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レボリティー・レポート  作者: アルフ
魔法学院編
54/55

魔界神殿

「やっと着いた……」

「ここが……」

「ガーゴイルとやらの、お家とな」

「そう! この魔界神殿、ゼスタシアこそ魔界の首領である邪真王ガーゴイルの根城兼お家!!」


 神殿という名前だというのに、目の前の建物は邪悪な魔王でも住んでそうな古城を彷彿とさせる景観だった。


「……まるでRPGのラストダンジョンに入る感覚だな。招待されているはずなのに自然と体が強張ってくるぜ」

「わかるぞ柊。死地へ赴く勇者は毎回こんな気持ちだったのだろうかと思うと、緊張して仕方がない」

「ぬぬぬ……この感覚はしばらく前の変態タイツRPGを思い出す……」


 三人は入り口で古城の雰囲気に気圧されていた。例外ではあるがここは魔界の本部みたいなものだ。一つの世界の一番重要な場所に行くと考えると緊張するなというのが無理な話かもしれない。

 しかし、そんな三人を無視してジャスティはずいずいと進んでいく。


「さーさー早くおいでよー! 歓迎するよー!」


 手を振り明るい声で三人を呼ぶジャスティ。晴人たちのシリアスはその姿にぶち壊されたようだ。


「ジャスティのせいで折角のいい雰囲気が台無しじゃないか。俺、魔界に来てやっと魔界らしいことできると思ったのに」

「そう言うな柊。邪真王と会えば嫌でも興奮するだろうさ、お前ならな」

「ホントか!? そりゃあ楽しみだ! 早く行こうぜ!!」

「そう急ぐな早漏。ガーゴイルは別に逃げたりしないさ」

「つってもよー!!」

「晴人、お主は子供か。少しは余を見習って優雅に立ち振る舞いなさいよ」


 言ってくるんと回転するエルナ。晴人はぶーたれた顔で反論する。


「アホ抜かすなエルナ。お前だって今はただのJKじゃあねーか。青二才が優雅とか言っても背伸びしたがりなガキにしか見えねーって」

「なんじゃとー! 晴人が粋がりおって!」

「あっ、出たな、素の語尾」

「なぬっ!?」


 エルナは慌てたように咳払いをし、やや赤面させながら言い直した。


「ふんっ! 晴人は人の上げ足しかとることができないの? そんなことやってるうちはやっぱり子供よ」

「うるせー。子供で結構、おれはまだまだうら若き17歳だ。子供ができるのは今の内だから存分に楽しんでんだよ」

「そうなの? 余はいつでも歳を変えれるからそういった感情はいまいちわからないな」

「だろうな。俺みたいな思考ができるのは、俺が日常大好きマンであると同時に、一度しかない人生を謳歌してるからだ。何百年も生きれるお前らとは違うのさ」

「そう」


 エルナは晴人の言葉を聞いて少しだけ気を落とした。晴人や祐介には気付けないぐらいの、微々たるものだったが、ジャスティにはそれを感じ取ることができた。

 だから彼女は、エルナの憂いが気づかれぬようにと振舞うのだ。


「よっしゃ! じゃあ早速だけど魔界の邪真王サマのところに案内するとしますかねぇ!」


 ジャスティが気合を入れなおしたように声を上げて、先頭を歩きだした。


「えっ、気合を入れるほどこの城って広いの? もう歩き疲れたんですけどー!」

「文句を言わずに歩け! 置いていくぞ柊!」

「酷いぜ祐くん! おぶるぐらいしてくれよ~」

「気持ち悪いことを言うな。あと祐くんはやめろ」






 古城内を歩き出して早三時間が経過していた。


「ねえ。ねえってば」


 列の最後尾にいる晴人は疲労がたまって喋らなくなった三人に語りかけていた。


「おかしくね? もういいじゃん。もうそろそろガーゴイルと会わせてくれてもいいじゃん。もうこういうパートいいから」


 晴人は天上を仰ぎ、訴えた。


「もういい加減引き延ばさなくていいだろ!!! どんだけカルピス薄めんだよ!! 薄めすぎなんだよ、薄めすぎてもうカルピスの味しねーよ。ただの水だよ!!」


 三人は黙って歩いている。晴人は誰に言うわけでもなく、ただ言葉を発し続けた。


「もううんざりなんだよ。もうこうやってジリジリ引き延ばすのは飽きたんだよ!! 読者だってそろそろ次の展開を求めてるよ!! 薄めたカルピス摂取しまくって頻尿なんだよ。なあ神様!! いたら返事してくれよ!! これあとどれくらいしたらガーゴイルに会えるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ひとしきり叫んで、ガクンと肩を落とす晴人。


「なあジャスティさん。あんたもおかしいとは思わねーか? いっつもこんな広大な城でメイドしてるなんて嘘だろ? いくつ身体があっても足りねーよこれ」


 ずっと同じ風景が延々と続いている。神殿というよりもはやダンジョンの領域だ。


「……」


 ジャスティから返事はない。ひたすら黙って歩き続けている。


「それにもう一つおかしいことがあるんだぜ。お前ら気付いてるか? ここ、さっきも俺らが通った場所だぜ? 十分前もここを通った。二十分前も、三十分前も。十分区切りでずっと同じ場所をぐるぐる回ってる……なぁ、それをお前らは何とも思わねぇのか?」

「「「……」」」


 三人から返事はない。

 さっきからずっとこの調子だ。最後尾を歩く晴人に顔すら向けようとしない。


「どうしたってんだよみんな揃って……」


 変な奴等だ。と晴人は呆れ、無駄な体力の消費を抑えるべくまた黙ってついていくことにした。


                ☆







                ☆







                ☆







                ☆







                ☆







































































































































































































































 どれくらいたっただろうか。おれいがいのさんにんはあれからずっとだまってあるいている。いじょうなのはおれのほうなのか。それすらかんがえるのがふかのうになったようです。

 かわることのないふうけいがずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとつづいている。

 なんでだれもふしんにおもわない。いや、なんでなんねんもずっとあるいていられる。

 どうやらくるってしまったのか。くるってしまったです。

 なんでこんなことになったんだ。それがおもいだせない。おれは、おれたちはなんのためにここにいる。

 そういえば、なんでおれはなんねんもあるいていられる。そんなたいりょくがあるとはおもえない。

 どうでもいいや。なにもしこうしたくない。こえってどうやってだすんだっけ。


「ァ……hgpmォ」


 ざつおんだ。こえではないこれは。

 ああ、―――の、―の、―――――のこえをもういちどでいいからききたい。

 ひとことでいい。もういちどだけでいいからきかせてくれ。















「カカカカ」















 ……なんだ、いまのは。


「カカカカカカカ」

「ぉ―――」


 何だその顔は!? ―――はそんな顔じゃ……


「カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「ぎゃぁぁぁぁああああああ!!!!」


 背中におぶっていた晴人がいきなり大声を上げるものだから祐介もたまらず絶叫してしまった。


「なに? なんなの急に。いきなり声あげられるとビビるからやめてほしいんだけど晴人」

「あービックリしたぁ。心臓止まるかと思ったわ」

「……?」


 状況が理解できずに目をぱちくりさせる晴人。


「ったく……随分とうなされてたみたいだが、いい夢はみれたかよ。柊」

「え……ゆ、め?」

「なんだ、まだ寝ぼけているのか柊」

「あのねぇ少年。あなたは入り口で急に倒れたと思ったら気持ちよさそうに居眠りし始めたんだよ? だから仕方なく橘少年におんぶしてもらってたの」

「そう、だったのか……」


 少しずつ意識が明確化されていく。それと同時に安堵を得る。

 夢の中で体感数年間はずっと孤独を感じていた。その不安が取り除かれたのだ。数年ぶりに彼女らと再会したような気分だった。


「っていってもぉ、寝てからまだ十分も経ってないから、寝てたというより気絶してたのほうが的を得てるかもしれないわね!」

「そうか……迷惑をかけたな橘」

「そう思ってるならさっさと自分の足で歩こうと思え」

「あ、ああ……っ!?」


 祐介の背中から降りたとき、晴人は尋常ではないほどの足の疲れを感じ、思わず膝をついた。


「大丈夫かよ柊」

「わ、悪い。寝ぼけてるのか膝が言うことを聞かなかったみたいだ。でももう大丈夫だから心配しないでくれ」


 そう言って晴人は自力で立ち上がった。


 ……今のはなんだったんだ。

 ただの夢だったで済ませるには妙に生々しい夢だった。あのとき、振り返ってきたエルナ達の顔を思い出そうとしただけで吐き気がする。


「急に倒れたときはびっくりしたよ晴人。お主がそんな軟弱だとは思ってなかったばっかりに」


 エルナは信じられないといったふうに言った。


「余の主ならこれぐらいでへこたれていたら困る! もっとシャキッとしてよねっ!」


 一見冷たいような発言にも、晴人を元気づける気持ちが見え隠れしている。

 そんなエルナの言葉に、晴人は安心した。


「……」


 しかし、ジャスティは晴人を見て何やら考え事をしていた。


「どうかしたかジャスティさん。柊をじっと見ているようだが……」

「ん……ちょっと気になることがあってね」

「気になること?」


 ジャスティはそれを言うか躊躇っていたが、晴人のこともあるので、ここで明かしておくことにした。


「ここ最近の魔界はちょっと荒れてるのよ。現魔界のトップ……つまりガーゴイルを打倒して新たな王になろうとしている者たちがいる。もしかしたら晴人少年はその派閥の魔物にやられたのかもしれないわね」

「ちょっと待てよ。俺がいつ魔物に襲われたっていうんだ」


 ジャスティの発言に、やられたという当事者の晴人が納得していなかった。


「俺が気絶したのはここに入ってからだ。どこかで誰かに変なものを仕込まれた覚えもない」

「でもあなたに自覚がなくても接近されていた可能性は否定できない。姿を消す能力を持った魔物は五万といるのよ。疑ってかかるのは決して悪い選択じゃない」

「……確かに、そうかもしれないけど」

「だが、その推測が本当だとすると一つだけ厄介なことも同時に起こっていることになるな」


 と、祐介が口をはさみ、続けて言った。


「俺たちは今、何者かに襲われているということになる」



「せいかーい」



 甘ったるい声が、四人の耳に入る、女性のものだ。四人は一斉に声がした方を向く。

 通路の窓に、その声の正体はいた。

 魔界の魔物らしい黒色の羽を背中から生やし、女の子の大事なところは隠してはいるが、それでも露出の高さが気になる格好。申し訳程度の角を頭部に持ち、先端の黒いハートマークが特徴的な尻尾を持つ彼女。


「淫夢の魔物……サキュバスね」

「そんなお前は断頭メイド・ジャスティ……今日はまあ人間を引き連れて、どうしたっていうの?」

「あなたが知ることじゃないわ。お帰り願えるかしら?」

「言われなくてもそうするけど……言伝を預かってるのに、聞かなくていいのぉ?」

「言伝?」


 サキュバスは宙を飛びながら、告げた。


「『魔界に魔神は一人でいい』これで真意はわかってくれたかな?」

「おいコラ」

「だぁれ? そんな野蛮な言葉遣いをするのは」


 サキュバスはそう言いながらさっき自分が手を出した男。晴人のほうを向いた。


「テメェまさかこのまま逃げれるとか思ってねえだろうな。俺にあんな酷い夢を見せてくれやがって……ゼッテーに許さね―からなッ!!」


 後半ちょっと涙目になる晴人。


「許さないい、ねぇ……へぇ~」


 サキュバスは呆れたように首を振る。

 そして、その目つきが一瞬で変わる。


「図に乗るなよ。人間」

「っ!?」


 晴人は戦慄した。この一連の流れは一瞬だった。

 サキュバスは首を振った直後、ブォンという音と共に姿を消し、瞬間移動のような速さで晴人に肉薄していたのだ。

 彼女の手が晴人の喉を触れようとゆっくりと、確実に伸びる。

 背筋が凍る。あまりの出来事に晴人の体は硬直してしまった。


「突き飛ばせ晴人!! サキュバスには戦闘能力はない!!」


 晴人の耳にエルナの言葉が飛んでくる。そのおかげか、ピクリと指が動き、金縛りが解けたように体が軽くなった。


「っ……クソッ!!」


 力を籠めてサキュバスを突き飛ばそうとする晴人。紳士である彼は咄嗟の行動にもかかわらず手の場所には気を遣った。彼女の肩辺りに手を持っていって健全を保つ。のだが、それが裏手に出てしまう。


「ちょっ」

「うおぉぉっ!?」


 サキュバスと晴人の変な声。

 もにゅ。という柔らかい感覚が晴人の胴体あたりに走った。


「へっ?」


 結果を言うと、晴人はサキュバスを突き飛ばすことはなく、肩を掴んだまま地面に押し倒したのだった。


「んっ、どこ触ってんのよ、っ」

「すっすすsすまん!! 大丈夫か!?」


 気づいた時には彼女の肩から移動していた手をパッと離し、慌てて起き上がる晴人。赤面させ、じりじりと後退しながら謝る。


「柊がラッキースケベだと……」

「少年ガッツクねー!」

「う、うるせーよ!! こんなつもりは全然「はーるーひーとぉ~~~」


 晴人の声を遮断するように被さる怒気を含んだ声に、ゾクッと体を震わせた。


「ちっ、違うんだエルナ! これは事故だ、決してわざとやったわけでは断じてない!!」

「でもどさくさに紛れて揉んだよね? サキュバスのおっぱい」

「不可抗力だ!! 柔らかな感触が俺の掌にフワーと拡がって……ってそうじゃなーいッ!!」

「・・・・・・」


 エルナは笑顔のまま青筋を浮かべ指の関節をリズムよく鳴らしていた。


 ――これはまずい……理不尽フルボッコへのカウントダウン十秒前だ。


 晴人は尋常ではない危機感を感じた。何とか最悪の結末を回避しようとつぎはぎの策を講じる。


「も、元はと言えばサキュバスが俺たちに仕掛けてきたのが悪いんじゃないか!? そうだよ。俺は無罪だ!! ほら、サキュバスも謝っとけ!! 土下座だ土下座!! まだ死にたくないだろ!(俺が)生きるために土下座するんだァァァ!!」


 なんという責任転嫁。これが主人公のすることだろうか。

 しかし、


「……あれ?」

「ん、どうした晴人……ぬ」


 晴人のテンションの変化を察したエルナは、その原因を理解した。


「サキュバス、気絶してやがるよ」


                ☆


 サキュバスは意識を取り戻した。

 視界に入った情報をまだ眠い頭で整理していると、不自然なことに気が付いた。


「ここは……」


 寝るときはいつもマイベッドのサキュバス。しかし今はベッドの上ではないようだ。

 それどころか、彼女は今自分がどこにいるのかもわからなかった。寝ぼけていたのではなく、この場所を、魔界に住んで長い彼女は知りもしていなかったのだ。


「よう。意外と早いお目覚めのようで何よりだ」

「っ! その声は……」


 サキュバスの前に姿を現したのは、先刻彼女自身の魔法の餌食となった少年、柊晴人だった。


「……これ、どういうつもり?」


 サキュバスは晴人と対峙して初めて自分の置かれている状況を客観的に理解することができた。

 壁の上から繋がれている輪っか上の鎖で、自分の手足は拘束されていた。輪っかゆえに、完全に身動きが取れないわけではなく、少しだけなら動ける余裕があった。


「見てのとーり、お前を捕まえてんだよ。ここから逃がさないためになァ?」


 ニタニタと笑う晴人。下種のような笑みだ。


「私が聞いてるのはこの拘束が何なのかではなく、この拘束をして何をするつもりなのかを聞いてるの」


 サキュバスは晴人の異様な雰囲気に圧され、気付かないうちに冷静さを欠き始めていた。その証拠に、彼女の語気は既に余裕をなくしていて、かすかに震えている。

 対する晴人は、ケタケタと笑っている。


「なぁ~に、お前に気持ちいい夢を見せてやろうと思ってなァ……今までにないぐらいの快感の夢さ」


 晴人はジュルリと気持ち悪い音を立てながら舌なめずりをする。

 サキュバスは、晴人のしようとしていることを理解した。


「快感ねぇ……でもあなたに出来るかしら? この淫夢サキュバスを越えることが」


「違うぞ」


「――――えっ?」


 サキュバスの中に動揺が拡がる。予想が外れた。理解できてなどいなかったのだ、晴人という男を。

 それが、サキュバスにはどうしても許せなかった。


「違わないわ! こんな密室で、男女が二人ですることは一つじゃない!! 人間なんてみんなそうよ、私の誘惑一つでイチコロ……あなただって例外じゃないわ!! こんな鎖がなければあなたなんて一瞬で骨抜きにして――」


 ズドン、という鈍い音。

 晴人の足がサキュバスの腹を穿った音だ。


「ゴホッ! ゲボッゲホッ……」

「意味をはき違えるなよ。俺が言ったのは、お前に気持ちのいい夢を『見せる』っていうことだ。お前は、俺にとっての気持ちのいい夢を傍観するだけの役割。今の蹴りはそれを勘違いした罰」


 晴人はサキュバスの首を絞め、持ち上げながら告げた。


「実験をしようと思う。サキュバスってのは男の精を糧に生きるらしいから、ならばもしそれを一定期間与えなかったらどうなるか」


 サキュバスは、酷い内容……まるで拷問だ。と思うと同時にチャンスだと思った。


(近づきすぎたわね人間。もうそこは私の射程範囲内よ!)


 殺気を隠しながら晴人の心臓を抉ろうと手を伸ばす。

 しかし、晴人の唇が動く。


「『近づきすぎたわね人間。もうそこは私の射程範囲内よ。』とでも思ったか?」

「なっ――」


 晴人へと伸ばした腕の肘から先は、想像以上に軽々しく宙を舞った。


 さっきまで結合していた部分から鮮血を噴出させながら。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

「へぇ~、魔物の血も赤いんだな」

「誰の仕業!!??」


 眼球をぎょろりと動かし、自分の腕を切り落とした奴を探した。

 いた。返り血を浴びてにっこりと笑うJK。


「晴人に手を出す愚か者はめっ、だゾ!」

「こ……のクソアマがァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「いい夢見ろよ、淫夢の魔女」

「私を―――――」


                ☆


 ふいに目を覚ました。

 一番に腕がくっついていることを確認する。


「……なんてひどい夢」


 次に辺りを見回した。

 視界に入ったのは、今最も見たくなかった男。


よう(・・)意外と早いお目覚め(・・・・・・・・・)のようで何よりだ(・・・・・・・・)


 先ほどと寸分違わない言葉に言い知れぬ恐怖を感じた。


「柊晴人……どうしてここに?」

「気にするな。ここはガーゴイル城のその辺の一室だ。衛生面もばっちりよ」

「いや、そういうわけじゃ……まあいいけど」


 寝てたはずなのに体がすごく重い。変な夢を見ていたから? そんなわけない。そもそも淫夢の化身である私が自分の夢なんかで踊らされるはずがないから。


「随分とうなされてたみたいだな……どんな夢見てたんだ?」

「随分と不快なことを訊くのねあなた……さっきの私の独り言を聞いてなかったの?」


 質問してくる男に、先ほどの夢の仕返しのつもりで同じ言葉を使い切り返してやる。


「聞いてたぞ。酷い夢……ちゃんと聞いたうえで気になったから訊いただけさ」

「とんでもない男ね。普通ならここは気を遣って黙っておくのが当然よ」

「気、なんて使う必要ねーだろ。お前は俺の敵で、俺はお前の敵だ。ま、そう考えるとこの状況そのもののほうが普通じゃねーんだけどな」


 目の前の男は今きっぱりと言った。

 私を、敵と呼んだ。ちゃんとわかってるじゃない……だったら、


「だったらなんで私を殺そうとしないの? 敵対する勢力の戦力なら、問答無用で排除するのが戦争ってものでしょ」

「んなこと知るかよ。俺は魔界の住民じゃない、れっきとした地球民だ。そっちの常識が俺に通用すると思ったら大間違いだ」


 少し驚いた。この男は、私を敵と認識しながら殺す気なんて毛頭なかった。


「いいか? 魔物だからって、女の子が簡単に殺すなんていうもんじゃあねー。女の子ってのは可憐で、美しく、可愛く、何より明るくあるべきだ。異論は認める」

「なにそれ、女っていう生き物に幻想を抱き過ぎよ。女ってのはだいたい思ってることの真逆を往くのよ」

「だからこそ俺は妄信しつづけたい! 理想の彼女ができるその日まで! って何言ってんだ俺……」


 項垂れる男を見て、ちょっとだけ笑みがこぼれた。


「面白い男ね。柊晴人」

「うるせーよ」


 この男は他とは違う……

 もしかしたら、


「ねぇ……」


 でも、訊いてみてもいいのだろうか。


「なんだよ」


 期待してもいいのだろうか。


「――あなたは、私を魔女って呼ぶ?」



                ☆


「おーい晴人。そろそろ邪真王なる者にに会いに行くみたいよ」

「ああ、今行く」


 晴人は、エルナの呼びかけに応じて、歩き出した。


「ん? 例の小娘はどこへ?」

「アイツなら帰ったぞ。やることが出来たとか言ってたな」

「逃がしてよかったのかな。あ奴は邪真王の敵でしょ? 今回のせいで大事にでもなったら責任問題ってやつじゃん」

「心配いらねーよ。アイツは根っからの悪ってわけじゃなさそうだった。あれよあれよでああなったんだろ。それに、可愛い女の子を殺すようなマネは邪真王が許しても俺が許さねぇ!!」

「そんな弱腰でどうする。もし可愛い子に本気で命を狙われたときはどう対処するっていうの」

「そのときはそのとき。よそはよそ、うちはうちだ」

「まったく解答になってない気がするんですけど」

「まあいいじゃねーか、気楽にいこーぜ!」


 エルナは呆れたようにため息をつく。彼女には晴人がいつにも増して元気そうに見えた。


「晴人もご機嫌のようだし、そろそろ邪真王とご対面といきたいものね」

「そうだな。夢の中で俺もずーっと言ってたよ。尺稼ぎすぎってな」

「晴人、それ自分で尺稼ぎがどうのこうの言ってる時点で尺稼ぎになってるってことわかってやってる?」

「へ? ナンノコトダカサッパリダヨ」

「……」


 エルナと晴人は少し先で待っていた祐介、ジャスティに追いついて、ガーゴイルのいる部屋をめざし、進みだした。


                ☆



 ――あなたは、私を魔女って呼ぶ?


 それに対する晴人の答えは、単純なものだった。


「俺の中での魔女の基準は見た目70を超えたおばあちゃん魔法使いのみ……この基準より下だから私はあの男の中では魔女じゃないってことになるのかな」


 サキュバスは黒の翅を羽ばたかせながら魔界の空を飛んでいた。

 ガーゴイルの古城を離れ、自分の本拠地へと。


「初めてよ……私を知って魔女呼ばわりしなかったのは」


 勿論、これまでサキュバスが遭遇した人間自体そう多いものではない。世の中には晴人のほかにも彼女を魔女と呼ばない人間もいるだろうが、そんなことはあまり関係ない。重要なのは初めてが晴人だったということだ。


「人間も案外捨てたものじゃないわね。これからどうしようかしら」


 サキュバスには2つの役割があった。


 一つは伝言をすること。

 これは早々に達成することができた。実際、大したことでもなし、他にも適役がいたと思う。


 もう一つは水面下の勢力確認だ。

 本来はガーゴイルと接触して夢の世界へと誘い、安全を確保してから調べる予定だったのが、ジャスティや人間連中に邪魔をされて当初の目的が叶うことはなかった。


「てゆーかもうこんな仕事どうでもよくなってきちゃったなー」


 サキュバスは決して上級の魔物ではない。せいぜいCぐらいが彼女の限界だ。しかし上の連中を裏切れないわけではない。


「そうねぇ、ここで私は一番戦局が面白くなるように動いてみるとします? 正直、力を蓄えきった魔神(仮)にガーゴイルが太刀打ちできるとは思わないし……それなら」


 サキュバスは報告を済ませるために急いだ。

 その目的地は、排他街。


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