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リリスの安息

 ◆


 全てのドラゴンを屠った私達が宮殿に帰還したのは、既に日も暮れた後だった。

 本来なら目的達成を祝い、真っ先に「宴の準備をせよ!」、などとのたまう筈の魔王が悲しみに臥せっている為、辺りは”しん”と静まり返っている。


 闇の眷属達は、我々の冠絶した力を改めて知り、歯噛みしていることだろう。我等が幾ら大悪魔とは言え、上位の魔族達にとって我等は、あくまでも越えたいはずの目標なのだ。その頂が霞んで見えないとなれば、心楽しい理由は無い。

 人間達に至っては、ドラゴンを倒す程に強力な我等の側に、近寄るのも嫌なのであろう。

 これらの理由で広大なホーフ宮殿は今、闇夜に白亜の姿を浮かび上がらせつつも、どこか閑散とした雰囲気を漂わせているのである。


 私とジェシカが謁見の間に戻ると、そこにはガラントが既に立っていた。

 腹を擦りながら、少し思案顔のガラントは、何事かを考えている様だった。


「どうしたのだ?」


「うむ。実はな、勇者共に三魔将がやられてな。放置するのもどうかと思って喰らったのだが……よくよく考えれば、こいつ等は魔王の直属だろう? だから、どうしたものかと思ってなぁ」


「喰っただと? 他にやりようはなかったのか?」


 私の問いに答えたガラントは、頭を掻きながら、照れ笑いを浮かべている。

 いかに”暴食”とはいえ、程度を知れ、と思う。


「少なくとも、奴らの肉体を回収する手は無かったな。

 とはいえ、俺としてはこのまま吸収してしまいたいのだ。そうすれば、俺は魔神になれる。

 ――だが、魔将共は、まがりなりにもトオルさまの直属だ。お伺いを立てぬわけにもいかぬと思ってなぁ」


「だが、魔王がこの場に姿を現さず、困っている、ということか」


「ま、そうだ」


 私は、ガラントの言葉に納得せざるを得なかった。

 トオルは、私がジェシカにギアスを屠らせた事に怒っている。というよりも、新たに出来た友を失ったと思い、落ち込んでいる。

 だが、このままでは、かつて自分が助けたバルバロッサ達をも失うのだから、そうなればさらに落ち込むだろう。

 それにガラントは、出来ればこのまま魔神化したいと考えている様だ。正直、それは私にとって都合の良い事ではない。

 そうなれば、此方の戦力が過剰になる。


 ――となれば。


「ジェシカ、すまんが、トオルを呼んできてくれぬか?」


「かまいませんが、私よりもリリスさまの方が、魔王を慰めるのに適任では?」


「いや、ジェシカ。このような場合、お前の方が適任だよ」


「……承知しました。ただリリスさま、私はこのようなこと、不本意でございます。ですから、後でゆっくりと慰めて下さいまし、ね」


 私の言葉を了承し、踵を返したジェシカは、口元に薄笑みを浮かべていた。

 私は、ジェシカをどうやって慰めればよいのか、考えて赤面した。

 私は別段、男が好き、という訳でもないが、だからといって、女を求めている訳ではない。

 ――訳ではないのだが――私は、このままでは、なし崩し的にジェシカのモノになりそうだ。そう思い、少しだけ身震いした。


 もっとも、全てが終われば、私もジェシカも、共に消滅する。ならば一夜を共にするのも、悪くはないだろう。


 ◆◆


 暫くすると謁見の間に、呆けた調子の魔王トオルが現われた。

 黄金の髑髏に、紫色の口紅を幾つもつけているあたり、ジェシカにあっさりと篭絡されたのであろう。 ジェシカは、男から見ても女から見ても、そして、骸骨が見ても、蠱惑的な大悪魔――いや、魔神なのだ。


「ガラント! バルバロッサ達を食べちゃったんだって? 吐き出せっ!」


「ちっ。やっぱりか」


「当然だろう! 仲間を食べてどうするんだ!」


 玉座に腰を下ろすと、ジェシカに軽く目配せ(実際は目が無いので、目配せかどうかは分からないが)をした魔王が、眼下に控えるガラントを問い詰める。

 ちなみに、目配せの意味は、(俺のカッコイイところを見ていろよ!)だ。

 付き合いが無駄に長い分、私はこんな事まで分かってしまう。正直、分かりたくはない。


「けど、俺も進化したいんだが」


 トオルの横に侍るジェシカを、ちらりと視界に入れたガラントが、不服そうに口元を尖らせた。


「え? ジェシカ、魔神になったの?」


「はい。リリスさまのお陰をもちまして」


「ふうん。まあ、それはいいや。でも、それで差が付きそうだから、ガラントは余計に吐き出したくないのか」


 玉座に座り、首を傾げる黄金骸骨は、ジェシカの手を放そうとしない。何となく、私の心に不快感が押し寄せた。

 だがジェシカが私を見て微笑むと、さざなみ立った私の心が、僅かばかり落ち着く。 


「うむ。魔王には悪いが、そういう事情もあるから、このまま俺のモノにしたい」


「いや、まてガラント。だったら、バルバロッサ達の代わりに、俺の魔力を渡す。だから、吐き出してくれないか?」


 ここは、私が止めるべきところだ。

 トオルがガラントに魔力を渡して魔神化させては、此方の戦力が強大化してしまう。となれば、《ユグドラシル》と戦って、まったくの互角にはなりえないだろう。此方が強くなりすぎる。


 だが、私は「否」と言えなかった。


 私の目的が達された時、それはジェシカも失うのであろうから。

 無論、我等が勝利した場合でも、それは《深淵》の勝利である。ならば、結局は世界が滅びる。しかし、その方が、僅かでも長く、私はジェシカと共に在れるのではないか。


 私は、自身の存在意義よりも、欲望を選んだのかもしれない。


 私が項垂れていると、いつの間にか広間の床に、バルバロッサ達が変わり果てた姿で並んでいる。

 ガラントが、吐き出したのだろう。分割された手足や胴、頭などは、酷くグロテスクで、目を覆いたくなる様なありさまだ。

 それを見た魔王は、一度、両手で顔を覆ったが、すぐに立ち上がり、死体に歩み寄った。

 自分を鑑みれば、多少の損壊した死体など、モノともしないのだろう。さすが、骸骨である。


「属性反転」


 魔王の姿が、黄金色から純白へ変化した。

 属性が、光から闇へと転化したのだ。そして、膨大な魔力が宮殿全体を覆う。それを徐々に狭め、バルバロッサ達の死体に集約させると、忽ち三名が甦った。


「こ、これは?」


「わ、私は一体?」


「ボ、ボクは死んだはず……だったのに?」


 三人を前にしたトオルは、小さく頷いている。


「次は、ガラントだな」


 今度はガラントの前に立ち、白い右手をその額に翳す魔王。

 金髪碧眼の大悪魔は一瞬たじろいだが、すぐに魔王を受け入れる。


「うお、おおお……」


 淡く青い煙状のモノが、魔王トオルの右手からガラントの身体へと流れ込む。それと同時に、ガラントの翼が増えて、三対六枚となった。


「これで、いいだろ……」


「ああ。ああっ! 最高だ! トオル! やっぱりアンタ、最高の魔王だっ! なったぞ! フハハ! 俺も魔神になったんだ! フハハハ!」


 大分魔力を注ぎ込んだのだろう。喜び叫ぶガラントの前で、がっくりと膝をつく魔王トオル。

 測るまでも無く、大量の魔力を失った事がわかる。

 三人の魔将を復活させるだけでも、膨大な魔力を必要としたはずだ。まして、魔将達はそれぞれ、かつてのガラントやジェシカ達と同等の力を身に着けているようだ。彼等の全員が、通常の姿でも二対四枚の翼を得ていることで、それが分かった。

 なるほど、ガラント自身は、三魔将を復活させることが出来なかった。故に、トオルはかなり無理をしたのだろう。


 ――これならば、勇者側のトオルと同等になったのでは?


 私は、一度諦めかけた”復活”の願いを、再び抱く。

 勇者の仲間が、ドラゴンをきちんと取り込んでいれば、まさしく、これで”駒”が揃ったのではないか。我等の力は今、拮抗していよう。

 ならば、これで良かったのだ。


「ク、ククク、クハハハハ」


「ど、どうしたんだ、リリス?」


「いや、何でもありません。ただ、トオルの優しさが嬉しくて。

 さあ、今日はもう休みましょう。いつ、勇者共が攻め寄せてくるかもわからぬのだから」


 思わず哄笑してしまった私を、トオルとガラント、そして三魔将が不思議そうに眺めている。いっそ、トオルに至っては、疑問をぶつけてきた。

 それを適当にあしらうと、私は謁見の間を後にする。

 自室に戻り、恐らく、この世界で最後になるであろう、睡眠をとるのだ。


「――ま、まてリリス! お前たちは魔神! 俺は魔王! なんか、俺の方が格下っぽいんだけど!? お前、それで笑ったんだろう!?」


 回廊を歩く私の背に、魔王の馬鹿げた推測が飛んできた。

 危うく足を滑らせそうになった私だが、額に浮かんだ冷や汗を拭いつつ、それをスルーする事に決めたのだった。


 ◆◆◆


 私の寝室は、広い。

 かつて、皇妃が使っていた部屋だそうだ。だから、寝台も金の天蓋がついているし、身を横たえるマットも柔らかく、最高級の物だそうだ。

 これは、トオルの私に対する感謝の印なのだそうだが、別に悪魔にとって、部屋などどうでも良い。

 だから私は、この寝室に、寝台以外のモノを置かない。

 箪笥も卓も、椅子も棚も、全て処分した。

 一面を彩る壁画も塗りつぶし、赤一色に染め上げている。

 唯一、赤以外の色は、南に面した大きな窓だった。

 だが、それさえも、閉じてしまえば光の一切を遮断するのだから、ただ、闇が残るのみである。


 私が闇の中、ローブと下着を脱いで寝台に身を横たえると、窓が開いた。

 窓からは、宮殿の中庭で煌々と焚かれる篝火の光が入る。それと同時に、窓の中央に漆黒の影が浮かんだ。

 

「ジェシカか?」


「はい。リリスさまを可愛がりに参りました」


「そうか」


 窓を閉じると、部屋は再び闇に飲み込まれる。

 だが、私もジェシカも悪魔だ。闇の中でも、昼間と同じようにあらゆるモノを見通せるのだから、何の問題も無い。

 

 ――カチャリ


 ジェシカは、腰に吊っている剣を壁に立てかけた。それから、鎧を消し、服を脱ぐ。

 どうやら、鎧はジェシカの魔力で作り上げていたようだ。

 

 私は、半身を起こし、ジェシカの裸身を眺める。

 揺れる黒髪が胸元にある大きな双丘にながれ、先端をちらつかせていた。

 そんな私を、妖しく煌く緑眼で見つめるジェシカ。


 ゆっくりと寝台に歩み寄ると、私の肩を右手で押し、ジェシカは私の身体を制す。

 それから、艶やかな唇を私の唇に被せ、舌を入れてきた。


「んっ」


 ジェシカに押し倒された私は、ジェシカに全てを委ねている。

 彼女の指が、私の髪や、胸、腹や太ももを撫でてゆく。

 心地よい感触だった。

 私は煩悩に身を任せ、今、この時を楽しむ事にした。


 私は、ジェシカの舌に、自分の舌を絡ませる。

 もう、私はジェシカを受け入れるだけではいられない。彼女が、私を受け入れるべきなのだ。


「あっ、リリスさま……」


 そのまま、私はジェシカのあらゆる部位にキスをする。

 私はジェシカの身体を貪るように、そしてジェシカも、私を貪るように、互いを求め合った。


 ――ああ、世界が明日に終わるのだとしても、私が生きた証は、今、ここにある――

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