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レボリティー・レポート  作者: アルフ
魔法学院編
53/55

正義のシスターさん

 鼓膜を震わす爆音に思わず耳を塞ぎ、人間の言葉とも思えないような言葉を叫んだ。ありったけ。

 強大な光の束が迷わずに自分らの方向へと射出される。それはもしかしたら『魔界』というカテゴリーの中では割と平均的な攻撃だったのかもしれない。もしかしたらあいさつ程度だったのかもしれない。しかし、今それと対面しているのは間違いなく人間である。およそ受けきれるわけがない。そんなレベルの異形が晴人たちを襲う。


 要約すると魔獣の口から放たれた殺戮ビームだ。


 しかし、その現場に死者はいなかった。


「……生きてる、のか?」


 瞑っていた目を恐る恐る開くと、彼らを囲むように発生した円状の何かが、魔獣の攻撃から守っていた。


 魔獣も予想外の事態にたじろうように呻き声をあげている。


 呆然とする晴人と祐介。その傍らでエルナだけは二人とは違った驚きを見せていた。


「森羅万象の悪性を寄せ付けない正義の権化……今の現象を余は知っている」

「どういうことだ? 今のに心当たりがあるのか?」

「心当たりなんてレベルじゃない……今の現象を起こした人物を余はよく知っている」


 晴人はここまで驚きに染まるエルナを始めて見た。普段肝心なところでは落ち着いている彼女がここまで取り乱しているのだ。事の重大性は容易に理解した。

 そして、間髪入れずにその原因はすぐ目の前に現れる。



「なぁーんだ。魔獣が暴れてると思って来てみたら、何だか懐かしいやつがいるじゃないの」



 その声は魔獣の背後から、決して大きな声ではなかったが、確かにハッキリと伝わった。

 その声の主が、三人の前に姿を現す。


「何年ぶりかしらね、会えてうれしいわ。エルナ」


 彼女は、魔界の者とは思えない奇抜な格好をしていた。

 黒を基調としたその服装は、巷で言うメイド服そのもの。この服装こそが彼女とエルナの関係性を強く浮き彫りにしている。


「ね、姉さん……!」

「「姉さん!?」」


 エルナの言葉で、晴人と祐介に衝撃が走った。


「おい柊聞いたか今、エルナが姉さんだって」

「ああ、聞いた」

「どう思った?」

「メイドコスがよく似合ってブラッ!?」


 ドゴォ、と不可視の何かによって晴人は五メートルの直線をノーバウンドで吹き飛んだ。


「……」プスプス

「柊ぃぃいいいいい!」


 豪快に吹き飛ばされた後、うつ伏せになったまま沈黙する晴人に雄介が駆け寄る。


「ちょっと姉さん、あまり無下に扱わないでほしい。さっき姉さんが飛ばした男は余の主よ」

「あらそう、エルナってばいつの間にまた契約してたの。そんなに一人が寂しい?」

「そのようなことが理由ではない」

「わかってる。あの人との約束だもんね」

「……」


「ズアァッ!!」


 ここでさっき吹き飛ばされて気絶しかけていた晴人が起き上がった。


「テメェこのアマ! 急に何しやがる!! 死んだらどうする!」

「威勢がいいのね、気に入ったわ、私の名はジャスティ。あなたは?」

「完全スルーかよくそっ……柊晴人、人間だ」

「そう……さっきはゴメンね? あなたの悪性に反応してつい手がでちゃった」

「悪性? どういうことだ?」

「そうね、例えば……」


 ジャスティは不自然に制止していた(・・・・・・・・・・)魔獣に目を向けた。


「私は誰よりも正義を重んじる。明確な『悪意』・『悪性』なんかを私は許さない」


 ジャスティの言う悪性とは、今回では魔獣を指す。


「そういえばなんであの魔獣はビームの後追撃をしなかったんだ?」


 祐介がふと疑問に思ったことを口に出す。

 普通ならもう一発ぐらい殺戮ビームを撃ってもおかしくない状況だったというのに、魔獣はずっと沈黙していた。


「そんなこともわからないとは、馬鹿かね人間」


 ジャスティは雄介の疑問を一蹴する。

 この魔獣、よくよく見ると沈黙というより、むしろ小刻みに震えているようにも見えた。


「こいつを硬直させている原因はどう考えても私だ。何故なら、私に逆らうとどうなるか、細胞レベルで理解しているから」


 そう。今目の前の魔獣は本能で感じ取っているのだ。彼女に対する根源的な恐怖を、

 ニタニタとした表情でジャスティは続ける。


「魔界に生きる者はすべからく私がどんな女か知っている、それは魔獣も例外ではないの。だから怖いんでしょうねぇ、これからどんな粛清を受けるのかと思うと逃げる気力すら湧かないんじゃないの?」


 ただただ恐怖し、自分がしてしまったことへの後悔が渦巻く。あぁ、何故私はあろうことかあれの親族を襲ってしまったのだろう――と。


「ォ、ォォォォォォォ――――」


 魔獣が力なく叫んだ。既に魔獣に抵抗する意思は皆無に思えた。しかし、そんなことで許して頂ける程、正義の名は伊達ではない。


「私の妹を狙った悪性は……オ・シ・オ・キ♪」


 その一言が、ジャスティによる粛清開始の合図。


 瞬間、巨大な魔獣は不可視の力によって強制的にうつ伏せにさせられる。

 巨大な体積が問答無用で地面に叩きつけられることで大地震を想起させられるような揺れが起こる。


「ゴゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「無駄だってば、もうあなたはそこから動くことは出来ない。拘束っていうのはそういうものよ」


 魔獣は叫び声をあげるだけで体を動かすことはなかった。いや、動かせなかったのだ。


 次に、空間が歪んだ。


「なんだ……ありゃぁ………」


 晴人は目の前に突如として現れた装置に目を疑った。

 高さ五十メートルはあろうかという二対の柱に、魔獣の首元を固定する強力な拘束具。


 そして、触っただけでスパッと切れてしまいそうな巨大な銀の刃。


「断頭台……処刑塔とも呼ばれる姉さんの武器よ。余が刀になれるように、姉さんは処刑場を作ることができる」

「規格外すぎんだろ……」


 晴人は背筋が震えるのを感じた。しかし、その正体を理解することができなかった。

 その震えは先程目の前で呻き声をあげることしかできない魔獣が感じたものと似た本能から来る恐怖。

 晴人は知らず知らずのうちにジャスティの善性に恐怖を感じていたのだ。


「じゃあ、始め(終わらせ)ちゃいましょうか」


 完結的に告げられた開幕と閉幕。


 ソニックブームだと、晴人は遥か上空から迫る刃をそう例えた。

 空を切り裂きながら魔獣の首を切断する為だけに正義が執行される。

 そして、どす黒い液体が雨。


「――」


 絶句だ。何も言えない。

 目の前で行われる行為を直視できなかった晴人。噴出した液体の鉄臭いにおいだけで吐きそうになる。


 そんな晴人を差し置いて、正義の塊であるジャスティはケロッとしている。


「はーい終了。久しぶりに頑張っちゃったわ」


 エルナですらやりすぎだと思っているのか、眉間にしわを寄せて黙りこくっている。


「あれ? どうしたのよあなた達。嫌なものでも見たかのような顔して」


 そういうジャスティの口元は嫌らしく歪んでいた。


 コイツ……分かって言ってやがる。

 こんなレベルの惨殺にも耐え切れないの? という思考がダダ漏れである。


「ジャスティといったな。いくらなんでも殺すことはなかったんじゃないか? あっちにはあんたの登場で既に戦う気はなかった筈だ。それに、あんな大量の血を見たら健常者なら普通に気分を害する」


 よく言った橘! ナイスだ。と晴人は心の中で称賛した。

 流れに乗るために、晴人も続く。


「そうだそうだー! 俺たちは今回観光に来てんだぞー! 血生臭い魔界の現実より楽しいアンダーワールド魔界の幻想風景を見せろー!」


 晴人、便乗の嵐である。この男にはプライドというものが無いのか。


「観光!? カンコウねぇ……私はそんなこと聞いてないんだけど」

「聞いてなくて当然だ」


 初耳だと驚くジャスティに、祐介が追撃するように言葉を繋げる。


「残念な話だが、この観光が決定したのはつい昨日の話だ。一般人? であるジャスティさんに情報が届いてないのも当然だ」

「あら」


 ジャスティは祐介の言動を聞いて薄く笑みを浮かべた。

 そして、


残念な話だけど(・・・・・・・)、それはないわね」


 意趣返しのように同じ言葉で返された祐介はむっとして問う。


「どういうことだ?」


 返ってきた答えは、


「私は、この世界の首領のお家でメイドをやらせてもらっているからね。大抵のことは耳に入れてると思ってたんだけど、そっかぁ。あなたたちの『観光』って私にも言えないような秘密のものだったんだぁ~」


                ☆


 気付いたら朝になっていた。

「時間はっ!?」


 時計の針は、九時を指そうとしていた。

 寝坊してしまった。

 しかし、後悔するにはまだ早い。ベッドから這い上がり、畳まれて置いてあった制服を手に取り10秒で着替えを済ませる。


「急がないと……ッ!!」


 彼は、保健室としてはだだっ広い部屋のドアを開け、理事長室を目指した。



 数分後。

 理事長室のドアが勢いよく開かれる。

 雷が落ちたような音に驚き飛び跳ねるのが一人。


「ひゃあ! 何っ!?」


 なぜか理事長室にいたリナの声である。

 そして振り返ったリナは、有り得ないものでも見るかのような表情をした。


「どっ、どうしてあんたがここに!?」


 そして理事長も、


「随分と慌てているようだが、どうしたんだい。竜真くん(・・・・)?」


 彼は……竜真は、息を切らしながら告げた。


「兄さんを……鏡利を止めないと!!」


                ☆


 魔界。晴人ご一行。

 北の森を抜けた先、晴人たちはエルナの姉、ジャスティの導きで魔人族の町に辿り着いていた。


「ご主人の家まではまだしばらくかかるから、この町で少し休憩していきましょう」


 ジャスティの提案に三人は賛同する。



「それにしても、だ」



 晴人は町を見渡した。

 視界に入るのは街を闊歩する多種多様の魔人族。その各々が晴人たちを奇妙な目で見ている。


「受け入れられてる雰囲気じゃねーな。こりゃあ」

「当然だろう。少なくとも今の俺たちは彼らにとっての『客』ではない。なぜこんなところに人間が、と思っているだろうよ」


 祐介の発言で、晴人は浅くため息を吐いた。


「こんなところで休憩なんて取れるのか? なんか気を遣って逆効果な気がするんですけど」

「まあまあ、そう言わずにゆっくりしていってよ。いくら突然人間が現れたからって魔人たちもあなたたちを襲ったりしないから」


 ジャスティは善性の味方。その彼女がそこまで言うのなら魔人たちは安全なのだろう。晴人はそう思うと安心した。


「なあねえちゃん可愛いじゃあねえか。俺たちと遊ばねえ?」

「ホヒョ! 若いなァ柔らかそうな躰だなァ」

「ヤベッ、よだれ垂れてきた」

「余が可愛い……若いと……!」


「柊ィィ!! エルナが魔人に絡まれてるぞ!! あとなんか嬉しそうだ!!」

「なんやて橘!?」


 前言撤回だ。いや、別に喋ってないんだけどもね。とりあえずジャスティの言葉を信用するわけにはいかなかったようだ。

 晴人は慌てて魔人族のヤンキーみたいな連中をエルナから離そうとした。


「おい馬鹿逃げろ! 死にたいのか!?」

「ゲゲゲッ! なんだぁコイツ人間じゃねぇか。人間風情が俺らを殺せるとでも?」

「ホヒョヒョヒョ! 殺っちゃう? この人間殺っちゃう?」

「今日の晩飯は贅沢になりそうだぜェ~~~!」


 見るからにモブな三人組は、晴人の真意が全く理解できていないようで、呆れた。


「あーあ、もう手遅れだわ。ごめんな間に合わなくて」

「ん? んだよテメェ急に――ッ!?」


 モブヤンキーAが晴人の態度に変化を感じたとき、晴人の背後から邪悪な殺気を悟った。


「こっ、この感覚は……いやしかしどうしてここにあのお方がラパッ!!?」


 ドグシャアという炸裂音を顔面で奏で、モブヤンキーAは宙を舞い、地面をスケーティングした。

 そんな正義の鉄拳を振りかざした彼女は、拳を鳴らしながらモブを見据えた。


「私の妹に手を出すってことがどういうことか理解できていなかったようね。残念」

「「いいい!? 妹―!!??」」 


 ジャスティの発言の意味がわかったモブ魔人残り二人は非情に動揺を見せる。


「あれま、気付かなかったの? ふーん」


 ガクガクと膝を震わすモブ×2.目じりには涙が溜まっている。


「そう、そうねえ。さっきあなた達エルナに可愛い、若いって言ったわよねぇ?」

「……」


 返事はない。


「繰り返すわ。あなた達私の妹であるエルナに可愛い、若いって言ったわよね、私の妹であるエルナにッッ!!」

「「ハッ、ハイ!!! 言いましたァー!!!」」


 あねさん、目が怖いっす。あの目は殺すときの目っす。

 晴人と祐介は誘導尋問とも呼べるソレを傍観するしかなかった。


「エルナに可愛いと言った。若いと言った。なら何故似た容姿の私を連想できなかった? これだけ似てるんだ。気付かないわけがないでしょ? 『あっ、あの若そうなチャンネーはあのジャスティ様そっくりだ』、ってなるのが普通の流れでしょ? その工程がなかったってことはもしかして私がエルナとは違って可愛くはなくおばさんであるとあなた達が思っている可能性があるんだけど」

「……」チーン

「ホョョョョョョョ……」ジョワァー


 恐怖だ。こんな恐ろしい言葉攻めはないだろうな、と晴人は考える。


「よって有罪、ギルティ。あなた達三人まとめて処刑するわ。エルナに手を出した分と、私を貶した分。死刑じゃ足りないけれど、我慢してあげる」

「あぁ……」

「神様仏様魔神サマァァァァァァ!!!」


 あちゃあ、またあの凄惨な惨殺劇を見るのか……。晴人がそう思っていたとき、救いの手が差し伸べられる。


「それぐらいにしてあげてよ姉さん。充分すぎる」

「あら、そう?」


 空間が若干歪みかけていたのが、エルナの制止によって止まる。なんとか処刑は見ずに済んだようだ。


 ヤン魔人三モブを追い払い、改めて休憩を取ることになった。

 ジャスティが一旦どこかへ行った、路上での会話。


「エルナもエルナだって。お前に何かあるとあの馬鹿姉が黙ってるわけねーのは目に見えてるだろ。あんな面倒を毎回起こされてたらたまんねーぞ」


 主にSUN値的な意味で、と付け足す。


「だって仕方ないじゃー。余はいたいけな少女よ? あんなのに絡まれたら何も言えないし」

「あのなぁ、お前の姉は一応魔界でかなりの地位のやつみたいだし、それを言えばそこら辺の魔物だってすぐに尻尾巻いて逃げるだろ」

「それはダメ。余は姉の権力なぞアテにしてない……それに、どちらかというと晴人に助けてほしかったというか……」

「え? なんだって?」


 後半部分はぼそぼそと言ったので晴人の耳では聞き取れなかったようだ。


「なんでもない!」

「んー? 変な奴だな」

「変な奴はお前だ柊。この展開でその返しは万死に値するレベルだと思うぞ」

「んなこと言ってもよー。聞こえなかったもんは仕方ねーだろ?」

「救いようがないなお前は。俺だったらすかさず抱きしめに行くぞ」


 ただし会長に限る。と祐介は付け加えた。


「ほーう、抱きしめる……か」


 祐介の言葉に感心したと言わんばかりに唸る晴人。


「ちょっ、変な気を起こすでないぞ?」

「エルナ!」

「っ!?」


 いきなり大声で名前を呼ばれて体をびくつかせるエルナ。


「な、なんなの……?」


 いつになく真剣で熱い晴人の眼差しを受け、たじろぎ、半歩下がった。

 その下がった半歩を晴人が同じ分だけ詰め寄った。


「怖かったろう……だがもう大丈夫だ。俺の胸に飛び込んでおいで、さあ!!」


 両手をババッと開き、天を仰ぎ、エルナが飛び込んでくるのをスタンバイする。晴人の周りにはなんかキラキラしたオーラが。


「こ……」


 エルナはわなわなと震えた。


「こ?」


 晴人の胸に飛び込んできた。


 足蹴りが。


「こんのバッキャロォぉぉぉう!!!」

「ごふっ!?」

「エルナ危ない!! 私のエルナになんてことしようとしてくれるのよ!!」


 どこからともなく現れたジャスティは晴人を蹴飛ばして不可思議の力で凄まじい重圧を加えた。


「ぬおおぉぉぉぉぉおおおおお!! 理不尽だぁぁぁぁ!!!」


 重圧に耐えかね、地面に伏す晴人。その眼には涙。


「姉なんて生き物にロクな奴はいねぇよ……くそう、くそう」

「……正直すまんと思っている」


 祐介も、晴人のあまりの悔しそうな顔を見て反省する。


「あなたはエルナに手を出したりしないでしょうねぇ?」


 ギロリ、とジャスティの目が祐介のほうを向く。祐介は引きつった笑顔を見せた。


「滅相もございません! 俺は会長一筋なんで。マジで、愛ゆえに」

「そう」

「ちょっと姉さん。晴人に手を上げるなと言ったでしょ!」


 JKエルナが晴人に駆け寄りながら言い放つ。


「これ以上するなら、たとえ姉さんでも容赦しないよ」


 その言葉を聞いたジャスティは、ガツーンと打たれたかのような衝撃を受けた。


「ひっ、酷いわエルナちゃん! 私はエルナちゃんを守ろうと思って……」

「ひ、酷いわジャスティさん……僕はなんかいつもと違うエルナの調子を戻してあげようとしただけなのに……」


「「あなた(お主)は黙っていろ」」


「ハイ……」


 シュン、と縮こまる晴人。これを皮切りに姉妹喧嘩が始まった。


「だいたい、姉さんはいっつもそう! 二言目には善性だとか悪性だとか、恥ずかしくないの? いい年して」

「それを言うならエルナだってそうでしょ! フラッと消えては問題ばっか起こして、挙句の果てに自慢の変身機能を使って人間を籠絡しようとするなんて、くだらないことして!」


 言い争いは続き、三十分もする頃には辺りには野次馬が集まっていた。無理もない。町中で、それも超絶有名人のジャスティが喧嘩をしているとなると、人が集まるか避難するかの二択である。


「どうすんだよこれ……もう収拾つかねーぞ」

「……俺たちは予定通り観光しようじゃあないか柊! な!?」

「待て待て待て! あれ、放っておいたら戦争が始まるぞ。現実逃避はよくない!」

「だからって止めれるの!? 無理に決まっている! 無暗に仲裁に入ったらそれこそ巻き込まれて死ぬだけだ。無駄死にはよくない!」


 晴人は現状を見かねて、肩を落とした。


「こんなの観光じゃねーよ……ただの日常だ……」


 エルナとジャスティの姉妹喧嘩は、あと一歩で戦闘になりそうなところで町のポリスに止められる形で終戦を迎えた。


                ☆


 どこから供給しているのか、まばらに点灯している明かりがちらほら辺りを照らしている。しかし、中途半端に明かりがあるものだから、余計暗がりは闇を増しているようにも思える。

 排他街。鏡利はこの鬱蒼とした暗がりの街に足を踏み入れていた。


「しかし巨大な街だ……魔界にもこんな大都市があったなんてな……」


 しばらく歩いただけでは全容なんて測り知れないほどの規模の街である。それも、魔界の表舞台に出てくることのない裏の住人の住む街。

 ここでなら鏡利は、自分の目的を果たすことができると思っていた。


「まずは情報収集……いや、食事が先か」


 食事処、モクドナルド魔界支店が目に入った。だが、空腹の身で鏡利はあることに気付いた。


「魔界にも、金でモノを売買するシステムはあるんだよな……?」


 これはまだ仮定の話だが、もし本当に食事に魔界の金が必要なら詰みだ。当然といえば当然だが、鏡利は魔界の金など一銭も持ち合わせていない。強いて言うなら元の世界でなら使えるポケットマネーがちょっとあるぐらいだ。

 思考を巡らせるが、空腹は予想以上に鏡利の平常心を惑わせる。


「こうなったら僕の魔法、ゲートオブファントムで食べ物が出るまで選別を繰り返すか……?」


 言うや否や鏡利は魔法を使用し始めた。

 この時である。


「……何だこの感覚は……今までのゲートオブファントムとは何か違った感覚……」


 学院と魔界とでは、魔法を使用したときの感覚に違いがあった。

 自身もうまく理解できていなかったが、実際にアイテムを取り出してみるとその感覚の違いがハッキリとした。


「これって……食べ物、なのか?」


 手のひらサイズの果物のような物質を取り出すことに成功した。これまで自分が来てほしいと思ったものが正直に出てくることはほとんどなかった。何故なら、ゲートオブファントムを使ったとしても、出てくるものは武器ばかりだったからだ。鏡利は武器しか出ないものなのだと錯覚していた節もある。


「もう一回やってみよう」


 試す。鏡利はまた、食べ物が出てくるようにと願った。

 出てきたのは……店先に並んでるような包みの中に入っていた、肉だった。

 この後、何回試しても自分の欲しいものしか出なかった。ゲートオブファントムは自分の思った通りのものを出せる万能魔法に昇華していたのだ。


「魔界効果ってやつかよこれ……凄すぎだ」


 鏡利は、自慢の悪知恵をフルに働かせた。


「だったら……もっと良い使い方が出来そうだ」





 排他街の一角。ここには、金さえ出せば何でもするという噂の便利屋があった。


「あー今日も仕事がねぇ。このままだったらおれは住所不定自称便利屋になっちまう」


 事務所の天井をボーっと見上げながら無駄な時間を過ごしているのは街の便利屋、スケラだ。


「仕事がねぇ、金もねぇ、嫁もいなけりゃ飯もねぇ……どーしよっかなー、現界に行って転職しよっかなー」


 何を血迷ったのか、スケラは割と本気で人間界へといこうか迷っていた。それもそのはず、この職業は魔界の生物にとって何の需要もないモノなのだ。特にこのスケラの便利屋は『対価を支払って何かをする』というスタンスだ。対価とは金であり、それ以外でもある。スケラは対価の魔物。彼は生きていくうえで対価を生きがいとしているのだ。彼が使える魔法はただ一つ、『対価の分の願いを叶える』ことだ。対価さえ払うのならどんな願いもかなえることができる。


「失礼するよ」


 そんな特殊な便利屋のもとに一人の客、鏡利が姿を現す。実に一週間ぶりの客だ。


「いらっしゃい……って人間じゃないか! どうして人間がこんなところに」

「ごたくはいい、君はさぞかし優秀な便利屋だそうじゃないか」

「誰が言ったかは知らないが、俺は対価の分しか働けないぞ」

「見上げたプロ意識だ。でもわかっている。ちゃんと対価は集めておいたさ。僕の魔法でね」

「ほぉ……」


 魔物相手に臆さない様子を見て、スケラは感心したように唸った。

 コイツはただの人間じゃあない、自分の店に尋ねに来たお客様なのだ。


「で、どんな要件だ。聞くだけ聞いてやろう」


 鏡利が言ったのは……、




「『この街で一番強いやつに合わせてくれ』。なんてよくもまぁ人間が言い出せたもんだぜ」


 スケラは、排他街のしけた通りを歩きながらぼやいた。

 彼は現在この街のトップの元へと歩いていた。


「せっかくの仕事だと思ったらこれだよ、まったく……こんなんだったら命がいくつあっても足りないってもんだ」


 辿り着いたのは、地下への入り口。そこには、門番のような二対の魔物がいた。


「何の用だあんた。ここが誰のテリトリーかわかってるんだろうなァ?」

「ああ、知ってるよそれぐらい」


 スケラが適当に返事をすると次は逆側の魔物が絡んできた。


「ンだとゴラァ! なんでテメェみたいなのがここのことを知ってんだ! ここはヘリオス様の隠れ家ぞ!! テメェみたいなのが知ってていいはずがねぇだろうが!!」

「バッカ、お前がそうやって大声で怒鳴り散らすからいつの間にか情報が出回るんだよ」

「何ィ? ……仕方ない、黙る」

「で、なんでここに来た。理由もなくここにいれるわけにはいかん」


 スケラは参ったなぁと言わんばかりに頭を掻く。

 そして、営業スマイルを振り絞った。


「実はわたくし、街で便利屋をやっておりまして、本日お客様がこの街で一番強いやつに会いたいとのことで……」

「却下だ」

「そこを何とか!」

「却下だ!!」

「むぅ……」


 スケラには戦う術がないため、この魔物たちを倒して無理矢理、なんてことも出来ない。


(しかし客からの依頼を断ることは出来ない……どうしたもんか)


 困り果てていたとき、スケラの背後に人の気配を感じた。

 魔人ではない。人間の気配だ。それもさっきの変わった人間。


「ありがとう便利屋。ここが例の一番強いやつの住処だね」

「お前……どうして」


 鏡利はスケラの前に立った。


「もう帰っていいよ。報酬はあれだけでよかったよね?」


 鏡利が指差した先をスケラは見た。


「なっ、何だこの金塊の山は……!?」


 大木一本はあるレベルに積まれた金の山。これだけあれば悠久の時を生きても金に困ることはない。


「人間……貴様何者だ」


 門番が驚きを隠しつつ問うた。


「君たちは、この街で一番強いんだろ?」


 鏡利は、門番二体に言い放った。


「僕に力を貸してくれよ」


                ☆


 魔人族の町で休憩を終えた晴人、エルナ、祐介、ジャスティの一行は再びガーゴイルの家へと歩みを進めていた。


「橘ぁ~、今って俺らどの辺にいるんだ~?」

「俺に聞かれても困る。自分で考えろ」

「なんだよそれ、もういいよ俺が自分で調べるから手に持ってるパンフレット寄越せ」

「ほらよ」


 ポイーと丸められたパンフレットが晴人へと投げられる。晴人はそれをキャッチし、地図を見た。

 地図には、『森を抜けたその先は自分の目で確かめよう!』としか書かれていない。


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ優しい表情になった晴人は、「まったく、こいつめ」といった具合で息を吐いて、パンフレットをぐしゃりと握り潰した。


「なんだよこの地図! アバウトすぎるだろいくらなんでも! 森を抜けた先は自分の目で見て確かめよう!? それどこの攻略本だよ!! そこが一番重要なんだよ、むしろそこしか必要ねぇよ! てか俺が見たいのは攻略本じゃなくて地図ぅぅぅ!!!」

「晴人お主……今日もツッコミが冴えわたってるねっ!」

「うるせぇよ。ついカッとなってやってしまった。後悔はしていない」

「君ってそーゆーキャラなのね。改めて認知したわ」

「違うから! 俺別にツッコミキャラじゃないから!」

「いや、柊は十分ツッコミキャラやれてると思うぞ。似合うぞ、うん」

「ざけんじゃねー! てかもとはと言えばお前がこんなパンフレットを渡すからこんなにツッコんじまったんだろうが」

「こんなパンフレットとか言ってあげるなよ。一応製作者は魔界のトップだぞ」


 その言葉にジャスティが反応した。


「えーっ! それお嬢がやったの?」

「お嬢って……ガーゴイルのことならそうだろうけど」


 晴人は持っていたパンフレットの製作者が書いてあるページをジャスティに見せた。

 企画:ガーゴイル 製作:ガーゴイル 提供:ガーゴイルと書いてある。


「わぁ、ほんとだ。あの子いつの間にこんなの作ってたのよ」

「これも知らされてなかったのかよ。意外と秘密主義者なのかガーゴイルは」

「あの子が私に黙って何かをするなんて本当に珍しいわ。姉さん悲しい」

「まあ、姉さんはちょっと抜けてるところがあるし、いざっていうときに頼りきれないんじゃないの?」

「えっ、あはは。そんなわけ……理想のお姉ちゃんでしょ?」

「いやまったく」

「仲いいなお前ら」


 晴人は二人のやり取りを見てついそんなことを洩らしていた。


「ってかお前らいつの間に仲直りしてんだよ。さっきまでの姉妹喧嘩は茶番か?」


 晴人の言葉にジャスティは「チッチッチ」と指を振りながら否定した。


「一ついいことを教えてあげようか少年」

「いいこと? なんだよ急に」

「まあ聞きなさい」


 ジャスティは教鞭を垂れる先生のように語りだした。


「ケンカっていうのはね、相手のことを本気で思っているからこそできるものなの。少年だってこれまで何度もケンカしたことがあるでしょう? ちょっと考えてみて御覧よ」

「ケンカ……ねえ……」


 晴人はこれまでの人生において何度ケンカしたかを考えてみた。

 ……たくさんありすぎていちいち思い返していたらキリがなかった。


「俺の家の近辺にはヤンキーがたくさんいたからそいつらとよくケンカしたのは覚えてるなぁ。あと、根本的に存在してるだけでウザいやつが一人いたが、そいつとも毎回……」

「少年がその人たちとケンカしたのはポジティブ的でもネガティブ的でも少なくとも『本気』で思う何かがあったからこそ対立したんでしょう?」

「まあ……そうだな」


 適当にはぐらかす晴人。自分の場合のケンカとさっきの姉妹喧嘩はちょっと違う気がしたが、あまり気にしない方向でいこう。

 ジャスティは続けた。


「相手のことを何とも思ってなかったらそもそもケンカなんて起こらないわ。どんな生物だって赤の他人には無関心なんだもの」

「それは何となくわかるぜ。誰かにイライラするのもそいつを少なからず意識してるからってわけか」

「そう、だから姉妹喧嘩は一種の愛情表現だと私は思ってるわ。口喧嘩なんてまさにそれね。だってそれってつまり激情のぶつけ合いでしょ?」

「ケンカするほど仲がいい、ということわざがある。ジャスティさんが言っていることはまさにこれだな」

「そうね、仲がいいからこそケンカして、その後はもっと仲良くなれるのよ」


 ねっ、エルナ♪ とジャスティが笑顔を見せた。

 エルナは、若干頬を赤らめながら小さく頷いた。


「ほぉー、意外と姉妹仲良くてよかったぜ。このままずっと険悪ムードだったら俺たちが困ってたわ」

「……俺も向こうに帰ったら会長とケンカできるぐらい濃厚な仲になろう……!!」


 四人は雑談を交えながら魔界の大地を歩いていく。

 ガーゴイルの住むお家まで、あとどれくらいだろうか。

 ランドレット魔法学院、隔離部屋。


「なんてこと……竜真の言ったことは正しかったってわけね」


 理事長、ジェシカは改めて拘束されている男を見て事の重大さに気付く。


 してやられた。先日の事件に於いて、鏡利は自分たちより一枚上手だったのだ。


「へへへ……残念だったなぁ理事長。今回の勝負、俺たちの勝ちだぜ」


 男は、喋っている途中にわざと姿を鏡利に変えながら嘯いた。捕まっている身とはいえ、結果は鏡利の思惑通りなのだから、理事長は強く出ることができない。


「どうしますか理事長?」


 監視役の男が拘束された鏡利の部下を睨みながら言った。


「こいつは引き続き拘束よ。それと未然に防げたと思ったから容赦してあげてたけど、この事件に協力した鏡利の仲間は皆一週間の隔離処理を執るわ」


 理事長は爪を噛みながら考えた。


(まずいわね……つまり昨日の時点から鏡利は魔界へと侵入してたってわけで、竜真の言っていた鏡利の目的が本当なら状況が動き出すのにもうあまり時間がない……でも、魔界への、ガーゴイルへの連絡手段は乏しい。空間移動装置も、もう一度しか使うチャンスはない……こうなったらあの人たちに頼むしか……!!)


 ジェシカは意を決してある場所へと向かった。





 ランドレット魔法学院中央区、特別エリア。


「失礼します」


 ジェシカは一礼し、神聖な部屋へと足を踏み入れた。

 部屋にいたのは、ランドレットの最大賢力者たちだ。

 長方形の長机に三体三で座っている彼らは、入室してきたジェシカを見据えた。


「おいコラ、一体……何があったというのだ?」


 最初に口を開いたのは闇属性の賢力者、アシルムスだ。毒々しい外見に違わず、その口調も攻撃的である。


「これアシルムス、そうやって威圧的な態度を取るものじゃない。すまんのジェシカさん。アシルムスは悪気があって強い口調を使っているわけじゃないということをわかってやっておくれ」

「何言ってんだよジジィ、今回の口調の強さは悪気ありありだ。非番だっていうのに無理やり駆り出されてイライラしてんだよ」

「ジジィではない。私にはセンショウという名前がある。ちゃんと名前で呼んでほしいのもですな、小童アシルムス」

「んだと老いぼれが!」

「いい加減にしろ馬鹿共!! ジェシカが困っているだろう」


 センショウとアシルムスが言い争いを始めようとしたところを、水属性の賢力者、フォンツェルンが一喝。二人は納得いかなそうな顔をしながらも、これ以上言い争おうとはしなかった。


「ありがとうございます、フォンさん」

「いいのよ。気にせず要件を言ってちょうだい」


 フォンツェルンは柔らかな笑みを見せた。年も自分とそう違わないというのに、それ以外のところでフォンツェルンには勝てないなぁとジェシカは心の中で思った。


「では、昨日から起こっている事件の説明からさせていただきます――」



「――これが今回の事件の全容です」


 説明を一通り終え、ジェシカは短く息をついた。


「この事件を解決させるにはあなた方のご協力が必要だと思い、勝手ながら召集させていただきました。どうか力を貸してください」


 無理を言っているという事は理解している。ジェシカにできることは誠心誠意頭を下げることぐらいだった。

 しかし、彼女の誠意を受けてなお賢力者たちの表情は険しいままである。


「お嬢……残念だが、それは出来ない相談だぜ」


 発言したのは火属性の賢力者、ゴウドレッドだ。


「何故ですか! 下手したらランドレットだけじゃない、この世界そのものの危機かもしれないのですよ!?」


 ジェシカはどうしても彼らに協力してほしかった。だから必死に食い下がる。


「あなたたちなら鏡利を止めることだって造作も無い筈「その発想が、既に間違ってるのな」


 ジェシカの言葉に割って入ったのは異常属性の賢力者、ベニキロ。


 自然属性の賢力者、アリアドネも口を開く。


「ジェシカちゃん。僕たちはね、ランドレットの先生じゃないんだよ? 生徒の犯したミスは先生である君や、鏡利くんの関係者なんかで尻拭いしないと」


 続けてゴウドレッドが言う。


「アリアドネの言う通りだ。ついでに、俺たちが魔法を使えるのはランドレット(・・・・・・)の危機に対してだけ(・・・・・・・・・)だっていうこと、忘れたとは言わせねぇぜ?」

「そっ……それは……」

「これが俺たちの総意だ。どっちにしろ、動きたくても動くことすら出来ねぇ。それがわかったらもういいだろ。さっさと帰らせてくれ」


 アシルムスは席を立ち上がって、部屋を出ようとした。


「待ってください!!」


 ジェシカは、大声を張り上げて、なんとかアシルムスを引き留めた。


「せめて……私は次に何をしたらいいのかぐらい……現状を打開するためのヒントぐらい教えてくれてもいいじゃない……」


 アシルムスは俯くジェシカに吐き捨てるように言った。


「現状が悪化して、ランドレットが脅かされそうになったら、その時は俺らを頼ればいい」


「っ!!」


 ジェシカはその言葉を聞いて嬉しそうに顔を上げた。


「ただし!!!!」


 その歓喜を打ち消すようにアシルムスは怒鳴りつけた。


「ただし、もしそうなったときは、俺はお前を理事長とは認めない。無能の烙印を押されたくなかったら手遅れになる前に解決してみせろ」


 アシルムスは言い終わると、部屋を出て行った。

 彼の言動は厳しいものだったが、的確に的を射ていたものだった。アシルムスに続くように一人、また一人と部屋を出ていく。


「ジェシカ……」


 フォンツェルンは心配そうにジェシカを見つめた。

 ジェシカはアシルムスの言葉を聞いて放心したように固まっていた。

 返す言葉もない。アシルムスは言い過ぎだと思うが、間違ったことを言っていたわけではない。


「……ごめんね」


 フォンツェルンが部屋を出て行こうとしたとき、


「――――ふふ」

「っ!? ジェシカ?」

「ふふふふ」


 ジェシカはさっきまでとは打って変わって笑っていた。


「ふふふ、あははははははははははは!!!」


 別に狂ったわけじゃない。ただただおかしくて仕方がなかったのだ。


「そう、そうね確かにそうだわ!! 理事長室を空けたほんのわずかな隙を狙われ、それに気付かず、挙句の果てに無関係の上層区に全て丸投げしちゃあ確かにお笑いものだわ!!! 無能って言われても仕方ないじゃない!!」





 先に部屋を出た彼らは通路を歩いていた。


「さっきのは言い過ぎなんじゃないかな? アシルムス」

「いいんだよあれで。実際、今の俺たちは何もできない無能集団だ。頼られても何かできるわけじゃねぇ」

「でも「それにな」


 アシルムスは自分を糾弾しようとした声を遮るように続ける。


「それに、ジェシカってやつは……いや、ランドレットの家系はああやって追い込むことで本領を発揮できるのさ。だから……仕込んでおいた」


 ――本気になれる種を。





「アシルムスのせいで私の中の何かが爆発したわ。吹っ切れた。そうと決まったら迅速に対応していきましょうかねぇ!!」


 そういうとジェシカはおもむろに携帯を取り出して、誰かへと掛けはじめる。三コールでその相手は出た。


「ちょっと、ジェシカ?」


 フォンツェルンはどんどん一人で盛り上がっているジェシカを制止しようと声をかけるが、聞く耳は持たない。


「ハーイ♪ もしもし私ジェシカだけどぉ~、例の件は知ってるわよね? うん。うん。そうそれ。でね、この件はあなたたちにも責任があると思うの~。だ・か・ら、あなたたちにも向かってもらうわ」


 ジェシカは通話を切り、フォンツェルンの横を素通りしていく。


「どこへ行くの!?」

「逆に聞くけど、理事長は本来、どこにいるべきだと思う?」


 目指すのは、問題児の弟と、恋する風来少女が待っている部屋。


「さぁ待っていなさいクソガキ。この私を出し抜くとどうなるか、たっぷりみっちりこってり心身の隅々まで教えてあげるからねーっ!!!」


 彼女はそう宣言しながら早足で歩きだした。

 出し抜かれてばかりでは示しがつかない。これから逆転への詰将棋を始めよう。



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