力
同時刻、柊家にて。
「あ~暇だ~」
晴人姉は晴人が帰ってくるまで何もすることがなく暇を持て余していた。
普段暇ならゲームでもしているところなのだが、家の電気はつかないままでテレビゲームはできず、携帯機も偶然充電切れで、いくらゲームがしたくてもできないのである。
「晴人も帰ってこないし、もう寝よっかなー」
そんな愚痴をこぼしても有言不実行で寝ようとする素振りは一切ない。彼女も姉として弟のことが心配なのだろう。
ちなみに、晴人姉はいま、居間にいるのだが、電気がつかないので代わりにロウソクを使っている。そんな古風なものも現代に残されている。なかなかユニークである(二重の意味で)。
それからしばらくすると家の玄関が勢いよく開かれる音がした、晴人だ。
「おっかえりー、あんたどこまで行ってた――って、どしたのその子?」
姉は晴人の背中にいるリナを見て少し驚いた。そして晴人の様子からただ事ではないと察して質問を少し変える。
「外で何があったの」
晴人はリナをゆっくりソファーに寝かせてから、今さっき起こったことを姉に話した。
「――ってことがあったんだ」
ひとしきり説明を終え、ここに戻ってきた最大の理由を姉に言う。
「過ぎたことはどうでもいいんだよ。それよりねえちゃん! リナを、治すことできないか!? 頼む! こいつさっきから全然目を覚まさないんだ!」
姉は晴人の説明を聞いて少し考え事をしていたのだが、
「晴人、この子ランドレット学院の生徒なんでしょ?」
「あ、ああそうだよ。なんでわかったんだ」
「そんなこと制服見ればわかるわ。えっとリナちゃんだっけ、この子ヒールとか回復的な魔法使える?」
姉が突然妙な質問を晴人にしてきた。とりあえず経験から答えは出た。
「使える、一回それでけがを治してもらったことがあるけど」
「よし」
晴人姉はフンス、と気合を入れた。
「今から、リナちゃんが保有している回復魔法を使ってリナちゃん本人を回復するわ」
晴人には姉の言っている意味がよくわからなかった。
「ちょっと待って。リナの魔法でリナを回復? そんなことできるのか」
晴人姉はきっぱりと答えた。
「できる。ちょっとどいてて」
晴人姉はリナの額に手を当て、まるで何かを探すようにつぶやいた。
「うーん、これじゃない。これでもない――あった!」
晴人姉が何かを見つけた。リナの額から手を離し、唱える。
「エンジェルの名を持って命ずる、対象にひと時の慈愛を!」
するとリナの体が淡い光に包まれる。そして体の傷がみるみる治っていった。
「すげぇ、ねえちゃんってこんなことできるのかよ」
「ふふん、まぁね」
得意げに返す姉。ハイ、終了と言うと光が消えてリナが目を覚ました。
「アレ……ここは……」
「おお! 目、覚ましたか。心配したんだぞ!! 良かった!」
「成功みたいね」
「柊君? ……そうか。私、あの時」
リナが起き上がる。彼女は、使命感に駆られていた。
「まだ終わってない。アイツを倒さないと」
「まてまて、落ち着けって。ムリするな」
姉も晴人に続ける。
「そうだよリナちゃん。今日は泊まっていっていいから、物騒な真似はしないほうがいいんじゃない?」
リナはかぶりを振る。
「私は、まだ戦える! ――ごめんね、柊君」
その顔は悲しそうな表情をしていた。永遠の別れを惜しむような。
その言葉は暗示しているようだった。もう、追いかけてこないで、と。
「おいまて! リナ!」
晴人はリナを制止させようと腕を掴んだ。しかし、その細い腕は晴人の手を強引に振り切り、リナは家を飛び出した。
「行っちゃった……」
晴人姉の言葉を最後に、残された二人の間に短い沈黙が訪れる。
それを打ち破ったのは晴人だった。
「リナを一人にしたらダメだ」
誰かに伝えるわけでもなく、
「リナがあんな怪我したのは俺のせいだから」
「晴人……」
心配そうにする姉。
晴人は確固たる意志を持っていた。
「次は、俺がアイツを守ってやる番だ! ……行ってくる」
「待った!」
晴人が行こうとしたのを姉は止めた。
「止めないでくれ姉ちゃん。ここで助けに行かなかったら俺は一生後悔することになる」
「別に止めるつもりはないわ。ただ、晴人に渡したいものがあるの」
姉はタンスの一番奥にあった小さな箱を持ってきて中身を取り出した。中にあったのは十字架のネックレスだった。
「これは私がお父さんから預かった大切なお守り。持っていきなさい」
「いいのか? 大事なもんなら……」
姉は優しく首を横に振った。持って行け、と暗に言っているようだった。
「仕方ねぇ、このネックレスは俺が預かるよ」
「うん。そうしなさい」
ネックレスを受け取り首にかけ、姉に背を向ける。
「帰ったら、必ず返すから」
「それ、フラグじゃない?」
「バーカ、フラグってのは折るために存在してんだよ」
晴人はリナのもとへ走った。手遅れにはさせない。一秒でも早く!
「(二人とも、絶対に帰ってきて)」
姉は大荒れ寸前の空を見上げた。どうか彼らが無事に帰って来ますように。
☆
気付けば天候は大雨になっていた。
そんな中リナは息を切らしてどこにいるかもわからないあの大男を探して当てもなく走り続けていた。
当てもなくとは言ったものの、本当に勘だけで走り回っているのではない。リナがいる周辺は平地。現在は夜。プラス大雨で視界が少し悪いが、あれ程の大男は一目見たらすぐわかる。
「もう! どこに行ったのよあのデカブツは!」
怒って風を発生させた。あまりの威力にリナの周りだけだが、ほんの一瞬雨が止んだような気がした。
「もしかしたらこんな日のほうが能力が強いのかしら、私」
冗談を言っているが、それは自分を騙すためだ。リナは実際のところ、あの大男に恐怖していた。それも無理はないだろう。晴人を守るためとはいえ、大男の攻撃をまともに受けたのだ。恐怖する理由などそのときの痛みを思い出すだけで十分過ぎる。
「それにしても雨ひどいなぁ。雷でも操れたらあんなデカブツなんてイチコロなのになぁー」
魔法学院にはもしかしたらそんな能力を持った人がいるかもしれない。リナの友達にそんな能力を持った人はいない。せいぜい光の魔法使いの候補生ぐらいだ。
そんなことを考えながら走っていると見覚えのある巨体が目に入った。
「……いた。間違いない」
大男を、発見した。
「あーめんどくせぇ、雨が降ってきやがった」
大男は悪天候の空を見上げてつぶやいた。
彼には明日までに果たさなければならない任務があった。日本に来ていた魔法学院の生徒の暗殺。つまりリナの殺害である。
しかし、彼にとってそんな任務は二の次である。
「ここらへんだったと思うんだが、おーあった。あれだよあれ」
大男が捜していたのは、この作戦時の拠点としていた小屋だ。
最初に見つけたときはヤンキーが大量にいたのだが、突然やってきた大男にヤンキーたちはなすすべもなく、まもなくこの小屋は大男の物となった。
実はさっき晴人が誰もいない小屋を見たときはこの大男がひっそりと気配を消して中にいたのだ。何とも滑稽な話である。
「ふぅー、さっさと戻って帰り支度でもする――ん?」
急に風が吹いてきた、目の前の小屋を軽く吹き飛ばすような強さの暴風が。
大男は知っていた。このレベルの風を操ることができる人間は、今現在新日本都には一人しかいないことを。
「やっと見つけた!」
「……はっ!」
大男は知っていた。その一人とは、今現在自分の暗殺目標だということを。
「こいつはいい! わざわざ殺されに来たってか? なあ!?」
「そんなつもりはないわ。私はお前を倒しに来たの!」
リナは風に乗って空を飛んだ。
「舞台を変えるわ。ついてきなさい!」
言い終わると林のある方へ飛んで行くリナ。大男もそれを追いかける。
「逃がさねえぞ! 糞ガキがっ!!」
「こっちこっち!」
そのまま二人は近くにあった林の中へ移動した。人の気配はなく、ここでなら被害など気にせずに戦える。そんな場所だ。
「この辺でいいかな」
リナが地に足をつける。負けるつもりは微塵もない。
「さあ決着をつけましょう。お前と私、一対一で!!」
「一対一だぁ? 雑魚が!! 舐めてんじゃねぇぞアマが!」
「その威勢、どこまで持つか見物ね――ッ!!」
リナは大男めがけて斬撃の風を放った。大男は反応しきれずにまともに受ける。
「グッ!! クソッ、このままじゃあ分が悪いか――」
大男は金箱を取り出す。またあの怪物に変身するつもりだ。
「誰がさせるもんですか!」
リナが風に乗って一気に間合いを詰める。しかし、
「かかったな! 馬鹿が!!」
「アグッ!!」
大男は箱を持っていないほうの手でリナを殴り飛ばした。リナはそのまま近くの大木に激突する。
「どうだコラ。痛いだろ? 苦しいだろ!? ま、俺としては見事に罠に引っかかってくれて最高にいい気分だがなぁ!! ハハハハハハ!!」
「ふふっ」
「ハハハハ……あ?」
リナは傷だらけになりながらも、笑っていた。彼女の目は勝利を確信した、と言わんばかりに輝いていた。
「アッハハハハハ!!」
「なにが可笑しいってんだ!?」
リナは笑い続ける。
「ハハハハハハ!!」
狂気的に、
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「いい加減にしろォ!!」
「――。」
大男のシャウトでリナはピタッと笑うのをやめた。
突然の静寂。
「………た…は、…前……よ…」
その静寂を打ち破ったのはリナだ。
「あぁ? なんて……」
「――かかったのは、お前の方よ!!」
「ッ!?」
大男は見た。
リナの手の内にある、金色の箱を。
大男は知った。
こんな状況でもリナが笑っていられた理由を。
「クソッ!! 俺のオーパーツが!!」
リナは大男と肉薄した一瞬の隙に、大男が手に持っていたオーパーツと呼ばれた金箱を奪い取っていたのだ。
「これで私の勝ちね」
突如、リナが背中から激突した大木が大きくなりだした。その成長速度は凄まじく、ほんの数秒で二人のいる林全体を覆うような大きさになった。
「一体何が起こっていやがる!?」
「馬鹿にはわかんないでしょうね……終わりよ」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
空気が揺れるような感覚が二人を襲った。
耳を塞ぎたくなるような、鼓膜を抉ろうとするほどの轟音だ。
「なんだこの音は!? クソッ! クソッ!!」
「ヒントをあげる。まあほとんど答えみたいなものだけれど」
リナが手で指し示した。実にシンプルな答え。
「上か!! クソッたれえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
そう、轟音の正体は上空数十メートルから来る無数に枝分かれした木。先端は鋭く尖っており、常人ならその木の一本でも刺さったら即死級だろう。
その槍にも劣らぬ針の雨が、大男を覆い尽くすように降り注いだ。
「やったか……な」
やがて、大木は元の大きさに縮んで枯れて、最終的に灰になってしまった。これは、リナがこの木の無理やり進めた反動だ。さらに木本来の成長限界を大幅に超えてしまったため、枯れるだけではなく灰になったのだ。
そして、先程まで林の中の他の木を押しのけるように君臨していた巨大樹が消えることでそこには何もない空間が出来上がった。
ここまで、リナの計画通りだった。新日本都のこのあたりに林があることを確認し、大男を誘導し、そこで一気に勝負をつける。寸分違わず狂いのない、まさに完璧な計画。
しかしリナは何故林に大男をおびき出したのか。
答えは簡単、魔法だ。
リナには三つの魔法がある。風を操る力、人体の傷を癒す力。そしてもう一つが、木を操る力。
リナは自分の能力のすべてが扱えるこの場所が戦闘に最適だと踏んだのだ。
リナは、安心して腰を抜かしてしまった。
「やったよ、ひぃ君。私、勝ったよ……」
リナは大男に勝てて安堵と感激の涙を流していた。
「……………………………………………………………………………………………………」
それはもう周りなど。特に、自分の真後ろに立っている鋼のような皮膚をした大男が目に入らないぐらいに。
「死ね」
「……え?」
大男の鋼拳がリナを襲おうとした、瞬間。
「オイ、化物」
大雨だというのに実によく通る声が響いた。
次に聞こえたのは、眼球に勢いよく物が突き刺さった気味の悪いグチャ「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
大男の右目に晴人の投げた石が見事に命中した。
「グアァィッ!!!」
激昂した大男が晴人を殺しにかかる。晴人はどこかで拾ってきた鉄材でそれを迎え撃つ。
「殺す殺すコロスッ!! 絶対にブッ殺す!!」
「吠えてろ、化物!」
まるで金属どうしがぶつかったような音が鳴り響いた。
「いってて、クソッ、有り得ねえ。やっぱ硬いな、こんな鉄材じゃ無駄か」
先程の一撃で鉄材は半分に折れてしまっていた。使い物にならないと判断した晴人は、躊躇なくそれを捨てた。
丸腰の晴人、だが、まだ策はある。
晴人はポケットから例の金箱を取り出した。
輝きの後それは発動した。
「どうだ、これでお前は俺を倒せないぜ?」
「……だからどうした」
「何!?」
前回とは違い動揺を見せない大男。
「(いや、冷静を装っているだけだ)」
やはり大男は焦っていた。晴人の読みは当たっていたのだ。だが、大男は晴人の予想外の攻撃を仕掛ける。
「おらああああああああああ!!」
なんと大男は隣にあった木を自力で切断し、それを縦横無尽に振り回し始めた。そして、晴人は、不規則に来る攻撃を避けきれず腹部に重たい一撃を食らう。
「がアアアアアァァァァァァァッ!!!」
晴人は地面と水平に十メートルほど吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がった。
「当たった当たったクソガキがァ!! 次で殺す、そこでじっとしていろよ?」
大男がゆっくりと晴人に迫ってくる。晴人には大男の一歩一歩が死へのカウントダウンのように思えた。
「てめえはもう終わりだ。なぁそうだろ?」
「(ちくしょう、またダメだった。アイツを倒せなかった。リナを守れなかった……!!)」
晴人はあまりの痛みで心が折れかけていた。
「(今度は俺が守るって決めたのによぉ、こんなんじゃ全然ダメじゃねぇか)」
大男は止まらない。少しずつ、だが確実に、晴人を殺すためだけに近づいてくる。
ふと、姉から預かったネックレスのことを思い出す。
「もう…ねえちゃんとも会えないのかな、ハハハ……ごめん。これ、返せそうにないや」
「何をゴチャゴチャと、オラッ!」
「ッ!! ……」
大男が晴人の目の前まで辿り着き、足蹴りする。晴人を沈黙させ、肩に担いでいた大木を振り上げる。晴人を殺す準備は万端だ。
「よぉーしこれを振り下ろしたらお前は昇天、あの世逝きだ。十二分に後悔しろ? 今お前が死ぬのは己のせいなんだ……ってな」
「ひぃ君は死なせないよ」
大男と晴人の間にリナが割って入る。奇しくもそれは先程と全く一緒の光景になるのだろう。
「何だ? 自殺志願か!? いいぜ、どうせ後で殺すんだ。俺は慈悲深いからなぁ。二人一緒に仲良く愉快に殺してやるよッ!!!!」
「に……げっ……ろ!」
死に体の晴人は自分をかばうリナに手を伸ばした。
「大丈夫! ひぃ君は私が守るよ」
伸ばした手が、届かない。
「(あぁ、なんて強い奴だ。俺も)」
彼女のように強くなりたい。
力が……欲しい…………ッ!!
その時、晴人から眩い光が発生する。いや、正しくは十字架のネックレスからだ。
『力を欲するか、』
――誰だ?
『力を欲するか、と聞いておるのじゃ。少年』
俺は、力が欲しい
『何故じゃ?』
そんなこと、決まってんだろ……。
晴人は声の主に伝える。
たったひとつの、曲げようのない、真実を。
「俺がリナを護りたいからだ!!!!」
気が付くと、晴人の目の前に女性が立っていた。
「その願い、叶えてやる。少年」
奇しくもそれは、いつか見た夢と酷似した光景だった。