14.師匠
フィーナにまずい飯を食わせてしまった事はまさに痛恨。
タヌキは不味い。心に刻んだ。
なにか埋め合わせをしないと面目が立たないので今日は水汲みの後、北の山に来てみた。
食えそうな獣でも見つけられれば~と思ってのことだが、よくよく考えてみれば、山に入っても獣の探し方がわからん。
流石に行き当たりばったり過ぎたか……
匂いを追ってみるのも考えたんだが、色々な匂いが四方八方に広がりすぎてよくわからん。
適当な獲物を求めて山をひたすらウロウロして歯ぎしりする。
効率的ではないのはわかるんだが、どうしたもんか……ん? なんだこの気配?
俺より大きな獣の気配を遠くに感じたので、とりあえず近づいてみる。
草をかき分け、木の根を超えて~、歩いて走った先に、キッシュが居た。
向こうもこっちに気がついていたらしく、俺が来る方向をじっと見られてた。
あの時以来の再会だね。キッシュがここに居るってことはリィザの兄ちゃんも近くにいるのか? 狩人がいるってことは、俺の狩場の選定は間違ってなかったことかね?
まだ、キッシュに見られてる。
「ワフッ」
どうも、こんにちは、どうですか調子は?
会釈なんかしてみたりして。
「クゥン……」
こっちはさっぱりですわ~。ネズミならプロ級なんですけどね?
……
キッシュさん、相変わらずのノーリアクションですね。
と、思ったらゆくりと振り向いて後ろの茂みに入っていった。
なんかゆっくり行ったのが、気になるな。ついて行ってみるか。
俺が追いつくと、キッシュは歩くスピードを上げた。
お、なんだなんだ。俺が追いかけると、どんどんスピードは上がり、俺がギリギリついて行けるほどの駆け足になった。
背の高い草むらを避け、木々と茨の間を縫うように走る。
お~人について走るのって気持ちいいなぁ。
ふいにキッシュがスピードを落とした。
目の前にはやや背の低い草むらが広がる草原のような地形だ。
ああ、残念……もうちょっと走ってたかったなぁ。
ん? あれ? キッシュどこいった?
さっきまで目の前にいたキッシュの姿が見当たらない。え、マジで消えた?
「グルゥ」
うお、ビックリしたっ! 姿勢を低くして草むらに紛れ、気配を消してたのか。俺の倍もある体でこんなに見えなくなるなんてすげぇ。
俺がキョロキョロしてるので、声を出して知らせてくれたらしい。どうもすいません。
俺も習って隣にしゃがみ込む。なにかあるの?
キッシュの視線を追うと、細い細い草むらをかき分けた後があった。
お、これはまさか、獲物の通り道ってこと? 待ち伏せってこと? よしきた!
じろり、とキッシュに見られた。
あ、尻尾振ってました。すいません。
じっとする。
……
本当に動かないな、キッシュ。
……
することないので、ゆっくりと周りの匂いを嗅ぐ……あれ? キッシュのこの匂い、もしかして女!? え、マジで!?
俺の尻尾が跳ねて、じろりとまた睨まれた。あ、すいません。
しかし、キッシュがメスとは。こうなってくるとこの無愛想な対応もクールなお姉さんみたいな印象になってくるな。ちょっとドキドキしてきた……現金だな俺。
ん? なにか来た?
トコ、トコトコ。と、足音が聞こえる。お、お……
ウサギだ。
キョロキョロと周りを見回し、オドオドと右手の方から歩いてくる。
警戒してるな……より気配を消すべく気合を入れる。
と、その途端ビクリとウサギが立ち止まった。
あ、あれ? なんでだ?
キッシュの方を見ると、さっきとまったく変わらない様子で伏せている。まったくの自然体。
なるほど、頑張るとか、力んだりしちゃ駄目なのか? 体の力を抜き、キッシュの真似をしてみる。
ウサギが警戒を解き、また歩き出した。ウサギってこんなに用心深いのか。道理で歩き回っても出くわさない訳だ。
……
めっちゃ近い、手で触れられそう。
キッシュさん、まだですか?
あの、行っちゃいますよ?
あ、ウサギが本当に通り過ぎていって……キッシュが動いた。
ウサギの後ろから襲いかかり、首根っこに噛み付いた。
まるでウサギの方から吸いついてきたようにすら見える、見惚れるような動きだった。
ネズミに力いっぱい跳びかかって、力任せに噛みつく俺とはキレが違うぜ!
猟犬すげぇ! 師匠と呼ばせてください!
師匠は暴れようとするウサギの体を前足で押さえると、顎をひねり上げ、ウサギの首をあっさりとへし折った。
そしてウサギを咥えたままスタスタと歩いていった。
……
ちょ、待ってよ!
「お、キッシュよくやった。……ん? アルス?」
キッシュが歩いていった先にはリィザの兄ちゃんこと、フィンがしゃがみ込んでなにかやっていた。
俺を見てフィンはキョトンとした後、あたりを慌てて見回し始めた。
残念でした。フィーナは居ないぜ? あ~あ、ため息ついちゃってまぁ。
「……お前はどこにでも居るなぁ」
あれ、そんな印象? そんなにウロウロしてるかなぁ。
フィンはキッシュからウサギを受け取ると、ナイフでさっと首に切れ込みを入れると木に逆さに吊るして血抜きを始めた。
そしてすぐまた、さっきと同じところにしゃがみ込んだ。
なにやってんの? ちょいと近寄って、手元を覗き込んでみる。
「おっと、人見知りしない奴だな」
犬って人見知りするん? まあ、それはともかく。
フィンは罠を作っているようだった。
浅く穴を掘り、その中に輪っかを作って設置している。
ここを通りかかった獣の足に引っ掛ける罠ってことだろうか。
いや、なんか輪っかの真ん中に木札みたいなものが……
「起動、捕縛の3番、日の一巡、縫い止め停滞せよ」
フィンがブツブツ呟いた途端に、木札から妙な気配が立ち上った。
ひしひしと感じるヤバい雰囲気。堕ちた蛇と似た、威圧感。
気配はフィンが左手の人差し指を縦に2回振ると掻き消えた。
その後すぐ罠の上に落ち葉を乗せてカムフラージュしている。
え、なに今の? 呪文? 魔法? ……うそん。
いや、なんとなくそうじゃないかなぁ、とは思ってたよ。うん。
だって聖水かけられて悲鳴あげる蛇とか聞いたことないしね。
おまけに、発電できる犬とか存在する訳ないよね。
地球には。
……
ここって、地球のどこかの国じゃ、無いんだな。
なんとなく、認めたくなかった。
ちょっと色々な現象がキャパオーバーでね。
ここで、どんなに走ろうと、日本には辿り着けないんだなぁ。
勿論フィーナを置いて行くつもりは無かったけど、行かない、と、行けない、では雲泥の差だよね。
まあ? やることは変わりませんけどね?
あー、モヤモヤする! 考えないようにしてたけど、なんで?、が頭を占領しそうになるぜ。
「アルス、どうした?」
しょんぼり項垂れて動かない俺を、フィンがそっと撫でた。
「俺たちは帰るよ。お前もくるか?」
そうですね、お供します。




