しまぱん
晴人たちはやっとの思いで邪真王のいる部屋の前へと辿り着いていた。
「なんつーか……長かったような短かったような旅路だったな」
晴人は魔界に来てからの今までを思い出しながら感慨深く唸った。
フラッシュバックしたのは魔獣との邂逅と極太の殺人ビームの光景だった。
「……はぁ、せっかくのウキウキ魔界探検が台無しだぜ。まったく」
「柊にとっては魔界が楽しみだったのかもしれないが、今回は残念だったな。魔界を楽しむどころか、殺されそうになるなんて俺も予想しなかった」
「そうねぇ……あなた達、あの時私が助けに入っていなかったら確実に魔獣の餌になってたんじゃないの? 運がいいのねきっと。あそこでエルナを見つけてなかったら助けようなんて思ってなかったわよ私」
「そこは助けてあげてよ姉さん……」
「私の中ではそういうのが日常だからねぇ。善性だって働かないのよ」
「マジすかジャスティさん……俺たち、もしかしたらほんとにあそこで死んでたん?」
いや、でも戦うという選択肢はあった。あるはずだ。
「万が一戦ったとしても、勝てる見込みはなかっただろうな……」
なかったみたいです。ごめんなさい。
「……ジャスティさんマジ天使! マジメイド!」
「メイドは余計よ」
ジャスティは晴人に軽くツッコミを入れ、扉に手をかけた。
「いい? うちのお嬢……ガーゴイルに会うってことは、つまりこれから先どうなるか私にも予測できない。それぐらいあの子は頭のネジがぶっ飛んでるわ。まあ一応は客人だし、無下に扱うことはないだろうけど、覚悟はしておいて」
長々と言いはしたが、要するにジャスティが言いたいのは、『これからは自己責任でヨロシク』ということだ。
各々が覚悟を決め、頷く。気分はRPGのラスボス直前。今から会うのは魔王だから、あながち間違いではないのだが。
「さあ――開けるわよ!」
ゆっくりと、大層な扉が音を立てて開く。
そして――魔界の王がその姿を現した。
「あージャスティやーっと帰ってきたー!! ちゃんと期間限定発売のヌライムナイトアイス買ってきたの……ってあれ?」
「やべっ忘れてた!」
邪真王とは思えない少女のような声の直後、ジャスティは一言ボソッと呟いて走り去っていった。
今まで案内してくれた彼女が一瞬でいなくなったのは、まさに何が起こるかわからないといった現象の一つと言えるだろう。
「……」
目をぱちくりさせて晴人たちをじっと見ているガーゴイル。その容姿は幼く、背中に小さな羽を持ち、ワンピースのような服を風でたなびかせている。
「「「……」」」
部屋の窓から入ってきた風が、扉から通路へと流れていく。
取り残された者たちは気まずい雰囲気に晒された。
――こうなったら、ひそひそ話しかない!
「(おい、どうすんだよこの雰囲気。お前のねーちゃんがいなくなったせいだぞ)」
「(そんなこと余に振られても困る。さすがのエルナちゃんもそこまで予測できんよ)」
「(そう焦るな、さっきジャスティも言ってたじゃないか。俺たちはここの客人だ。きっと今邪真王はどうやって丁重におもてなししようか考えてるんだよきっと)」
「(馬鹿か祐くん。このままの雰囲気だったら違う意味で丁重にお・も・て・な・しされちまうじゃねーか。空気読めよKY)」
「(そうよ祐くんここは受け身になるんじゃなくて余らからアクションを起こすべきだ。ほれ、持ち前のハイブリットなコミュニケーション能力を生かしてガーゴイルとやらを料理してよ祐くん)」
「(祐くんゆーな。あと俺がいつハイブリットうんぬんなんて言った。そういうのは柊、お前の仕事だろう。なんとかしろ)」
「(そーだよ! 早く相手してくれなきゃ私つまんなーい)」
「「「うわっ!」」」
「きゃあ!」
急に話に混ざってきたガーゴイルに驚いて、三人は思わず距離を取った。
このままでは埒があかない。そう思った晴人は諦めて邪真王との対話を試みる。
気合で言葉をひねり出せ。頓珍漢なことを言ったら一巻の終わりだぞ。連載終了だぞ。
「え、と……俺たち、ランドレット魔法学院から来たんだけど……そちらが邪真王さんで間違いない、よな?」
「おぉー! 君たちがランドレットの!」
ガーゴイルは羽をピコピコさせながら笑顔を見せた。
「そう! 私がこの魔界を統べる邪真王……その名もガーゴイル! この度は魔界に遊びに来てくれてありがとう! 魔界を代表して私からお礼します!」
「お、おう。意外と律儀だな」
「そりゃあ一応王ですからちゃんとするところはちゃんとしますよ! 王ですから」
「ふーん」
やけに『王』という単語を強調しながらエッヘンのポーズをとる邪真王。邪真なんて言葉からは想像もできないかわいらしさなんだが?
「ちんちくりんなのにえらいなぁ」
「そこはさっきみたいにおう、って返してよ!」
「あっ、王と応を掛けたかったのね……」
だから無駄に強調してたわけだ。まぁわかってたとしても突っ込みはしなかったんだけどな。
なんて晴人が思考を進めていた中、「はぁ~~~ん//」という阿呆っぽい嬌声が隣から聞こえた。
「あぁもう我慢できん! 可愛い子じゃのう! どれっ、頭を撫でてあげようぞ!」
「おいエルナ、キャラ付け忘れてるぞ」
「ほーれなでなで~、うふふふふふふふふ」
気持ち悪い上り調子の笑い声でエルナはガーゴイルの頭を撫でた。邪真王は特に抵抗することもなくなでなでされる。
「むむっ、エルナ……その名前聞いたことある。ジャスティと同じ!」
ガーゴイルは背が低い。JKの状態のエルナより低い。だから彼女はそうやって喋るときには、どうしても上目遣いになって喋らないといけない。そこになでなでされているのが加わったらあら大変。
「くっ! すまん晴人……余は、よは……も、う……――ッ!!」
エルナはガーゴイルの可愛さを目の当たりにして倒れた。そう、彼女は可愛いものにはかなーり弱いのだ。
「エルナぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
エルナに駆け寄る晴人。見ると、彼女はとてもうれしそうな顔をしていた。
幸福な――もとい欲にまみれたときの顔だこれは。
晴人はしゃがんでいた状態からすくりと立ち上がる。
「……このバカは放っておいて、ガーゴイルはエルナがどんなやつかを知っているのか」
気を取り直して真面目な話を始めよう。疑問点を払しょくするのは本人に聞いてみるのが一番だ。
「まあちょっとはね。私もこう見えて結構昔から生きてるし、ジャスティがメイドだからその辺りの事情には他の人よりは詳しいんだよ」
「柊は知らないだろうが、このお方はランドレット魔法学院の創生にも大きく携わっている。俺たちの何倍もの歳月を生きているんだ」
祐介がここぞとばかりに知恵を出す。得意げに話しているが、このことはランドレットの人間は必ず知っていることで、別段自慢して話すようなことではない。
「なるほど。見た目に囚われちゃあいけないってことだな。勉強になる」
――どうりで愛でたいセンサーが反応しないわけだ。と晴人は妙な納得をした。
晴人は紳士であるから、幼女を見かけるとついつい愛でたくなってしまうのだ。しかし、ガーゴイルを目にしても特段愛でたいとは思わなかったのだ。勿論、可愛いとは思ったのだが、愛でたいとは思わなかったのだ。ここ重要ね。
恐らくその原因は『見た目は子供、頭脳は大人』理論に基づいたものだ。
晴人はガーゴイルを一目見て彼女がただの幼女ではないと深層心理で理解していたのだ。某少年探偵団を例に挙げると、あ○みちゃんには愛でたいセンサーは発動するが、灰○ちゃんにはセンサーは発動しない。まれにセンサーが誤作動を起こしてしまうことがあるらしいのだが、そのことについてはまだよくわかっていないらしい。
ちなみに、少し前にエルナが幼女化したときには晴人はすごく愛でたのだが、あのときエルナを愛でることができたのはエルナの変身能力は精神までその容姿に合ったものに変化するからだ。つまり、エルナが幼女に変身したらそれはもう真正の幼女なのだ。つまり晴人の愛でたいセンサーは真性幼女にのみ反応する代物だということだ。
「何だこの説明量……」
「止めておけ橘。そこは踏み込んじゃいけない領域だ」
「わ、悪い……」
祐介が本気でドン引きしたのは晴人には内緒だ。でも仕方ないよね! 可愛い子は愛でさせろって言いますもの。祐介だってかいちょーにゾッコンだからね。仕方ない、仕方ないよ。
「え、えっと……なんだか身の危険を感じるなぁ、なんて」
「ん? どうしたガーゴイル。お前もしかして愛でてほしいのか?」
「いや結構です!」
「遠慮するなよ。愛でてほしいのか?」
「いやだから結構ですってば」
「敬語なんか使うなよ。王なんだからさ……で、愛でてほしいのか?」
「RPGの選択肢かーーーーっ!!!」
たまらずガーゴイルはツッコミを入れる。なんなんだこの茶番は、と。
「はぁ……やるじゃない、ここまで拮抗してくるなんて……まさか私がツッコミをする側に回るとは思いもしなかったよ」
――この少年……できる!
ガーゴイルは晴人に、他の人間とは違うものを見出したようだった。
「ふふっ……でもね、まだ私は君を認めたわけじゃないよ……! 本当に私を屈服させたいのなら、私と勝負して勝ってみせなさいっ!!」
結局そうなるのだ。この世界はまさに修羅道に支配されている、血気盛んな奴ばかりなのだ。
そんなくそったれな世界の不条理を目の前に、晴人は獰猛な笑みを見せる。
「そうかよ! 面白れぇ……魔界の王の実力ってヤツを、見せてもらおうじゃあねーか!!」
魔界の王なんて三千世界においてなかなか対面することのできない重役。そんな次元の怪物と戦えるという事実が恐ろしくあると同時に、とても貴重で楽しいものに思えた。
晴人はエルナを抱きかかえ、告げた。
「出番だ……行くぞエルナ」
「……っ!」
エルナは晴人の声に呼応するように目を醒まし、その姿形を変化させた。
しなやかに伸びた刀身が、魔界の不思議な明かりを反射して鈍く輝く。
その材質は、何人たりとも折れることのない、世界の理の外のもの。
「安心しろよガーゴイル。こいつはこーいうときの為の特注品だ。絶対に物を斬ることは出来ねーが、だからといって脆いわけでもねぇ。これに打たれても吹っ飛びはするかもしれないが、打撲の痛みは感じないようにできている。便利だろ?」
「へぇ……なかなか面白そうな剣だね。いや、出身的には刀って言ったほうがいいかな」
性質変化・自然。物理法則を無視した刀剣の生成。その特性は晴人の話した通りの内容だ。
「ホラ、手加減してやるから……かかってこいよ邪真王」
「……邪真王を舐めてるねぇ、君。言っておくけど私……殺すつもりでいくよっ!」
彼女が右腕で振り払うような動作をする瞬間、言い知れぬ予感に近いものを感じ取った。
殺気――晴人はガーゴイルから出た僅かなソレを感じ取り、本能的に後ろへと下がっていた。
「おっしーい。そこにいたらもう終わってたのにねっ」
「ッ、」
……歪みだ。
先程まで晴人がいた座標は、空間ごとガーゴイルに削り取られていたのだ。歪みは、割断された空間を穴埋めするように空間そのものがなだれ込んできたときに発生したもの。
規格外、圧倒的で摩訶不思議で不可思議。人間の想像を超えた攻撃こそが魔法本来の姿。魔の者が支配するという法の具現化なのだ。
「もういっちょいくよーっ!」
ガーゴイルは手のひらを晴人のほうに翳した。
攻撃の合図だと、晴人は直感で感じ取った。しかし、どう行動すればいいのか、それを予測できなかった。
「とにかく避けろ晴人! さっきのが真っ直ぐ来たら間に合わんぞ!!」
「こんのぉ……っ!!」
「飛んじゃえ☆」
事態は一瞬を争う。晴人はエルナに従って硬直した身体を無理やり右方向へ転がす。
息をつく間もなくバムッという不可解な音が晴人の真横を掠める。
「あららー、またはずしちゃった。すごいねぇ君」
「――うっせーよ」
起き上がり、状況を確認する。
なんと、ガーゴイルが手を翳した平行線上は綺麗に破壊されていた。
晴人は絶句の後、乾いた笑いをした。
「おいおいなんつー能力だよ。いや魔物だから魔法なのか……まあんなこたぁどうでもいい。流石は魔界の王なだけはあるな」
「ふふん! 私の魔法は単純にして高火力、私たちの生きる次元を超えた力なのだよ!」
「これは参った……後悔だ。なんで俺はこういつもいつもトンデモねー怪物とばっか戦ってんだろう。絶対いつか死ぬぞ俺」
「ネガティブになるな晴人。奴の言葉を信じるならあの魔法にあれ以上は無いはずよ。死なないように逃げ回って攻略法を探して!」
「探して! じゃねーよ! お前も一緒になって考えろ!」
「なにしゃべってるのかな? そんな余裕、あげないんだけど!!」
「早いッ……!!」
ガーゴイルは羽を使った低空飛行で、三つ数える間に晴人との間合いを詰めた。そして繰り出される右拳。
晴人は刀でそれを防ぐ。
柄を握っていた右手は反動でミシィと軋む。
「痺れるぜ……かっこいいとかの感情じゃなく、リアルな感覚でな!」
晴人は痺れて満足にいう事を聞かない右手をだらりと下げて、柄を持つ手を左へと変えた。
そして上段から振りかざす。
「させないっ!」
轟!! という豪快な蹴り上げが、振り下ろされた刀に炸裂し、晴人の体勢は一気に崩される。
「あ――」
その時、晴人は見てしまった。
戦いの最中だというのに、見てはいけないものを見てしまった。
ガーゴイルは、白のワンピースを着ている。
そんな彼女が豪快に蹴り上げなんてしたら見えてしまうのだ。無論、本人も見られたことに気づいただろう。
「ひっ、縞パn「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ドゴォ! という鈍い音が鳴った。
「ゴハァッ!!」
晴人は腹部にガーゴイルの拳を一身に受け、反対側の壁まで一直線に吹き飛んだ。
「見られた……私の、わたしのぉ……ぐすん……」
「」プスプス
「やっちまったのう晴人」
いつの間にか戻っていたエルナ。口調も戻っていた。
「……ナンダコレ」
その一部始終を傍観していた祐介は、思わずそんな感想を漏らしたという。
☆
「まあね、戦いなんてそんなもんよ。ものの数行で終わるのが普通だってばっちゃが言ってた」
復活した晴人がわかりきったことのように話していた。何故か訛りが激しい。
「世の中には何週間にもわたってずーっと似たような戦闘を繰り広げる展開が多く存在するけどね、俺はそれは違うと思う! 確かにね、必要なシーンならじっくりやるのも大切よ? でもね、ただの戦闘シーンをあれよこれよで引き延ばしながら長続きさせるのはよろしくないと思うんですよ。特にさっきのみたいな不意に始まっちゃったバトルなんかそうだよね。明らかに戦闘する意味なかったよさっきの。なんで戦闘し始めたん? って読者の皆様もそう思ってる! でもわかる、ガーゴイルの魅せ場ってあんまりないもんね。ついついはっちゃけたくなるのも痛いほどわかる。だけどもそこは堪えなくちゃあいけません。大丈夫だって! 絶対に活躍できるときが来るから。だって考えてみなって。魔界の王なんておいしいポジション早々ないぜ? 絶対強いじゃん、絶対活躍フラグじゃん! な? だから元気出そうぜ!?」
「ぐすっ……ひっく、うぇぇ……」
「お願いだから泣かないでぇぇぇぇぇぇっ!!」
活躍がどうのこうのは、今泣いている理由とは全く無関係なのだが、晴人にはそれが理解できていない。
「なあお前らも手伝ってくれよ! ガーゴイルが泣きやまねーんだよ!!」
懇願するように祐介とエルナのほうを向く晴人。しかし二人は知らん顔をしている。
「ああもうっ! ガーゴイルは見た目は幼女でも中身はいい感じなんだろ!? だったら泣いてばっかじゃなくて大人なところを見せてくれよ! パンツだって大人っぽかったじゃん!?」
慰めようとして必死である。しかしパンツのくだりは逆効果。ガーゴイルはさらに声を大きくして泣く。
「縞パンが大人っぽいわけないよぉぉぉぉぉ!!」
「うぅ……どうすればいいんだ……ッ!! どうすれば泣き止んでくれる……っ!!」
晴人自身、ここまで焦燥感に駆られるのは久しぶりなのではないだろうか。様々なタイプの女性と(自分の意志とは関係なく)関わりを持ってきた彼だが、ただただ大泣きされるのは初めてのパターンだ。それ故にどうやって対処するのが正解なのかわかっていないのだ。
「はぁ……仕方ない。ここは余に任せなさい」
「えっ、エルナさんっ!!」
呆れの頂点に達したエルナが痺れを切らしてガーゴイルの前に立った。
「しばらくこの子を預かる。晴人たちはここで待ってて」
「頼んだぞエルナ!」
「びぇぇぇぇ……」
「さーあっちでお話ししましょうねー」
エルナは小さい子供をあやすように言葉をかけながら別の部屋へと行ってしまった。
「……なあ橘。俺はどうするのが正解だったんだろう」
取り残された男が二人。そのうちの晴人が祐介に語りかけた。
「戦って気絶して気付いたら幼女が泣いててあら大変。なんてシチュエーションは今までの人生で一度もなかった。もしお前が俺の立場だったのなら、お前はあの時どうしてた?」
「そんなことを俺に聞いてる時点で、お前には一生理解できないようなことだ」
「なんだよそれ……全然答えになってねぇじゃないか」
俺はどうすればよかったんだ……!!
晴人は膝をつき、地面を殴った。わからないことだらけの世の中を恨むように、唇を噛み締めながら、殴った。
「太陽のバカヤロ――――――ッ!!!!」
晴人は吼えた。太陽など無い魔界で、それでも太陽に吼えた。そうせずにはいられなかった。
これぞ、晴人の完敗の瞬間であった。
敗因は……縞パンツ。そんな単純なことに、晴人は最後まで気付くことはなかった。
☆
「戻った」
「……」
「おお……おお戻ったかエルナ!」
エルナとガーゴイルが、晴人たちのいる部屋へと帰ってきた。ガーゴイルは既に泣き止んだようで、晴人は安堵した。
「君」
件の彼女は晴人を指差した。その声は少しばかりむすっとしていた。
「はい、なんでございましょう」
関係を修復するにはこのチャンスしかない。そう思った晴人は親切丁寧に受け答えすることにした。
「君みたいな男はいつか必ず災厄に見舞われるから! それ、覚えていたほうがいいよ」
「Yes your highness……仰せの通りに」
「……私を舐めてるの?」
「滅相もございません。わたくしめはガーゴイルお嬢様を心よりお慕いしておりますゆえ」
「……」イラッ
「柊……ボケるのも大概にしておけよ」
「えっ!? これ俺大真面目でやってんだけど!!」
「もういいよ君。まさかランドレットからの観光客がこんな問題児とは思いもしなかったよ」
「なんか見捨てられてる!?」
晴人をスルーしてガーゴイルは話を進めた。
「さっきは私も取り乱しちゃってごめんなさい。でももう大丈夫、柊晴人って人間を知ったらさっきのことなんてどうでもよくなっちゃった」
「ガーゴイルにどんなことを吹き込んだんだよ!」
「ヒミツよ。晴人には耐えられんようなはなしだからね」
「くっ、だがまあいいさ。これでガーゴイルが泣かないで済むなら俺は満足d」
晴人が言葉を言い終わるかぐらいのタイミングでガーゴイルはつばを吐いた。
そして一言。
「黙れ変態」
「ちょっとエルナさん? 少し向こうで話し合おうか。一体何を吹き込んだ」
「ヒ・ミ・ツ♪」
「ヒミツじゃねーだろ!! じゃあなんだ? これから俺ずっとこんな扱いなの!? 理不尽ってもんでしょう!?」
「諦めろ柊。当然の報いだ」
「橘までそんなこと言う!? 俺は無実だ!! それでも僕はやってない!!」
「あーもういいから君、黙っててね反吐が出るから」
「くそぅ……何で俺ばっかり……」
晴人はおとなしく引き下がった。また泣かれるのは勘弁と思って致し方なく黙ることにした。
改めて、ガーゴイルは話し出す。
「えーとね。そう! パンフレットある?」
「ここにあるよ」
エルナが取り出す丸められたパンフレット。ガーゴイルはそれを受け取った。
「これ実はね、私が今日のために用意した魔物なの」
驚きの真実。ガーゴイルが合図すると今までパンフレットだったそれは、小さな魔物へと変化した。
「この子は変化の魔物。魔界の中では割とポピュラーなんだよ」
「だからジャスティがそのパンフレットのことを知らなかったのか。にしてもあの女が気付けないほどの完璧な変化を出来るとは恐れ入った」
祐介は感心した。彼自身も全くパンフレットに違和感を感じていなかった。触っても気付けないのだから、違和感に気付く方が難しいかもしれない。
「なあ、俺って魔法使えるように出来ねーのか? せめて魔界にいる間だけでもさ!」
黙っておくつもりだった晴人だが、パンフレットの変化を見たらそんなことはどうでもよくなっていた。
「いつもなら魔法を教えたりするんだけどねー。今回はそれだけはないようにってジェシカに言われてるから無理なんだよ」
「まじか……理事長直々に言われてるならどうしようもないけど、なんだかなぁ」
「わがままを言わない。余らは元よりランドレットの人間じゃないでしょ。本当に魔法を使いたいのだったら今の高校を中退して改めて編入し直すぐらいしないと」
「さすがに中退はちょっと……」
「君は性格はサイテーだけど刀捌きには光るものがあった。私のボケをいろんな意味で封殺するのもそうできるものじゃない。変態だけど」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしてくださいよ。何が言いたいんすかガーゴイルさん」
「そうだね。君がもし本当にランドレットの生徒になるなら私の魔法を伝授してあげてもいいかなーなんてね」
「まじっすか!!?」
凄いことを聞いた気がする。隣で祐介も唖然としている。
「柊……転入手続なら迅速に済ませるぞ。勿論、うちの学舎にだ」
「ままっ、待てよ橘。俺はまだ転入するって決まったわけじゃ」
「馬鹿かお前は! 邪真王の魔法はさっきお前が身を以って体験しただろう! あれ程の魔法は滅多にお目にかかれるものじゃない。あれは第一種禁忌と同レベルと俺は見た!」
「君たち基準でいうと、異常系魔法ってところかな。禁忌なんて聞こえ悪いし」
「悪いことは言わん柊。ここは伝授してもらうべきだ!」
「……いざそう言われると悩むんだよなぁ」
「柊! この期を逃してもいいのか!?」
「ぐぬぬぬぬ……」
晴人は迷った。今まで育ってきた地元を捨てランドレットに流れ込む……その選択は正しいのか。
蘇る記憶の数々。
懐かしい教室。そこで待っているたくさんの友達。幼馴染の顔が走馬灯のように巡る。
晴人の決断は……
「俺は――」
その時、魔界を揺るがす激震が走った。
☆
「勢いで来ちゃったけど、大丈夫かな」
「もう既に大丈夫じゃないような事態だから、多分大丈夫なんじゃない?」
魔界を揺るがす激震が走るより少し前、魔界に新たな観光客が訪れていた。
風を自在に操る魔法少女と、体の自由を奪う禁眼を持つ少年。
「私はこれから晴人君を探すけど、そっちはどうするの?」
「んー僕は兄さんを探すかな。暴走した兄さんを止めるのは僕がやるべきことだから」
「そう……でもあんまり無理しちゃダメだよ。いかに鏡利が弱くても、アイツは何をしてくるかわからない男だから」
「リナさんも、迷子にならないように気を付けて。魔界で迷子になったら最悪戻ってこれないかもしれない」
「迷子になんてならないよ! 私には晴人君レーダーがあるから!」
「そ、そう……じゃあ、また」
「またね」
「ヴァルハラの祭禍・陸上特化!」
「エア・ブースト!」
二人は移動用の魔法を最大出力で発動する。両者ともに普通に走ったときの数倍の速さだ。わかりやすくいうと、晴人たちが辿ってきた道、彼らがそこを数時間かけて歩いたとする。しかし彼女らはわずか数分で踏破できるぐらいのスピードを出すことができる。
「あっという間に追いついてみせるから……!」
☆
異変を察知した晴人たちは、ガーゴイルの古城、魔界神殿ゼスタシアの入り口まで出てきていた。
言い知れぬ邪気が、空気を伝って皮膚の神経に訴えかける。ただ事ではない。雨が降るということを降り出す寸前に予感したり、大災害を直前に察知したりするような、そんな感覚が具現化してしまいそうなほどの雰囲気が、確かに伝わっていた。
晴人は人間だ。だからそのような曖昧な表現でしか言いようがなかった。
しかし、古くから魔界に生きるガーゴイルは違う。
「何……この魔力は、いったい何なの!?」
泣いていたときとはまた違った冷静さの欠如がガーゴイルに見られた。邪真王がそれほど動揺するということは、よっぽどのことがあったのだろうと、わからないながらも納得せざるを得なくなる。
「魔力……魔力ねぇ……それって普通俺ら人間が感じちゃまずいヤツだったりする?」
晴人は冷や汗をかきながら問いかける。
嫌な予感がしていた。こういった急激な状況の変化は嫌な予感のオンパレードである。
「……常人には感じ取れないのが魔力だよ。あなたたちは私の魔力を感じていない、この邪真王の魔力を……それが答え」
「フゥ~、想像以上にヤバいってことは今ので90割理解したぜ」
あぁ、今回も予想通りに予想外だ。
「晴人、ボケている場合ではないというのがわからんのか。どう考えてもそういう雰囲気ではないであろう」
エルナはよほどのことと察してかその姿をデフォルトに戻していた。
「ふざけて言い時とそうでないときがあるぞ」
しかし晴人は依然として冷や汗をかいたままだった。
「悪いエルナ。俺だってそれぐらいわかってるつもりさ。でもな……まともにしてたらぶっ倒れちまいそうなぐらい参ってるんだ……元気出していかねーとな」
「晴人……」
重厚すぎる魔力にあてられた晴人。何とか気力で踏みとどまっているという状態だった。
「何がどうなってるんですか! 状況を説明してくださいガーゴイルさん!」
「……」
祐介も異常事態に焦りを覚えていた。いやがおうにも語気が荒くなる。
ガーゴイルは魔力のする方向を見ている。返す言葉もないのだ。
何も……ガーゴイルにもまったくわからない現状だ。邪気の吹き出す根元、魔力の発生している源に行ってみないことには何とも解らない。それを理解しているから、彼女は祐介に何も言えなかった。
「説明してくださいよ! どうなってんですかこれ!!」
「――それは私が説明してあげるよっ!!」
邪悪な空気が立ち込める中、爽やかな旋風と共に彼女は現れた。
祐介はたまらずその名前を叫んだ。
「お前は……リナ=クレイドル!!」
「12分ジャスト……予想以上のタイムね」
リナは、体内時計の確認をしながら満足げに呟いた。
☆
リナが晴人たちと合流している間、竜真は魔力が絶え間なく噴き出している源……排他街へと辿り着いていた。
「兄さん……くそっ、間に合わなかったか……っ!!」
本当なら行動の遅れた自分を思いっきり殴りない気持ちだったが、今はそんなことすらしている時間が惜しい。間に合いはしなかったが、手遅れになったわけではない。
竜真は、地面に落ちている石を出来るだけ拾い集めた。手に持ちきれない分はポケットに突っ込んだ。
「僕からアクションを仕掛ける。この街を爆破しながら探せば兄さんもすぐに見つかる……住民の方ごめんなさーい!!」
竜真の、石を爆弾に変える魔法によって排他街は爆撃をされたかのような破壊音に包まれた。
「この爆発は……」
遥か離れた先まで届くほどの魔力を纏った少年は、外が何やら騒がしいことに気が付いた。
「気になるのか……だが案じる必要はない。このようなことは魔界では日常茶飯事よ。それに、貴様にはもうそんなこと一蹴できるほどの『魔法』があるではないか」
絶大な魔力を持つ少年の前に座っているのは、これまた邪悪な面妖の魔物。一目見るだけでそこらの野良魔物とは違うということがわかるオーラを持っている。
「生憎僕は完璧を求める性格でね。このパターンなら予想していたものの一つなんだ……バカな弟が僕を止めに来るというパターン」
少年は魔物に背を向け出口へと歩き出した。
「ここでやることは全部終わったから、僕は行かせてもらうよ」
「契約は覚えているだろうな」
「『魔界のボス、邪真王の討伐』だろ? 忘れるはずないじゃないか」
「頼むぞ。お前だけが頼りだ……鏡利」
鏡利は、にやりと笑った。彼の左目は『黒炎の魔眼』が爛爛と輝く。
「僕に任せておくといい――魔神、ヘリオスさんよ……!!」
☆
「そう……覚えておくさ。しっかりと覚えておこう」
☆
「……ようやくお出ましだね、兄さん」
爆撃のような破壊活動を続ける竜真の正面に、鏡利が現れた。
その少年は息をするだけで気が狂ってしまいそうなほどの魔力を垂れ流しながら竜真に近づく。
「やあ竜真。わざわざここまで追いかけてきたのかい? よく僕の居場所がわかったねぇ」
普段と変わらない様子で話す鏡利だが、騙されてはいけない。彼の体から溢れ出している魔力は、今にも竜真を押しつぶしてしまいそうなレベルだ。相対しただけで意識を持っていかれそうになる。
「兄さんの足跡は簡単にわかったよ。人間の限界はそれほど優秀なんだよ」
「さすがのヴァルハラといったところだな。嗅覚か聴覚か、はたまた別か……なんにせよ僕はこうして弟に見つかってしまったわけだ」
「何言ってるんだい兄さん。自分から見つかりに来ておいてその言い方はちょっと変なんじゃない?」
「そうでもないさ。僕はわざわざ見つかりに出てきたわけじゃない。ここでの用事は済んでいるから、次の目的を果たすためにあるところへ向かっていたとき、ちょうど弟と遭遇してしまったわけだ。予定外、この邂逅は僕の予定したシナリオには不必要なものなのさ」
ただ、と鏡利は続けた。
「竜真の登場は決して予想外ではない。ベストなのは出てこないことだったけど、それはもう終わった話だ。だったら今からはプランBでいこうか」
「プラン、Bだって?」
「そう! こうして竜真が現れたということは遅かれ早かれほかのやつがここに集結することも至極当然となる。よって今この瞬間より、ここから半径二キロ圏内は特別区として分界させてもらう!!!」
バッ、と鏡利は勢いよく両手を開き、魔法を唱えた。
「発動せよ――退魔儀式!!!!」
その詠唱と同時に、柴色の膜のようなものが三百六十度に広がって、鏡利を中心とした半径二キロは退魔儀式という特殊な空間となった。
「何をしたんだ兄さん!!」
竜真は結界の中に閉じ込められたような感覚に陥り、鏡利に状況を説明するよう訴えた。
「なぁに、ちょいと邪魔者が入ってこれないように制限を設けただけさ。僕の半径二キロは魔物が侵入することのできない絶対領域となったんだ」
「それをして、何になるっていうんだ!」
「言っただろう邪魔者を入ってこれないようにすると。僕はね竜真……柊晴人をぶっ殺したいんだよ。この手で、一縷の希望すら残さないよう木っ端微塵にね!! その最中に邪魔をされるのは腹立たしい。邪真王なんかが割って入ってきたらもう最悪だ。それを未然に防ぐのがこの退魔儀式なんだよ」
鏡利はより一層魔力を噴出させた。
「いいかい竜真。アイツをぶっ殺すのにはお前だって邪魔なんだ。悪いことは言わない。さっさと学院に戻れ。そしたら死なないで済む」
「嫌だね……僕が、兄さんを止めてやる……!!」
竜真の言葉に、兄は悲しそうに溜息をついた。
「そうか……竜真がそう言うなら止めはしない。殺そう」
「ヴァルハラの祭禍!!」
「肩慣らしだ……ッ!!」
こうして二人の弩を越えた兄弟喧嘩が始まった。




