4.ここはいったい……
「この子生きてる!」
俺の近くで声がする。
声、鳴き声ではない、人間の声。
「どうするの? それ」
「助けてあげたい」
「こんなの持って帰ったら、おじさんに叱られるよ?」
「でも……この子泣いてる」
暖かい手が俺をふわりと撫でた。
朦朧としながらも、目を開けてみると、女の子と目が合った。
緑色の瞳。
心配そうに揺れていた。
もっと色々確認したかったがすぐに疲れて目蓋が落ちてきた。
「凄く弱ってるみたい」
「……そうね。水とか飲ませてみたら?」
口元に水気を感じたので、なんとか舌を動かし舐めてみる。
やや塩味のする水が口の中に広がり、同時にふわっと体が柔らかくなった気がした。
「飲んでくれた」
「飲んだり食べたりできるなら助かるかもね」
「うん……」
また口元に水気を感じた。
少し舌が動くようになったので、さっきよりも勢いよく飲むことができた。
どうやら、女の子が手のひらに水を汲んで差し出してくれているようだった。
「飲んだ飲んだ」
「しょうがないなぁ……連れて行こう。あたしの背負子に乗せる?」
「焚き木がいっぱいじゃない、固くて可愛そうだよ。私がだっこしていく」
「こいつ怪我してるんじゃない? 血とかついちゃうよ?」
「いいよ」
暖かい手が俺の体を包み、ふわりと持ち上げた。
慣れない持ち上げられる感覚に思わず声が出た。
「大丈夫だからね」
心細そうな俺の呻きに答えるように、俺をしっかり抱えこみながら女の子が顔を寄せてきて囁いた。
なんの根拠もないであろうその囁きは、不思議と俺を安心させる響きがあった。
「捨ててこい!」
いつのまにか寝てしまっていた俺を起こしたのは、なにやら剣呑な男の声だった。
いやー、男の声で起きたのはちょっと気分悪いけど、水飲んで安心して寝れたからか、頭がすっきりしてるわ。
「やだ! 可愛そうじゃない!」
俺を胸に抱きながら女の子が怒鳴り返した。
「犬を飼うような余分な食い物はない!」
しかし、でかい声だな。
恐る恐る女の子の腕の中から様子を伺ってみると、がっしりとした体格の四角い顔のおっさんがいた。
たぶん女の子の父親だろう。
声から想像する程、怒ってる様子はない……というか、弱ったなぁ、みたいな雰囲気だ。
「私のご飯を分けてあげるよ!」
これは、もしかしなくても、俺を飼う飼わないの家族会議かなにかか?
なんとか飼って……というか飯をもらいたいところだ。
相変わらず腹は減っていて、クラクラする。
「大体な、犬を飼ったってウチは狩人じゃない、何に使うってんだ!」
しかし、家族会議にしては、倉庫みたいな部屋で話してるのが妙だな……お仕置き寸前なのか?
頑張れ、女の子! 上手い具合に切り返せ!
「……」
あ、思いつかないんだ。
「お父さん、フィーナ、ご飯ができたわよ」
おっと、突然女の人が入ってきた。
やせ形の30前ぐらいの女性だ。結構美人。
この俺を拾ってくれた女の子はフィーナっていうのか。可愛い名前だな。
「サレア、お前からも言ってやってくれ。言うことを聞かんのだ。」
「あら、別にいいんじゃないの?」
お、いいぞいいぞ!サレアさんもっと言ってやれ!
「いいって、お前……」
「フィーナは水汲みに薪拾い、お裁縫、籠と洗濯も手伝ってくれてる。他の子の倍は働いてるのよ? 犬ぐらいいいじゃない」
「いや、しかし……」
おっさん、タジタジだ。
「お父さん、お願い」
「……わかった、飼ってもいいが、ちゃんと世話をするんだぞ」
おっさん陥落!
やったぁ!
「やったぁ!」
フィーナは喜びに任せて、俺をひょいっと頭上に掲げて回りだした。
うおおおーーー!! 高い高い! 怖い!! 落とされたら死ぬ! 落とされたら死ぬ!
俺が恐怖に固まっていると、ニコニコしながらサレアさんが話しかけてきた。
「良かったわね、フィーナ。さ、ご飯にするわよ」
「うん!」
フィーナもニコニコしながら、俺を抱えなおした。
ふう、死ぬかと思ったぜ。
では、気を取り直して食堂に移動、かと思ったら様子がおかしい。
おっさんが、厚手の敷物をぱっと広げて、床に敷いた。
その中央にサレアさんが隣の部屋から持ってきた黒い中型カレー鍋みたいなものを置いた。
3人とも木靴を脱いで敷物に上がり、鍋を囲んで座り始めた。
俺はフィーナの隣に置かれる。
……え、この倉庫で食うの!?