41.スクスク
カツラギの名前はエスタになった。例のごとく、フィーナが名付けようとしてるところにサレアさんが由来があって説得力のある名前を提案した形だ。アルスと同じく、神話の登場人物で縁起がいい名前らしい。カツラギ本人は抵抗するかと思いきや、普通に受け入れていた。かわいい名前だから、だそうだ。
エスタの目がちゃんと見えるようになったのは、拾ってきてから5日ほど経った頃だった。
『どうだ、感想は』
『ああ、やっぱり犬なんだなって……』
エスタの寝床として与えられた籠を覗き込み、改めて対面を果たす。
『アルスさん、結構大きいですね。ゴールデンレトリバーぐらいはあるんじゃないですか?』
『そうかもなぁ。犬の成長は早いからお前もすぐ大きくなれるよ』
『いや、あんまり大きいのはちょっと……』
母犬がそこそこデカかったから、嫌でも大きくなると思うがね。
「エスタ、ご飯だよ」
フィーナがゆっくりと籠からエスタを取り出すと、皿の前に座らせた。今日の朝食は芋のスープ野草添え。
『アルスさん、それだけで足りるんですか?』
ちらりとこちらを見たエスタが、不思議そうに声を飛ばしてきた。
『足りないよ?』
足りるわけがない。俺の飯はフィーナと同じぐらいの量である。家でもらえる分では到底足りないので、結構前から外で調達している。もう生で獣なり鳥なりを食べるのも慣れたものだぜ。
『結構、大変なんですね……』
俺が何も言わずに黙っていると、エスタはなんだか勝手に納得したようだ。
フィーナは俺たちが語ってる間、エスタが食べやすいように、芋を潰してくれていた。
『フィーナちゃん、可愛いですね』
『そうだろう?』
エスタがフィーナが細かく潰してくれた芋をもそもそ食べながら呟いたので、全力で同意しておく。
『いや、あの、見た目の話じゃなくてですね。ちゃんと私に気を遣ってくれて、ニコニコしてるところとか』
『俺だって見た目だけの話で同意した訳じゃないんだが?』
『あ、はい』
なんだ? エスタの表情は皿に首をつっこんでるんでわからんが、呆れられてる気がするぞ。
『さて、エスタ。目が見えるようになったんで、1つ確認しておくことがある』
『はい、なんでしょう?』
食後にフィーナの手とじゃれているエスタに一声かける。こいつ、順応してるな。かなり仕草が犬だぞ。
『これ、見える?』
陽炎を伸ばし、エスタの前に突き出してみる。
『見えるってなにがです?』
きょとん、と陽炎越しに俺を見返してくる。青い目が不思議そうに揺れていた。
見えないかー。見えると手っ取り早いんだけどな。
『家の中だとなんだから、ちょっと表に行くぞ』
『あ、外を見たいと思ってたんです。行きます行きます』
俺が家から外に出ると、エスタはよたよたと頼りない足取りでついてきた。
「あんまり遠くに行っちゃ駄目だよ? エスタはまだ赤ちゃんなんだから」
「ワン!」
フィーナは今日はサレアさんの手伝いで服を繕ったり、家具を修繕したりするらしい。犬の身では手伝うことはできないし、家の中に居るようなので、今日は別行動だ。
『わー……凄い、豊かな自然、ですね』
『素直に田舎って言ってもいいんだぞ。俺もそう思ってるから』
『ええ、はい、田舎、ですね……あの、火事があったんですか?』
殆どの家がまだ燃えたままで放置されてるから嫌でも目につくよね。
『この前話した同盟が攻めてきたんだよ』
エスタの足が止まった。
『攻めてきた、って……』
『どうしても俺を連れて行きたかったらしくてな。力ずくで攻め込んできた。そんで放火されて家やら食べ物やらを焼かれてよ。追い返したけどな』
『なんで、そんな……』
『なんで、のところは、なんとなく想像がつくんだ。今日はそれをお前に見せたり、教えようと思う』
エスタはぐっと表情を引き締めた。3頭身半ぐらいのコロコロした子犬の見た目だから緊張感ないけど、真剣でよろしい。俺たちは放置されている家の残骸に囲まれた畳2枚ほどのスペースに入り込んだ。
『転生した日本人には特別な能力が身についているらしい』
『え? えぇと? 特別な能力って?』
『こういうのだ』
俺の本来の能力の電撃でもいいが、普通に使う分にはちょっと凄い静電気みたいなので、サイコキネシスの方を使う。陽炎を伸ばし、真っ黒に焦げて折れた柱の欠片を持ち上げて、エスタの前に持ってきてやった。
『え? え?』
エスタは暫くポカンと柱の欠片を眺めた後、欠片の周りをグルグル移動し、欠片を何度か突いて
『ええええぇぇッ!?』
飛び上がって驚いた。リアクションが大きくてちょっと気持ちがいいなぁ。
『なん……これ、どうやってるんですか!?』
『さっき言った特別な能力を使ってるんだよ。人によって色々違いがあって、火を吹いたり、ワープしたりする奴もいる』
陽炎を離すと、柱の欠片は軽い音を立てて転がった。
『へ、へぇ……』
『お前にもなにかできるはずだ』
『ま、マジっすか?』
なんか口調が変になってるぞ?
『多分な。俺が会った日本人はみんな一芸持ってたぞ』
『本当にそういうのがある世界なんだ……わー、なにができるんだろう……!』
結構無邪気にテンション上げてるな。こいつ、転生前は結構若いんじゃないのか?
『この能力に目をつけた誰かが同盟を作ったんだと思う。この前ちょっと話したよな? 日本に帰れるかもしれないぞって触れ込みで日本人を集めて、悪さしてるんだよ』
エスタがはっと息を飲んで俺を見た。
『とにかく物騒な奴らだ。日本に帰りたいなら自分の能力を把握して、身の守り方を覚えておいた方がいいぞ』
『あの、前からどうするのもお前の自由だ、みたいなこと言ってますけど、アルスさんの説明を聞いて同盟に入ろうって考える人は居ないと思うんです』
『だって、俺、同盟嫌いだもん。フィーナを危険な目に会わせやがって』
『あ、結局そこに行き着くんですね』
エスタはため息をついた。
『日本には帰りたいですけど、その同盟っていうのにも入りたくないです。確かに物騒な世界みたいですし、帰る方法を探す為には身を守る力を身につける必要がありそうですね』
『乗りかかった船だ。付き合ってやるよ。あ、能力身につけても、人の前ではなるべく使うなよ? 場合によっちゃまずい事になる』
『それは、なんとなく想像つきます』
『まあ、色々とあるが、追々また説明するわ。とりあえず、能力だ。こう、血を指先に集めるような気持ちで力を入れると出しやすいぞ』
『わかりました。むむぅ……!』
エスタは暫く唸っていたが、陽炎がちらりとも出やしない。
『じゃあ、俺の時と同じようにしてみるか』
『お、同じようなの、と、いいますと?』
エスタは力み過ぎたのか息を切らしてる。
『毒蛇に2回噛まれて死にそうにな『止めておきます』
ですよね。冗談だ。
『アルスさんって結構ハードな人生……犬生? 送ってますね』
『部分部分でな。大半はフィーナの手伝いをしたり、フィーナと遊んでたりだぞ』
『あぁ、はい、なるほど』
あ、また流しやがったな。お前だってさっきフィーナとじゃれてた癖に!
『とりあえず、今日はもう休ませて頂きます。なんだかクラクラします』
『そりゃいかんな。まあ、焦ることはないさ。暫くはなんかあっても俺がなんとかする』
『話を聞いてるとアルスさん強そうですもんね~。ちょっとは頼りにしてますよ』
『なんとかする為にも、なるべく家か、俺の近くにいるようにしてくれよ? あと、なにかあったら声を飛ばして俺を呼べ。全力で叫んだら、声はキロ単位で飛ぶから』
『え、そんなに?』
『結構疲れるけどな。だが、注意しろ、声を飛ばせる人間や日本人に無差別に聞こえちまうからな。油断するとひどい目に会うぞ!』
『なにかあったんですか?』
『まあ、ちょとな……』