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レボリティー・レポート  作者: アルフ
新日本都編
8/55

『暗躍』

 晴人宅。

 エルナは追い詰められていた。


「いーじゃないですか! ちょっと真似するだけですから!! ホラ、これ!!」

「イヤ、これは無理があるぞ……」


 エルナは現在晴人姉による無茶振りを受けていた。

 テレビを見てみよう。そこに映し出されていたものは、とある武道館のような場所だ。


『やっほーみんなーっ!! 今日は私、グレイス=アルメリアのライブに来てくれてありがとう!! 早速だけど、みんなのために歌います! 聞いてください!!』


 テレビの画面から曲が流れ始める。これはヴァーチャル映像、つまり例のゲーム、アースライフだ。アイドルのライブまであるとは本当によく作りこまれたゲームである。

 そして、何故晴人姉がここまでエルナに物真似を強要しているかというと、


「はぁ~ん、まさか現実でアルメリア様に逢えるなんて……幸せ~」


 似ていたのである。エルナとアルメリアが。声、容姿、髪の色に至るまで。まさに奇跡と言わんばかりに。

 晴人姉はこのアルメリアなる人物を崇拝していた。しかし、所詮は二次元。気持ち的な一線はいままで超えてこなかったつもりだ。

 だが、そんな晴人姉にとって神のような存在が急に目の前に現れたらどうなるだろうか、というかその結果がこれである。


「余は絶対にこのような真似はやらんからな!? この下種が!」

「あぁ~ん、罵倒されるのもそれはそれで、ア・リ・か・も・♪」

「うぅ……」


 エルナは晴人姉の謎の威圧に若干引いていた。


「もぉー皆さん静かにしてくださいよ。柊君が起きちゃうじゃないですか」


 騒いでいる二人を宥めるようにリナが言った。

 しかしリナの挙動はおかしかった。起こす起こさないというよりは、気付かれないようにしているときの動きだったのだ。

 よく見ると彼女の右手には黒のマジックが握られていた。すぐに姉は察した。


「あらあらぁ? リナちゃんってばそんなこと言って、本当は寝てるうちに愛しの晴人にイタズラしたいんでしょー」


 愛しの、という言葉を聞いてリナはボッ! と顔を赤くした。


「だっ、誰が愛しのですかっ!?」


 マジックのキャップを高速で開け閉じしながら晴人姉に言い返す。


「アハハハ! 図星じゃん。ね? アルメリア様♥」


「余はエルナじゃ!!」

「別に好きなんかじゃないし!!」


 二人は完全に晴人姉の世界に取り込まれていた。姉、有頂天である。


「姉ワールドに踏み込んで戻ってこれなかったのは晴人以外誰一人として存在しない。コイツに比べたら二人の御しやすいこと…!! むふ、むふふふふふ!!」

「「うわぁ」」

「なんとでも蔑むがいい! 晴人が起きない限り二人に姉ワールドを打ち破るすべはないのだから!!」


 しかし、彼女の天下はそう長く続かなかった。

 フラグ建設乙。と聞こえた気がした。


「がやがやうるせぇな。少しは眠らせろよ馬鹿姉貴」


 やっと起きた晴人が開口一番に姉へ文句を言う。


 主役の復活だ。


「おっ晴人起きたの! 見て見て! アルメリア様!!」


 さっきまで女王のように笑っていた姉はどこえいったのやら、ダルそうにしている晴人の顔を無理やりエルナのほうに向けさせた。


「んだよいってぇな」

「似てない!? 晴人も知ってるでしょ? ねえ似てるわよね!? てかもうこれアルメリア様だよねぇ!!」

「だからエルナと言っておろう……」


 晴人の目の先にはアルメリアもといエルナが立っていた。その表情はやや疲れ切ったような顔をしていた。

 晴人はエルナを見てついさっきあった出来事を思い出す。


「あー、やっぱり夢じゃなかったんだな」


 晴人はため息交じりに呟いた。そんな晴人の一言を晴人姉は聞き逃さなかった。


「なんてこと言ってるの!!? これが夢なんて勿体無さすぎるじゃないッッ!!」


 姉はエルナに抱き着き、声を荒げた。エルナはそんな姉を体から引き剥がそうと必死になっていた。


「ちょっ、やめっ!」

「クンカクンカ。ふふふ最高!!!! これで私もう死んでもいいっ!!」

「止めろと言ってるのが聞こえんのかおぬしは!」

「ああ私はなんて幸せなの!? こんなに幸せになってもいいのかしら!!」

「じゃあお前は世界中の人々の幸福を願いながら死んでくれ」


 晴人は、自分の姉に罵声を浴びせて。そして、いったんハイテンション馬鹿姉のことを頭から除外する。


「リナ、ずっと看病してくれてたんだよな。ありがとう」

「えっ? いやいやいやいや、お礼なんて!」


 リナは手に持っていたマジックを咄嗟に隠した。幸い、落書きしようとしてたことは気付かれなかった。


「なははー。ところでもう体は大丈夫?(ひぃ君が寝てた間に落書きしようとしてたなんて口が裂けても言えない)」

「何言ってんだ。お前がまた回復魔法で治療してくれたんだろ? それで大丈夫じゃない訳ないだろ」

「あはは、バレた?」

「当然だ」


 そう。リナはエルナと晴人姉が騒いでいる間にもずっと回復を続けていた。この程度の魔法を使ったところで、リナの体に負担がかかることは無い。本当に便利な能力である。


「ねえ、柊君。私たちって本当にあの大男を倒したのかな?」

「俺がやっつけたじゃん」


 晴人は「こう、ずばーんって」と仕草も付け加えて補足した。


「そうだけど……」


 リナは納得いかない、と言いたげに頬を膨らませた。


「確かにアイツは強かった。俺もリナやエルナがいなかったら絶対に勝てなかった」


 晴人はその場に立って少し伸びをして続けた。


「だがな、俺たちは今ここにいて、まぎれもなく生きている。それでいいんじゃないか? 重要なのはアイツに負けなかった、死ななかったって結果だ。もしあの大男が生きてて、また襲ってくるようなら今度は容赦しねーよ」

「そう……だよね。うん、きっとそうだよ!」


 リナの言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。


「ちょっと晴人! もう動いてもいいならアルメリア様を押さえつけるの手伝ってよ!」

「放さんか! この下郎がっ!!」

「下郎なんてひどーい。でもアルメリア様に言われてると思うと……堪らないわ!!」

「もう……どうすればよいのじゃ…………っ!」


 晴人姉はそろそろ天国に召されそうになっていた。ゴートゥヘブンである。そんな姉を見て晴人は呆れ、リナは苦笑いを浮かべ、エルナは生理的な拒絶すら覚えていた。

 普遍的で、平凡。そういった当たり前のことがとても幸せのように感じる。


「オイ、馬鹿二人。今何時だと思ってる。そろそろ寝ないと明日に響くぞ?」


 気付けば時計の針は午前三時を回っていた。この時間に睡眠をとってもほとんど時間の無駄かもしれないが、晴人は少し前まで大男と戦っていたのである。少しでも休息を取りたいのだろう。


「えー。まだアルメリア様と一緒にいたい~」

「馬鹿二人って余も含まれているのか?」


 ガクンと肩を落とすエルナ。謎の多い彼女だからといっても無問題。ここにいる晴人家の人間には全く意味を成さないようだ。

 そんなエルナに追い打ちをかけるように晴人が惨酷な提案をした。


「ねえちゃんよ、そんなにエルナが好きなら二人で一緒に寝ればいいんじゃないか?」

「おお! たまにはいいこと言うじゃない。そうさせてもらうわ。さあ、アルメリア様。私とベットにゴーイング!!」

「余の人権は!?」

「晴人お休みー」

「お休み」

「聞いておるのk」


 ガシッと、エルナの肩は晴人姉の手に掴まれた。


「助けてええぇぇぇ……――」


 人権と聞いて、果たしてエルナは人間なのだろうか。晴人がそんな疑問を抱いた時には、既にエルナは姉によって連行された後だった。


「……私も一緒に寝てもいいかな? なんて」

「ん? 何か言った?」

「い、いやっ!? 何も言ってないよ!!?」


 リナは恥ずかしさのあまりりんごのように顔を真っ赤にし、ものすごい勢いで首を左右に振った。


「さて、俺らも寝ようぜ」


 突然のお誘い。リナは羞恥心のあまり頭がフット―しちゃいそうになっていた。


「へ?(どういうこと!? 寝よう、って一緒に!? やっぱり聞こえてたんだ! てことはこれから一夜を共にしようってこと!? 私と? ひぃ君が!?)」


 リナの頭は考えすぎてオーバーヒート寸前だった。


「本当に――――いいの?」

「当たり前だろ。ホラ、こっち来いよ」


 晴人はリナに早く来い、と手をこまねいていた。リナはもう耐えきれずに頭が爆発した。


「うん……」


 そして、リナが晴人の布団の前まで行くと、晴人はリナを布団に寝かせ、自身はすぐそばにあるソファーに寝転がった。


「じゃ、お休み」

「お休みなさい――って、え?」

「ん? どした?」

「いや……お休み、柊君」

「ああ、お休み」

「(さすがに一緒には無理だよね~、とほほ)」


 リナは心の中で泣き、ほのかに布団に残っていた晴人の温もりを感じながら眠りについた。


                 ☆


 翌日。日曜日。

 晴人が目を覚ました時には既にリナはいなくなっていた。

 リナが寝ていたはずの布団の上にはリナからと思われる手紙が置いてあった。

 内容は以下のとうりだ。


「短い間でしたがお世話になりました。私はこれからランドレット学院へ戻ります。本当はもっと一緒にいたかったのですが私の新日本都の滞在期間はもうあまり残されていません。それに、私はまだ新日本都でやらなければいけない仕事があります。学院の方針で教えることはできませんが、大したことじゃないので安心して下さい。もしかしたら仕事中にまたどこかで会えるかもね。その時を楽しみにしています。それでは」


「ずいぶんと丁寧だな、あいつ。手紙なんて」


 そんな感想を漏らしていると、手紙の下の方にPSと書いてあることに気付いた。


「PS……なになに?」

「PS 私を助けてくれた時の柊君かっこよかったです♪」

「恥ずかしいこと言ってくれやがるぜ」


 晴人は手紙を置き伸びをした。


「よっしゃ! 今日も一日がんばりますかっ」


 気合を入れ、とりあえず台所へと向かった。


「さて、これからは三人分作らないとだな!」


 晴人の朝は早い。





「晴人おっはよー!!」

「晴人よ、やはり朝というのは気持ちの良いものじゃな」

「ああ、お前たち……」


 昨日一緒に寝た二人も起きてきた。しかし、晴人にはちょっと前までの元気、やる気は残されていなかった。


「朝ごはんは?」


 晴人姉はいつもなら朝ごはんが用意してあるはずの机を見て言った。弟の雰囲気には特に触れない。


「余もお腹が空いたぞ」

「ああ……俺もだよ」

「それなら早く作ってよ!」

「絶望だ……」


 ガックシ、と肩を落として負のオーラをまき散らす。姉は気にせず晴人の肩を揺さぶる。


「ねえ晴人!」


 ぶんぶん頭を振られ、晴人は重い口を開いた。


「使えないんだ…全て……」

「使えない? 何が」


 晴人は涙で目を滲ませていた。あまりにも悲痛。その顔はまるで、この世の終わりを連想させるようだった。


「忘れたのか!? 今この家は何故か電気が止まってんだぞ!! 使えねえんだよ! 電気が!!」

「なっ!?」


 姉は額に冷や汗を流した。

 その理由は朝ごはんが食せないかもしれないという、焦り。


「俺たちはこのまま飢え死にだあぁぁぁ」

「そんなことさせないわっ!」


 晴人姉は冷蔵庫の中を確認した。しかし、その中は――



「地獄……っ!!」



「とうとう見てしまったか。ねえちゃん」


 そう、冷蔵庫の中は半日放置された生もののお陰で阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 特に、生物の――


「クソッ、だからあれ程ニンニクはダメだと言ったんだ……っ」


 定価一九八円の北海道地域産だ。消費期限内ならその香りは香ばしく食欲を掻き立てられるのだが、如何せん腐ってしまっている。そのせいで腐敗臭がたちまち冷蔵庫の中に拡散していた。


「晴人よ、パンなどは無いのか?」

「そうよ晴人! アルメリア様の言うとうりだわ!」


 エルナが状況を呑み込めないまま発言した。姉もそれに便乗する。

 しかし、現実はそう甘くできていない。


「偶然切らしている。偶然だ!」

「何……だと…………!!」


 このとき晴人姉は自分の弟の壮大な主人公補正なるものを垣間見た。いや、見せつけられた。晴人の恐るべき不運を!


「八方塞がりだ。この家には食べ物と呼べる食べ物は無い」

「そんなぁ! 私の朝ごはんはどうなるの!?」

「どーもこーもねーよ」

「どうするのじゃ」


 現在時刻七時五十分。いい具合に皆の空腹ボルテージが最高潮に達してきていた。


「お菓子とかないの?」

「今切らしてる」

「なーんで買っておかないの!?」

「買ってもねえちゃんがすぐ食べるじゃん」

「あれ? そうだっけ? おっかしいなー」

「しゃあねえ。買い物に行くか」


 晴人は断腸の思いで決断した。


「最初からそうすればよかったじゃん!」

「だって商店街まで行くのめんどくさいし」

「じゃあ誰が行くの? 私は行かないよ。お腹へって動けません」

「余もこの付近の地理にはあまり詳しくないので無理じゃのう」


 二人とも棒読みだった。


「結局俺しか行けねえじゃねえか」

「よろしくね、晴人」

「済まぬな、晴人」

「へいへい行きますよ行けばいいんでしょ」


 晴人はちゃっちゃと用意を済ませて出かけて行った。


                ☆


「さて、何を買おうか」


 晴人は商店街まで辿り着き、食品の買い出しを始めていた。


「冷蔵庫が使えないとなると生ものはまず無理か。じゃあまずはパン辺りから買っていくか」


 晴人は近くにあった「太陽のパン屋」なる店に入った。

「太陽のパン屋」は巷ではとてもおいしいと評判で晴人も昔はよく買いに来ていた。ちなみに晴人たちの間ではこのパン屋のことをシャイニングパン屋と呼んでいたが、太陽のパン屋である。


「いらっしゃいませー、って晴人ちゃんじゃないの~。久しぶりねぇ、元気にしてた?」


 彼女は大原さん。一児の母である。


「元気というか、元気じゃないというか」

「あら、どうかしたの? おばちゃんに言ってみな!」

「実は家に電気が通らなくなっちゃって……」

「あらあら、大変ねぇ。だからうちのパンが必要なのね! いいわよ、今日だけ三十%オフの特別サービス!!」

「えっ、いいんですか?」

「いいのよ。困ったときはお互いさまよ!」


 このとき晴人にとって大原さんはまさに太陽のように見えた。


「ありがとうございます! じゃあ――」


 晴人は今買えるだけのパンをすべて買い尽くした。


「またね、晴人ちゃん!」

「お世話になりました!!」


 晴人が「太陽のパン屋」を出て行ったと同時に一人の女の子が店内へと入ってきた。しかし、彼女は客ではない。


「お母さん。ただいまー」

「あらおかえり。さっきまで珍しいお客様が来てたよ」

「あぁ、さっきの人?」

「そうそう。覚えてる? 晴人ちゃん」

「晴人……ハル!?」

「懐かしいわねぇ、何年ぶりかしら。ねえ、めぐみ?」


 めぐみ、と言われた女の子は大原さん、もとい自分の母に返事をする前に「太陽のパン屋」兼自宅を飛び出していた。


「あらあら、若いっていいわねえ」


 大原さんはにこやかにつぶやき子供たちの成長を感じていた。 




「よし、大原さんのパンがあればとりあえず数日は持つだろう。次は……」


 両手に買い物袋を提げて、晴人は他に買えそうなものを考えていた。すると、クラスメイトの悪友に遭遇した。


「よお晴人じゃん。そんなに荷物抱えてどうしたんだ?」

「おお、謙太か。ちょうどいい」

「あん?」


 晴人は家の電気が使えなくなってしまったことを謙太にも伝えた。

 それだけで謙太は晴人の言葉の理由を理解した。


「わかった。後で親父に言っておくよ」

「悪いな」

「いいって、そういう仕事なんだし」


 つまるところ、謙太の父親は電気関係の仕事をしている人なのだ。晴人は謙太の父親がそういう仕事をしていると知っていたため、もともと後で連絡するつもりだった。


「その代りにそのパン一個くれよ。それ「太陽のパン屋」のだろ?」

「しょうがねえなぁ」


 晴人はため息を一つ吐き一番安いやつを謙太に渡した。


「チッ、ケチだなお前。これ一番安いのじゃん」

「何だよ、お見通しってか」

「あたりまえだろ、何度あの店に行ったと思ってやがる」

「それもそうだな」


 謙太は文句を言いつつもパンを一口で平らげた。


「うめー!! やっぱ「太陽のパン屋」のパンは最高だぜ!」

「満足したかね」

「サンキューな!」


「太陽のパン屋」のパンは一番安値のパンですら最高級のおいしさを誇っている。

 パンの余韻を堪能していた謙太がそういえばといって口を開いた。


「パン屋で思い出したんだけど、めぐみ元気かな?」

「懐かしいなぁ、めぐぽ。元気にしてるかな」

「出たそれ、懐かしいの。めぐみは太ってたからなぁ」

「馬鹿お前、ぽっちゃりといって差し上げろ。それでこそのめぐぽだろ」


 二人が昔話に花を咲かせていると、足音が一つ自分たちの後ろで立ち止まるのを感じた。


「誰がめぐぽですって? 私には大原めぐみっていう名前があるのよ!」


 晴人と謙太に後ろから声をかけたのは女の子だった。


「お前……」

「めぐぽ……なのか?」


 もう一度言っておくがめぐぽとは、めぐみ=ぽっちゃりを略した名前であり、実在の某歌姫とは何の関係もありません。


「久しぶりじゃない。ハルに謙太!」


 彼女の名は大原めぐみ。「太陽のパン屋」の一人娘であり、晴人たちとは幼少時代の頃からの友人である。




 同時刻。晴人家では、熾烈な戦いが繰り広げられていた。


「王手じゃ」

「ぐぬぬ…」


 将棋である。

 何故彼女らが将棋をすることになったのかを説明するには、少し時間を遡らなければいけない。




 晴人が買い物に出かけてすぐのことである。


「さあ邪魔者はいなくなったわ! 二人で濃密な時間を楽しみましょう♪」


 晴人姉は邪悪な笑みを浮かべてエルナに迫った。

 エルナは迫りくる晴人姉を片手で制し、説得を試みた。


「待て、おぬしは勘違いをしておる。よいか? 余はエルナであってアルメリアなどではない。第一、げえむなる物の中の人間がこの世に存在するはずないじゃろう」

「甘いですね、このアースライフはゲームであり現実なのです!」


 エルナは晴人姉の発言が理解できず、眉をひそめた。


「だからこのゲームのキャラが現実世界にいたとしても、全然不思議なことではないのですよ」

「なかなかのトンデモ理論じゃのう」


 エルナは半ば呆れていた。この姉には何を言っても無駄なのだと少しずつ理解してきた、といった感じだ。


「そんなことより、エルナさんは大乱戦・すまっしゅシスターズって知ってます?」


 エルナはやっと名前で呼んでくれたことにささやかな感動を覚えていた。


「まったくわからぬ。大乱戦と銘打っているということは合戦をするげえむなのじゃろうか」

「ノンノン。大乱戦・すまっしゅシスターズは直訳すると姉妹たちの○○○が×××でドッカーンな最高4Pまでできる対戦ゲームです」

「それで対戦と言えるのじゃろうか……」


 大乱戦・すまっしゅシスターズは十八禁! 良い子は買っちゃだめだゾ!


「じゃ、やりますか」

「ええっ!? 本当にやるのか!?」

「えーやらないんですか? なら……」

「……?」


 晴人姉はちょっと躊躇ったが、意を決して本音をさらけ出した。


「脱いでください」


 恥ずかしそうに視線を逸らしていた。しかし、言っていることは昨日と大差ない。



「何故じゃ」


 エルナは至極真面目に問うた。じゃれ合いではなく、懐疑。


「えっ」

「何故じゃ、と言っておる。おぬしは何故余を求める? そこまで執念深いということは、それに値する程の理由があるのじゃろう」

「……」


 晴人姉は答えに迷っていた。理由なんて本当にアルメリアそっくりだからなのに、当の本人には裏があると思われてしまった。


「(しかし、突然のシリアスムード。なんて言おうかしら)」


 真実をありのまま話したら、エルナは自分が変に深く考えたことを後悔するだろう。晴人姉は一ファンとして、そんなことにはさせたくなかった。

 しかし。


「愛でたいからです」


 晴人姉は正直に明かした。その言葉には一切の嘘は無く、有るのはエルナ=アルメリアを崇拝している一人の女としての姿だけである。


「ほう。めでたい、とな」

「はい」

「何がじゃ?」

「……はい?」

「だから、何がめでたいのじゃ」

「いや、めでたいじゃなくて、愛でた――ハッ!」

「何じゃというのだ」


 晴人姉は気付いた。

 エルナがめでたいの意味をはき違えていることに。祝うとかのほうの意味と勘違いしていることに。


「気になりますか?」

「詳しく教えてほしいのう」


 これはチャンスかもしれない。晴人姉はこの状況を利用してある行動に出た。


「勝負をしましょう」

「勝負、じゃと?」

「はい。エルナさんが勝てば何がめでたいのか飽きるまで詳しく教えて差し上げます」

「ほう」

「でも、私が勝ったら理由なんて関係なく。エルナさんに脱いでもらいます。どうです? 私的には悪い条件じゃないと思いますが。問題ありませんか?」

「問題ありまくりじゃ! 余が負けたときのリスクが大きすぎじゃろう! もう少しどうにかならんのか」

「じゃあ、私が勝ったらエルナさんにアルメリア様のコスプレをして踊ってもらう。これでどうですか?」

「まあ、いいじゃろう。して、どう勝負するのじゃ?」

「私だけ有利じゃ不公平なので、エルナさんはどういったものならできますか?」

「ここは和の国じゃからのう……将棋はどうじゃ?」

「よし、決定ですねっ! 用意しますんでちょっと待っててください」


 晴人姉は心のうちでガッツポーズをとっていた。


「(フフフ、計画通り)」


「将棋とは久しぶりじゃ。腕が鳴るのう」


 晴人姉は将棋盤をエルナの座っている場所の目の前に置き自分はエルナの真正面に座った。


「さあ、準備できましたよ。始めましょう!」

「お手柔らかに頼むぞ」


 エルナは久しぶりに将棋を興じるものだから、ついつい微笑を洩らしていた。


「こちらこそよろしくお願いします(笑っていられるのも今の内だけですよ)」


 対局開始。辛く激しい戦いの幕が切って落とされたのだった。


 回想終わり。




 そして、現在。


「王手じゃ」


 晴人姉の攻めをことごとく封殺し、痛いところを突く。


「ぐぬぬ…」


 晴人姉は予想よりエルナが上手だったことに驚いていた。


「どうした。早くしてくれないか?」

「ここだッ!!」

「無駄じゃ」


 エルナの駒を置く音が静かな部屋に鳴り響いた。


「ありえない……強すぎる…………ッ!!」

「余は常に十手先を読みながらこの勝負に臨んでおるのだが」

「何……だと………!?」

「しかしそれももう意味は無い。予告しよう、おぬしは七三手目、つまり後三手で余に敗北する」

「くそうっ!!! 才気○発の極みだとッ!!? 有り得んッ!! あれはテニスの王姫様、略してテニプリにしか存在しないはずッッ!!」

「存在しない………? 面白いことを言うのう」


 エルナは晴人姉と打って変わって落ち着いている。冷静そのものだ。


「君は知っているだろう? ○気煥発の極みの能力は“絶対予告”相手の戦術を把握・シミュレートし、最短で何球目にポイントが入るか予告する。その予告はほぼはずれることはない。余はただそれを棋士として応用しただけじゃ」

「せやから一体なぜ…テニプリの才気煥○の極みを遣うことができんねんって訊いてんねん!!!」


 有り得ない現象を目撃した晴人姉は某元五番隊隊長のような口調になってしまう。

 エルナは姉を見据え、ゆったりと口を開く。


「――ならばこちらも訊こう」




「一体いつから――――余が才気煥発の○みを遣えないと錯覚していた?」



「!!?」


 晴人姉には思い当たる節があった。

 二十手目あたりのエルナの奇妙な指し方。四十手目あたりからの超速指し。

 そう、彼女の行動のすべてが才気煥発○によるものだとしたら…………


「くそおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォォ!!!!」


 晴人姉はやけくそで一手を指した。


「その一手……………隙だらけじゃ」


 晴人姉を追い詰める最後の一手をエルナが下した。結果。


「負けたわ……」


 詰み。晴人姉の完敗である。



「はっはっは! 実に愉快じゃ! 先の対局、真に楽しかったぞ」

「いやぁボロボロです! まさかエルナさんがあの才気煥発の極○を使えるなんて、さすがにたまげましたよ!!」


 ―――計画通り。


「いや実はあれ、ハッタリなんじゃよ」

「ええっ!? そうなんですか! でも確かにそんな気がしたんだけどなぁ」


 晴人姉からしてみれば先程の対局では、エルナには神憑った何かがあった、としか言いようがない。

 晴人姉は一時期プロ棋士を目指していたことがあり、将棋には絶対的な自信があったのだ。つまり、そんなプロもどきの自分に十手先読みで勝ったんだから本当に才気煥発が使えたとしてもおかしくはない。


「じゃあ一体どうやって勝ったって言うんですか! 私もちょっとは将棋、自信あったんですけど」

「才気煥発の極みは嘘じゃが十手先読みは本当じゃ、余が昔将棋を嗜んでいた頃は五十手先読みなど基礎中の基礎じゃったよ」

「なんですとー」


 衰えたとはいえ、普通に考えてみても十手先読みすることすら至難の業である。


「ということで勝負は余の勝ちじゃ。さあ! 一体何がめでたいのか余にはっきりと説明してもらおう!!」

「はい。仰せのままに」


 いま、晴人姉の計画が完全に成就された。全くあくどい女である。

 ――アルメリア様、たっぷりと愛でるということを教えてあげますよ……。




 晴人は懐かしき友人、大原めぐみと、悪友の風見謙太と別れて商店街の出口へと歩いていた。用事は済んだのであとは家に帰るだけである。

 しかし、そんな晴人に声をかける人がいた。

 見た目はいかにもな家電製品屋さんであった。ヤマダチ電機の人だった。


「お客さん! あなたでこのヤマダチ電機の前を通った人十万人目でして、記念にこちらのくじを引いて行ってください!!」

「はあ」


 くじはよくある手で回す式のやつだった。折角なので晴人はやらせてもらうことにした。

 結果は、


「アレ? 金色の球だ」

「大当たりでございます!! 一等賞のアメリカのバクトルディア州・情報の町、エールスランディアへの招待券です!!」


 今、なんと?


 晴人は眼を瞬かせた。

 ヤマダチ電機の人はハンドベルを豪快に鳴らしている。


「お客さん、大当たりですよ!? ホラ!!」


 そういって指で金色の球を指し示す。

 ハンドベルの音につられて周りにモブたちが集まってきた。


「何? 一等が当たったの!?」

「いいなぁ、お母さん! 僕もやるー」

「ダメよ、迷惑でしょ。タカシ」

「くそー、俺はああいうのテッシュしか当たったことないのに」

「それを言うならティッシュだろ」

「いや、テッシュだが」

「低脳かお前らは、あれはテッシュでもティッシュでもない。彼の真名はティッシュ―だったんだよ!!」

「「な、なんだってー!」」

「ティシュ―な」


 様々な人が一等という言葉に反応している。十万人記念も相まって、この噂は一気に商店街全体まで広がっていった。


「ささ、お客さん。受け取って!」


 受け取った招待券にはこの券の有効日と学校が公認欠席の証明印が載ってあった。


「これって行かなきゃ駄目ですかね」


 晴人はヤマダチ電機の人に聞いてみた。実際晴人は今の生活に満足しており、この間の事件もありで、どちらかというとゆっくり休みを取りたかったのだ。


「そりゃあ行ってもらわないと困りますよ! 俺らたちだってけっこうな金はたいてそれを用意したんだから。まあ、俺たちのためにも一つよろしく頼むよ」


 両方の手のひらを合わせてこんなに頼みこまれた日には晴人には断ることはできなかった。


「……じゃあ行ってきますよ。どうもありがとうございました」

「おう! 楽しんできな!!」


 晴人はギャラリーたちを押しのけて商店街を抜けだした。


「ふう。アメリカねぇ……マジか~」


 この券の有効日は七月一日。もうすぐそこまで迫っていた。




「…………ねえちゃんたち、なにやってんの……」


 絶句する晴人。彼の目に映ったものは、


「見てわからない? 罰ゲームよ♪」

「余が勝ったはずなのに、何故こんなに辛いのじゃ……」


 エルナは勝負に勝ったので約束通りめでたいについて教えてもらっていた。いや、教えられていたのである。


「アルメリア様。もう一度言って差し上げます。私は貴方をあ「いやあああああああああ」もう、大きな声出さないで下さいよ♪」

「いやじゃ…もう聞きとうない……」

「うわあ」


 晴人は自分がいない間にとんでもないことが起こってしまったんだと感じ取った。


「ふふふ、うふふふふふふふふふふふふふ」


 主に、自分の姉から。流石にドン引きである。


「あ・い・し・て・る♥」

「いやああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ」


 エルナの悲痛な叫びが空の彼方へと消えていった。

リナとの別れはあったが新たにエルナを迎えて平凡な日常に晴人は帰ってきた。


……かのように思った? 違うね。


運よくアメリカへの旅行券を手に入れた晴人は、迫りくるその日(大げさ)までに残された僅かな登校日数を惜しみながらその余生(旅行までの数日のこと)を過ごす……。


次回『七つの大国』

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