16.市場 前編
その日は水汲みは無かった。
フィーナ達はおばちゃん達の手伝いで広場で豚汁のようなものを作り、お出迎えの準備である。
あぁ、肉の匂いがする。肉、肉が入ってるぞ……!
「アルス、そんな物欲しそうにしてもあげないからね!」
くっ! リィザ、お前がくれないのはわかってんだよ……だがフィーナなら!
ハッハッハ、と息も荒く、フィーナを見上げてみる。
「だ、駄目だよ……これはおもてなしのお鍋なんだから」
ちぇー……いいよもう。適当に時間潰してよ。
木陰でお昼寝でもしちゃうもんね。
「くっくっく、拗ねてる拗ねてる」
「リィザ、そんな風に言うからアルスから意地悪されるんだよ?」
「いーのいーの、後で干し肉でもあげれば、コロッと機嫌よくなるんだから」
聞こえてるぞ。干し肉は頂くので、持ってくるといいよ。
しばらく、ピーヒン商会とやらを待ってソワソワしている村人を眺めていると、村の入り口がざわめいた。
馬の匂いが漂ってきて、ガラガラと車輪が土を噛む音が聞こえる。お、きたか?
間を置かず、村の入り口から4tトラックぐらいの大きな幌付きの馬車が4台入ってきた。
馬車は馬2頭で引かれていて、護衛っぽい剣を下げた男たちが徒歩で馬車の脇を固めていた。
うお、思っていたよりも大人数だなぁ。
「ピーヒンさん、よくお出でになった!」
「おお、トトスさん、またお邪魔するよ」
先頭の馬車の御者台に座ってる30過ぎぐらいのひょろっとした黒髪のおっさんが、村長さんと挨拶を交わしている。
なるほど、このおっさんがピーヒンか。村長さんってトトスって名前だったのね。
ピーヒンは馬車から降りると村長さんと話し込み始めた。
馬車は慣れた様子でそれぞれ広場の4辺に停車し、荷物を広げ始めた。
村の男たちは近くの倉庫に仕舞ってあった籠やら網やら織物やらを出してきて広場の隅に積み上げ、女の人達は豚汁的なものをお椀によそってお盆に並べ始めた。
一気に広場が熱気に包まれた。
おー、なんか凄いな。
む、フィーナがお盆も持って、豚汁的なものを配りにいくようだ。護衛しないとな。
ちょっと小走りでフィーナの後ろにつく。
「長旅、お疲れ様です。よかったらどうぞ」
「おー、フィーナちゃん、大きくなったなぁ」
荷降ろしが終わったらしいおっさんが、ニコニコしながらフィーナからお椀を受け取る。
なんだ、顔見知りか。外の人が来ると物騒みたいな話をしてたから、もっと剣呑な感じかと思ってたぞ。
「前から半年も経って無いですよ?」
「いやぁ、半年も経てば大きくもなるって! お母さんに似て、美人になってきたよ」
「はぁ、ははは……」
親戚のおっさんみたいな事いうなぁ。
フィーナは反応に困ってとりあえず笑っている。
ふいに、おっさんと目が合った。
「えっ!」
おっさんが超ビビってる。違うよー、堕ちてないよー、ほら右手右手。
「ウチのアルスです」
「あ、あぁ、犬を飼いはじめたんだね……いやぁ、ビックリしたよ、黒いから」
なんか村の人からはあんまり驚かれないから忘れかけてたけど、やっぱり黒いとこんな反応なのかぁ。
フィーナは無言で愛想笑いをして、会話を切り上げお椀を振る舞う仕事に戻っていった。
その対応だと、めっちゃ頭にきたぜって向こうに伝わると思うんだけど、いいの? いいのか。
俺の事で怒ってくれるフィーナはええ子やで……
馬車から売り物が全て降ろされると、買い物タイムが始まった。
4つの馬車には商品がカテゴリー分けされて詰め込まれていたらしい。
調味料と酒と調理用品、衣服と装飾品、農機具と刃物、小さな家具と照明器具、そんな感じに分かれてるように見えた。
村人達は自分が興味がある物が広げてある馬車の前に集まって、アレコレと話しあったり値切ったりしてる。
おぉ、凄い人数だ。この村、こんなに人が居たんだな。
フィーナは何が気になるか、といえば、もちろん服と装飾品である。
水汲み場でよく話している面々とキャアキャア言いながら服を当ててみたりしてる。
楽しそうでなによりだが、暫く見てると飽きてきた。
この人数で固まってるんだし、ちょっと目を離しても大丈夫だろう。
ちょっと気になる刃物コーナーを覗いてみることにする。
本物の剣なんて見たことなかったからね~、どれどれ。
やはり田舎の村で売るからか、まさに剣!みたいなものは少なく、大半は鉈とかナイフみたいなものだった。
俺は端の方の剣コーナーに移動する。人が少なくて見やすいね。
んー、いいなぁ。この1メートルぐらいの剣。両刃でカッコいい……振ってみたいなぁ。犬の体じゃ無理だけど。
咥えて振るにしても、ナイフぐらいが精々だよなぁ。
「ねぇ、トトスさん。この剣なんかどうです、いざという時の為に」
「えぇ? 剣なんてそんな……」
お、村長さんが剣担当の商人らしき人のセールスを受けてるぞ。
なんか買いたく無さそうだ。まあ、何斬るんだって話だよな、この村だと。
「この剣を勧めるのもね、この村を思ってのことなんですよ? 最近堕ちた獣が増えてるらしいですからね」
「堕ちた獣が?」
「えぇ、恐ろしいことですよ。物騒なんで、今回は護衛の傭兵を増やしたぐらいで」
「ああ、いつもよりも人数が多いと思ってはいました」
「ですから、この村も備えてみては如何かとね、老婆心ながら思ったんですよ」
「しかし……」
「この剣はですね、聖別されておりまして、堕ちた獣に効果は抜群ですよ」
え、なに、聖別とかカッコいい単語が聞こえたぞ。
ちらりと商人と村長さんの方を見てみると、確かに商人の持っている剣は上等そうだった。
両刃で剣の腹になにか文字のようなものがびっしりと彫り込んである。
それになにか、ぼんやりと陽炎のようなものが刃から上がっているように見えた。
あれが聖なるパワー的な何かかね?
「聖別? 本当に?」
「嘘なんてつきませんよ! どうです、この見事な聖紋は! 実は王都の寺院から取り寄せたものでしてね……」
ん? この二人には陽炎が見えてないのか? 聖別が疑わしいならまずそこに言及すると思うんだがなぁ。
多分本物だよ、と言いたくても言えない。
さて、村長さんは放っといて、ナイフの方も見てみるとするか。
こっちは無闇に種類が豊富だ。
片刃がメインで、たまに両刃だったり、反りがあったり……あれ?
なんかこのめっちゃ短いナイフ、刃は普通だけど、さっきの聖別した剣と同じような陽炎が出てるぞ。
特別製なんだろうか。でも、他のナイフと混ざって適当に置いてあるんだよなぁ。売る方も気がついてないとか?
「おや、アルスじゃないか」
不意に声をかけられた。
この声はリィザの兄ちゃん、フィンだな。
振り向くとやはりフィンだった。今日はガッチリとした狩人装備ではなく、普通のおっさんみたいな服着てる。
いや、フィンは若いんだけど、俺から見ると実におっさん臭い格好してるんよ。特に毛皮のベスト。
「フィーナは……いないか」
残念でしたねぇ。ふふーん。
「お兄さん、何かお探しで?」
「ええ、予備のナイフを買いたいなと」
村長さんに剣を売りつけることが出来なかったらしい商人が、さっきの剣を陳列に戻しつつフィンに声をかけてきた。
「でしたらコレなんかどうです? 王都の有名な工房で作られた業物でしてね」
「いや、そんな大げさなものじゃなくても」
「大げさに感じるかもしれませんが、良い物は長持ちしますからね、結局は安くつくんですよ」
おー、押されてる押されてる。
商人の持っているナイフは確かに切れそうだけど、デカすぎて狩人が使うイメージが沸かない。
んー、こっちでいいんじゃない?
俺はフィンの足をつつき、陽炎が出ているナイフを鼻で押した。
「ん? これか?」
お、通じた通じた。フィンが陽炎の出てるナイフを手に取る。人が手に持つと刃渡りの短さが際立つね。拳1つ分ぐらいしかない。
「使いやすそうだな」
「あー、お客さん、それは数打ち品だよ? 私としてはあんまり……」
いや、なんか陽炎出てますけど? やっぱり見えてないんだな。
一方フィンは目を細めてじーーーっと手に持ったナイフを見つめている。
なんか、新聞を読む爺さんみたいな目つきだな。
「……なるほど。すいません、これを買わせて頂きます」
「はぁ、そうですか。銅貨10枚になります」
おいおい、商人よ、高いのを売りつけられなかったからって拗ねるなよ。
フィンは代金を支払うと、ナイフを鞄にしまってから、しゃがんで俺をじっと見つめてきた。
む、なんだなんだ。
「確かにリィザが言う通り、お前は不思議な奴だな」
……なんのことでしょうかネー。
プイと目を逸らした。




