42.あれ、どこかで?
「あら、アルス、この間はありがとうね」
「ワン!」
「アルス、今日は散歩かい? おや、今日はお連れがいるんだねぇ」
「ワン」
やはり、食い物が足りないせいで、おやつくれる人は居ないか。いや期待してた訳じゃないけどね? ちょっと寂しい……
『なんか、アルスさんって人気者ですね……村の人とすれ違う度に挨拶されてます』
『んー、元々知り合いに挨拶しまくる村ではあるんだよ』
まあ、以前ネズミ捕りまくったのと、最近獲物を配ったりしてるから覚えはめでたいよね。
『ところでエスタ、疲れてない?』
『大丈夫です。最近結構歩いてますから、四つん這いも慣れてきました』
ちらっと確認してみると、横を歩くエスタは確かに調子良さそうに歩いている。
四つん這いに慣れた、か。新鮮な意見だ。俺は4足歩行にそんなに違和感無かったなぁ。
俺とエスタはババ様のところに向かって歩いている最中だ。ココ村で唯一声を飛ばせる人なんで色々相談に乗ってくれるかもしれないから、エスタを紹介しておこうと思って、前の日にアポをとっておいた。
『そのババ様ってどんな人なんですか?』
『ちょくちょくフィーナとつるんでるリィザって赤い髪の女の子がいるだろう? あれの婆ちゃんなんだ。仙人みたいな外見でおっかないぞ』
『えぇー……怖い人なんですか?』
『まあ、獲って食われたりしないよ……あッ!?』
遠くに見える村の門の向こうの道に騎兵が見えた。数は3騎。全員銀色の全身鎧を纏っている。
くそっ! 最近偵察が薄くなってたが、そこに略奪部隊の侵攻が重なっちまったか!? 噛み締められた俺の牙がギリッと軋んだ音を立てた。頭の芯が熱くなるが、逆に思考が静かになる。
『ババ様、騎兵が3騎近づいてきている!』
俺が強めに声を飛ばすと隣のエスタが驚いて身をすくませた。
『あ、あの、どうしたんですか?』
『敵だ。ここにいろ』
村の門の外まで転移する。
騎兵はすぐそこまで迫っている。まずは足を止めなくては。間違っても村の中には入れない!
再度転移。騎兵の横に出現する。それと同時に道端の石を複数拾って馬に投げつけた。散弾のような石つぶてが騎兵達の横っ面に襲いかかる。同時に思いっきり吠えかけてやった。
「ヴォウッ!!」
「ヒヒィン!?」
不意に響いた殺気混じりの咆哮と、石つぶての痛みに馬が驚き、身を捩り、立ち上がった。騎兵の中で最後尾についていた大柄な騎手が落馬する。あと2騎。
「なんだ!?」
落馬しなかった2人の騎兵がなんとか馬を宥めながら石の飛んできた方を見るが、もう俺はいない。道の逆側に転移したからね。すぐに陽炎を伸ばしそれぞれの騎手の足を掴む。先頭の1人だけ肩に布をかけている騎手が足を掴まれたことに反応して振り向いた。良い反応だがもう遅いよ。
バヂヂッ!
「ぐッ!?」
「あがッ!?」
金属製の鎧は問題なく電撃を通し、騎手は身を強張らせて落馬した。殺す勢いで流してもよかったが、尋問する為に適当に手加減しておいた。馬は驚いて村の方に走っていった。
「う、ぐっ、一体なにが……?」
ちっ、なんか下に着込んでいたのか、肩に布をかけている騎手が、ヨロヨロと身を起こした。もう一撃くれてやろうと近づくと、外れた兜からヒゲ面が見えた。あれ、どこかで会ったことがあるような?
『アルス、手荒なことをするでないぞ? アッセン村を取り返したキルグフィッツの騎兵が、それを知らせに来たのかもしれぬ』
俺がなんとか思い出そうとしていると、さっき俺が飛ばした声に答えるババ様の声が飛んできた。キルグフィッツ、騎兵……あ。
「リーディン様! ご無事ですか!?」
最初に落馬した大柄な騎手が立ち上がり、ヒゲの騎手に声をかけた。あぁ!
「お前は、アッセンで……」
ヒゲの人こと、リーディンが俺を見て苦笑いを浮かべた。
「誠に申し訳ありませんでしたッ!!」
トトスさんの渾身の土下座が村の広場で炸裂した。村を代表しての謝意を全身を持って表現している。
「アルスも謝るの」
ぼんやりとトトスさんを見てると、俺の隣に座ってトトスさんと同じタイミングで頭を下げたフィーナに静かに諭された。
う、フィーナに頭を下げさせることになったのは確かに申し訳ない。
ペコリ。
「私じゃなくて、騎士様にあやまるの!」
うお、フィーナに怒られた。こんなに明らかに怒られたのは初めてだ。ショック……。
「ふふっ。頭を上げられよ、村長」
リーディンがなぜか愉快そうに笑いながらトトスさんに声をかけた。
「我々が犬の鳴き声に驚いて落馬しただけのこと。我々としては騎士にあるまじき失態を無かったことにしたい所なのに、そう大げさに謝られてはそれができぬではないか」
「し、しかし……」
リーディン達が負った怪我は俺がさり気なく治しておいた。最初の石つぶても、追い打ちの電撃も、証拠隠滅済みだ。だが、気のせいってことにした上で、こんなに愛想よくしてくれるのは……この前助けたからか?
様子を伺っていると、こっちを見ていたリーディンと目が合った。ニヤリと笑われる。あー、この人の前で全力で戦ったことあるんだよなぁ。なんか言われないだろうか。
「その犬、アルスといったか? 君の犬なのかい?」
リーディンに話しかけられるとは思っていなかったのか、フィーナが少し身を強張らせた。緊張の匂いがしている。
「はい、騎士様、私が山で拾い、育てています」
「そうか……そんなに緊張することはない。私達はアルスには一度命の危機から救ってもらったことがあるんだ。感謝こそすれ、罰するつもりはない」
ほらきた! その話題はいけない! 吠えまくって場を乱そうと身構えたら、フィーナに先制して首の皮を抓られた。あ、はい、スイマセン。
「あ、あの……アルスはこの村から出たことはないと思います」
「それは妙だな。確かにそのアルスにアッセンの西で助けられたのだが。なあ、ガスコン?」
「は、確かにあの時の犬にそっくりに見えますが……」
ガスコンと呼ばれた大柄な騎士が俺を見つつ、四角い顎を撫でた。同じような色の犬かもしれない、と半分思ってるようだ。この人はさっき俺の電撃を食らってないからな。リーディンは電撃を放つ黒い犬と見て、同一の犬だと確信してるんだろう。
さて、あの、フィーナさん、ちょっと用事を思い出したので、首を放してもらえませんかね……? あの、横目でじっと見られると、怖いんですけど。
「騎士様、発言をお許しください。この村の相談役をしております、ソルバと申します」
広場にやってきて隅に座っていたババ様が、手を上げて発言の許可を求めた。ババ様、ソルバって名前だったのか。
「よい、ソルバ。発言を許そう」
「ありがとうございます。そこのアルスは非常に賢く、村の危機を救った事もある精霊様の御使です」
えぇ!? 俺、村の危機を救ったっけ!? ってか精霊様の御使ってなんぞ!?
「ほう、村の危機?」
「はい、村に下りてこようとした堕ちた獣となったイノシシを、わたくしの孫フィンと協力し、討ち果たしたのでございます」
『キッシュ! キッシュも協力したよ!』
『だまっておれ』
堪らず割り込むが、なんとも冷たい声を投げ返された。むう……。だが、あのイノシシってそんなにヤバい奴だったか……ヤバかったな。ヤバかったわ。確かに村であいつが暴れたらと思うとぞっとする。だが、村の危機とまで思われてたとは。
「なるほど、堕ちた獣、をな……」
堕ちた獣、のところに妙に力を入れながら俺を見るリーディン。なにが言いたいのかわかりませんな。
「そのように活躍めざましいアルスは人の言うことも理解しますので、アッセン村に戦火ありと知らせを受けた折、様子を見てくるように頼んだのです」
え、そこまで言っちゃう!?
「犬が偵察など……」
大柄なガスコンが、そんな馬鹿な、と笑うが、リーディンは真剣な顔で頷いている。
「その時に我々と会ったのだな」
「恐らくは」
恐らくはもなにも、ババ様にはそのこと話してあるんだが、俺が声を飛ばせることは伏せるようだ。んー?
「あの時、我らは堕ちた獣に襲われておった。もし命を獣に啜られたならば、アッセンの開放は遅れに遅れたであろう。アルスは我らの命だけではなく、アッセンの民をも救ったのだ」
うわ、なんだ、大げさに持ち上げられすぎて怖い。なんだ、なにがあるんだ。
「そういう訳だ。……あー、飼い主の君。名は?」
「フィーナと申します」
「フィーナ、アルスは素晴らしい働きをしたのだ。折檻は許してやってくれぬか?」
「はい、アルスを褒めて頂き、ありがとうございます」
リーディンの執り成しに、フィーナが抓ったままだった俺の首の皮から手を放してくれた。ふう……ナイスだ、リーディン様。
「……あの時は心配してたんだからね」
フィーナが拗ねたように呟いたのが聞こえた。
はい、誠に申し訳ありませんでした。
「では、この話はここまでとしよう。皆、立ってくれ」
リーディンが手を打って仕切りなおしを宣言した。
「今から王宮からの布告を伝える」