サンタクロース症候群
その屋敷には、たくさんの「子どもたち」が暮らしていました。
屋敷の中は、どこもかしこも、いつでもプレゼントで溢れ返っていました。おもちゃも、本も、ゲームも、お菓子も。洋服も、時計も、靴も、鞄も。タンスも、ベッドも、テーブルも、カーテンも。それに、冷蔵庫や冷凍庫、乾燥食料庫の中に詰まっている食べ物に至るまで。屋敷の中にあるものは、すべて、この屋敷に暮らす「子どもたち」に贈られた、プレゼントでした。クリスマス・イブの夜に、サンタクロースが持ってくる、クリスマス・プレゼントだったのです。
屋敷に暮らす「子どもたち」の歳は、さまざまでした。
物心が付いたばかりの幼い子どももいれば、それよりいくらか年上の子どももいました。すっかり背丈の伸びきった子どもも、目尻に皺ができ始めた子どもも、髪の毛に白髪がいっぱい混じっている子どももいました。皺だらけで、背中と腰が曲がって、あと何年かもすれば寿命が尽きるだろう子どももいました。彼らは、みんな「子ども」でした。この時代では、年齢など関係なく、「子ども」は「子ども」と呼ばれていました。
この時代では、「大人」という種類の人間は、存在しませんでした。
この時代では、人間は、三種類に分別されました。――「子ども」と、「サンタクロース」と、「プレゼント」の、三種類です。
約一世紀前、世界は「サンタクロース症候群」の猛威に見舞われました。
それは、まったく唐突に蔓延した、原因不明の病でした。
その病を発症した人は、症候群の名の示すとおり、サンタクロースになりました。すなわち、子どもたちにクリスマス・プレゼントを贈りたくて贈りたくてたまらなくなり、それ以外のことにはてんで興味を持たなくなってしまったのです。
症候群の蔓延によって、人類の大半が、サンタクロースになりました。
世界中に、何十億という数のサンタクロースが、誕生しました。
政治家も、総理大臣も、大統領も、王様も、サンタクロースになりました。
国を動かし、世界を動かす力を持つサンタクロースたちと、それに賛同する、何十億という数のサンタクロースたちは、自分たちにとって都合のいいように、世の中を作り変えていきました。
その結果、世の中から「大人」という種類の人間はいなくなりました。そして、サンタクロース症候群を発症しない人間を、年齢に関係なく「子ども」と呼ぶようになったのです。サンタクロースたちが、その決まりを作りました。そのほうが、サンタクロースたちにとって都合がよかったからです。
サンタクロースたちにとって、「子ども」というのは、何よりなくてはならないものでした。そして、たくさん数がいればいるほど、よいものでした。サンタクロースたちは、「子ども」たちにクリスマス・プレゼントを贈りたくて贈りたくてたまらないので、何十億人ものサンタクロースが、みんな余さず、望まれたプレゼントを贈ることが可能なだけの数の「子ども」が、この世の中には必要だったのです。それが、サンタクロースたちの支配するこの世の中において、他の何よりもまず第一に、優先されることだったのです。
そんなこの時代に生まれた「子ども」たちは、これまでの他のどの時代の子どもよりも、豊かで、恵まれた、幸せな子どもたちだと言われました。
彼らは、生まれてから死ぬまで、いっさい働く必要がありません。働いてお金を稼がなくても、彼らは、望むものをなんでも手に入れることができました。生活に必要なものも、それ以外に欲しいと思ったものも、何もかも、サンタクロースがプレゼントしてくれるからです。
この時代では、サンタクロースの数は「子ども」たちの数よりもずっと多いので、一人の「子ども」につき、何人もの、何十人ものサンタクロースたちが、プレゼントを贈ります。そういったわけで、世界中の「子ども」たちは、みんな毎年、クリスマス・イブの夜に、山のようなプレゼントをもらうのです。そうやって、「子ども」たちは、死ぬまでクリスマス・プレゼントをもらい続けるのです。
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今年もまた、クリスマスの日が近づいてきました。
屋敷の中にはツリーやリースが飾られて、屋敷の庭には毎夜イルミネーションが輝きます。
屋敷に暮らす子どもたちは、今年もらうプレゼントを選ぶのに大忙しです。なにせ、近年は子どもの人口に対して、サンタクロースの人口の割合が増加傾向にあり、子どもたちは今年、一人当たり三十個以上ものプレゼントをもらわなければならないのですから。
うんと迷って悩みながらも、この時期の子どもたちは、みんな大張りきりです。
この時代では、プレゼントをもらえる機会は、一年でただ一度だけ。
この時代では、プレゼントを贈る人間は、サンタクロースだけ。
昔であればいくつかこの世に存在した、プレゼントが付きものであるありとあらゆる行事は、この時代では、クリスマスただ一つを除いて、すっかり忘れ去られていました。
それでも、クリスマスにはなんでも望むものが手に入るので、この時代に生まれた子どもたちは、やっぱり豊かで恵まれた、幸せな子どもたちだと言われるのです。
子どもたちにとって、大変だけれど楽しくうれしい、年に一度のプレゼント選び。
ある子どもは、屋敷にある大図書室に通い詰め、その一画を埋める大量のプレゼント・カタログを読みふけって。ある子どもは、自分の個人コンピューターに送られてくる「あなたにおすすめのプレゼント」の情報をチェックして。ある子どもは、歌番組もクイズ番組もトーク番組もそっちのけで、プレゼント番組を観るため、朝から晩までテレビに張り付いて。ある子どもは、他の子どもたちと「もらってよかったプレゼント」の情報を交換して……。
そうして、子どもたちは、みんなそれぞれ欲しいプレゼントを選んでいきます。
そんな中、とりわけ今年のプレゼント選びに迷い、悩んでいる子どもがいました。
その子どもの名前は、クルミといいました。
クルミは、今年十歳になったばかりの女の子。まだ、歳の小さな子どもです。
けれど十歳にもなれば、これまでにもう何度も、山のようなクリスマス・プレゼントをもらってきています。通りいっぺんのプレゼントには、そろそろ飽きてきた頃でした。
そこで、クルミは今年のクリスマスに、何かうんと特別な、今までにもらったことのない、すばらしいクリスマス・プレゼントをもらおうと考えたのです。
さて。いったい、どんなプレゼントをもらおうか。
そう考えながら、クルミは自分の部屋で、今までにもらったクリスマス・プレゼントを思い返しました。
いちばん最初にもらったのは、まだ物心つかないうちに勝手にサンタクロースから贈られたという、屋敷の中のこの一人部屋と、部屋に置く家具や電化製品などの生活必需品です。
そして、自分でプレゼントを選べるようになってからは、おもちゃに本にゲーム、お菓子にジュースにごちそう、洋服にアクセサリーにぬいぐるみ、と、いろいろなものをもらってきました。
クルミの部屋の本棚は、今までにもらった絵本や小説や漫画でぎっしり。でも、ほとんど読み飽きてしまったので、今あるのをいくらか捨てて、今年も新しい本をもらおうと思います。同シリーズの本なら全巻セットで一つのプレゼントとみなされるので、それをもらえば、本棚はまたすぐいっぱいになるでしょう。
クルミの部屋のタンスは、今までにもらった洋服でぎっしり。でも、もうサイズが合わない服も多いので、今あるのをいくらか捨てて、今年も新しい洋服をもらおうと思います。同じデザインで色違いの服なら、五着セットや十着セットで一つのプレゼントとみなされるので、それをもらえば、タンスはまたすぐいっぱいになるでしょう。
クルミの部屋の食料庫は、去年もらった食べ物や飲み物を、この一年でだいたい食べ尽くし、飲み尽くしてしまったので、冷蔵庫も冷凍庫も乾燥食料庫も、もうほとんどからっぽです。今年もまた、いろいろなおいしいものを、たくさんもらわなくてはなりません。同じ食べ物、同じ飲み物なら、百箱セットや十キロセットで一つのプレゼントとみなされるので、それをもらえば、食料庫はまたすぐいっぱいになるでしょう。
そんな調子で、クルミはどんどん今年のプレゼントを決めていきました。
でも、それらのプレゼントは、クルミにとっては絶対に欲しい、必要なものであるとはいえ、ぜんぜん特別なプレゼントとは言えません。
今までにもらったことのない、すばらしいクリスマス・プレゼント。それは、はたしてどのようなものなのでしょうか。
それを考えながら、クルミは今度は、屋敷に暮らす他の子どもたちが今までにもらっていたプレゼントを、思い浮かべました。
ベナちゃんは、確か、以前クリスマス・プレゼントに犬と猫をもらって、飼っています。
ヒロタくんは、確か、以前クリスマス・プレゼントに果物畑をもらって、果物を育てています。
ルッコさんは、確か、以前クリスマス・プレゼントに新しい大きな部屋をもらって、そこに移り住んで暮らしています。
アンジさんは、確か、以前クリスマス・プレゼントに庭付きの一軒家をもらって、今は屋敷を出てその家に住んでいます。
彼らのもらっていたプレゼントは、どれも、なかなかすてきなクリスマス・プレゼントに思えました。
けれど、もし、犬や猫や、あるいは畑なんかをもらっても、それを一人で世話なんてできるでしょうか。もし、今の部屋より大きな部屋や、あるいは一軒家なんかをもらっても、そんな広い場所なんて、持て余してはしまわないでしょうか。それに、屋敷を出て一軒家に住むなんて、寂しくはないでしょうか。そういったことが、クルミは心配でした。
ああ、でも、そういえば。と、クルミは思い出しました。
そうそう、そうだった。
ベナちゃんは、犬と猫といっしょに、ペットの世話係のお手伝いさんを、プレゼントにもらっていたのです。
ヒロタくんは、果物畑といっしょに、力を合わせて畑の世話をしてくれる友達を、プレゼントにもらっていたのです。
ルッコさんは、新しい大きな部屋といっしょに、その部屋で大人しく留守番してくれる息子を、プレゼントにもらっていたのです。
アンジさんは、庭付きの一軒家といっしょに、その家に二人で住んでくれるお嫁さんを、プレゼントにもらっていたのです。
そうだ。今年のクリスマス・プレゼントには、わたしも誰か、「人」をもらおう。
クルミは、そう決めました。
一回のクリスマスにつき一人だけなら、プレゼントに「人」をもらうことができる。そのことは知っていましたが、クルミは今まで、それをクリスマス・プレゼントに選んだことは、一度もありませんでした。
これならきっと、うんと特別な、すばらしいクリスマス・プレゼントになるに違いない。
クルミは、そう思いました。
さて。それじゃあ、どんな「人」をもらおうかと、クルミはまた考えます。
趣味の合う友達がよいでしょうか。料理上手なお母さんや、スポーツが得意なお父さんはどうでしょうか。物知りなおじいちゃんやおばあちゃんもいいかもしれません。かわいい妹や弟というのもすてきでしょう。それとも……。
さんざん悩んで、悩み抜いてから、クルミは、とうとう決めました。
今年のクリスマス・プレゼントに、クルミは、優しくてかっこいいボーイフレンドを一人、もらうことにしたのです。
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やがて、クリスマスの日がやってきました。
イブの夜、クルミは、ベッドの枕元に大きな靴下の飾りを吊るして、わくわくしながら眠りにつきました。
そして、次の日の朝。
目を覚ますと、クルミの部屋は、サンタクロースの持ってきたプレゼントで埋め尽くされていました。
綺麗な箱や袋や紙包みに入った、色とりどりのリボンやぴかぴかの星のシールで飾られた、クリスマス・プレゼントの山。それは、クリスマスが来るたびに見ている、もう見慣れた光景でした。
ただ一つ、これまでのクリスマスと違うのは、そのプレゼントの山の中に「人」が一人、混じっていることでした。
クルミと同じくらいの歳の、見たことのない少年。
きれいな顔をしたその少年は、首に薄い水色のリボンを掛けていました。
クルミと目が合うと、少年は、にっこり笑って「おはよう」と挨拶しました。
「あなたが、わたしのプレゼントの、ボーイフレンドなの?」
「うん、そうだよ。これからよろしくね、クルミちゃん」
優しい声と笑顔で、少年はそう言いました。
プレゼントにもらったその少年には、名前がありませんでした。
名前はクルミが付ければいい、と少年が言ったので、クルミは彼を「トオル」と名付けて呼ぶことにしました。
トオルは、まさしくクルミが望んだとおりの、優しいボーイフレンドでした。
屋敷に暮らす子どもたちは、男の子も女の子も、歳の小さな子も大きな子も、みんな自分勝手で、欲ばりな子ばかりです。けれど、トオルは、そんな子どもたちとは違っていました。
トオルは、何も欲しがりませんでした。何一つ、ひとりじめにしようとしませんでした。
トオルは、自分だけのものを、何も持っていませんでした。それでも、何一つ、子どもたちのことをうらやましがったりはしませんでした。
トオルには、自分の部屋がありませんでした。トオルは、ほかのプレゼントの人間たちと同じように、いつも屋敷にある共用大部屋を寝起きに使っていました。クルミは、トオルを自分の部屋に呼んでいっしょに遊ぶことはありましたが、自分のものであるその部屋を、トオルと二人で使おうとは思いませんでした。
トオルには、自分専用の食料庫がありませんでした。トオルは、他のプレゼントの人間たちと同じように、いつも屋敷にある共用食料庫の食料を食べていました。共用食料庫は、子どもたちも普段の食事に使いますが、その中に入っているのは、栄養がきちんと計算されてはいるけれど、特別おいしいわけでもない料理ばかりです。それは、サンタクロースからもらえるすばらしい味の食べ物や飲み物には、遠く及びません。クルミは、年に一度しかもらえないおいしい食べ物や飲み物が減るのはいやなので、自分の食料庫に入っているものを、トオルに分けてあげようとは思いませんでした。
トオルは、自分の服を持っていませんでした。トオルは、ほかのプレゼントの人間たちと同じように、いつも屋敷にある共用衣類を着ていました。共用衣類は、どれもこれも地味な色で、柄の付いていない、変哲のないデザインのものばかりです。トオルはかっこいいボーイフレンドなので、次のクリスマス・プレゼントには、もっとトオルに似合うすてきな服をもらって、それを着たトオルの姿を眺めて楽しむのもいいな、とクルミは思いました。
クルミは、トオルのことが大好きでした。
トオルは本当にすてきなボーイフレンドです。
トオルは、クルミの言うことを、なんでも大人しく聞いてくれます。他の子どもたちと遊ぶときも、子どもたちに逆らうことはありません。自分が遊んでいたおもちゃを取り上げられても、自分が読んでいた本を横取りされても、トオルはいつもニコニコ笑っています。ゲームの順番も、テレビ番組のチャンネルも、トオルはいつもニコニコ笑って、クルミやほかの子どもたちに譲ってくれます。
望みどおりの優しいボーイフレンド。
サンタクロースがくれたこのクリスマス・プレゼントに、クルミは大満足でした。
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トオルというプレゼントは、クルミという子どもと仲良く暮らしました。
二人は毎日いっしょに遊びました。夜眠るときと、お風呂とトイレのとき以外は、どこへ行くにも、何をするにも、そばを離れることがないほどでした。それだけずっといっしょにいても、トオルは、クルミに何一ついやな思いをさせることはありませんでした。そんなトオルが、クルミは大好きでした。
一年たっても、二年たっても、トオルは相変わらずでした。
自分は何も持っていないのに、何も欲しがることなく、誰もうらやましがることなく、いつもニコニコ笑っていました。そんなトオルを、クルミはますます大好きになりました。
三年たっても、四年たっても、トオルはやっぱり相変わらずでした。
そんなトオルに、クルミはだんだんと、今までとは違う気持ちを抱くようになってきました。
そうして、トオルがクルミのもとへやってきてから、五年の月日が経ちました。
トオルは、出会った頃よりずいぶん背も伸びて、大人びた顔立ちの少年になっていました。けれど、その優しい声と笑顔と、ほんの少しの欲も持たないところは、出会った頃からまったく変わっていませんでした。
トオルは、クルミが持っているものを、分けてほしいなんて言いません。クルミが持っているものを、こっそり使ったり、盗んだりするなんてこともありません。クルミがどれだけたくさんのものをひとりじめにしていても、文句なんて一つも言いません。
そんなトオルといっしょにいるのは、クルミにとって、とても心地よいことのはずでした。
周りの子どもたちといっしょにいるときとは違って、トオルといっしょにいるときは、自分の持っているものを、クッキーのかけら一つだって取られる心配がありません。自分が相手より良いものを持っていたり、相手が自分より良いものを持っていたりして、それが原因でケンカになることもありません。だから、トオルといっしょなら、クルミは何一ついやな思いをすることなく、安心して、いつでも気分よくいられるはずでした。
それなのに、どうしたことでしょう。
一、二年前から、なんだか、そうではなくなってきてしまったのです。
たとえば、クルミがサンタクロースにもらったおいしいお菓子を食べている横で、トオルは共用食料庫から取ってきた味気ないおやつを食べているとき。そんなとき、クルミは、ひどくさびしい気持になるのです。
たとえば、遊戯室に置かれている共用のおもちゃで遊んでいたトオルが、そのおもちゃを、周りで遊んでいる子どもたちに横取りされたとき。そんなとき、クルミは、自分がおもちゃを横取りされたわけでもないのに、ひどく腹が立ってたまらなくなるのです。
たとえば、毎年やってくるクリスマスの日。朝起きると、クルミの部屋は、サンタクロースたちが持ってきた山のようなプレゼントで溢れています。でも、何度クリスマスがやってきても、トオルのもとにクリスマス・プレゼントが届くことはありません。なぜなら、トオルという人間は、自分自身がクリスマス・プレゼントだからです。サンタクロースは「子ども」にプレゼントを持ってくるけれど、「プレゼント」にプレゼントを持ってくることはありません。そのことを考えると、クルミは、胸が締めつけられるように苦しくなるのです。
あるとき、クルミはトオルに尋ねました。
「ねえ。トオルには、何か欲しいものはないの?」
すると、トオルはこう答えました。
「ないよ。だって、ぼくは『プレゼント』だもの。プレゼントは、何かを欲しいなんてことは思わないんだよ」
トオルはクルミを見つめて、自分のこめかみの辺りをさすりながら、笑いました。
ニコニコと、優しい笑顔。
それを見て、クルミは、やっぱり胸の奥が苦しくなりました。
大好きなトオルといっしょにいて、苦しくなってしまうなんて、いやなことです。
なんとかして、この苦しさをなくしてしまう方法はないかと、クルミは考えました。毎日毎日、たくさんたくさん、一生懸命考えました。
そして、クルミは、一つのことを思いつきました。
トオルにプレゼントをあげよう。
サンタクロースがトオルのところにプレゼントを持ってこないのなら、代わりに自分が、トオルにプレゼントを贈ればいい。
それが、クルミの思いついたことでした。
プレゼントを贈るのは、サンタクロースの役目です。子どもは、誰かにプレゼントを送ったりなんかしないものです。それは、クルミが生まれたときからずっと――いいえ、クルミが生まれるよりもずっとずっと前から、そういうふうに決まっていることでした。
だからクルミは、自分が誰かにプレゼントをあげるなんて、これまで想像もしませんでした。たくさんたくさん考えたからこそ、やっと、それを思いつくことができたのです。
それを思いついたのは、ちょうど、その年のクリスマス・イブの日でした。
その日、クルミは、トオルに贈るプレゼントを探しに、朝早くから屋敷を出ました。
クルミの部屋には、クルミの持っているものがたくさんあります。食べ物も、本も、おもちゃも、ゲームもなんでもあって、そのうちのどれかを、トオルへのプレゼントにすることもできました。でも、それらはみんな、サンタクロースがクルミのために持ってきたものです。自分がもらったプレゼントを、お下がりのように使い回してトオルにあげるのは、なんとなく、良くないことのような気がしました。そうではなくて、最初からトオルのためだけに用意した、他の誰のものでもないプレゼントを、クルミはトオルに贈りたかったのです。
いつかのクリスマス・プレゼントに、トオルに着せるための素敵な洋服を頼んだことなら、ありました。でも、その洋服は、トオル用のものではあっても、トオルのためのものではありませんでした。その洋服を着たトオルを眺めて、クルミが楽しむためのものでした。
サンタクロースにトオル用の洋服を頼んだ、あのときとはまったく違う気持ちで、クルミはトオルのためのプレゼントを探し歩きました。
トオルの喜ぶ顔が見たい。ただそれだけを思いながら、足が棒のようになるまで、探し続けました。
屋敷の周りにある山や野原を、クルミは、日が暮れるまで歩き回りました。
そして、薄暗い空に輝き始めた一番星の下で、一輪の花を見つけました。
雪の中にひっそりと咲いた白い花。
それは、遠目からでは雪の色に埋もれて目立ちませんが、間近で眺めてみると、真っ白な花びらの中に、小さな小さな無数の光の粒がチラチラときらめく、とても美しい花でした。
クルミはその花を摘むと、大事に手の平の上に乗せて、屋敷に持って帰りました。
その日の夜。
クルミは、一輪の白い花に水色のリボンを結んで、それをトオルに贈りました。
水色のリボンは、トオルの首に掛けられていた飾りを、記念に取っておいたものでした。クルミが持っているリボンといったら、それ一つきりだったのです。
優しい色合いのリボンで飾られて、真っ白な花は、なおさらそのきらめきを増したように見えました。
「これ。わたしからトオルへの、クリスマス・プレゼント」
そう言ってクルミが花を渡すと、トオルは驚いた顔で、大きくまばたきしました。
トオルはしばらくの間、言葉もなく、自分のこめかみをカリカリと爪の先で引っかきながら、真っ白な花に目を落としていました。
それから、顔を上げてクルミを見つめると、ほんの一瞬、ほんの少しだけ、泣き出しそうな目になりました。
けれど、トオルはそのあと、すぐにいつもどおりの優しい笑顔を浮かべて、
「ありがとう。すごく、きれいな花だね。……とっても、うれしいよ!」
と、クルミにお礼を言いました。
それを聞いたクルミは、自分もうれしくなって、思わずにっこり笑い返しました。
なんだか、心の隅々まで、ふんわりと甘く満たされるような気持ちがしました。
それは、今までに感じたことのない、なんともいえずあたたかい心地良さでした。
クルミはその日、クリスマス・イブの夜には毎年そうしているように、ベッドの枕元に大きな靴下の飾りを吊るして、眠りにつきました。
いつになく幸せな気分で眠ったからか、いつになく幸せな夢を見ながら、すやすやと安らかな寝息を立てていました。
ところが、時計が真夜中を回った頃のこと。
クルミはふと、部屋の中に人の気配を感じて、目を覚ましました。
部屋の中には、いつのまにか、薄く明かりが灯っていました。
その明かりの中に、クルミのベッドを取り囲む、何人もの人の姿が見えました。
その人たちは、みんな赤い外套を着て、赤いズボンを履いて、赤い帽子を被っていました。
「……サンタクロース?」
寝ぼけた目をこすりながら、クルミは呟きました。
そう。その人たちの格好は、確かに本や映画で見たことのある、サンタクロースのそれに違いありませんでした。
でも、おかしなことです。サンタクロースというのは、子どもが眠っている間にやってきて、子どもを起こさないよう、こっそりプレゼントを置いて去っていく人たちのはずです。子どもが目を覚ましたら、姿を見られないよう、慌てて逃げたり隠れたりする人たちのはずなのです。
それなのに、クルミの周りを取り囲んでいるサンタクロースたちは、クルミがこうして目を開けても、誰一人として慌てる様子もなく、みんなただただクルミの顔を見下ろしています。それに、誰一人として、その手にプレゼントの包みを持ってはいません。これはいったい、どういうことでしょう。
とりあえず、クルミは、ベッドの上で体を起こそうとしました。
そのとき、気がつきました。
枕から起き上がらせようとした頭が、なんだか、妙に重いのです。
どうやら、頭に何かが被せられているようです。
頭に手を伸ばして、クルミはそれを触ってみました。冷たく硬い、ゴテゴテとたくさんの部品が付いたヘルメットみたいなものが、指に触れました。その「何か」は、かすかな機械音を発しています。
ピコ ピコ ピコ ピコ ピコ
ベッドの横から、不意に何やら、聞き慣れぬ電子音が響きました。
首を横へ向けて音のしたほうを見ると、そこには、見たことのない機械がありました。その機械の、淡く光を放つ画面の中では、何本もの光の線が波打っていました。
「脳波の測定を完了しました。症候群の兆候、発症は見られません。この人間は、まぎれもなく『子ども』です。サンタクロースではありません」
クルミを取り囲むサンタクロースのうちの一人が、手に持った無線機に向かって、そんなことを言いました。
ガタガタガタと、部屋の窓が、大きく音を立てました。
クルミが思わず窓へ目をやると、大きな窓の窓ガラスの向こうに、たくさんのサンタクロースたちがびっしりとへばりついて、部屋の中を覗き込んでいました。
おじいさんのサンタクロースもいます。おばあさんのサンタクロースもいます。もっと若いサンタクロースも、幼いサンタクロースもいます。部屋の中にいるサンタクロースと、窓の外にいるサンタクロースの数を合わせると、二十人にも、三十人にもなるでしょうか。いえ、もっとたくさんいるかもしれません。そのサンタクロースたちが、みんなじっとクルミを見つめているのです。
「どうしたの? サンタさん。クリスマスのプレゼントを、持ってきてくれたんじゃないの?」
クルミは、なんだか恐ろしくなりながら、プレゼントを持っていないサンタクロースたちを見回して、震える声で尋ねました。
すると、いちばん近くにいたサンタクロースが口を開いて、言いました。
「プレゼント――。そうだ。確かにわれわれは、今夜、ここにたくさんのクリスマス・プレゼントを持ってやってくる予定だった。だが、おまえはプレゼントをもらうだけに飽き足らず、自分でプレゼントを贈ってしまった。ああ、なんということだ……」
それに続けて、周りにいる他のサンタクロースたちも、口々に言いました。
「おまえがサンタクロース症候群の患者であれば、われわれの仲間に加えていた。しかし、検査の結果、おまえが間違いなく『子ども』であるとわかったからには――」
「『子ども』のおまえは、プレゼントをもらうことだけ望んでいればよかったのに。プレゼントをもらうことにだけ、喜びを感じていればよかったのに――」
「それなのに、おまえはあろうことか、プレゼントを贈ることによって自分の心を満たした。サンタクロースでもないのに人にプレゼントを贈りたがる人間。そんな者の存在は、われわれサンタクロースへの冒涜だ――」
カチャ、カチャと、窓の鍵が開く音がしました。子どもの部屋の窓は、鍵さえあれば外から開けられるようになっていて、その鍵は、サンタクロースが持っているのです。
窓の外にいるサンタクロースたちが、窓を開けて、部屋の中に入ってきました。
ぞろぞろと、老若男女何十人ものサンタクロースたちが、どんどん部屋の中に入ってきて、クルミのベッドの周りを取り囲みます。
クルミの周りは、たちまち赤い服で、隙間なく埋め尽くされました。
サンタクロースたちは、クルミを見下ろし、次々に口を開きます。
「サンタクロースでもないのにプレゼントを贈りたがる人間を、許してはおけない」
「今回は、プレゼントを贈った相手が『プレゼント』だったから、まだよかったものの」
「もし、おまえが『子ども』にプレゼントを贈っていたら」
「これから先、おまえが『子ども』の誰かに、プレゼントを贈りたくなってしまったら」
「ましてや、おまえのような人間に影響されて、他の子どもたちまでが、プレゼントを贈ることに喜びを覚えてしまったら」
「ああ、なんと恐ろしいことだ。もし、子ども同士でプレゼントを贈り合い、それによって子どもの欲望が一つ満たされれば、そのぶんわれわれの仕事が一つ、減ってしまう」
「われわれは、サンタクロース」
「われわれは、子どもにプレゼントを贈りたくて贈りたくて、しかたがないのだ」
「だからこそ、われわれサンタクロースは」
「子どもたちの欲望が尽きないように」
「子どもたちの欲望が刺激されるように」
「子どもたちが、自分の力で何かを手に入れようなどと考えないように」
「満ち足りすぎることなく、さりとて不自由すぎることもない環境を、世の中の子どもたちに与え続けてきた」
「子どもたちが、ただただサンタクロースからのプレゼントを待ち望んで、それだけを考えて生きていき、人生を終える。そんな世の中を作って維持していくために」
「そうやって、われわれが培い、守ってきた、子どもたちの欲望」
「それを満たすのは」
「われわれサンタクロースの役目」
「その役目を、ほんの少しでも奪う危険のある人間は――」
サンタクロースの一人が、クルミの頭に手を伸ばして、そこに被せられていた計測機器をはずしました。
「サンタクロースは、もう二度と、おまえにクリスマス・プレゼントを持ってこない」
そう言って、そのサンタクロースは、クルミのこめかみに、ゆっくりと爪の先を食い込ませました。
「おまえはこれから頭に穴を開けられて、そこからいっさいの感情と記憶を取り出される。プレゼントを贈りたい、という気持ちだけを消してしまうことはできないから、感情と記憶を、ぜんぶ丸ごと頭の中から取り出して、捨ててしまうしかないのだ」
一人のサンタクロースが喋っている横で、別のサンタクロースが、どこからか大きな白い布袋を取り出して、袋の口を広げます。
「世の中から『子ども』が一人減ってしまうのは、もったいないことではあるが。――この先、おまえがわれわれにもたらすかもしれない危険を思えば、仕方ない」
クルミの目の前が、真っ白い色で塞がれて、それきり暗くなりました。
+
朝陽の差し込むクルミの部屋に、もう、クルミの姿はありません。
誰もいない部屋の中で、トオルはただ一人、ぽつんと立ちつくしていました。
クルミのベッドの枕元には、大きな靴下の飾りが吊るしてあります。
それを見つめながら、トオルは自分のこめかみを押さえて、ほんの一瞬、ほんの少しだけ、泣き出しそうな目になりました。
けれど、トオルはそのあと、すぐにいつもどおりの優しい笑顔を浮かべて、靴下の飾りを手に取りました。
そして、もう必要のなくなった空っぽのその靴下を、部屋のくず入れに捨てました。
-終-