9.ペロペロ
んー、収穫無しか、へこむなぁ。
ネズミは何匹か退治したが、大き目の獣は見かけなかった。
タヌキっぽい生き物は何度か見かけたが、匂いが違う、アレじゃない。
待ち伏せしようにも足跡の追い方、待ち伏せの仕方がわからん……自分の無知さが恨めしい。
都会暮らしには野生動物の知識などいらんかったからな……都会、に住んでたと思う。
おっと、いい加減夜が明ける。帰るか。
足元に転がってるネズミを咥えて運び、フィーナの家の前に置くと、顔洗いに川まで走った。
1人で走ると体感5分もかからず、フィーナがいつも水汲んでる場所に到着することができる。
周りの匂いを確認し、特に不審な匂いが無かったので安心して川に顔を突っ込んでネズミの血を落とす。
あースッキリした! 仕上げに体を左右に素早く捻って水気を飛ばした。
最近習得したんだけど、よく犬がやってるこの動き、超便利!
……
なんか最近、俺、獣に染まってる?
四足で走ることに違和感無くなったし、手を使わずに飯を食うのは普通だし、ネズミに噛みつくのも特になんとも思わない……いや、それどころか噛みつくのは爽快感を感じるほどだ。
うーん、このままで大丈夫なんだろうか。身も心も獣になっちゃったりして。いや、身はもう獣だけれども。
帰りはトボトボと歩く。
まあ、悩んだところで、どうにもならないからなぁ。
この土地で気が付いた時に、目の前に母犬じゃなくて、転送装置とか、意味ありげな暗号とかでもあったなら入ってみようかとか、日本に帰る為に悩んだりもできたかもしれんが、まったくのノーヒントだからどうにもならん。
さりげなく、村人の会話に聞き耳も立ててるんだけど、日本、とか知ってる名詞が出る気配もなく……
まあ、体がもうちょっと大きくなったら遠出もできるようになるだろうから、そこに期待かなぁ。
ユーラシアを横断した犬とか確かいたし、最低でも現在位置がわかればなんとか気合でいけるだろう。
ここが太平洋の真ん中の島とかじゃないことを祈るぜ。
フィーナとはその時別れ……え、フィーナと別れる? 嫌だよ?
彼女の匂いを嗅いだり、優しく頭と耳を撫でてもらったり、匂いを嗅いだり、膝枕をしてもらったり、匂いを嗅いだりできなくなるなんでありえないぜ?
うん、帰れなくていいな!
記憶も曖昧で、やり残したことがあったとしても思い出せないしな!
あ、なんかスッキリしたわ。
さて、フィーナん家に着いたし、日課にとりかかるとするか。
トテトテと家の中に入ると寝室を目指す。
フィーナが寝ているので、匂いを嗅ぐ。
スンスンスン……
うむ、今日も健康そうな良い匂いだ。
なんか犬になると、匂いの感覚が変わったね。犬の鼻が良いのは知ってたけど。
くさいとか、美味しそうとか、人間だった時も匂いと印象を結び付けて感じてたけど、その幅がとんでもなく広がった感じ。
人間の匂いだけでも、男女の違いから、喜んでる悲しんでる、焦っている、眠たい、健康体である、不健康な部分がある、とかそんな匂いが混ざり合ってその人から匂ってくる。
それを嗅げば、目の前の人物がどんな状態かすぐわかるので非常に便利!
便利だから、どんな物でも、人でもとりあえず匂いを嗅ぐ癖がついてしまった。
まあ、フィーナを必要以上に嗅いでるのは、ただひたすらに良い匂いだからだけどな!
「……すぅ」
結構鼻面押し付けたりしてるのに、起きる気配が無いな。
よし。
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
まずは手始めに手を舐める。
「んん……」
そして、肘、肩ときて
「んっ! ……ううん」
首筋っ!
「んぁ! ふっ! ふふふっ!」
そして頬っぺただぁ!
このツルリとサラリの間のような舌触りがたまりませんなぁ!
「もうアルスやめて! こら!」
フィーナが顔を左右に振って俺の舌から逃れようとするが、そう簡単には止めんぞ! 一日の中で一番楽しい時じゃ! この時の為に顔を洗ってきたんだからな!
手加減無し! どかっとフィーナの首の左右に両手を置いて舐めまくる。
あ、唇を奪ってしまわないようにちゃんと気を付けてます。俺、紳士だからね。
「はい、起きた! 起きたから!」
フィーナが寝たまま、笑いながらぐいっと俺を持ち上げてしまった。
ああー! 至福の時間がー……
「はい、おしまいっと……」
フィーナが桶から瓶に水を移し終えた。
水音からして、瓶の中の水位はかなり高そうだ。
「フィーナ終わったの?」
「うん」
「だったらご飯にしましょう、アルス、お父さん呼んできて」
サレアさんにいつものように伝令を頼まれたので、畑までひとっ走りする。
と、いっても畑は家のすぐ裏なんだけどね。
お、いたいた。
へい! おっさん、飯だってさ! あんたがこないと始められないから早くしてくれよな!
「キャンキャン! キャンキャンキャン!」
「お、もうそんな時間か」
おっさんの中では俺が来る=飯。
おっさんはクワと籠を担ぐとこっちにのしのし歩いてくる。
さてと、メシメシ~。
俺はさっと家まで引き返した。
「フィーナ、焚き木が少なくなってきたから、今日は拾いにいってもらえない?」
食器の片付けをしながらサレアさんがフィーナにお願いした。
「うん、わかった」
お、午後は籠作りじゃないのか。
焚き木拾いなんで俺が来てから初めてじゃないか?
「ララには今朝頼んでおいたから」
ララってのはリィザの母ちゃんで、サレアさんと仲が良い。
リィザの家って結構近いし、よく会ってるみたいだ。
「じゃあ、行ってくるね」
フィーナから付いてくるでしょう? 的な視線を貰ったので、勿論とお返事させて頂く。
「キャン!」
俺は尻尾を振りつつ、外に出て行くフィーナを追いかけた。
フィーナは薪置き場の近くに置いてあったL字型の背負子を背負うと、リィザの家の方に歩き出した。
「今日は北と東、どっちの山に行くのかなぁ……北はアルスを拾った時に行ったし、東かな」
あ、俺って焚き木と一緒に拾われたのね。
フィーナ達の村は北と東で山に接し、南と西は森だ。
北の山も、東の山も結構高そうに見える。でも、若干北の方が高いかな。
ちなみにいつも水汲んでる川は北の山から流れてきているようだ。
北で俺を拾った……か。
母犬と兄弟達はどうしてるかねぇ……。
「フィーナ、やっほー!」
「リィザ待たせちゃった?」
お、ちょっとセンチメンタルに物思いに耽っているとリィザの家に到着していた。
リィザはフィーナが来るのを表で待っていたようだ。
いつもの事なんだろうなぁ。
「ううん、別に! はい、聖水」
「うん、ありがとう助かるよ」
「まあ、練習で作った奴だけどねぇ」
えっ!?
せ、聖水?
なんかいきなりファンタジーな単語が出てきたぞ?
知らずに声を上げてしまったのか、二人が揃って俺に視線を向けてきた。
「今日はアルスも来るんだ」
「うん、頼もしいでしょ?」
「はっはっは! そうだね、ネズミが出たら守ってもらわなくちゃ!」
く……! ナリが小さいからって侮りおって!
フィーナは本気で頼もしいと思っていてくれたのか、リィザに笑われてちょっと拗ねている。
「じゃあ、この前は北だったから、今日は東にする?」
「うん、いいと思う」
「では、出発ー!」
フィーナとリィザが歩き出し、二人の腰に括りつけられた聖水のビンが静かに揺れた。




