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5.俺の名前

 サレアさんが鍋からなにかを盛り付け始めた。

 倉庫で食事が始まる気配。

 いや、倉庫と思ってたけど、ここはもしかしてリビング&ダイニング的ななにかか?

 タンスみたいな棚とか、沢山の籠とか、水差しとか生活感があるし。

 ここは明らかに日本ではないし、外国ではこういう様式もあるのかもしれん。

 いや待て、外国だとして、なんでこの人らは日本語しゃべってるんだ?

 ???

 どん、と木の皿に盛られた水気の少ないお粥のようなものが俺の目の前に置かれた。

 ふわりと香る、食えそうな、匂い。

 食い物だぁーー!

 ここはどこだとかそんな事はどうでもいい食うぜ!

 兄弟達は母から母乳もらってた気がするが、知らないぜぇ!

 皿に鼻面を突っ込むようにして食いつく。

 口いっぱいに広がる滋味、暖かさに頬が緩む。

 舌から喉、胃に落ちていく食い物の気配に思わずため息が出る。

 これだ、この時の為に俺は生きていたんだ!


 ガフガフガフ。


 あー欲を言えば、もうちょっと肉気があるとよかったですけどね。

 いえ、とても美味しかったです、ええ。

 皿も舐めちゃうほどにね。

「お腹空いてたのね」

 フィーナに頭を撫でられた。

 あ、食べるところ、ずっと見てた?

 これはお恥ずかしいところを……

「もっと食べる?」

 いいんですか!?

 フィーナが自分の皿から匙一杯分すくってわけてくれた。

 女神様!!

 即座に食いつこうとしたけど、ふと、おっさんの「犬を飼うような余分な食い物はない」ってセリフを思い出してしまった。

 これ、ただでさえフィーナの分が減ってるんじゃないの? さらに分けてくれて大丈夫?

 アガ、と大口開けたまま固まった俺を、フィーナが心配そうに撫でてきた。

「どうしたの?」

 いや、いいんですかね? これ?

 ギリギリの食糧事情なんじゃ?

 と、目で問いかけるがもちろん通じない。

「お父さんおかわりは?」

「もらおう」

 おかわりあるじゃない!?

 しれっとおっさん、おかわりもらってるよ、おい!

 なに? さっきのアレは犬にくれてやる飯は無いってことだったのかメーン!?

 グギギギと怨念の視線を送っていると、おっさんと目が合った。

 「ふん」

 鼻を鳴らして目を逸らされた。

 覚えてろよ、とりあえずご飯は頂きます。


 ふー食った食った。

 生まれて初めてだぜ、こんなに満ち足りたのは……おそらく比喩ではなく。

 腹が膨れて四肢に力がみなぎってくるのがわかる。

 ふふ、今の俺はさっきまでの俺とは違うぜぇ。

 あー、フィーナの膝、気持ちいいなぁ。

「ふふ、とっても嬉しそう」

 フィーナが膝で寝そべっている俺を撫でながら呟いた。

 ええ、嬉しいっていうか満足しておりますとも。

 感謝しております、フィーナ様。

 改めてフィーナを見上げてみる。

 まだ中学生にはなってない……ぐらいに見える女の子だ。

 だが、明らかに日本人ではない顔立ちだから、正確にはわからん。

 髪は茶色のショートカット、瞳は緑で、すっとした鼻筋が将来美人になりそうに見える。

 でも、優し気に垂れた目尻は美人というよりは可愛い感じ。

 まー美少女ですな、美少女。

 美少女の膝に抱かれて撫でまわされ、腹も空いてない、という現状にはまったく不満はございませんが、さて、これからどうしましょうかね。

 犬になってしまった訳だが……どうしていいかさっぱりわからん。

 事故で死んだ彼氏が彼女のペットとして生まれ変わった、とかなら納得はできんが、まだわかる。

 だが、そもそも死んだ覚えが無いし。

 百歩譲って死んだとしても、(おそらく)日本から遠く離れた場所で、前世の記憶を引き継ぎ犬に生まれ変わるってどういうことよ。

 もしかして俺が知らなかっただけで、よくあることなんだろうか……やだ怖い。

 そういや、中に人が入ってるようにしか見えない動きをする動物の動画とか見たことあるわ。

 ん? 動画? 動画って、なんだっけ。

 ふいに脇の下に手を入れられ、持ち上げられた。

 フィーナの顔と向き合うように捧げ持たれる。

「名前、名前どうしよう?」

 俺をじっと見てるせいか、ちょっと寄り目になってて可愛いですねフィーナ様……じゃなくて。

 名前って俺の名前?

 俺には親から貰った名前が……わ、ワタ……あれ、俺の名前なんだっけ。

「ピピン……ポーネン、とか」

 え、待って、それ、俺の名前候補?

「パルペロ、プルル、うーん……」

 待て、よせ! せめてパとかピとか半濁音はやめてくれ!

「わっ、どうしたの急に?」

 突然蠢き出した俺にフィーナは驚いたが、もちろん意図は伝わらない。

「ププルシって可愛いかも?」

 嫌です! なんでそんなに半濁音が好きなの!?

「名前を決めてるの?」

 俺が身もだえてると、洗い物を済ませたらしきサレアさんが近づいてきた。

「うん、色々思いついたんだけど、みんな可愛くて迷ってるの」

 ほら、俺って可愛いっていうよりはカッコいい系じゃない?

 もっとこう、よく考えてだね!?

「ふふ、フィーナのお供なら良いのがあるじゃない?」

 サレアさんが意味深に微笑みながら俺の頭を撫でた。

 お供?

 フィーナも俺と一緒に首を傾げたがすぐになにか思い当たったようだ。

「アルス?」

「そうそう」

 我が意を得たりとサレアさんは嬉しそう。

「うーん」

 フィーナは納得いかなさそうだが、これだ、これしかない!

 ププルシとかよりは全然いい!

 ありったけの肯定の意思を込めて、いざ、轟け! 俺の声よ!

「キャン!」

「ん? アルスがいいの?」

 伝わった! ガクガク頷いちゃう。

「キャン!キャン!」

「気に入ったみたいよ」

 俺のはしゃぎっぷりにサレアさんが苦笑してるみたいだけど、気にしない!

「わかった、あなたはアルスね!」

 俺の名前が決まった。


 アルス 


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