53.共闘
『こ、なん!? 凍る!? ……あ、あが』
俺が瀕死だからって声を飛ばすから位置がバレバレなんだよ。どうやらエスタの視界に入っちまったようだな。ミリルフィアの天幕を確認すると、エスタが入り口から顔を半分だけ覗かせていた。律儀に天幕の中から出ていない。
『イチカ! どうした!? 返事をしろ!』
やったのか? 俺は自分を回復し終わると、ミリルフィアの天幕に駆け寄り、エスタが奴らから見えないように立った。見回してみると、少し遠くの天幕の前で大型犬が凍りついていた。その近くに茶色斑の犬が1匹。あれが幻覚使いか? いや、罠かもしれない……厄介だな。
『助かった』
小声で礼を言う。
『アルスさんがめちゃくちゃ苦戦してる感じの声が飛んでくるから、すっごい心配しましたよぉ!』
『フィーナは無事だな?』
『はい、大丈夫です』
『よし、ヤバいのは片付いた。後は……』
『ジュンジ! イチカが凍ってる! し、死んじゃったかも!』
『なんだと!? くそ、アヤト、ミナミ達と合流するぞ!』
『この犬共は良いのかよ!?』
『こいつらと俺たちは相性が悪い。ミナミに任せる!』
『わ、わかった!』
そんな会話の後すぐにジュンジとアヤトが、ピノン達に追われキャンプ地に飛び込んできた。最初に襲われたアヤトの方は結構な怪我を負っているようだ。流石は兄弟達。
『随分と余裕が無さそうじゃないか?』
『アルス……!』
ジュンジが呪いでも篭ってそうな目で俺を睨んでくる。なんだ? こいつハーネスみたいなもんつけてるな……それに矢が弾帯のようにくくりつけられている。ははぁ、さっきの矢はお前か?
ここでエスタに氷結飛ばしてもらったら終わったりしてね? いや、敵が何人いるかもまだわからん。迂闊に手の内を明かすのはよくないな。手堅くいくか。
「オォォオーーン!!」
込めた意思はこの敵をぶっ殺すぞ。
「オォーン!」
「ヴォウ!」
ジュンジ達を追ってきたピノン達は半円形に散開しつつ、了解の唸り声を上げ、バチバチと電撃を空撃ちして威嚇している。ピノン達は包囲して戦うのに慣れていて、細かく位置を変えながら威嚇を繰り返すんだが、これが非常に効果的に機能し、ジュンジ達はたちまち包囲の半円の中から動けなくなっていた。
殺気。ジュンジの陽炎が細長く伸び、その中を背中に括りつけられていた矢が移動して加速するのが見えた。
考えるより早く陽炎で防御する。俺の陽炎に絡め取られた毒矢が3本、地面に転がった。あぶねぇ。多分能力的には俺の陽炎と同じく念力みたいなもんだろうが、物を射出するのに特化しているようだ。暗殺役ってところか。
『くっ、お前にも無理か……!』
結構な速度だった。見えないところから撃たれるとヤバいかもしれんが、陽炎が見える相手に正面からだと分が悪いだろうな。俺たち兄弟に楯突いた不幸を呪え。
さて、折角見せてもらったんだから……陽炎で矢を掴む。
それを陽炎で包み、ジュンジの方に向けた。
『な……』
『返すぞ』
銃をイメージして押し出す。矢は勢い良く飛んで、ジュンジの足元に突き刺さった。ぶっつけ本番じゃあ、流石に精度に問題ありかな。
『そん……な。奪われたのか……?』
見よう見まねでやっただけだが、誤解させとこう。ニヤリと笑う。
『さて、アヤトだったか? お前の能力はなんだ?』
『ひっ、み、見せるかよ!』
アヤト君、ビビリ過ぎ、そして俺を見過ぎ。後ろがお留守だよ。
ピノンがアヤトの後ろ右足に噛み付いた。
『あがっ!? くそぉ!』
すぐに振り向いたアヤトの頭から陽炎が立ち上る。が、陽炎が見えるピノンはひょいとバックステップでアヤトから離れた。躱せたようだな。同時にペペルがアヤトに、ポポラがジュンジに跳びかかった。同盟の2人は能力で迎撃しようとするが、常に死角から残りの兄弟が跳びかかってくるのでまともに対応できていない。ジリ貧に見える。きっと森の中の再現だろう。これで俺が一撃入れれば終わりじゃないか?
『ミナミ! なにをやっている!?』
ジュンジが悲鳴のような声をあげると、茶色斑の犬がぞろぞろと天幕の陰から出てきた。多いな20匹はいるぞ。幻影混じりだろうが……
大量に沸き出てきた茶色斑の犬達が俺たちに襲いかかってきた。乱戦になり、兄弟達の包囲が解ける。俺は向かってきた茶色斑を陽炎で薙ぎ払うとジュンジに向かって走った。兄弟達の目がジュンジから離れている。あいつの能力は発動を見てないと危険だ。兄弟達が矢の餌食になる前に仕留める!
茶色斑が邪魔しようと俺の進路に割り込んでくるが陽炎で掴み、電撃を流す。実体があったので動かなくなった茶色斑を後ろに放り投げた。
『死ね』
『ッ!?』
俺がジュンジに迫ると、急にアヤトが割り込んできた。身を挺してリーダーを守るとは見上げ、た……ぐッ!?
体が動かない。目線すら動かせず、アヤトと見つめ合ったまま、俺は中途半端な格好で立ち尽くした。アヤトの能力か!?
『効いた! やったぞジュンジ!』
『いいぞ、そのままだ』
俺の体に矢が3本突き刺さった。激痛が体に走るが反射的な行動すら起こせず、体はピクリとも動かない。3本の内、肩口に刺さった矢がまずい、肺にでも届いているのか呼吸をする度に激痛で気を失いそうになる。陽炎で引き抜き、回復をしようとしたが、能力まで使えない。おいおい、アヤト君、やばい能力持ってるじゃないか。目で発動して相手を金縛りにでもする能力か? 兄弟達に囲まれてる時は使いようが無かっただろうが、こんな状況だと……詰んだか?
また矢が3本俺の体に突き刺さった。ぐ、いかん、一刻も早く回復しないと、死ぬ……。
『あっ!? ジュンジ! ひっ、いやっ!』
『ミナミ? どうした!?』
ギリギリだったな。
『凍る……ひ……!』
次の瞬間暴れ回っていた茶色斑が倒れ伏した。そして、陽炎になって消える。残っているのは少数……多分幻影だろう。
『まだ仲間がいたのか!?』
驚いてる暇あるのか?
『あ、がっ!?』
相手の居なくなったピノン達が、ジュンジとアヤトに殺到した。アヤトは首に喰い付かれ俺への能力が途切れた。急いで回復を使う。能力を使い過ぎてガス欠になりかかってるので全力で回復に回す。矢を抜くのは後だ。
俺は分身できないだろう、というジュンジ達の会話と、倒したはずなのにいつの間にか死体が消えてる茶色斑から、分身でも作れる能力の日本人が隠れているとみて、エスタに探してもらっていたのだ。
ミリルフィアの天幕は今は俺が近くにいる。首尾よくいくかは掛けだったが、ぞろぞろ出てくる場所の近くにいるだろう、と見当をつけたのが当たったようだ。
しかし、分身と幻影のミックスとは嫌らしい組み合わせだったぜ……
この時点で手出ししてこないところを見ると、あと残っているのは、幻影使いだけか。厄介なのが残ったな。逃げられるかもしれん。
「オォーー、グフッ! オォーン!」
肺がまだ治りきってないのでむせた。兄弟達に敵を探してくれと頼む。ジュンジとアヤトはもう虫の息だ。
兄弟達がバラバラに散って辺りの臭いを嗅いだり、走り回ったりし始める。兄弟、マジで助かった。ありがとう。今回兄弟達がいなかったら多分負けてたわ。後でシチューを奢るよ。
ああ、疲れた。ちょっと横になろう。
『ミリルフィア起きてる? 犬が2匹瀕死だから捕虜にできるぞ。目を縛っておけば多分大丈夫だと思う』
『起きてますよぉ。もう、手加減して殴ってくださいよ~』
手加減したんだけどな。ほら、お前、生きてるじゃん?
ミリルフィアが天幕の入り口をめくって出てきた。
「誰か! 無事なものはいま、す……か」
兵士を呼ぼうとしたミリルフィアが途中で固まった。
「アルス君、大丈夫なんですか!?」
いやぁ、ビジュアル的にきついよね。今、矢が6本も刺さったままで、寝っ転がってるからね。
『回復はしたからすぐには死なないよ。大丈夫』
「そんなこといっても、矢が……」
声を飛ばすのも忘れてミリルフィアがうろたえてる。俺が思ってる以上にインパクトあるみたいだな。気絶するのを覚悟すればあともうちょっと能力使えそうではあるんだが……
「アルス……!」
ああ、俺の名前が悲鳴混じりで呼ばれてフィーナが出てこないはずないよね……あの、これはですね、大げさに見えるけど、そんな大したことなくて……
「アルス、アルス!」
しまったミリルフィアに声かけたのは失敗だった。もうちょと治してからの方がよかった。フィーナよしてくれ、そんな顔されたら本当に息を引き取らなきゃならない気がしてくるじゃないか。
『うわっ!? アルスさん、大丈夫なんですか?』
本日のMVPエスタが戻ってきた。
『大丈夫だって。回復するのに必死で矢を抜く力が無くなっただけ』
『いやぁ、これを見て冷静でいられる人はいないですよ』
こんなに口々に言われるとな……いくら周りが驚き怯んでもいいが、フィーナが泣き続けてるのはいかん。
『ミリルフィア頼む、フィーナに見た目が派手だが大丈夫だと、俺が言ってるって伝えてくれ』
『わかったわ』
「フィーナちゃん、アルス君が見た目が派手だけど大丈夫って言ってるわ」
「大丈夫なのはわかります!」
え、そうなの!? 俺と同じくミリルフィアも驚き目を丸くしている。
「アルス、いつもと変わらない顔してるもの。今はとっても安心してるみたい……でも、痛かったでしょう? 不思議な力を使えても、怪我をして、死にかけて……そんなの嫌……もうやめて、こんなのやめてよ……!」
フィーナの悲しみが俺を撫でる手から伝わってくる。心配かけて、すまないフィーナ……
しんみり反省してフィーナを見上げていると、視界の端に陽炎が見えた。なん……
次の瞬間俺の体にエスタの氷結が炸裂した。




