七つの大国
新日本都のとある都市の赤間町。その町の一番人通りが多い通りの目の前に存在しているとある学校。晴人たちが毎日通う学校だ。
今日もまた平凡であたりまえの日常を過ごすために晴人はこの学校の校門をくぐった。
「おはようございます!! 今日も一日がんばりましょう!!」
晴人の耳にこの学校の生徒会長のあいさつの声が聞こえてきた。
晴人はこの生徒会長はわかっていない、と常日頃思っていた。
「今日も一日がんばっていきましょう!!」
この言葉だ。晴人はこの言葉がダメなんだと思っていた。
確かに、頑張ることは悪いことじゃない。むしろ良いことだ。
しかしそれは一般論であり、何でもかんでも頑張るのはお門違いなのではないのだろうか。
「おや? 柊君じゃないか。おはよう! 君は今日も惰性のような一日を送るのかい?」
「うっせーよ。何度も言ったはずだ。俺は日常を楽しむためにここへ来てるんだ。惰性なんかじゃない」
晴人はこの生徒会長、永谷遠吉郎とは小さい頃からの知り合いだ。しかし顔を合わせる度口論に発展してしまう。
「惰性じゃない? 頑張っている人を尻目に自分はのうのうと学園生活を送っている人のどこが惰性じゃないと」
グイグイと晴人に突っかかってくる永谷。晴人はうんざりだった。しかし、
「お前が俺を見て感じている惰性は俺にとっての頑張りなんだ。お前、ママから教えて貰わなかったか? 自分がされたら嫌なことを相手にしたらダメだ、って」
晴人に妥協する気はない。少なくともこいつにだけは妥協したらダメだと晴人は直感的に感じていた。
「僕なら頑張りを否定されたときは、その上を行く頑張りで相手を納得させます」
話しても無駄か。
「テメェは――!!」
「暴力ですか、君らしい。かかって来なさい!!」
「はーいそこまでよ」
「「!?」」
晴人と永谷の間に割って入ったのは晴人の幼馴染、高宮秋奈だった。
「チッ」
晴人が舌打ちする。
「秋奈さんが言うのなら仕方ありませんね」
両者とも秋奈の登場によりすんでのところで踏みとどまる。
「あんたたちいつになったら成長するの。全く、私がいなかったら二人とも停学だよ?」
「ありがとうございます秋奈さん。あなたがあと少し遅かったら秋奈さんの大事な――」
秋奈は永谷の言葉を遮った。
「私の名前を気安く呼ばないで」
「これは失礼、高宮さん。ではそろそろ時間ですので、また会いましょう」
永谷はそう言い残して校舎へと帰っていった。
「ああ気持ち悪い。何なのアイツ」
「ごめん秋奈、助かった」
「いいのよ、あんな奴のせいで晴人が退学になんてなったら私、きっとアイツをぶっ殺すだろうし」
秋奈が昔受けた心の傷は大きかった。今でも秋奈は永谷を見ると鳥肌がすごいらしい。
「行こっ! 遅刻しちゃうよ」
「ああ」
朝から胸糞悪い。晴人はつくづくそう思った。そして
「秋奈」
「なーに?」
「後でジュース奢ってやるよ」
「マジで!? やったー!!」
気持ちを引き締めよう。今日はアメリカ旅行までにいける、最後の学校なのだから。
☆
二―Aの教室を秋奈が開けた。
「おっはよー!!」
「おはよー!!」
秋奈の元気な声に教室のみんな(女子)はこぞって返事をした。
晴人もあとに続いた。
「おっはよー!!」
「うーーい!!」
晴人は、いい感じに秋奈の声を真似たように言ってみたが帰ってくる返事はむさい男ばかりだった。
そのうちの一人、風見謙太は晴人のもとまで来た。
「やあやあ晴人っ。今日もいい天気だねっ!!」
この無駄なハイテンション。きっと晴人が求めているものとは真逆。
「何だよ謙太か」
「何だとはなんだ! 俺は朝早くから来て暇にしていたというのに」
「理由になってねーから」
「……マジで?」
「マジだよマジマジ。おおマジだ。ところで話は変わるがおおマジな話だ。いったんマジになって聞いてくれ」
マジを連呼した晴人は謙太の肩に手を置いた。
「お前がそんなにマジなら俺もマジになるしかないな」
傍から聞いたらとても高校生の会話には聞こえないだろう。
「実は俺、アメリカに行くことになった」
「へーアメリカかぁ~……なんだって?」
晴人は証拠となるアメリカ行きの紹介券を謙太に見せた。
「それも、明日からなんだわ」
「……」
謙太は無言で紹介券を食い入るように見ていた。
「あのー、謙太?」
「お前……」
「どうしt――」
「スゲーじゃん!! アメリカだって!? それもあの情報の町だと!!? 羨ましーッ!!! ブラボー!!!」
謙太の馬鹿でかい声を皮切りにクラスの皆が三者三様の反応を見せた。
窓際にいた男子二人は、
「アメリカだってよ。すごくね?」
「アメリカといったらあれだな! 自由の女神伝説!」
「ああー、あれを小さい頃聞いた時は血沸き肉躍ったね」
「えっ? あれは主人公の悲劇を記したお伽噺だろ」
「お前そっちのやつしか知らねーのな。あれにはもう一個の逸話があって、その逸話はファンタスティックな冒険談なんだよ」
「かっけー! 俺も行ってみて―なぁアメリカ」
教卓を占拠していた女子四人は、
A「この間B子とさ、卵料理専門店に行ったんだけど~その日は店長が重大なミスをしてたらしいのよ~」
B「それで、その日はもう作れないからってお客さんを帰らせ始めたんだよ」
A「で、私たちも帰らなきゃってなったときに新しいお客さんが店に入ってきたの~」
B「その客がさ、すっごい幽霊みたいな人でさ~私たちちょっとビックリしてたら店長が出てきてその幽霊みたいな客に大声でこう言ったのよ」
A「「キミが悪い!!! 帰ってくれ!!」ってさ」
C&D「hahahahahaha!!」
A「しかもね、店長が言った後すぐに厨房から大声が聞こえてきたのよ」
C「へ~なんて?」
B「「すいません!! 帰ります!」って若い外国人っぽい人が」
A「で、なんだなんだ? って思ってその人のネームプレート見たら『喜美川 ルイ』って書いてあったの!!」
ABCD「hahahahahahahahahahahaha!!」
ホント、そんな話を毎日している人たちはすごいと思う。
「ハル君アメリカ行っちゃうの?」
アメリカンになった教室を呆然と眺めていた晴人に優希が話しかけてきた。彼女は比較的晴人と仲良くしていたので、ちょっと寂しそうな顔をしていた。
「ああ行くことにしたんだ。折角だし」
「でもハル君がいないと楽しくない―」
「このクラスだったら楽しくないなんてことは無いだろ」
晴人はクラスの奴らを眺めた。その時には人数の半分は何故かアメリカ人に変身していた。どこから持ってきたのかカラーコンタクトやそれっぽい服まで完全にアメリカ人になりきっている。
「ま、まあそれはそうだけど……」
「すぐ帰ってくるからさ、安心しろって」
「そうだよね! すぐ帰ってくるよね!!」
「おう! 何か土産でも買ってくるよ」
「約束だよ!!」
「おう、約束だ」
優希は土産を買ってくるという約束で晴人のアメリカ行きを歓迎した。
ふと横を見ると謙太がアメリカ人になりきってバーガーを食べていた。
「何故バーガーを食べているんだお前は」
「どうした晴人?」
「だからそのイッツアメリカンなバーガーは何だって言ってるんだ」
「あ! さては俺のバーガーが食べたいんだな!? そうかそうか。じゃあ食べさせて……あーげない!! パクッ!!」
「ちげーよ!! 馬鹿か!」
口では否定するが、その前に晴人の手はバーガーを取ろうと動いていた。
その行動が謙太に見抜かれ手を掴まれてしまう。
「晴人。じゃあこの手は一体何なんだ?」
晴人は本性をさらけ出した。
「フッフッフッ、まさか貴様知らぬわけではあるまい。我が柊の食慾を……」
「ハッ、知らねえわけないだろ。こっちはそんなこと初めからわかってて煽っているんだ」
柊家の人間にはある特殊なスキルがある。
それは食意と呼ばれ、文字通り食に対する意欲・意識が他より強くなるのである。この食意の典型的な例は晴人姉で、彼女は最早食だけに収まらず、興味を持ったことを爆発的な速度で取り込み、自分のものにすることもできる。しかし興味のない事柄についてはお察し。
「そうか、ならば戦争だ!!」
「来いや!!」
バーガーを賭けた戦いが今始まった。
「…………」
秋奈は自分の席でそんな晴人たちの光景を物憂げに眺めていた。
☆
その日の五限目の授業は世界史だった。
「三十二ページを開け、今日やるのは大国の成り立ちについてだ。お前たちは中学の時も習ったと思うがこれは大事なことだ。絶対に忘れないように抑えておけよ」
今のご時世を生きていくのは世界に出て働くしかない。先生の言っていることは理にかなっていた。
「いいかまず我らが祖国、ユーラシア大宗国についてだ。阿部、わかるか?」
「はい。このユーラシア大宗国は西暦二五〇〇年より前から既に国としていて存在していたという説が濃厚だと思われます。他には何らかの革命が起こって、その結果大宗国が誕生したとか」
「あとあれだろ? 有史より前は小さい国が世界中にあったんだろ?」
謙太が真実を言う。しかしクラスは笑いの渦に呑み込まれた。
「アッハハハ!! ありえないってそんなこと」
「いくら風見でもそれはさすがに引くわ」
そして先生の追い打ち。
「まったく、風見は実に馬鹿だな。そんなことは万に一つ、億に一つだってありはしないぞ」
「えっ? えっ!?」
謙太は額に汗を流しながら笑った。
「ハハハ、じょっ、冗談ですよ~、いくら僕が馬鹿だからといってもこれくらいのジョークは言えますって」
「そうか、じゃあ次のアグレシアを山下!」
「うい」
「そうか、で流すなよ!」
謙太の嘆きは誰も聞き届けてくれない。
山下が発表のために席を立ちあがったのと同時に謙太は晴人に小声で問いかけた。
「なあ晴人、俺の言ったことって間違ってるの?」
「当たり前だ。聞いてなかったのか? この国は俺たちが生まれる前からずっとユーラシア大宗国なんだよ」
「おっかしいなー。母さんから聞いた話だから本当かと思ってたよ」
「あのおばさんか。あの人も間違えることあるんだな」
「みたいだな。はーあのババア覚えてろよー」
謙太は諦めたのか会話を終えるとすぐに寝る姿勢へと移行していた。
――お前には勉強を受けるっていう姿勢はないのか。
晴人は心の中でツッコんだ。そして自分の調子の良さに軽く上機嫌だった。
「はい山下ご苦労。次は~」
「(やべっ聞き逃した! アグレシアだっけ……?)」
晴人のペンを持つ手は完全に動きを止めた。
「(あれ、あの国ってどんな国なんだ?)」
晴人にはわからなかったのだ、アグレシアという国が。
もちろんアグレシアという国が存在していることを知らないのではない。
「じゃあ次、柊。アメリカについて頼む」
「はい(アグレシアの成り立ちってなんだ――?)」
成り立ちがわからなかったのである。まあ晴人が生まれたときには既に国として成り立っていたので、知らなくても珍しいことは無い。というか知る機会が無かったのだ。
「……(まあ、あとで秋奈にでも聞こうかな)」
「んー? どうした柊、お前アメリカに行くんだろう。なら今の内に復習しておくのはちょうどいいと思うんだが」
「ああはいはい! えっとアグr――アメリカは北アメリカ大陸のすべてを国土として有しており、大統領はギルジョワ卿で――」
「私が聞きたいのはアメリカの成り立ちについてなのだが」
「えーアメリカは有史よりこの世界の発展を見守ってきた国でありその成り立ちは不明とされている……多分」
小声で最期の一言を付け足した。
「そうだ、不明だ。しかし有史より遥か昔からアメリカという国はあったとされる。ここらへんテストに出るぞ、抑えておけ。おーけぃ?」
ドヤ顔で先生が黒板をドンっと叩いた。数秒間沈黙が訪れる。
「……よし、後は俺が説明しよう。まずはイギリスだ。イギリスは大国の中では一番小さい。ここ、ユーラシア極東国より小さいかもしれん。しかし! イギリスは七つの大国の一角として存在している。その理由は非常に簡単だ! あの国は天の力が常にイギリスという国土を守っているんだ。難攻不落の絶対防御。これにより他国はイギリスに暴力的介入ができない。つまりイギリスは安寧を約束されているというわけだ」
先生とはよくしゃべる生き物である。
「そしてイギリスの成り立ちだが、イギリスもまたわかっていない。有史からずっとこの地球に存在している国の一種だ」
この世界はいまだに謎とされる物事が多々ある。特に、規模の大きなものほど解明されていないことが多いのだ。その代表といわれるのは有史以前の歴史である。
有史とは、現人類が知りえている歴史のことである。現在で一番最古の歴史は二五〇〇年であり、イコール有史一年である。つまり現人類は二五〇〇年より昔の世界のことをハッキリとわかっていないのである。
しかし、ハッキリとわかっていないだけで、過去の事象に関する空想論は頻繁に飛び交っている。
「んじゃ次の国、ページをめくれー。次は帝国だ。皆もよく知っていると思うが、スードライン帝国はこの地球の南端、つまり南極を支配している帝国主義の国家だ。南極はとても寒いらしいな。先生には何故そんな寒いところに住んでいるのか理解できない。理解できないが、彼らがそのような劣悪な環境でも暮らせるのには革新的な何かがあるんだろうな。スードライン帝国は情報の一切を遮断しているもんだから、どっちかっていうと教える側の先生が教えてほしいところだが」
帝国とは名ばかりで、スードライン帝国は南極に国を構えてから一度も他国を侵略したことは無い。思うことは情報が他国に漏れないのはすごい、程度だ。
「スードライン帝国といえば、この国は代々スードラインの姓を持つものが帝王を務めるそうだ。本当かどうかはよくわからん、あくまで噂の範囲を出ない話だな」
「せんせー、論点がずれてまーす」
「おうすまん。えースードライン帝国の成り立ちは西暦二七〇〇年頃だといわれている。それ以前は合併統合する前の小国がいくつかあったとされている」
先生が黒板の左半分を消した。まだ授業は終わらないようだ。
「続いて、エデンだ。今更説明する必要も無いだろうが、一応言っておく。エデンとは太平洋上に最近できた楽園だ。長躯休暇にエデンに行った人もいると思う。まあ最近できたってことだけ覚えておけばいいだろう」
晴人は行ったことがないので知らないのだが、エデンには夢のようなアトラクションがあるらしい。
「さあ時間も押してきたんでちょっと急ぎ足で行くぞ。最後の大国は超巨大教育機関、ランドレット魔法学院だ」
先生がその学院の名前を口にするとクラスにざわつきが起こる。皆心の底では魔法に憧れているのかもしれない。
「静かにしろ。あそこの生徒は非常に面白いことを出来る。知っているだろ? 魔法だ。彼らの教育には常に魔法というとても不思議で興味深いものがかかわっている。先生は見たことないんだが、どうやって魔法って使えるんだろうな。皆目見当つかん」
晴人は知っていた。教科書には載っていない魔法の魅力を、魔界の存在を。
「成り立ちは有史すぐのことだ。ある一人の男が有史以前から存在していたとされているオーストラリア大陸を買い取ったことから始まる。彼は、そこに今も毎年受験者が後を絶たない巨大な学院を設立したのだ」
先生が窓の外に目をやり、懐かしむように唸った。
「昔は先生もあの魔法学院に入りたくて努力したもんさ。しかし、受験は失敗。先生は泣く泣く当初の予定通り普通の学校へ進むことになった。あれはもう何年前だろうか。今が四十八だから――」
キーンコーンカーンコーン。授業終了の鐘がなった。
「時間か、よーし号令!」
「起立。礼」
ありがとうございました!
時はリナが晴人の家を去った日の夜に遡る。
リナは新日本都での最後の用事を済ませるために晴人の通う高校の校長に面会に来ていた。理由は一つ。
「さて、さっさとあの大男のことを連絡して学院に帰ろう」
ちょっとした業務連絡だ。
――校長室。
「失礼します。ランドレットから来たリナです」
「やあやあ待っていましたよランドレット魔法学院の使者よ」
「遅れて申し訳ございません」
「いいよいいよ。で、率直に報告を聞こう。どうだったかね」
「はい。総理暗殺の件は私が戦闘した謎の大男が犯人だと思われます」
「そうかい。その犯人は?」
「すいません。倒したのですが、逃げられてしまいました」
校長は初めて残念そうな顔をした。
「本当にすいません! 一瞬の隙で!!」
頭を下げて謝り続けるリナ。総理暗殺の犯人を取り逃がしたのだ。その罪悪感は相当のものだろう。
しかし、校長は、
「顔を上げたまえ、君は何も悪くない。報告ご苦労だった。祖国に帰ってしっかりと休息を取りなさい」
優しい顔で告げた。
「ありがとうございますっ!! それでは失礼します!!」
「はい、気を付けて帰りなさい」
最後にリナは一礼して校長室を後にした。
校長はリナが校門を出るのを確認してから特殊なリモコンを操作してある人との通信を始めた。
『どうした、校長』
返事をしたのは太い声の持ち主だった。
「報告です。ランドレット魔法学院の使者は生存。繰り返します、生存を確認」
『そうか、彼女は生き残ったのか』
「はい」
『なら』
言葉が区切られた。通信は途切れる。そして、
「――死ね」
完結的な一言が聞こえたと思ったら、その数秒後には校長は見るも無残な肉片になっていた。
「任務完了だ」
非常に落ち着いた声色だった。
「派手に殺しましたね」
拍手をしながらまた別の男が校長室の扉から入ってきた。彼も全く動揺はしていない。むしろこの状況を楽しんでいるように見える。
入ってきた男を、校長を殺したフードの男が一瞥すると、死骸を指しながら告げる。
「言っておくが、この後片づけはお前の仕事だぞ」
「ええっ!!」
「そんなに驚くな、めんどくさい」
校長を殺した人が頭にかぶっていたフードを外した。なんと彼はちょくちょく大男もといフレーリオと話していた若い青年だった。
「いいか、お前はこれからここの学校の校長だからな。余計な真似はするなよ」
「はーい」
「じゃあ俺は帰るから、頼んだぞ」
「さよならー」
手を振って見送った。
フードの男は一瞬で姿を消していた。
「やっぱりあの人は早いなあ、えっと名前は……あっ、知らないんだった!」
偽校長の彼はけらけらと笑いながら肉片処理をこなしていた。
「今戻りました」
とある大聖堂に先程の青年の声が響いた。
「よくやってくれた。君には感謝してもしきれないな」
「いいんです。好きでやっているだけですから」
「彼、校長には申し訳ないことをした。しかし、計画は次の段階へシフトしてしまった。彼にはもう死ぬ以外の選択肢は無かったんだ」
初老の男性は泣き崩れた。慈悲深いように見えても、行動と言葉が合っておらず、かえって不気味さが際立っていた。
「次の計画はどうするんですか」
「うぅ、例の少年を、計画の邪魔になる前に消そう。済まない、本当に……」
「じゃあ引き続き俺の方でやらせてもらいます」
「はい、頼みました」
「では」
青年が消え、大聖堂には初老の男性がすすり泣く音しか聞こえなくなった。
「うぅぅ、ごめんね、ごめんね。申し訳ない、でも、君は生きてちゃいけないんだよ」
初老が死の宣告をするのは、
「柊、晴人君……っ!!」
☆
とある商店街での一シーン。
「なあ、本当に渡してよかったのかな」
「何がだよ」
「券だよ券! 十万人記念なんてでっち上げて」
「しょうがねえだろ。あれ断ったら俺らが首切られるんだぜ?」
「それは……」
「第一、あれはあの子の学校の校長直々のお願いだろ? なにか裏があってのことだろうきっと」
「そうかねえ」
「そういうもんだ。さあ、俺たちももう帰るぞ」
「……ああ」
物語の歯車は、ゆっくりと、しかし確実に回り始めた。
その流れはもう、誰にも止めることはできない。