはベッド以外の唯一の家具である木製の台に照明器具を置き、おっさんに一声かけて火を消した。

 おっさんとサレアさんはもう藁の中である。

 フィーナはどうやら二人に挟まれ、川の字で寝るようだが、俺はどこに……おお!?

 俺を抱えたままフィーナは藁に潜り込んでしまった。

 え、一緒に寝るの!? なんて不謹慎な! 男女七歳にして同衾せずという言葉があってだな!

「今日からここで寝るんだよ、怖くないからね」

 俺がビックリして震えたのを怯えてるとでも思ったのか、優しく励まされた。

 微妙に不埒なことを考えていました。申し訳ありません。

 仰向けになったフィーナの胸の上で抱きなおされた。

 俺の体はビローンと伸び切り、フィーナを向き合っているような状態である。

 これはえらいことですよ。

 日本だったら事案どころか、即逮捕ですよ。

 ここがどこかもわからん外国で、俺が犬で良かった。いや犬なのは良くないけど。

「よしよし」

 ゆっくりと背中を撫でられた。

 また不埒な事を考えていました。誠に申し訳ありません。

 フィーナの純真な心の眩しさに俺の穢れた心が悲鳴を上げている!

 ほら、俺ってどちらかというとナイスバディーなお姉さんが好みだし、邪な思いとかそんな……なんて誰に対してかわからない言い訳を悶々と考えていると、フィーナが寝息を立て始めた。

 寝つき良いなぁ、おい……


 ……


 フィーナの規則的な寝息を聞いていると、すーっと心が静かになっていった。

 フィーナと俺の体温が混ざり合って、体の境界が曖昧になってくる。

 フィーナの心臓の鼓動を聞いていると妙に安心する。

 俺は眠りに落ちた。




 起きてみたら日本の俺の部屋でした。

 なんて、ちょっとは期待してたんだけどね。

 どうも、犬のアルスです。


 フィーナ家の朝は早い。

 夜明けと共に起き出し、おっさんは薪割り、サレアさんとフィーナは飯の準備。

 飯を食べるとゆっくりする間もなく、おっさんはクワみたいな農作業道具を持って出ていき、サレアさんは奥に引っ込み、フィーナは大きめの桶を持ってどこかに出て……ちょっと待てぇい!

「キャンキャン!」

 ぱっと、フィーナの前に回り込む。

「わっ! アルス、一緒にくるの?」

 勿論ですとも! 俺、置いて行かれるの、嫌いなんすよ!

「キャン!」

「じゃあ……行こうか!」


 家の外は、想像以上の田舎だった。

 夜明けの朝もやの中、畑や木の間にポツポツと平屋で木造の家が建っていた。

 フィーナが今歩いている道は土がむき出しで、デコボコしている。雨が降ると大変なことになりそうだなぁ。

 幅は人がなんとかすれ違えるぐらい。

 道の外は雑草の背が高すぎてよくわからん。

 多分畑以外は草伸び放題なんだろう。


 ん? チラチラとフィーナが振り返って俺を見ているなぁ、なんだろう。

 あ、ちゃんとついて来てるかどうか確認してるのか。

「キャン!」

 大丈夫だぜ、キョロキョロ余所見してるけど、キチンとお供させて頂きます。

 と、いう思いを込めて鳴いてみた。

 フィーナはそれを聞いてただ笑っただけだったが、振り返る回数は減った。


 フィーナの目的地は川だった。

 川の近くにフィーナと同じ年頃の女の子が数人集まって何かしている。

 みんな桶持ってるから水汲みか?

「あ、フィーナおはよ!」

「おはよう~」

 背の高い赤毛の女の子がフィーナを見つけて挨拶してきた。

 んん? この声、もしや……

「あれ! その犬、もしかして昨日のやつ?」

 やっぱりか! 昨日は意識が朦朧としてたが、覚えてるぞ! バッチイから触るなとか言ってくれたうおおぉぉ!?

「死にかけてるように見えたけど、元気になったねぇ!」

「うん、ご飯食べたら凄く元気になったんだ……あの、リィザ、あんまり強く撫でると!」

「ああ、そうか、ゴメンゴメン! ウチの犬と同じにしちゃったよ!」 

 リィザの手から解放された。 

 撫でられるというより、捏ねられているようだった。

 パン生地にでもなった気分だぜ……ぐふ、頭がまだ揺れている。

「えー! フィーナ犬飼うの?」

「わー可愛い!」

 ぞろぞろと周りの女の子が俺を見に集まってきた。

 おぉ、この人数からじっと見られるのは、なんか照れるな。

「名前はなんていうの?」

 黒髪を背中で束ねた女の子が俺の両頬っぺたを揉みながらフィーナに聞いた。

「アルスにしたの」

「あー、なるほどね!」

「いいね、守ってくれそう!」

 何故か人の名前で周りがわっと盛り上がった。

 んー、昨日も思ったけど、なんか名前以外の意味があるの? アルスって?

「じゃあ、私だったらガリムだね」

「大きな鳥でしょ? どうやって捕まえるの?」

 女の子達が名前ネタでさらに盛り上がり始めた。

 おぉ、問いただせないのがもどかしい!

 私だったらってなんだー!

「私、水汲んでくるね」

 おい、俺を置いていくな。

 フィーナが女の子達の向こうで離れる気配がしたので、ついていこうとするんだが、黒髪の子に頬っぺたを放してもらえなかった。

「子犬ってすぐ大きくなるからねぇ。今の内に触っとかないと!」

「ねー! すぐにこわーい声で鳴くようになるよね」

 うおお、離せー!?

 もみくちゃにされていると、フィーナの気配が水の音をさせながら近づいてきた。

 お、こんなにすぐなら焦ることも無かったか。そりゃそうだよな、川はすぐそこだし……

「じゃあ、私、行くね」

「えー、もう行くの?」

「もうちょっと話していきなよ~」

 フィーナがすぐに家に帰ろうとすると、女の子達が口々に引き留めた。

「そうそう、ロジィのお兄さんのところ、決まったの知ってる?」

「決まったって結婚!?」

 ここに留まるのに消極的だったフィーナが一転食いついた。

「えっ!? 誰?」

「ふふーん、それがねぇ、うちのお姉ちゃん」

「えぇーー!!」

 あー、女の子って洋の東西を問わず、恋愛話って好きだよねぇ。

 黒髪の子の姉ちゃんとロジィって子の兄ちゃんが結婚することになったようだ。

 いつのまにー、とか、お似合いだ、とか、誰々の妹と結婚すると思ってた、とか、まー喋る喋る。

 知ってる人だったら多少は興味深かったかもしれんが、流石にわからん退屈だ、とアクビをしてたら……

「ねぇ、フィーナはどうするの?」

 リィザがふと真面目な顔して、突然フィーナに話を振ってきた。

「え?」

 ぬぬ?

「婚約。もう、おじさんところに話が来てたりするんじゃない?」

 !?

 うそ、だろ……田舎は早いっていうけど、それにしたってえぇー……?

 いや、流石に早すぎませんかね?

 ほら、胸も全然無いし。

 違う、若すぎると言いたい。

「ううん、知らない」

 フィーナは苦笑しながら首を振る。

 なんだか気まずそうで、俺まで気まずくなってきた。

 フィーナは今さっきまではしゃいでたのに、しゅんと小さくなったように感じる。

「本当? じゃあさ、好みってどんな感じなの?」

 リィザが、話を打ち切りたそうなフィーナの空気を読まず、質問を重ねてくる。

「えっと、あの……」

 フィーナが俯いて、目を泳がしている。

 目が合った。

 不安気に瞳が揺れていた。

 よし、任せろ。

「わっ!」

 恋愛話で俺を撫でまわす手が緩んでいたので、全力で森のような手と足から抜け出し、フィーナの家の方に走り出してやった。

「アルス、待って! みんなごめん、じゃあね!」

 フィーナが俺を追いかけてくる。

 そうそう、飼い犬が逃げだしたら、追いかけないとな!

 初めて4足で走ってみたけど、結構面白いなぁ。地面が凄い勢いで後方に流れていく。

 ぐぃっと体を伸ばし、両手で着地しつつ力を溜め、両足で蹴りつけてまた伸びあがる。

 おっと、走り過ぎたかな?

 別に振り切ることが目的ではないので、10メートルほど走って止まった。

 振り返るとリィザ達はなんだかポカンとしていた。


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