『魔界』の歩き方
「ええっ!? 俺が魔界に行けるのか!」
事件の翌日早朝、晴人とエルナは理事長室に呼ばれていた。
「うむ。君たちは我が学院の臨時生徒だからな。ここにいる間にランドレットの一番の魅力を知ってもらわないといけないと思い、本日魔界へ行くことを許可することになった」
二人の正面に座っている理事長、ジェシカは力強く頷き、晴人の言葉を肯定してみせた。
「やったぜエルナ! 俺たち魔界に行けるらしいぞ!!」
「お、おう。よかったのう晴人」
「スッゲー! 魔界ってどんなところなんだろうなーっ!!」
晴人は目をキラキラさせながら魔界がどんなところか妄想を膨らませていた。
彼は元々中二病気質がある。初めて魔界と聞いた時なんかは子供のようにはしゃいでいたぐらいだ。それなのにこれまで魔法使いたちを見ても平静を保てていたのは、自分には使うことが絶対に出来ない、という一種の諦めがあったからだ。魔界に行けないのも同義、絶対に無為だとあきらめていたところだったのだが、急に「行っていいよ」なんて言われたときにはもう興奮MAXというものである。
「やっぱそこらじゅうに魔物がいたりして、こう急に飛び出してきて戦闘になったりするのかな!? それで倒したら経験値と金がゲットできて……ってそれただのゲームじゃねーか!!」
「まあまて少年。話は最後まで聞くんだ」
落ち着かない晴人を宥めるようにジェシカが言った。
「あくまでも魔界に行けるのは今回だけだぞ? それに、君は正式にはうちの生徒ではないから申し訳ないが魔法を教えてもらうのはNGだ」
「あ、あーそーですよねー。ワカッテマスヨ」
晴人の棒読みにジェシカは呆れたように笑った。
「少年がわかっていようがいまいが学院側から監視をつけさせてもらう。これが君たちを魔界に連れて行く条件だ。呑んでくれるな?」
「そんなこと、決まってんだろ……」
晴人は拳に力を込めた。
そして、ジェシカを真っ直ぐと見据え、敬礼。
「是非ともお願いしますッ!!」
☆
理事長室奥、空間移動装置前。
「まああれだ、俺がいるということはどういうことかわかるよな? 柊」
「わーってるって。その眼があれば俺があっちで魔法を習得していないかわかるってことだろ? 副会長さんよ」
晴人たちの監視役になったのは晴人たちの寮・校舎の服生徒会長、橘祐介だった。
「ハァ……なんで俺がお前たちの世話をしてやらんといかんのだ。会長の頼みじゃなかったら断ってるぞこんな仕事」
「まあまあそんな硬いこと言うなよな祐介。折角の魔界探検じゃないか。楽しく行こうぜ!」
「折角、というのには同意だが魔法を教えてもらえないのにわざわ魔界に行く意味があるのか? あと祐介はやめろ。俺を下の名前で呼んでいいのは会長だけだ」
「魔界っていえばロマンの宝庫じゃねーか! 行けるんなら行かない手はねーぜ!」
「余も晴人に同意だ。一度魔界にも足を運びたいと思っていた」
「おっ、エルナも魔界に興味津々か? いいじゃんいいじゃん! オラわくわくしてきたぞ!」
「柊のやつテンションがおかしくないか?」
「気にしなくていいわ。晴人は中二だから」
「ああ……そう」
さて、と理事長が区切りを入れるように言う。
三人はとうとう魔界に行くのか、と気を引き締めた。
「くれぐれも魔界の魔物たちに危害を加えないように頼むよ。それと、向こうに行ったらまずは邪真王に会いに行くといい。多分あっちで観光のプランを考えていると思うから」
「邪真王? なんか怖そうなやつだな。殺されたりしないよね?」
晴人の声色が恐怖のそれに変わる。しかし、理事長はその反応を見て笑い飛ばした。
「そんなに怖がることはないよ。あの子は人間に危害を加えるような真似は絶対にしないから」
「随分と信頼しているのね。その邪真王を」
エルナの言葉に理事長は迷うことなく答える。
「勿論。邪真王、ガーゴイルはランドレットと魔界を繋いでいる優しい心の持ち主だからね。この関係を数百年維持できているのも彼女のお陰なんだから」
そして、晴人たちは禁断の世界、魔界へと足を進めるのであった。
☆
「ふ~、柊君たち、楽しんでもらえるといいけど」
理事長室にて、ジェシカは晴人たちの転送を終え、一息ついていた。
「さてと、事務でもこなすとしますかねぇ」
「ちょっとまてーい!」
切り替えて作業を始めようとしたとき、一人の客があった。
「理事長先生! どうして私を連れて行ってくれなかったんですか!? 約束してたじゃないですかぁーっ!」
抗議しに現れたのは、今回の魔法学院編のメインヒロインのはずのリナである。
理事長は最初本気で忘れていたようで頭の上に?マークを浮かべていたが、三秒ほどしてハッと思い出すように言った。
「すまん。なんかマジで忘れてた」
「せめて言い訳してくださいよー!! そんな普通に言われてもやるせない気持ちになっちゃいますって!!」
「いや、おっけーだ。無問題。しばらくしたらまた空間移動装置が使えるようになるから、それまで我慢していてくれる?」
「それ全然おっけーでも無問題でもないですよね!?」
先程使ったばかりの空間移動装置は、三十分ほど待たないと使えないらしい。リナはそれを聞いてうなだれた。
「ううう……折角のひぃ君とのデートがぁぁぁ~」
ぼろぼろと涙をこぼすリナに追い打ちをかけるように理事長が言う。
「デートって……エルナも生徒会の橘祐介もいるわけだし、それはちょっと無理があるんじゃない?」
「二人っきりじゃないのぉぉぉ?! うわーん!」
「そもそも魔界でデートは厳しいでしょ。殺風景だし、何もないし」
「一緒にいれたらそれでよかったの」
「まあ何だ。頑張れ」
いちいち返答するのがめんどくさくなったジェシカは、リナをとりあえず座らせて事務に取り掛かることにした。
☆
見ると、目の前には閑散とした荒野が拡がっていた。
東の果てには噴火を続ける火山。北には魔女でも住んでいそうなおどろおどろしい森。南は地平線の向こうまで荒野が続いており、西には底の見えない谷がある。
ここは魔界。晴人たちが元いた地球とは違った世界。
どういう原理かはわからないが一定の明るさがあり、空気もある。ここでは地球での常識は通用しない。同じものと考えるのも間違っているのかもしれない。
「魔界って地獄みたいな場所なのかと思ってたけど、どうやらそうでもないらしいな。針山地獄、血の池地獄、鬼なんかが闊歩しているもんだと」
「そもそもお前は地獄を見たことがあるのか? 経験もないくせに同じって思えるのは凄いな」
「なんだよその言い方は。いや、無いんだけどさ。なんか似てるじゃん、魔界と地獄って」
「全然違うぞ。多分な」
晴人の率直な感想にケチをつける祐介。彼は何やら地図のようなものを見ていた。
「何を見ておる。パンフレットか?」
「エルナ……パンフレットっていうのはな、観光をするときのものであって、決して魔界観光するためのパンフレットなんてありはしないんだよ?」
エルナは晴人が子供でもなだめるように言うものだから少しムッとした。
そして祐介が持っているソレに指差しながら言った。
「だったらここに書いてある文字はどう説明する!」
「は? 地図っぽい何かに文字なんて……」
祐介が持っているソレには、大きく『魔界へようこそ! ~日帰り観光ガイド~』と書かれていた。
「……」
その文を見て固まってしまう晴人。だがへこたれずに反論する。
「まっ、待て! これは学院側が道案内用に作ったものであって断じてパンフレットではない! パンフレットっていうのは普通観光される側が作るもんだろ! 魔物にこんなの作れるわけがない!!」
晴人の必死の反論も、祐介の一言で一蹴される。
「これは噂の邪真王が自ら作られたものだ。一番後ろのページに製作者の名前だってある」
そこには、ご丁寧に著者 ガーゴイル と書かれていた。
「Noooooooo!! もうだめだ……言い返せねえ……」
「ふふん! 余は間違っていなかった、晴人は馬鹿よのぉ」
「くぅ~! ムカツクゥ~!!」
「おい、遊びはここまでだ。さっさと邪真王に会いに行くぞ」
祐介は北の森へと歩き出した。
「マジかよ。そっち行っちゃう? スゲーなんかでそうなんだけど」
などと言いながらも祐介のすぐ後ろをついていく晴人とエルナ。
「安心しろ柊。出るのは魔物だけだ、襲われたりはしない」
「えーっ、余は襲われちゃうのー!? こわーい!」
「キャーッ! 祐介君助けてー(ダミ声)」
「襲われねぇっつってんだろ!! 後そのわざとらしい口調止めろ! どうしてお前らは二人とも似通ったボケをするんだよ! 突っ込む身にもなれよ! ……ったく」
だんだん言い返す気力がなくなっていくのが後ろで聞いていた晴人とエルナにはっきりと伝わった。
「元気出せって。楽しくいこうぜ楽しく」
「そーだよ。余だってわざわざjkっぽい雰囲気出してんだから元気になってよいぞ」
「はぁ~、お前らのペースになれるのには時間がかかりそうだ……」
三人は、森の中へと入った。
うっそうと生い茂る草木は、どれも地球では見たこともないようなものばかりだ。
「だいたいこういうのはそこら辺の木に顔が浮き出てきて喋り出すんだよなー」
「晴人そういうことを言っていると本当に起こってしまうぞ? 言霊とはそういうものだからね」
「なんだよエルナ。急にしおらしくなって……もしかして怖くなった?」
「そ、そういうわけじゃないが」
「お前って変身すると年相応の精神になるよな。男だったり幼女だったりで性格がバラバラだし」
「だから何っていうの?」
「いやー? ただ、大変そうだなぁーってな」
無論、誰がとは言わないが。
晴人とエルナが話していると祐介が二人を振り返った。
「そういえばお前ってなんていう名前なんだ?」
活字ではわかりにくいので補足すると、祐介はエルナのほうを指差しながらそういった。
「ん? 余にはエルナという名があるぞ。お主もそう呼ぶといい」
いや、そうではなく。と祐介はかぶりを振った。
「俺が聞きたかったのはお前の本名ってか名字的なアレよ。『エルナ』っていうのは俺でいう祐介みたいなもんだろ? 俺は人を名前で呼ぶのはあまり好きじゃないから、できれば名字を教えてほしいんだ」
「無駄だぜ」
と晴人は祐介の言葉をまるまる否定するように言った。
「『エルナ』っていうのは俺たちでいう名前じゃなくて愛称みたいなもんだ。そう思えば恥ずかしくないだろ?」
「恥ずかしいとかの問題じゃなくてだな……」
図星の祐介は頭をポリポリとかいた。
「済まぬが、余の正式名称はいえないのよ。詳しく訊かれても困るし、話すつもりもない」
エルナも割って入るように口を開く。
「晴人と出会ってけっこうになるが、それでも明かしてないほどのことをお主に簡単にいうわけにはいかん」
「な? 言ったろ? 無駄だって」
「……仕方ないから今度からエルナって呼ぶぞ? いいのか?」
エルナは首を縦に振って肯定の意を示した。
「難しい関係だなお前らは。俺はてっきりカップルだとばかり思っていた」
晴人は祐介のその言葉に思わず噴き出した。
「馬鹿言ってんじゃねーよ。俺とエルナがカレカノなんてあるはずねーだろ! なあエルナ!?」
「そーだそーだ! 余と晴人の間にそのようなことは一切ないぞ!」
「ふーん。俺の観察眼も鈍ったな」
『ォォォォォォォォォ…………………』
談笑しながら歩いていると三人の耳に妙な唸り声が聞こえてきた。
「なんだ今の。橘か?」
「俺な訳がないだろ。それこそ柊じゃないのか」
「むしろ余がやったという可能性は?」
「「それはない」」
『ォォォォォォォォォォォォォォォォォ』
もう一度唸り声が聞こえて、三人はお気楽モードから一転、シリアスへと雰囲気を変える。
「橘、これも魔物の声なのか?」
晴人は祐介に尋ねた。
彼は魔物のことを詳しく知らない。何度かランドレットの生徒の召喚魔法などで見たことはあるが、圧倒的に情報量が足りないのだ。
「どうだろう。俺が知ってる魔物はちゃんと俺たちが理解できる言語で話す、はずだ。前に来た時もこんな恐怖を煽るような魔物はいなかった」
「それは余らが今日突然押しかけたのと関係があるのではないか? お主が知っているのはランドレットの生徒が来るのを予め知っていて猫を被っていた魔物だけかもしれん」
「そんなことはないと思うが……その仮定が本当だとしたら俺たちは今絶体絶命ってやつだろうな。俺たちじゃどうあがいても魔物には勝てない。絶対にな」
祐介は緊張のこもった声で続ける。
「ああもう! こんなんだったら会長に一度でもいいから愛してると言ってほしかった。俺たちはここまでかもしれない」
「おいおい! 何一人で諦めてんだよ。この俺とエルナがいるんだぜ? そうそう負けるなんてことは――」
「ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
晴人の声は強大な咆哮に掻き消された。
「なん、だ……こりゃあ……」
声が出ない、とまでは言わないが確実にかすれていたと思う。
晴人たちが進んでいた森の一寸先は、空から降り立った巨大なソレによって跡形もなく消し飛んだ。
「こいつはもしかして……魔獣か!?」
祐介が目の前の物体を魔獣と呼んだ。
晴人も、その言葉ぐらいは聞いたことがある。聞いたことがあるとはいえ、知っているのはせいぜいフィクションの世界の話だけだ。魔物を人間と例えるなら魔獣は動物だとか、理性はなく、闘争本能に衝き動かされて行動するとか、漠然としたことしか知りえない。
そんな晴人にも、本物の魔獣を目の当たりにして理解できることはある。
「にっ……」
それは、一つの行動。
「逃げろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
晴人の絶叫を皮切りとして、三人は来た道を全力で駆け抜けた。
この行動に言葉など無い。ただ目をひん剥いて走るのみ。追いつかれたら死は免れない。
だが、巨大な体を持った魔獣から、人間ごとき小さな存在が走った程度では逃げることが出来ないのは当然の摂理で、ちょっと翅を羽ばたかせて飛ぶだけで魔獣はいともたやすく晴人たちの逃走経路に回り込んだ。
「コォォォォォォォォォォォォ………………………」
魔獣は、口元に眩い光を凝縮し始めた。なんてことはない、晴人たちには魔獣の次の行動が手に取るように分かった。
「何だと!? アイツビームだ!! ビームを撃つつもりだ!! うわぁーん! かいちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「んなことわかってんだよ!! 死ぬぞ? このままだったら俺たちマジで死ぬぞ!? どうにかしろよエルナ!!」
「よ、よーし。エルナさん。頑張って聖なるバリアー張っちゃうぞー?!」
「「出来るのか!?」」
「出来るわけないじゃろうが―ッ!!!!」
カッ! と視界が光で覆い尽くされた。ビームの発射である。
「「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!」」」
果たして、三人の命やいかに。
☆
「んー? 今聞いたことある声が聞こえた気がしたような……」
ランドレット魔法学院高等部二年、鏡利は一人気ままに『魔界』を探索していた。
繰り返す、『魔界』をである。
「気にすることはないかぁー。まったく、今日の僕はツイてるからね」
いつになく上機嫌な鏡利。それもそのはず、彼はあの理事長を出し抜いて魔界潜入を成し遂げたのである。今までのランドレットの歴史上、これを成し遂げたのは鏡利が初めてのことだ。
「しかし潜入に成功したからといってそれで終わりではない。僕の目的はこれから果たされるのだーあっはっはっはっは!」
テンションを上げずにはいられなかった。
正直なところ、鏡利自身ここまで作戦がうまくいくと思っていなかった。一応作戦を実行してみたが、自分の想定していた以上の結果になっている状況が今である。想定していた想定の想定外なのだ。
「今回はあれだな、集まったやつらがよかった。生徒会とガチでぶつかってもそこそこ戦えるやつらと、学院のバカどもを騙すプロ。イレギュラーの柊晴人も偶然出かけていたようだし、そういった一つ一つが積み重なって今があるんだとつくづく感じる……それにしても」
晴人の名前をふと出すことで、ふつふつと怒りの感情が蘇ってきた。
「今に見ていろひいらぎ~。この間の仕返しはキッチリとさせてもらうからなぁ~」
鏡利は晴人への怒りをとりあえず地面へと向け、勢いよく踏みつけた。ジンジンして痛かった。
「それにしても今日はやけに静かだな。いつもならもっと盛り上がってるはずなんだけど」
鏡利も、前に来た時の魔界と今日の魔界の相違に気が付いていた。
周りに魔物がいなさすぎるのだ。
閑静な、なんて生易しいものではない。むしろ世紀末の荒野と表現した方が理に適っている。
「あまりゆっくりしているとあっちで気付かれかねないから早くやること為すこと全部終わらせたいんだけどなぁ。それに」
鏡利は自分のおなかに手を当てた。
「昨日の昼から何も食べていない……そろそろ活動限界が近いっていうのもあるんだよねぇ。こっちの問題は早急にどうにかしないと。さっきあの人が言っていた場所に行けば食事もあるかな」
鏡利は言いつつ魔界の料理とはいったいどんなものなのだろうかと思考を巡らせた。
「……やめよう。ゲテモノしか浮かんでこない……」
とはいえ、考えようが考えまいが鏡利の腹は空くばかりである。
「くっそ~、どこかに美味い食べ物を出す魔法を持ったやつがいないかなー?」
鏡利は当初の目的を半ば忘れかけ、空腹を満たすために魔界を彷徨った。
まず目指すのは、ちょっと特殊な魔物たちが住む裏町。通称、排他街。




