02 コロンビールと初めての湯
2話目です。
最後までよんでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
大衆酒場とは、規模に問わず街や村、大都市国家などに必ずといっていいほどあるであろう娯楽施設である。
めでたい日には、友人や家族とここにやってきて朝まで飲み明かし、酔い潰れて爆睡して、二日酔いのまま帰宅する。
そうやってお互い腹を割って話し合い、バカ話をして人と人同士の親交を深め合っていくのがハルティア大陸で古くから行われてきた人々の娯楽だ。
アルヴィンが入った酒場はエルダスの中央部に位置する、エルダス近辺の情報収集の要となっている場所である。
もちろん、酒やツマミはかなり充実したエルダスの人々の安寧の場所であると言えるだろう。
「いらっしゃい!」
ーードアを開けると、店員とおぼしき男性がカウンターでコップを拭いていた。
店内はかなり騒がしく、たくさんのよっぱらいで溢れている。
アルヴィンはそんな店の様子など気にもとめずに平然とした顔で歩き続け、男性のいるカウンターの前の席へ向かう。
店の従業員であろう、カウンターにいた30代前後と思わしき男性がアルヴィンの姿をみて、気さくに話しかけてきた。
「おぉ、いつもの弓の兄ちゃんじゃないか。近頃みかけないなと思ってたところだよ。迷宮にでもいってたのかい?」
「まぁ、そんな所だよ」
そういってアルヴィンは男性のいるカウンターの前の席にゆっくりと腰掛ける。
カウンター席は比較的おだやかそうな客が揃っているが、テーブル席はまさに無法地帯だ。
酔いつぶれて地面に寝転がってしまっている輩までいる始末。
エレアはそんな店の喧騒に終始怯えているような様子だった。
椅子に腰掛けずに、ビクビクして立ち尽くしていたエレアの様子に気づいたのか、アルヴィンは自分の隣にある席をゆっくりと引いた。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。ここの店の連中はガラは悪いけど、女の子に手を出すような奴はいないはずだから」
「あ、いえ……別にそうゆうわけじゃなくて……」
「おっ? 弓の兄ちゃんが女連れなんて珍しいね」
店員の男性はニコニコしてコップを磨きながら、エレアに視線を飛ばす。
「別にそうゆうのじゃないよ?」
「はは、あんたはいつも一人で来るからね、まぁ君もそんな所に突っ立ってないで座りなよ」
「は、はい……」
エレアは男性の指示どおり、アルヴィンの右隣りの席をちょこんと座る。
「おっちゃん、いつも通りコロンビールとがっつき肉、スパイスサラダ、それと……」
そういってアルヴィンは、ちらりとエレアの方をみる。
エレアは無言でテーブルに置かれた水を飲み続けていた。
「ええっと……エレアちゃんは、まだ未成年だよね?」
「は、はい、まだ14歳なので……」
「そっか」
この世界では、15歳からアルコールの飲酒が許されている。
アルヴィンは18歳であるから、3年ほど前からこの酒場を利用しているため、店の男性には顔を覚えられているようだ。
一方、エレアはこんな酒場には一度もきたことがないため、大衆酒場の最大の利点とも言える仲間の勧誘もできずに一人でクエストをこなしていたのだった。
「パンチーズ……は食べられるかな? アレルギーとかない?」
「あ……はい、全然大丈夫です」
「ええっと、それじゃあこの子にはソフトドリンクと、パンチーズの大盛りを」
「はいよ、嬢ちゃん、ドリンクはなに飲みたい?」
「あ、えと……それじゃぶどうジュースで……」
「ぶどうジュースね、了解」
そういって男性はニコッと笑うとカウンターを離れて、厨房へと消えていった。
エレアは不安気な表情を浮かべながら、アルヴィンの方をちらっと見つめる。
「あ、あの……本当にいいんでしょうか?」
「ん? あぁ、お金のことなら気にしなくても大丈夫だよ、迷宮でたんまり儲けてきたからね」
そんな申し訳なさそうなエレアにそういって、アルヴィンはやさしく笑いかける。
そんなアルヴィンに対してエレアは一つの疑問が浮かび上がっていた。
「どうして……」
「うん?」
ーーエレアはそう、聞こえるかどうかというような小さな声でボソッとつぶやく。
うまく聞き取れなかったアルヴィンはコップをカウンターにおき、エレアの方を振り向く。
「あ……いえ、何も……」
そういってエレアはアルヴィンから目線を逸らした。
そんなエレアの様子にアルヴィンは首を傾げ、エレアの不安気な表情を見つめ続ける。
「大丈夫だよ、言ってみて」
「え、えと……」
少しうつむき気味で、エレアはゆっくりとアルヴィンの方へと振り向く。
「ア、アルヴィン……さんは、どうしてそんなに私にそんなに優しくしてくれるんですか……?」
エレアはかすれるような声で、そう小さくアルヴィンへ問いかける。
見ず知らずの自分に、ここまで施しを受けさせてくれるこの男がエレアには少し不安に感じていた。
「見返りもなにもないはずなのに……」
いくら知り合いの頼みとはいえ、なんの見返りもないはずなのに食事の面倒までみてくれる人なんて普通は普通はいない。
アルヴィンはエレアの真剣な眼差しに少し困ったような表情を浮かべ、エレアから視線をそらす。
「うーん……どうして……っていわれてもなぁ」
アルヴィンは机においたコップを手に取り、水をごくりと飲んで、机に肘をついて少し考えるように目を瞑った。
「理由があるとしたら……」
そして、アルヴィンは肘をついたままエレアの方に振り向きこう答えた。
「君がすこし……初恋の人に似てたから……かな」
「え……?」
ーーアルヴィンはそういって、優しく微笑んだ。
だが、エレアの目に映ったアルヴィンの瞳はどこか、悲しげな瞳をしているように見えたーー
「ーーほいっ!パンチーズ大盛りとぶどうジュースお待ち!」
エレアの注文品を、先ほどの男性が乱暴にカウンターへと置く。
「あっ……ありがとうございます」
男性の立てた大きな物音にエレアは少し肩をビクッとさせ、思わず話の続きを聞きそびれる。
「あ、あのアルヴィンさん……ッ!」
バッと振り向き、エレアはアルヴィンに先ほどの話を聞こうする。
が……
グゥ〜……
ーーエレアがとっさに何かをアルヴィンに言おうとするが、それを妨害するようにまた、エレアの腹の音がなってしまった。
「ま、また……!?」
エレアはアルヴィンの顔を見つめながら顔を真っ赤にし、そんな様子を見てアルヴィンはニコニコしながら、テーブルに置かれたコップを手に取る。
「ほら、先に食べてていいよ。お腹空いてるんでしょ?」
「あ……す、すいません……」
エレアは、真っ赤に染まった顔を隠すようにテーブルに置かれた大きなパンにとろけるようなあつあつのチーズをかけたパンチーズの大盛りを、添えられたフォークを使ってパクッと一口、口に入れる。
刹那、エレアはパァッと目を輝かせた。
「お、おいしい……ッ!」
エレアは一口、もう一口とパンチーズをほうばりつづける。
そんな様子にアルヴィンはニコニコしながら水をゴクり虎飲み干した。
「ふふっ、ここの食事はどれも最高なんだ。おいしいでしょ?」
「は、はい……! とっても美味しいです!」
そんな会話交わしてる内に、アルヴィンの食事も出来たようだ。
男性が大きなおぼんに溢れ出るコロンビールと大きな骨つき肉と山盛りのサラダをのせてこちらへ歩いてくる。
「よいしょっ! コロンビール、がっつき肉、スパイスサラダお待ち! 注文は以上でいいね? 」
「あぁ、ありがとさん」
アルヴィンはそういって男性へ軽く手を振る。
男性は手を振り返すと忙しそうにすぐに厨房へと消えていった。
大きな骨つき肉を前にしたアルヴィンは、骨を鷲掴みにして肉をガブッとくらいつき、もぐもぐと食べる。
「ん〜! やっぱおいしいなぁ!」
アルヴィンもエレア同様、幸せそうな顔をしてバクバクと肉を食らいついて行く。
「あぁ、そういえばエレアちゃん」
「は、はい!?」
パンチーズを平らげ、満足そうにぶどうジュースを飲んでいたエレアは、ハッと我に返ったようにジョッキをテーブルへと置く。
「店に入る前、宿屋に泊まるお金もないって言ってたけど……今晩はどうするつもりなの?」
「ええっと……その……」
エレアはそういってなにやらモジモジしながら目を泳がせている。
アルヴィンはそんなエレアの様子に、なにかを察したように肘をついた。
「の、野宿でもしようかと……」
そういってエレアは恥ずかしそうにアルヴィンから視線をそらす。
そんなエレアの様子に呆れ切ったのか深くため息をつき、肘をバンッとつく。
「野宿って……一体どこでするつもりなのさ?」
「そ、それは……」
そういってアルヴィンは、机に置かれていたコロンビールのジョッキを手に取りグビグビと飲む。
そもそも、エレアの考えていることは根本的に甘すぎるのだ。
こんな夜間に、街の隅や外れの高原で年端もいかない少女が寝そべっていれば当然、所持品は盗まれるだろうし、よからぬ事を考える輩も現れてくる。
冒険者ともなれば、最低限宿屋に泊まるゴールドぐらいは手元に残しておくか、家を借りて寝床を確保するのが基本中の基本である。
そういった点でも、エレアはまだまだ冒険者としては未熟者のようだった。
「まったく……」
アルヴィンは、ポケットに手を突っ込み一本の鍵を取り出してエレアへと投げる。
「こ、この鍵は……?」
鍵を受け取ったエレアは自分の手の中にある鍵をまじまじと見つめていた。
鍵には少々豪華な装飾が施されている。
「僕の借りてる家の鍵だよ」
そういってアルヴィンはコロンビールをグビッと飲み干し、机へと置く。
「僕は今晩、この酒場で飲み明かすだろうから、酔い潰れる前に渡しておくよ、あぁおっちゃんコロンビール追加ね」
「はいよ」
アルヴィンはそういってスパイスサラダをかじりながらひじをついてエレアに向かって喋る。
少し鼻のあたりを赤く染めて、目も座ってきていた。
「3番通りの12番の家だから、明日の朝またここに来てよ」
「え、でも……」
「ほいっ!追加のコロンビール!」
アルヴィンは追加で運ばれてきたコロンビールを手に取りグビグビと飲み干して行く。
いきなり鍵を渡されて呆然としていたエレアだったが、すぐに我に帰り、帰宅の準備をし始めた。
そしてアルヴィンがコロンビールジョッキを5杯ほど空けた頃に、エレアはドリンクを飲み干して席を立った。
「あ、あの……それじゃアルヴィンさんのお自宅にお邪魔させていただきます……今日は本当にありがとうございました」
「あぁ、気をつけて帰りなよ〜」
アルヴィンはそういって、顔を真っ赤にしてジョッキで手を振っていた。
そんなアルヴィンに、エレアは軽く頭を下げて酒場を後にしのだった。
(ええっと……3番通りの12番だったよね)
エレアは酒場を出ると、一旦中央広場にでて、そこから3番通りへと向かって行った。
(アルヴィンさん……なんか、あんまり掴めないようなひとだったなぁ)
エレアは3番通りの商店街を抜け、住宅街へと向かう。
(あの人が凄腕の弓使いなんて、ちょっと信じられないや)
エレアは少しくすりと笑うと、住宅街の家の標識を確認し始めた。
(12……12番……)
大きめの家が立ち並ぶ、3番通りの住宅街。
エレアはそんな大きな家を見て、あらためてアルヴィンの凄さを実感していた。
冒険者が借りられる家のレベルは、冒険者の強さに比例する。
3番通りの高級住宅ともなると、かなりの上位ランクに入っていなければ借りることはできない。
そもそも、家を借りるという事は、並の冒険者には不可能なのである。
ギルドに認められた実力、性格、財力揃った冒険者でないと借家はできない。
そのため、アルヴィンに出会わなければエレアはこんな所に立ち寄ることすらなかっただろう。
(あ、あったあった)
エレアは12番の家の前で立ち止まる。
3番通りの高級住宅地に恥じぬ大きさの家だ。
(やっぱり、すっごい……おっきいなぁ)
門を開け、エレアは大きな扉の鍵穴にアルヴィンから受け取った鍵を差し込み、ガチャリと開けて中に入る。
「お、お邪魔します〜……」
ーーほんのりと香ってくる独特の匂い。
悪い匂いではない。どちらかとゆうと心が落ち着くようないい匂いがエレアの鼻を突いた。
エレアは誰もいない、数時間前まで赤の他人だった男の家にただいまをして、明かりの灯された廊下を、ゆっくりと進んでいく。
(な、なんだかすごい落ち着いた雰囲気のお家だなぁ……)
エレアは高い天井を見上げながら、手すりのついた大きな階段を登って寝室へと向かう。
(上がらせてもらってるんだから深い詮索はしないのが礼儀……だよね)
エレアは寝室の扉をゆっくりと開けて、中に入りそばにあったランプの灯りをともす。
「さてと……とりあえず体を拭かないと」
そういってエレアは、寝室のそばにあった桶をもって、寝室をでて、一階へと向かった。
(野宿まで考えてたのにこんな家で一晩すごせるなんて……アルヴィンさんに感謝しなきゃ)
手すりに体を預け桶を抱えて階段をおりて行く。
ーーそして階段をおりきったとき、エレアは左側にある扉がふと目についた。
ガラスのような材質でできた扉がなにやら水蒸気のようなもので曇っていた。
「なに……あれ?」
エレアは扉の方へと向かって行き、ゆっくりとその扉をあけた。
その扉の中の光景は、エレアは持っていた桶を手から離してしまうほどだった。
「う……うそ……ッ!」
ーーそこにあったものとは、この世界では滅多に入ることのできない、暖かいお湯で満たされた湯船だった。
「は、初めてみた……」
あまりの光景に、エレアは目を丸くしたまま硬直していた。
この世界で、湯船なんていうものは大金持ちの貴族なんかが入るような贅沢なものだ。
一部の借家についているということもあるらしいが、そんな家は本当に一部の大金持ちや、凄腕の冒険者しか借りることができないような値段である。
「き、綺麗に体を洗ってからなら……入っても大丈夫よね……」
エレアは一人でそんなことを言っているが、顔のにやけがすごいことになっている。
始めて目の当たりにする湯船にエレアは興奮を抑えきれない様子だ。
エレアはバッと服を脱いで、持ってきた桶の中に脱いだ服を入れ、カバンから手拭いサイズの布切れを取り出した。
(まずは……布切れにお湯を染み込ませて……)
エレアは、湯船のそばにあった別の桶にお湯を入れて布切れを放り込んでお湯を染み込ませた。
(は、はやくお湯に浸かってみたいな……!)
エレアは桶から布切れを取り出して、すごい速さで体を洗って行った。
エレアが体を洗い始めてから数分後。
(こ、これだけ綺麗に洗えばもう湯船に浸かっても大丈夫だよね……ッ!)
エレアはバッと立ち上がって湯船の前に立ち、足の先からゆっくりと湯船に入って行った。
「あ、あぁ〜……」
湯船の中に浸かり切ると、恍惚の表情を浮かべてふぅ〜っと息を吐き切った。
「なんて気持ちいいお湯なのぉ……」
そういって初めての湯船を楽しむように、肩にお湯をかけたりしていた。
ゆっくりとお湯に浸かり、贅沢な湯船を満喫して数分経った頃だった。
「そういえば……」
エレアはふと、先ほどの出来事を思い出した。
(アルヴィンさん……あの時、すごく悲しそうな目をしてた……)
ーー酒場でのあのアルヴィンの悲しい瞳。
どうして、初恋の人に似ている自分に、あんなに悲しそうな瞳を向けたのだろうか。
チャプンと湯が弾ける物音。
まだ出会って数時間も経っていない、そんなどうでもいいはずの男の、あの悲しそうな瞳の意味をエレアは天を仰ぐように高い天井を見上げながらそんな、どうでもいいはずのことを考えていたのだったーー
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