22.ババ様
ババ様は確かに俺の思考に返事をした。
煩いから静かにしろ、とも言った。
なに? どういうこと? この人、心が読めるの? なにそれ怖い!!
『煩いと言っとるだろうが。ああ、黙り方もわからんのか』
ババ様の声がまた頭の中に響いた。
だ、黙り方って、え、そもそも話してないですけど?
「アルス、離れに来い。……お前たちは来るでない」
ババ様はそれだけ声に出して言うと、さっさと出て行った。
「どういうことだ……?」
「アルスを退治する、とかじゃないよね?」
リィザが物騒なことを言う。
え、行きたくない……。
『ぶつぶつ言ってないで早く来い』
姿が見えないのに声だけ響く。
これ、リィザ達には聞こえてないのか?
えぇ~……二人っきりになって大丈夫だろうなぁ?
『本当に退治してやってもいいんじゃぞ?』
すぐに参ります。
離れというのは、リィザんちの母屋の裏に建っている5メートル四方ぐらいの藁葺きの小屋だった。
壁のあちこちに赤い塗料で電子機器の基盤のような模様が描かれていて、軒先には束ねた植物が沢山吊るされている。
入り口は扉では無く、円がいくつも描かれた布が下げられているだけだったので、布を潜って中に入った。
部屋の中は全ての壁際に大きな棚があり、棚全てに瓶やら薬草の束、木箱なんかが押し込められていた。
床には絨毯が敷かれていた。この村で初めてみたな、絨毯。
ババ様は入り口に正対する部屋の奥に置いてある座布団にあぐらをかいて座っていた。
ババ様の正面に置かれているランプに顔が下から照らされ、雰囲気十分である。怖い。
『余計なお世話じゃ。何も考えず、そこに座れ』
はい……
俺はババ様の正面に座る。
しかし、本当にこれ、どういうこと? 心が読めるの?
『疑問があるなら答えてやるから、まずはわしの言うことを聞け』
あ、はい。
『よいか、自分の頭の周りに壁を張り巡らせるよう、想像をしろ』
壁?
『そうじゃ、自分を守り中からも出て行くことができないものであれば、木でも石でもなんでもいい』
んー、頭は地面に置いてあるわけじゃないから壁っていわれてもなぁ……よし、バリアーならどうだろうか。
光の膜が俺の頭の周りを覆っているような想像をする。
『バリアー? まあよい』
ババ様は訳のわからない単語にわずかに顔をしかめるが、話を続けてくれた。
『お前の声はその壁を突き抜けて外に届いておる。誰にでも聞かれてしまう状態だ』
え、ババ様以外には聞こえてないみたいだけど?
『やかましい。余計なことを考えるな』
うお、怖えぇ。声を荒げる訳じゃないのに、ぐっと心を押されるような迫力に俺は震え上がった。
『お前声はこれから壁に阻まれて外に届かぬ。それを自分に言い聞かせろ。常にその状態を維持しろ』
んー、考え続けろってのは無茶だと思うが……こうか?
『ほう』
ババ様が少し驚いたように、目を見開いた。
『随分と静かになったな。なかなか才能はあるようだ』
お、上手くいった? これで思考だだ漏れじゃないんだな?
じゃー、俺の質問に答えてくれるんだな?
『……』
え、ちょっとなに黙ってるんだよ!
『……どうやら思考を閉じすぎているようだな。言いたいことは門から出て行くようにしろ』
バリアーに門だと……これは想像しにくいなぁ。
拡声器みたいなもので声を飛ばす、というのはどうだろう。
『あー、あー、聞こえますかー?』
『……飲み込みの早いことだ。リィザもこれぐらい言うことを聞けばわしも引退できるのだがな』
リィザが誰かに聞いた体で精霊がどうとか、堕ちた獣のどうした~とか話すことがあると思ったら、ババ様に聞いたことだったのか。
いや。そんなことはどうでもいい。
『色々聞きたいことがあるんだよ!』
『なんじゃ』
『え、えぇと……』
なにもかも全部過ぎて、まず最初になにを聞くべきか……
よし、まずは想像の裏付けから
『日本って国、知ってる? ジャパンでもいいけど』
『知らんな。ニホン? ジャパン? 妙な名前の国だな』
『ですよねー』
まあ、世界には日本のこと知らない人もいるだろうけど……
『俺はそこに住んでて、いつの間にかここの北の山に犬として生まれてしまったんだけど……』
『犬として生まれた?』
『ああ、俺は元々人間なんだよ』
ポカン、とババ様は僅かに口を開いた。
『人間だった? にわかに信じられん話だな』
『俺も最初は夢かと思ってたよ。まあ、それはともかく』
話が逸れそうになってた。
『俺が人間に戻る方法とか、知らない?』
『知らん』
即答。
ですよね。人間が犬になる、ってこと自体が信じられないって話でしたもんね。
『悪事を働いた男が精霊様に罰として岩にされた、といった話は各地にあるがな』
『それは子供に言う事を聞かせる方便じゃないですかぁ……』
『そうかもしれん。が、そうでもないかもしれぬ。……で、聞きたいことはそれだけか?』
『まだまだありますよ! ええっとね……』
俺は次々と疑問を口に出そうとした、その時
『誰か! 助けてくれ! アッセン村の村長だ! 村が兵隊に襲われている!』
知らない爺さんの声が頭の中に響いた。