32.死地
早く、早くフィーナを探さないと。
ババ様の声を聞いた時から焦りが俺の胸を焼き続け、今も喉元まで迫り上がってきたが、なんとか飲み込む。
こいつらから逃げながらフィーナを探して見つけたとしても、フィーナの身を危険に晒してしまう。
まずはこいつらを殺さないと。同郷だとか、日本人だとか関係ねぇ!
俺はやりやすそうなタイチに的を絞った。
疾走る。
『ひっ! なんだよ、くそっ!』
噛みつきを躱される。イラつく。とっとと殺されろ。
『キョーコからなにを聞いたか知らないが、行き違いがあるかもしれない。話し合わないか?』
殺気を出しながら何を言ってやがる!
『お話合いは十分だ』
振りショウゴに向き飛びかかる。
『お前は敵だ、死ね』
『この村を襲った人間と私達は無関係だよ』
ショウゴの姿が掻き消え、避けられた。
『仮に本当だとして、お前らは村が襲われるのを見てたわけだ、1日以上ずっと眺めていたわけだなぁ!』
電撃を最大出力で纏う。
俺の近くに現れたショウゴが電撃を浴びて苦痛の悲鳴をあげた。
『人が死ぬのを、家が焼かれるのを黙って見てたんだな!』
動きの止まったショウゴの腹に右手を押し付け全力で電撃を放つ。
バヂッ!!
『グッ!!』
『助けられたのに助けなかったクズは死ね!』
川の向こうの草むらに殺気。そろそろくると思っていたので、すぐにその場から飛び退くと、地面に何かが当たって弾けた。
『避けたか』
草むらから白黒斑の犬が立ち上がった。ショウゴが私”達”が少し遅れたら、とか言ってたんでね。どこかに隠れてると思ってたよ。
『ショウゴ!』
タイチがショウゴに駆け寄ると、ショウゴがすぐに立ち上がった。
全力で電撃放ってやったのに……さっきのタイチといい、まさかこいつ……
『これはもう交渉の余地は無いな。やるぞ。なるべく殺すな』
ショウゴが冷然と言い放った。
お優しいことで。
川の向こうからの狙撃がまたきた。どうやら小石を飛ばしているようだが、タナカの炎と違って前フリの陽炎が無いので避けにくい。
なんとか躱したが、この場でやり合うのは上手くない。ショウゴとタイチの相手をしている隙を突かれて石で致命打を食らいそうだ。場所を移すか。
俺が川から離れるように移動する素振りを見せると、すぐにショウゴが遮るように転移してきたが、まったく予想通りだったので慌てず鼻面に閃光をお見舞いしてやる。
バァン!!
『ウッ!?』
『ショウゴ! そいつの目潰しは厄介だぞ!』
なに仲間が食らってから忠告してんだよ。
あわよくばとショウゴの首筋に噛み付き、へし折ってやろうとするが、案の定、小石で狙撃された。回避して畑の中に入る。
ショウゴは目潰し食らった時点で消えて逃げるかと思ったら、ヨタヨタと飛び退くだけで、やらないな。へぇ。
畑は無残に踏み荒らされていたが、いくらか残っている作物のは背が高く、葉が大きいので視界が通りにくい。
案の定、ショウゴ達は畑に踏み込んでくるのを躊躇った。
やはり視界か。狙撃は勿論だろうが、ワープするのも視界内じゃないとできない、ぐらいの制約がありそうだ。
『残念だよ。フィン、私達は君を仲間に迎えたかった。そして日本に帰る為に協力して欲しかった。これは本当だ』
勝手に残念がってろ。
『この方法は取りたくなかったが、しょうがない……私達はアルスの飼い主、になるのかな? フィーナちゃんを保護している』
大きく心臓が跳ね、ぐっと内蔵が重くなった。
『君がフィンか、アルスか、わからないが、フィーナちゃんの身が大事なら、大人しくしてくれないか?』
『可愛い子じゃないか? 緑の瞳がエキゾチックで……ククッ!』
思考が”後ろ”に引かれ、黒く、染まル
怨ミ、憎ミ、否定スル
ミナ殺シ、喰ラウ……!
『君は確かに手強いが、私達3人を一度に倒すことはできないだろう。君が反抗的な態度をとったら、私達の誰かが声を飛ばす。後は、想像できるだろう?』
渾身の力を込めて溢れ出てくるものを押しとどめる。
ダ、駄目、だ……フィーナが、どう、スル……なにか、手ガ……
ゆらりと、視界の端に黒い陽炎が揺らめいた。
『さあ、ゆっくりと出てくるんだ』
俺は、ゆっくりと畑から歩み出た。
『随分素直じゃん? そんなにフィーナちゃんが好きなの? ロリコン?』
タイチの声でフィーナと呼ばれるのが不快だ。
『挑発するなタイチ。ジロー、右腕だ』
『ああ』
ジローと呼ばれた白黒斑の犬が歩み寄ってきた。
不意に右手に違和感を覚える。見下ろしてみると、白黒斑から伸びた陽炎が俺の右腕に絡みついていた。
『私達はこんな姿だから君に手錠をかける訳にも、縛り上げて担ぐこともできないからね。無力化させてもらうよ』
俺の右の二の腕がグシャリと曲がった。
……
『悲鳴も上げないとは……手荒なことをして済まない。気休めだが後遺症の心配はない。後でタイチの能力で綺麗に治すよ』
『僕の機嫌を損ねないことだね! ふふん』
『改めて聞こう。君はアルスか?』
『……ああ』
『そうか』
『やっぱり嘘ついてたのか! 性格の悪い奴!』
『タイチ、静かにしていろ』
……
『マークス、こっちは片付いた。フィーナを人質に取ったとアルスに話したよ。合流しよう』
『承知しました』
『村長の家まで行く。付いてきてくれ』
……
…………
『お手柄ですね。ショウゴ』
『マークス、君がもう少し穏便に進めてくれたらもっとスムーズだった』
『それは失礼しました。以後気をつけましょう』
『人質は家の中かい?』
『そうです』
……フィーナの匂いがしない。
人質がいるという、村長の家の中からフィーナの匂いがしない。
「あぁ? なんだ犬が増えてるぞ?」
「目的の犬です。申し訳ありませんが、私が聞いたことしか喋らないようにして貰えますか?」
「ちっ! なんだってんだよ……」
「ゼークストさんはどこに?」
「頭は山の方に行ってる」
「呼んできて貰えますか?」
「ちっ、わか……た、たた」
騙したな?
ああ、騙されててよかっタ。
フィーナは捕まってナカッタ。
よし
殺ソウ
世界が灰色に染マッタ。
『ウッ!?』
「ヒ、ヒ、ヒヒィ!?」
人間は膝を付き、震え始めタ。
犬共もガクガクと足が笑ってイル。
皆、ひどく動きがゆっくりダ。
『け、結界!? ショウゴ、これどういうことだよ!?』
『わ、わからん! さっきまで会話をしていたんだ、人格はある! 結界を張れるはずがない……!』
『ショウゴ、タイチ……逃げるぞ。この結界はかなり深い』
ショウゴから陽炎が薄く立ち上った。
逃げる? チカラを使う? 俺の世界で、好きにはさせナイ!
憎悪と共に、ショウゴの陽炎をもぎ取った。ショウゴがビクリと震え、緩慢な動きでこちらを見た。
『な、なにをした? 跳躍、でき、ない……くっ! 散り散りになってにげるぞ!』
逃ゲル?
ダカラ逃ガス、ワケ、ナイダロ?
世界、俺の世界、俺のことは、なんだってワカル。
タイチ、1番逃げ出すのが早かったタイチ。コイツからダ。
タイチの前に”移動”する。
『ヒィッ!?』
目の前に現れた俺に、タイチが悲鳴を上げタ。
『なんで、なんでお前がワープできるんだよ!?』
すい、と喉笛に食いついた。やっと、噛みつけタ。
『アギャアアアァァ!! ショウゴ! ジロー! 助けてくれぇえええ!!』
『タイチッ!』
『よせ! 結界の中で獣に捕まったら助からん!』
血を啜る。肉を引き裂き、飲み込んダ。ああ、そうダ。腹が減っていたんダ。
『が、ぐぞぉ! ぐぞぉ!!』
治っていくナ。面白イ。チカラごと血を啜り、飲み込む。
『え、え、なんで……なぉ、なおらな、い、早く治さ、ない、と……おれ……グぇ』
大体食べたカ。次ハ? おや、2匹とも随分と遠くまで逃げられたナ。3メートルも、移動しているゾ。
頭に強い衝撃を受けた。左目が見えなくなる。石をぶつけられたカ? 石は喰えないナ。
不便だから左目を、治ス。ついでに、右腕も治ス。
『こいつ、再生しただと……!?』
『ジロー、攻撃はいい、逃げろ!』
『駄目だ。結界の深みに足を取られた。お前だけでも逃げろ……クッ!?』
ノンビリと、お話しカ? 白黒斑の前に移動して、喰いつク。
が、妙な膜に邪魔されタ。陽炎が集まり、壁になっていル。
ははぁ、念力? サイコキネシス? なるほどネェ。
構わず陽炎を食い散らし、白黒斑の右腕に噛み付いタ。
『うぐッ!』
右腕をへし折ってヤル。痛いダロウ? 痛かったゾ。
折った右腕は食べやすそうだったから、食べてやっタ。
それから適当にあちこち食べていると、死んダ。
さて、ショウゴ。次はお前ダ。
一生懸命逃げているが、逃げられないネェ。まだ、俺の世界の中ダ。
飛ぶ。
だが、思ったように”移動”できなイ。距離足りなイ。
しょうがなイ。石を陽炎で拾って投げタ。
ショウゴの左足に当たり、ショウゴは前のめりに倒れタ。
『リーダーが逃げたら、駄目じゃないカ?』
『結界が張れるのに意識がある、お前は何者だ?』
『アルスだ。死ネ』
何かが後ろから飛んでくる気配。それを陽炎を触手のように固めて撃ち落とす。すると、液体が飛び散っタ。
ジュワッ!
極少量の飛沫であったはずなのに、熱湯でも浴びせかけられたのかと錯覚するような灼熱感。激痛。あまりの痛みにのたうち回る。
いてぇええ!!
『ショウゴ、今の内です』
『マークス、すまない……!』
ショウゴの姿が掻き消えた。
いつの間にか俺の世界が無くなっていた。
逃がした? あいつは俺やフィーナを知ってる。生かしておいたらまた来るだろう。くそ、くそぉ!!
俺は怒りに震えながら立ち上がり、振り向いた。
マークスと呼ばれていたローブの男が片膝をついて息を荒げていた。
ローブの中には大小のポーチが見えた。ここからさっきの薬品を出して投げたのだろう。
男の後ろでは、さっき会話していたゴロツキが泡を吹いて倒れている。
『日本人の人数と、お前たちの本拠地を教えれば苦しまないように殺してやるけど?』
俺が声を飛ばすとマークスはにやりと笑った。次の瞬間、止める隙もない、流れるような動きでポーチから小さな瓶を取り出すと一気に飲み干した。そしてすぐにマークスは血を吐き、倒れた。
日本人を助けたい善意の研究員ってことは間違ってもありえないな。これは狂信者の類だ。
念の為、マークスの喉に炭化する程電撃をくらわし、倒れている男にも止めを刺した。
さあ、フィーナ、フィーナを探さないと……!




