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91.十六夜

 日本人同盟の人間だと!?

 俺とエスタがほぼ同時に構える。リィザはいきなり声を飛ばした男をポカンと見ていた。


『ああ、驚かせてすみませんね。本当はもっと自然に出会うつもりだったんですが……いやぁ、厄介な魔法を作ったようですねぇ』

 エスタがじわじわとイザヨイの視界外に移動していくのが見える。

 くそ、兄弟達は今日は農地の方に行ってるんだよ。なんて間が悪い。

『……いきなり殺さないでいてくれて、ありがとうございます』

 殺されてもおかしくなかったと認識しているのに、少しも緊張した素振りを見せなかった。随分と太い肝持ってるな。

『なんの用だ?』

『一度貴方とお話しをしたいと思ってましてね。居場所が掴めましたので、足を伸ばした次第で』

 俺の居場所を掴んでいる、というアピール……警告か?

『俺はお前らとは話すことはないと、思ってるんだけどね。首狩り族め』

『その件ですが、えぇっと……誠に失礼しました』

 イザヨイが俺に向かってずいっと頭を下げた。なんだこいつ?


『こちらも一枚岩ではないので、スタンドプレーを防げませんでした』

『ふーん』

 なんと言われようとねぇ。

『ですが、なんと言い繕っても、言葉に信を置いて頂けませんよね?』

『そうだな』

 俺は勤めて硬い声を出して、全力で気配を探る。透明化してる犬は察知できないだろうけどな……くそ!


『では、こういうのはどうです?』

 不意にイザヨイがズボンのポケットから小石を取り出した。

 なにするつもりだ?

 警戒し、魔法を使って防御までする俺を気にもせず、イザヨイは小石を井戸の方に放り投げた。


『ちょっ、きゃっ!?』

 飛んでいった石は井戸の前で不自然に跳ね、そこにこつ然ときつね色の小型犬が現れた。

「えぇ!?」

 リィザが素っ頓狂な声をあげた。俺も驚きに息を呑む。

『な、なな……なにするんですか!?』

 きつね色の犬から声が飛んでくる。日本人……ってか、この声は国境で声を掛けてきた日本人か?

『部下のマイです。敵地に潜入する私についてきてくれましてね』


 く、これが仕組まれた予定通りの行動なのか判断がつかない。

 透明になっていたマイは本気で驚いたようだし、焦っている。匂いからも明らかだ。


『今、シクシリスさんを呼び戻して、魔犬探知の魔法が透明化を見破られるか、試してみてはどうです?』

 こいつ、本当にどういうつもりだ……?

『そんなことしたら、同盟にとって結構まずい事になるんじゃないか?』

『これで信用して頂けるなら安いものです』


 えぇい! 確認してみるのは害にはならない。やってみるか。


『シクシリス! 戻ってこい! 緊急事態だ!!』

 全力で声を飛ばすと、イザヨイ以外が一斉に顔をしかめた。

『なんて大きな声だ。とんでもない魔力量なんでしょうね』

 本当にこいつはペースを崩さないな……



「あの、これは一体……?」

 呼びつけられて戻ってきてみると、何故か俺の前に座っている仮名ラルクにシクシリスは戸惑いの声を上げた。

『こいつはやっぱりオーグラドの日本人同盟の人間だったんだ。日本人を連れてた』

「え、えぇ!? 犬が化けている訳ではなかったですよ? 3日ずっと見張りをつけていましたが、ずっとこの姿でしたし……」

『日本人同盟っていっても大本はオーグラドの人間が管理してるんだろうし、管理側の人間だったってだけだろう?』

「で、では、なぜ魔犬探知に引っかかったのでしょう?」

 あ、そういやそうか。ん~……


『私が日本人だからでしょう。なにも可笑しい事はないですよ』

『は……?』

『イザヨイ様!?』

 こいつ、なにいって……外見はまったく日本人じゃないんだが? 瞳が黄色いし。

『私は日本に帰還する為の実験で偶然このような姿になってしまったのですよ。まあ、詳しい話は省きましょうか』

『実験で……? どういうことだよ?』

 問いかけた俺にイザヨイが含み笑いをして溜めつつ、問い返してくる。

『人間になりたいんですか?』

『え、別になりたくないけど?』

 一瞬の間。

『え?』

 イザヨイがポカンとしてる。ちょっといい気分だぜ。

『あ、やっぱり』

 エスタは何故か訳知り顔で頷いている。


『俺ほ日本の事を殆ど覚えてないからな、もうこの体にも馴染んだもんだぜ。最近は二本足で歩くイメージできないぐらいだ……残念だったな。交渉材料にはならんぞ。ただ、実験で人間になったっていう部分に興味を引かれただけだよ』


『いやはや……交渉材料にするつもりはありませんでしたが、随分と割りきっているんですね』

 どうだかね。わざと聞きたくなるようにボカしやがって。


『そういう事らしいぞ、シクシリス。とりあえず、魔犬感知で透明化してる日本人が見つけられるか試してみてくれ。やっていいって言ってるんだから、やらせてもらおう』

「は、はぁ……」

 イマイチ状況が飲み込めてないようだが、木札をとりだして構えてくれた。


『マイ』

『……はい』


 イザヨイが一声かけると、マイがすっと透明になった。すげぇな……完全に消えてるわ。


「起動。魔犬感知の1番」

 マイが消えたのを確認すると、シクシリスが魔法を使った。シクシリスから薄く魔力が広がっていく。

『シクシリス、念の為いっとくけど、感知できたかどうかはこの場で言わなくてもいいからな』

 ピクリ、とイザヨイの眉が震えた。

「なぜ、です?」

『オーグラドにこっちの魔法の出来を知られて良いことなんで1つもないだろ?』

「……」


 イザヨイがため息をついた。


『抜け目が無いですねぇ』

『信用してもらう為の代償って振りして、風の耳が探知されるかどうかを調べるのが目的なんだろう? そうはいかないぜ』

 自分が探知されたなら、部下はどうだろうって普通は考えるだろう。

『いずれはわかることですけどね、わざと探知範囲に入ってみるとかで』

『まあ、試してみればいいんじゃないの? 犠牲を出しながらな』

 ハッタリらしき虚勢を煽り返してやる。

『……ふむ。百聞は一見にしかず、か。聞いていた話と随分イメージが違いますよ、アルスさん』

『どんな話を聞いていたのやら、だ』


 俺たちが睨み合っていると、シクシリスが魔犬探知を解いた。

「もう、大丈夫です」

 合図を待っていたかのようにマイがすっと姿を現した。


『どんぐらい消えていられるんだ?』

『そこまでサービスはできませんね』

 ですよね。とりあえず聞いてみただけ。


『まあ、そこそこいい情報を貰えたし、話ぐらいは聞いてもいいけど?』

『ふふ、助かりますよ』


 イザヨイがすっと目を細めた。

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