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95.カルグナッツ

 ケッセルフを出発してから、天気が悪くなった。

 縁起が悪いなぁと苦々しく思っていると、雲が見る見る黒く低くなり、すぐに雨が降りだした。遠くでだが、雷まで鳴っている。

 一応幌がついている馬車だが、それに防水性など無いようで雨がどんどん染み込み雨漏りのように垂れてきた。

 マクルシオンがぶつぶつ言うかと思いきや、淡々とマントを頭から被って静かにしている。

 なんか、よくあることで慣れてる、みたいな様子は、ちょっと胸にくるな……


 俺は薄く守護の9番を起動して傘にした。


 びしゃびしゃと雨が道を叩く音、車輪が地面を回る音が響く。


「アルス、それはなんだ?」

 雨漏りが俺を避けていくのが気になったのかマクルシオンが声をかけてきた。

『守護の9番使って雨を防いでるんだけど?』

「守護魔法で雨を防ぐだと……? シクシリス、できるのか?」

「防ぐことはできますが、展開し続けることなどできません。できない、はずです」

 馬車は4畳ほどで狭く御者台に座るシクシリスもすぐそこなので会話が聞こえていたようだ。

『結構燃費が良いからこれぐらいだったら半日は余裕で持たせられるぜ?』

「ネンピ、というのはわからんが、お前が規格外だということは改めて解ったぞ」

「9番系を展開し続けるなんて……」

 シクシリスがまた怯えている。

『魔法についてる3番とか9番とかって意味があるのか?』

「知らずに使っていたのか!?」

『オーグラドの祝福者が使ったから奪ったってだけだからねぇ』

「……シクシリス。説明してやれ」

 あ、解説をシクシリスにぶん投げやがった。


「魔法はその効果の強さ、規模、式の複雑さにより番号をつけるのです。1番から始まり、10番が最後です。ですが全ての魔法に1から10番まで設定される訳ではなく、拡声系の魔法などはそもそも強度や複雑さがさほどでもないので、最高でも5番までしかありません」

『なるほど、じゃあ、今使ってるのは9番じゃないかもな。薄くしてるから』

「え!? 触媒無しで魔法を使う上に、等級の調整をするだなんて……」

 シクシリスが絶句した。そんな事言われてもなぁ。

「それもお前だけの能力か?」

『エスタやキョーコが魔法を使ってるところ見たことないからなんとも言えないが、俺みたいには使えない気がするなぁ。俺は奪った魔法を使ってるだけだし』

「やれやれ、ロクト爺が眼の色を変える訳だ」




 雨はそれからも降ったり止んだりで、実に不快な旅路だった。雷も相変わらずゴロゴロいっている。

 馬車から見える風景も森が8に原っぱが2ぐらいの割合で代わり映えがしない。

 たまーに、見回りの騎兵とすれ違い、シクシリスが名乗りを上げるのが唯一のアクセントだ。


 何日もそんな感じで鬱々と過ごしていると、退屈で死にそうになった。

 ああ、フィーナは今頃何してるかなぁ。もう城で働いてるのだろうか。


「マクルシオン様、カルグナッツが見えました。」

「やっとか」

 マクルシオンも流石に飽き飽きしていたらしい。

 シクシリスの隣に出てみると、道の先、開けた平原に城壁が見えた。あれがカルグナッツか。ケッセルフと違って平原にあるんだな。城壁の近くに木が生えていたりもするが、さほど密度が高くない。

 ざっと見渡してみるが、もちろんオーグラドの軍隊は見えない。平原といっても丘もあれば多少木も生えてるので、その影に隠れてるのかもしれないが。

 昼前には着きそうだなぁ。



 城門の通過は顔パスで実にスムーズだった。流石は領主の息子。到着を知らせる為の伝令として門番の1人が城に向かって走っていった。 

 馬車に乗ったまま、街の中を進む。街の様子はケッセルフとさほど変わらないように見えるが、雨が振ってるので全然人が歩いておらず静かだ。

『このまま城に行くのか?』

「いえ、まずはマクルシオン様の別宅にて身を清めてから、城からお呼びがあるまで待機することになります」 

 考えてみれば当たり前だが、貴族といっても城に住んでいる訳ではなく、城の周りの貴族街に家を持っているのが普通らしい。

 マクルシオンも成人した時に家を持ったのだとシクシリスが説明してくれた。


「お帰りなさいませ、マクルシオン様」

 マクルシオンの家は、城にほど近い大きな通りに面した石造りの屋敷だった。

 知らせがあったのだろう、使用人が家の前で待っていて出迎えてくれた。

「出迎えご苦労。……ラライア、久しぶりだな」

「マクルシオン、少し痩せたのではなくて?」

 少し豪華な服を着ている女の人は使用人では無いらしく、マクルシオンと言葉を交わし、肩を撫であったりしている。

『ラライア様はマクルシオン様の奥様です』

 そっとシクシリスが声を飛ばして教えてくれた。

 こいつ、結婚してたのか……なんか子供っぽいのに意外だ。

『なるほどね。ところで、俺は馬車から出てもいいの? 悲鳴上げられたりしない?』

『大丈夫です。アルスさんの事はダルクスト様からご報告があったはずですし、先触れでも伝えてありますので』

『わかった』


 それでも俺が馬車から飛び降りると、メイドや執事がぎょっと身を固くするのがわかった。まあ、こっちとしては慣れた反応だ。

「この子がアッセンの奇跡の? 本当に黒いのね」

「そうだ。さあ、雨に濡れる。詳しい話は後でだ」


 俺は一旦マクルシオンと別れ、シクシリスと使用人用の控室みたいなところに通された。

 シクシリスは勝手知ったる感じでささっと旅装を解いて、体を拭き、街用らしきちょっと豪華なローブを籠から引っ張りだして身に纏った。

 俺は特にする事もないので寝そべる。ああ、雨漏りを感じない乾いた床が心地よい。

 軽く伸びをしていると、ドアの影から俺を見つめる子供と目が合った。

 目をまん丸にして俺をガン見している。なんとなく俺も見つめ返す。

「……? あぁ、メルシアン様。シクシリス、ただ今戻りました」

 見つめ合う俺たちに気がついたシクシリスが子供に声をかけた。子供は俺から目を離さず、とことこと後ろに小柄なメイドを連れて部屋の中に入ってきた。金髪の幼稚園児ぐらいの男の子だ。シクシリスが様付けるってことは……

『マクルシオンの子供?』

『はい、そうです。私が家庭教師を勤めておりまして、親しくさせて頂いています。私が長く家を空けていましたので、様子を見にいらっしゃったようです』

 やっぱりか……あいつ、もっとしっかりしろよ。


「この犬、どうしたの?」

 メルシアンは俺のすぐ傍まで来て、俺の顔を覗き込んできた。あまりの近さにシクシリスがちょっとソワソワしだす。

「ケッセルフからのお客様ですよ」

「犬がお客様なの?」

「そうです。名前はアルスといいます。賢く、強いのですよ。あまり、その失礼な事は……」

「アルス! 精霊様だね、習ったから覚えてるよ!」

 知ってる単語に興奮したのか、メルシアンにバンバンと叩かれた。子供は力加減を知らないので案外痛い。シクシリスが顔色を変えた。メルシアンの後ろのメイドも顔を強張らせた。

「メルシアン様! あまり乱暴なことをしてはいけません! 犬でもお客様なのですから」

「うん、わかった」

 確かに叩くのは止めたが、今度はべたべたと触り始めた。なんだ、犬とか珍しいのか?

「シクシリス、この犬、大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、モイラ。あと、アルスは人の言葉がわかりますから、あまり滅多な事は言わないでくださいね?」

「へぇ、訓練されてるのね?」

 メイドは若干誤解をしているようだな。待てとか行けとか命令を聞く犬と同じに思われたかな? まあ、いいけどさ。

 詳しく説明すると日本人だなんだと、長くなるからかシクシリスはそれ以上何も言わずに曖昧に頷いた。そして、俺の方を見て顔色を変えた。

 シクシリスが目を離している隙に、メルシアンが俺の背にまたがっていたからだろう。

 いやあ、元気なお子さんですねぇ。触られたり、引っ張られたりで寝てらんないから、立ったんだけど、そしたらすぐに俺の背に飛び乗られた。恐れを知らん奴め。ココ村の子供でもこんな事はしないぞ。

『アルスさん、大丈夫ですか!?』

『まあ、別にどってことないけど?』

 誰も彼もが俺の事怖がるから、こんな子供っぽいリアクションは新鮮で面白いと思ってるぐらいだ。


 振り落とさないようにゆっくりと歩いてやるとメルシアンは大喜びだ。シクシリスは相変わらず心配そうにハラハラしていた。

 暫くそうやってメルシアンと戯れて暇をつぶした。


 城から呼び出しがあった、と連絡があったのは、そろそろ日も暮れようかという時間だった。

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