23.村と村
なんだこれ!?
いきなりここに居ない人間の声が?
『アッセン村の村長はわしと同じく精霊の声が聞こえる者だ。それが助けを求めておるようだ……』
ババ様はぐっと目を瞑って考え込んでいるように見える。
『かなり慌てているな。周りの村全てに聞こえるように声を飛ばしたようだ』
『兵隊に襲われているって……』
『オーグライドの兵じゃろう。以前も国境を越えたことがあったようだが、アッセンまで来るとはな』
なんかいきなり地名が出てきて、なにがなんだか……
『ふむ……わかりやすく説明してやろう』
ババ様は後の棚から一枚の羊皮紙を取り出して、俺の前に広げた。
それは地図だった。随分縮尺が小さそうだな。国とか描いてなさそう。
『ここがわしらのココ村だ』
この村ってココ村っていうのか、初めて知ったぜ。……みんな村としか言わないから。
ココ村の周りにある山は大きな山脈の一部らしい。山を越えた先も山で村や道は記されていない。
『そしてここが先ほど言ったアッセン村だ』
ココ村から南に伸びた道の先にある村をババ様は指差した。
『商隊が来た道の先にある村なんだな』
『そうじゃ、この村に来るものはみなアッセンを通る』
ん、ちょっと待て。
『そのアッセンが兵隊に襲われてる!?』
『ああ、おそらくオーグライドの兵にな』
『ええっと、さっきも言ってたけどオーグライドってのは?』
『ここの土地はキルグフィッツという王国が治めておるのだが、隣国のオーグライドはここらの領土が欲しいらしくてな』
『じゃあ、アッセンが襲われたってことは、ここも襲われるのか!?』
『この村はアッセン以外に繋がりを持たぬ。兵もおらんのは誰もが知っておる。すぐに兵を向けられはせんが、略奪しにくることは確実じゃろうな』
略奪……? 金とか食い物とか奪われるってことか?
『すぐにでも村の者は山に入って侵略者共をやり過ごす必要がある』
『山に入る?』
『村に居たのでは、村の者は兵達に奴隷とされるであろう。何日になるかわからんが、兵隊が諦めて引くまで山に居ることになる』
奴隷にされる!? くそ、この村はすっげぇのんびりしてるから想像もしなかったが、奴隷制とかあるのかよ!
『山で昼夜を通して過ごすのは危険じゃ。堕ちた獣が活発に動き回っておるようだし、食料の備蓄も少ない』
おいおい、村の人があのイノシシみたいなのと出くわしたら死人が出るぞ。
『こんなことをお前に説明したのには訳がある』
なるほどな、なんとなくわかったぞ。
『お前に、偵察に出てもらいたい』
俺は思いっきりフィーナの匂いを吸い込んだ。
素晴らしい、この甘い匂い。いつまでも嗅いでいたい。
「あ、やっ、どうしたのアルス?」
そんなつもりはなかったのだが、ちょっとデリケートなゾーンに近かったのかフィーナが若干腰を引いた。
俺を落ち着かせるようと撫でてきた手をベロベロ舐める。
あー、いいっすね、この舌触り。働き者の土の味の中に混ざる汗の塩味がたまらん。
「随分甘えるのね? 寂しかったならずっと家に居ればよかったのに」
フィーナはニコニコしている。
フィーナの家はいつもの調子だった。もうすぐ夕飯が出てくるだろう。
奥からいつもの麦粥の匂いがする。
すっかり馴染んだ、我が家の風景。
『なあ、フィーナ。実は聞こえてたりする?』
ババ様は、声を飛ばす、と言っていた心の声をフィーナに向けて飛ばしてみる。
フィーナはニコニコしながら俺を撫でている。
『フィーナ、好きだぁーーーー!!』
無反応。悲しい。やはりババ様みたいな、精霊の声を聞けるって人としか話せないのか……
さて、そろそろ来るかな。
「ごめんくださーい」
リィザが玄関から入ってきた。
「あれ? リィザどうしたの?」
「うん、ちょっとババ様から伝言があって」
リィザは、よくわからないんだけど、と顔をしかめている。
「ババ様から?」
「うん、アルスをね、数日ほど預かりたいんだって」
「えっ?」
フィーナの手が俺の頭の上で驚きに跳ねた。
「どうしてもアルスがいないといけない儀式があって、それに何日もかかるんだって」
「そんな……アルスは大丈夫なの?」
「私も聞いたんだけど、アルスに危険は無いんだって」
まあ、危なくないように気をつけますよ、はい。
「で、でも……」
フィーナが泣きそうな目で俺を見る。
ババ様は、わしが必要と言えば嫌とは言えないはず、とか怖いこと言ってたけど、フィーナはなんとか断る口実を探しているように見える。
「アルスにはネズミを獲ってもらわないといけないし……」
「んー、断る理由にしちゃ、ちょっと弱いんじゃないかなぁ」
リィザはフィーナの味方のようだな。ババ様も言うこと聞かないとか言ってたな、そういや。
「うん……」
「ババ様、言い出したら曲げないからねぇ」
まるでババ様が我が儘言ってるような言いようだな、言いつけるぞ。
「リィザちゃん、ババ様がどうしたの?」
サレアさんが手を拭きながら奥から出てきた。
「あ、それが……」
リィザがさっきの説明を繰り返すと、サレアさんが驚きに目を見張った後に微笑んだ。
「ババ様のお手伝いなんて光栄なことね」
ババ様のネームバリューすげぇ。村長さんの名前よりも、ババ様の名前の方が村の人の会話に出てくるぐらいだもんなぁ。
「……あの、でも」
「フィーナ、危険は無いってババ様が言ってくださってるんだから、大丈夫よ」
「まあ、そうね。性悪だけど、嘘はつかないわよババ様」
リィザよ、本当に言いつけるぞ。
「寂しいのはわかるけど、ほんのちょっとじゃない」
サレアさんがとりなすようにフィーナを撫でるが、フィーナの表情は晴れない。
「うん、わかった……」
フィーナの手にぎゅっと力が篭った。
納得はいってないんだろうが、ババ様の言う通り、逆らい難いんだろうなぁ。
「ワン!」
大丈夫だぜ、フィーナ!
「アルス、ごめんね」
フィーナが俺を抱きしめ、ちょっと涙声になる。
そんな今生の別れみたいなことされると、ちょっと心配になってくるじゃないか。
ああ、しかし、フィーナの首筋の匂いは素晴らしい……。
「じゃあ、ごめん、アルスをすぐ連れてこいって言われてるから、連れてくよ……?」
リィザが俺を抱きしめたまま動かないフィーナに恐る恐る声をかけてきた。
「うん……」
俺もフィーナの傍を離れるのは嫌だが、フィーナの安全の為だ、仕方ない。
「じゃあ、アルス行くよ?」
「ワン!」
残業で遅くなってしまいました・・・