【とある傭兵】割に合わない仕事
「あ~やっぱ止めときゃよかったんだよ」
俺は自分のスキンヘッドを撫で何度目かわからない愚痴を零した。
人が滅多に歩かない、獣道もない森の中を歩くのは疲れる。しかも今は真夜中だ。
夜に山歩きをしたくて傭兵やってるんじゃないってーのよ。
堕ちた獣にでも出会ったらどうすんだ。
「アッセンの方では始まる頃だな。あっちの方に行きたかったぜ」
「まったくだ。あっちは奪い放題殺し放題じゃねぇか。たまには美味しい思いをしたいねぇ」
隣を歩いている傭兵仲間も愚痴ってくる。
「アッセンは宿場だったよな。金も女もそこそこ揃っててよぉ」
「それに引き換え、この先の村はこの前の下見でもよぉ、ろくに女も居なかったよなぁ」
「おまけにどいつもこいつも貧乏そうで盗るものも無さそうだしよぉ」
「貴方達」
俺たちが気持よく愚痴っていると、澄ました声が後から割り込んできた。
舌打ちしながら振り返ると、案の定ローブを着込んで顔も見えない陰気な男が俺たちの後についてきていた。
俺たちの依頼人のマークスだ。
「略奪は特に禁止していませんが、まずは黒い犬からです。わかっていますか?」
「へいへい、何度も伺っておりますからねぇ」
まったく気に入らない野郎だ。
敬語なんぞ使っちゃいるが、俺たちを見下してるのが丸わかりだ。
「黒い犬を取り逃したら、後払いの報酬はありませんよ」
「へいへい、それも何度も伺っておりますからわかっておりますよ」
なんだってんだ出会ってからこっち犬犬ってよ。
今も犬を3匹も連れやがって。どんだけ犬好きだよ。
「……」
そう、なにより気に食わないのがこれだよ。
ちょくちょく黙りこんで犬と見つめ合ってんだよ。
なんだってんだ気色悪い。
今は1番でかい白い犬と歩きながら見つめ合ってやがる。
「ハゲ、雇い主様に逆らうんじゃねぇ」
「は、はい、スイマセンでした!」
やり過ぎて俺達の前を歩くゼークストさんに怒られちまった。
俺は傭兵をやって長いが、5つも年下のゼークストさんに逆らえねぇ。
腕っ節が強いのは当たり前だが、この人には説得力がある。
ゼークストさんが白といったら白なんだという説得力。
この人についていけば間違いないという安心感。
俺と同じ意見の奴らは多い。
「言い聞かせますか、マークスの旦那?」
ゼークストさんが振り返らずにポツリと呟いた。
背筋が冷える。
「先を急がなくてはなりませんので、不要です」
助かった……。額にかいた冷や汗を拭う。
「ククッ」
マークスと見つめ合っていた白い犬が不意に喉を鳴らした。
笑った……?まさかな。
ゼークスト傭兵団に所属する剣士は23人。
その全員がこの森の中を列になって移動中だ。
犬1匹捕まえるのに大げさなことだと思うが、マークスが言うにはただの犬では無いらしい。
この前商隊の護衛としてココ村に寄った時に見つけたも言っていた。
その時言えば俺に吠えてた時にふん捕まえたのによ。
おっと、そろそろココ村だな。
「貴方達は犬を燻り出すことと、注意を引くところまでお願いします」
マークスが作戦の再確認をする、と俺たちを集めた。
皆はマークスを中心に円になって座った。
「目標は黒い毛並みで右前足と腹が白い犬です。名前はアルスといいます」
マークスは銀色の小さな縦笛を腰の鞄から取り出した。
森に入る前に俺たち全員に渡されたものだ。
「見つけたらこの笛を吹いてください。この……犬達が駆けつけて対応します」
犬が対応ね……。
「間違っても1人で捕まえようなどと思わないことです。特別な力を持っている可能性があります」
特別な力? しかも黒い毛並みっていやぁ……アレだよな?
「マークスの旦那ぁ。そいつは堕ちた獣なのかい? 人に飼われてる珍しい堕ちた獣を旦那はご所望ってわけだ?」
マークスは黙りこむ。チラチラと足元にいる白い犬を見てる気がするが、どうしたんだ?
「そう思って頂いて構いません」
皆がざわついた。堕ちた獣とやり合うとは穏やかじゃねぇな。
「旦那ぁ、犬と堕ちた獣は随分と違うぜ? あれっぽっちの金じゃあ獣狩りは受けれねぇなぁ」
ゼークストさんは俺たちみたいに動揺しなかったが、不機嫌そうに腰に下げた剣を叩いた。
「俺らを騙していたんなら、あんたは雇い主じゃねぇ……敵だ」
ゼークストさんの怒りを察して、血の気の多い奴らが何人か剣を抜き放ち立ち上がる。残りの奴らも抜いてこそいないが、いつでも始められるように準備を始めている。勿論脅しだ。連れている犬がどんなに訓練されていようと、こっちは武装した男が20人以上も居るんだ。戦闘にすらならない。
マークスは慌てるかと思いきや、不気味に落ち着き払っていた。
「先ほども言いましたが、傭兵団の皆様に黒い犬と戦ってもらうつもりはありません。戦うのはこの3匹です」
勿論3匹とはマークスの足元の白と茶色、白黒斑の犬の事だろう。堕ちた獣とやるってことは……
「万が一、この3匹がやられた時は逃げてもらって構いません。その時も後払いの報酬はお支払いしましょう」
「その犬っころも堕ちた獣だってのか? みんな黒いもんだと思ってたが」
ゼークストさんは面白がるように犬達を見ている。この犬っころが堕ちた獣かもしれないって考えるだけでこっちは震え上がってるっていうのによ。
「ご想像にお任せします。大丈夫ですよ、貴方達が約束を守る内は襲いかかったりしません」
マークスがしれっと呟いた。
「夜明けを待つ。夜が明けたら適当なボロ屋を何箇所か燃やせ。村人が集まってくるだろうから、端からぶっ殺すなり捕まえるなりしろ。犬も飼い主と一緒に姿を見せるだろう」
ゼークストさんの作戦は単純だが有効そうだ。狭いとはいえ、村中を探すのは骨だと思っていたので助かる。
「なるべくで良いので飼い主を生かしておいてください。生きたまま連れて来て頂けたら報酬は倍払いましょう」
マークスが突然気前の良いことを言い出した。
「生きてさえいればいいのかい?」
「口が聞ける状態ならば問題ありません」
「犬っころに抱きついていたガキだろう? 逃がさないようにするのが手間だが、まあいいだろう」
ゼークストさんが皆を見回す。
「フィーナっていう茶色の髪、緑の目のガキだ。こいつ以外は好きにしろ」
面白くなってきやがった。危ない事は犬っころが引き受けてくれて、ガキを捕まえたら報酬が倍だとよ。
「いくぞ、お前ら!」
「「「おうッ!!」」」