シャイニングオブソーバー
「ふん、ふん、ふふふふふふ♪」
人気のない廊下を上機嫌に歩くフライヤ。しかし上機嫌に見えるのは見た目だけで、その心は噴火寸前なほど煮え手繰っている。主に晴人のせいで。
「なんで今君は僕の隣にいないんだよ。男の子って女の子の裸を見たら責任取るんじゃなかったの?」
非常にヤバい。正直、今回の事件で一番深刻なのはこの少女かもしれない。
目のハイライトは無くなっていて、口元は不自然な笑みを浮かべている。
フライヤにこのような側面があることは、恐らくこの学院の誰も知らないだろう。何故なら、フライヤにこんな感情を抱かせたのは晴人が初めてだからだ。
しかし、その初めての感情は歪んだ方向へと向かっていきそうになっているのはゆゆしき事態である。このままでは主人公が後々惨殺遺体で発見されかねない。
願わくば、ここでストレスを思いっきり発散していってもらいたいものだ。
「お前、ここで何してる? 生徒がまだ残っていたなんて驚いた。早く寮の外へ行くんだ」
狂気の見え隠れするフライヤに近づく一人の男。鏡利の手下だ。
「晴人君?」
焦点の合ってない目で男を見るフライヤ。ふらついているので、男からは体調が悪いように見える。
「違うが、大丈夫か? 良かったら俺が出口まで手を貸してやるぞ。勿論、出口までだが」
「晴人君、じゃないんだ……」
「晴人って言うと、あいつだろ? 鏡利さんにこんな作戦を思いつかせた原因。いやぁすげえよなぁ、鏡利さんだって一応なかなかの実力者なのに、手も足も出なかったとか」
笑いながらフライヤに近づいた男。瞬間、男の頬をかすめるように光線が走った。
「……近づかないで」
「へっ?」
光線をかすめた頬から静かに血がしたたり落ちる。
「このビーム……まさか」
男はよく彼女の顔を見てようやく誰なのかを理解した。
ランドレットの光属性の候補生であり、その中でも頭一つ跳び抜けている光のエキスパート。
演習で彼女と当たったら最後、助かるものはいない。ついたあだ名は光るハイエナ。
「ふ、フライヤ……っ!? なんでお前がここに!!?」
情けないぐらい上ずった声で男は吼えた。余裕なんてのは彼女の前では一瞬で消滅してしまうのだ。
「僕がここにいたらまずいのかい?」
「くっ!!」
男は一目散に背を向けて走り出した。フライヤと対峙した時点で勝率は限りなくゼロなのはわかりきったことだが、逃げることに全力を注いだらあるいは、助かるかもしれないと思ったのだ。
そんな一縷の望みにすがるように男は走った。
「逃げるの? 君も、僕をおいて……!!」
フライヤの周りに光が帯びる。
彼女の代名詞、ライトニングだ。
ここでライトニングの能力の説明をしておこう。ライトニングとは魔物の名前であり、また同時に魔法名でもある。
その能力は、光の固定化。この魔法を使用することで光を自分の好きな形に固定できるのだ。
彼女がライトニングを使うときは自分の一つ目の魔法、光を発生させることができる能力と併用することで相手に向かっていく物理的な光を作り出している。
そんなライトニングの光は閃光のように男へと飛んだ。それは超高速で飛んでくる壁のようなものに近い。
「うわぁっ!!」
当然、ライトニングを避けることなど出来やしないので、男は背中に直撃してしまった。
今回のライトニングは制御されていない。フライヤの精神状態も相まって魔法が暴走気味なのである。
「ぐっ……こいつは他の生徒と一緒に外にいるはずなのに……っ!!」
しかし、この男も鏡利の手下。ここで簡単にやられるわけにはいかない。
反撃だ、逃げられないのなら仕方がない。自分の魔法を最大限に活用して目の前の最強の光属性使いに勝利する。
「吹き飛べ! 水流圧撃!!」
一度は尻尾を巻いて逃げようとしたが、勝てる算段ならある。
この男、エリアキラー=スピニオンの所有する魔法は三つ。
一つ目は今発動した水属性の魔法、水流圧撃だ。この魔法は単純に水を勢いよく発射するだけの魔法だ。
この魔法だけでは勝つどころかダメージを与えることすら出来ないのは明白。
だが、エリアキラーの算段はこの次の魔法にあった。
「この程度で僕を止められると思ったの? 残念だけど、これじゃあ僕は倒せないよ」
フライヤは光を壁のように展開し、発射された水を防いだ。
壁に反射され、エリアキラーが放った水は宙を遊泳する。
この瞬間を、彼は待っていた。
「……?」
突然肌に突き刺さるような冷気を感じ、不審に思うフライヤ。
「アイスバーナー」
彼女は光の壁の向こうで幻想的な風景を目撃する。
「へぇ……キレイな魔法だね。自分で放った水をさらに自分の魔法で凍らせたんだ」
光の反射で煌く無数の氷塊は、それぞれが空中で連結していき、一つの大きな氷の壁に成ろうとしていた。
フライヤとエリアキラーの間を壁が完全に阻んでしまう瞬間、二人は同時に動いた。
否、同時というのは語弊であった。ほんの一瞬エリアキラーが早く動いていた。だが、その一瞬が戦局を大きく左右する。
「チェックメイトだ、破ぜろ! スコープ・ド・パニッシュ!!」
エリアキラーの異常系魔法が発動した。その対象はフライヤ、ではなく氷塊の壁。
「っ!?」
フライヤの目はその魔法に驚愕する。
目の前の氷塊は、作り出した本人であるエリアキラーが魔法で破壊したのだ。
それも、ただ破壊したのではなく、氷の飛礫の一つ一つが殺傷能力を持った弾丸のようになってフライヤに飛んでいくように、である。
対応しきれる速度ではない。フライヤは躱すことも出来ずにその攻撃をまともに受けた。
これこそがエリアキラーの勝利する算段である。
「ま、算段っていうよりは散弾よなぁ……今回は作戦勝ちってことにさせといてくれや。最強の光使いさん」
彼は候補生でもなんでもない。成績も平凡な普通の生徒である。だが、彼は今内心ほくそ笑んでいた。
それも当然である。あの最強と謳われたフライヤを一人で下したのだから、本当なら全力で勝利に酔いたいだろう。
「さっさと逃げないと目を覚ましちまうかもしれない。すたこらさっさーだぜ」
気絶しているフライヤを放置して早くこの場を離れたかったエリアキラー。忍び足でそーっとここから去ろうとする。
しかし、
「僕に勝てるなんて、本当にそうおもったの?」
その声を聞くだけで体がビクッと跳ねた。
エリアキラーはガタガタと震えながら後ろの、声が聞こえたほうを振り返った。
そこには、先程から変わらず狂気を含んだ目の少女。
彼女の口が、エリアキラーを討つための魔法を唱える。
「発生、標準、圧縮」
何もない空中に光が『発生』し、光速でエリアキラーに『標準』を合わせ、光の帯が『圧縮』する。
フライヤの魔法の一つに光の質量を操ることができる魔法がある。この魔法は、操る光の規模によって効力が変化する。光が多ければ多いほどその効力は弱まり、光が少なければ少ないほど爆発的に効果が表れる。
今回の場合は、爆発的に効果が表れるパターンだ。
「……貫け!!」
「うおっ……ッ!!」
細く伸びた光はエリアキラーの肩と足を打ち抜いた。
逃げることはできない。もし光の速度の攻撃を避けることができるのなら、もはやそれは人間ではないだろう。
「ぐっ……なん、ッ!!」
激痛に顔を歪ませるエリアキラー。打ち抜かれた場所が悪かったのか、力が抜けたように床に膝をついた。
「……止めを刺さないのか? この通り、俺はもう反撃も、動くこともできない。止めを刺すなら今の内だぞ」
エリアキラーは突然態度を百八十度変えて話し出した。そこに何の意味があるのか、フライヤはちょっとした疑問に思った。
「逃げるのも、反撃に出るのもやめたの? 諦めの境地にでも辿り着いたのかなー?」
「……そうだな、もうすべて手遅れ。時間稼ぎは終わるのさ」
「何?」
☆
晴人と使い魔を乗せたエレベータは屋上へと登っていた。
「使い魔ちゃんよ。俺の読みが正しかったらこの事件の犯人がいるはずだよな」
「そうだヨー。公園にも広場にもそれらしき人はいなかったから、屋上じゃなかったらもうわからないヨー」
事実簡易公園にも望遠鏡広場にも人は一人もいなかった。件の異常気象のせいだ。この状態が続く限り人間が外で行動するのは不可能だ。普通なら。
なんとしても、次の屋上にいてもらわないと、それこそまた一から犯人を捜す作業に後戻りだ。晴人的にはそれだけは避けたかった。
「よし、そろそろだな。どうだ使い魔、反応はあるか?」
使い魔は魔法使いの反応を感じ、チカチカと点滅していた。
「近い、近いヨー! この反応は間違いなさそう!」
「そうか。やっと追い詰めたぞ……クソ野郎」
エレベータが到着したという合図の音を鳴らす。
灼熱の世界への扉が開かれる。
「くっ、凄い熱気だな……」
信じられない熱さの熱線が晴人の体に降り注ぐ。一寸先の視界は陽炎で煮え滾る。
依然感じた熱の比ではない、空が近いからだろうか。
「十分もいたらぶっ倒れるぞ……」
「そうかな? この程度、心地よい気温ではないか」
「っ!!?」
背後に人の気配を感じた晴人は振り向きながら距離を取るために跳んだ。
聞こえたのは男の声。口ぶりからして、ただの一般人ではないだろう。
恐らくは……、
「お前が、これをやったのか」
「如何にも」
隠すつもりはないのか、さらっと白状する男。しかし、不自然な点があった。違和感と言ってもいい。晴人はその違和感を男にぶつけることにした。
「なああんた、どう見ても高校生じゃねーだろ。どうして魔法なんて使えるんだ」
そう。今晴人と対峙している男は四十そこそこの見た目をした成人の男性だった。
そんな彼が何故使い魔の魔法探査に引っかかったのか、晴人はそこに疑問を持ったのだ。
「知らないのかね? ランドレットには特別魔導師という軍隊のような組織があることを」
馬鹿にするわけでもなく、ありのままの事実を、淡々と男は連ねた。
しかし、聞く側からしたら足元をすくわれたかのような、一枚上手を行かれたかのように感じてしまう。灼熱の炎天下で、気が短くなっているともいえる。
「なるほどなぁ、特別魔導師だから高校生じゃなくても魔法が使えるってわけか……この野郎!!」
あまり長期戦はしてられない。晴人は一気に勝負に出た。
地面を蹴って男に肉薄する。そして体重をすべて乗せた拳を放つ。
しかし、その拳は空を切っただけだった。
「威勢はいい。だが遅い」
男は一瞬のうちに晴人から数メートル離れたところに移動していた。
彼が動いた瞬間を、晴人は気付くことすら出来なかった。
「普通のおっさんじゃねえなあんた。何者だ?」
「先程言ったではないか。私は特別魔導師のメルキアだ。わけあって君を殺しに来たのだ」
「殺す? 物騒だなぁまったく。俺を殺したいなら一般人まで巻き込むんじゃねえよ。どれだけの人がこの暑さで倒れたと思ってる」
「ならば死人が出る前に君を殺さないといけないな、柊晴人君?」
今度は、明らかな嘲笑を感じさせた。
勝ち誇ったような笑みを見せる男を見て、晴人はうんざりだ。と言わんばかりにぼやいた。
「ったく、どいつもこいつもなんで俺の名前を知ってやがんだよ……俺の情報は筒抜けだって言いたいのか?」
「無論だ。そして君が私に敵わないということも」
「んなこと、やってみないとわかんねえぞ!!」
デュオライフルを構え、メルキアの周囲に起爆性弾丸を放った。手加減はナシだ。一刻も早く片を付ける!
「厄介な攻撃手段だ。その手の武器は失われし遺産と見える。厄介だが――」
次にメルキアの声が聞こえたのは、晴人の死角からだった。
「私には無力だ」
「くっ!?」
余裕を見せるメルキアに晴人は回し蹴りをする。が、それも一瞬のうちに回避されてしまう。
「君は縮地法を知っているかね?」
メルキアはギリギリ攻撃の届かない距離に逃げる。晴人が攻撃しようとしたらその攻撃が当たるより先に逃げられてしまう。
「……知らないね。お前の持つ魔法か何かか?」
メルキアはにっこり笑った。
「残念ながらそれは不正解だ。この技法も君のそれと同じ失われし遺産なのだよ。魔法ではない、己が肉体を使う武術だ」
「失われし遺産だと? まさか。あれは2500年以前に合った科学技術を指す言葉だろう? 武術が科学技術なんて聞いたことないぞ」
「否、縮地法もまた過去の技術だ。失われし遺産は何も君のそれのような物質的なものをだけを差した言葉ではない。技法や手段なども今に無く、過去に存在していたのならそれらすべては遺産なのだよ」
メルキアのいう通り、テクノロジーとは本来科学や技術を指す言葉。晴人のデュオライフルや以前持っていた自転車なんかは失われた技術を使って作られたものであり、メルキアの縮地法は失われた技術そのものという方法と結果の違いなのである。
「柊晴人よ。こんなくだらない問答をしている暇はあるのかね? はやくしないと活動限界になる。脱水症状とは得てして急に来るものだ」
「……だったら、逃げてないで俺にさっさと倒されろ!!」
もう無暗に走って追いかけることも出来ない状況で、晴人はライフルを放つ。当然弾道の先にメルキアはいない。縮地法で簡単に避けられてしまう。
「私は縮地法の達人だが、直接君に手を下すことはない。この灼熱地獄を現世に再現した『シャイニングオブソーバー』の力でつかず離れず君の傍にいることで焼いて殺す。今まではショッピングモールの中は安全だったがこれからはそうもいかない。君が店内に逃げるというなら灼熱地帯を店内に設定しよう……逃げられるとは思わないことだ」
「まだ犠牲者を増やすっていうのかよお前は……!! 絶対にさせねえ。お前は、俺がここでぶっ倒す!!」
「ねえねえ晴人サン」
「いいとこなんだから話しかけんなよ使い魔」
雰囲気ぶち壊しである。
「僕、面白い設定があるんだヨー。探査以外に、とっても大きなネ」
「ほう、面白い生物がいるな。私を見つけられたのもそれのお陰か」
「ヤバっ、アイツに感づかれたぞ」
「晴人サン! 僕から離れたらダメだヨー」
「わーってるって! お前は全部終わったらアギトに返すって約束してんだからな!」
「君はすべてにおいて甘すぎる」
しかし、縮地法は晴人の予想の上を往く代物だった。
使い魔は縮地法でメルキアの手に渡っていた。
「私の縮地法は視認できる範囲内であれば何でも移動させることができる。私という肉体以外のものでもそれは例外ではない」
「てっ、テメェ……!! くぅ……っ」
急に視界が揺れ、地面に倒れ込む晴人。そろそろ暑さで気絶しそうになっているのだ。
「詰み、だな柊晴人……君の命はここまでだ。私は場所を移動させてもらうよ。この使い魔もいないのならもう君が私の場所を特定することはできないだろうが、それも杞憂か」
倒れた晴人の横を歩いて過ぎ去る。
悠々と歩いて、勝利した余韻を味わうメルキア。
だが、次の一手で戦局は変わる。
「お前は知らないんだ。僕の正体を」
晴人ではない。これは使い魔の言葉だ。
「なんだと? 君は私を探査した張本人だろう? 何が言いたい」
メルキアは知らない。晴人も知らない。
使い魔は、晴人とメルキアを爆殺するためにアギトに用意された、喋る爆弾だということを――、
「詰みは、お前のほうだってことさ!!!」
使い魔の体が強く輝いた。
「この輝きは……まさか」
「そのまさかさ! 僕は爆弾としての機能があるんだヨー! 吹き飛べ!!」
「くっ! ……っ!」
そして、屋上の遥か上空で大爆発が起こった。少なくとも、今いる屋上ぐらいなら軽く吹き飛ばしてしまいかねないほどの爆発だった。
メルキアにダメージはない。
「危なかった……何とか縮地で使い魔を飛ばしてなかったら消し飛んでいた……」
「「「「安心するのはまだ早いヨー!!」」」」
「ッ!!?」
使い魔は数十にまで小さく分裂、増殖してメルキアに張り付いていた。
終始冷静だったメルキアもこれには動揺を隠せない。
「僕たち一つ一つが」
「みんなさっきの威力で爆発できる」
「この量をまとめて縮地なんてできるのかヨー?」
使い魔はそれぞれ爆発の為に発光を始める。
メルキアは全力で頭を回転させた。
「まだだ! お前たちがたくさんいようが私が一人で縮地をすればいいだけのこと!! 私に縮地に不可能はない!!!」
ブォン、とその場から姿を消す。
移動先はエレベータがある突き出たコンクリートの上。ここなら爆発に巻き込まれることはない。
「……何故だ。爆発が起こらない」
既にさっきの大量の使い魔が爆発していてもおかしくない状況。晴人はあの爆発に巻き込まれて死亡。ここまでがメルキアが考える最高のパターンだ。
しかし、肝心の爆発が起こらない。
「どうなっている……? あの使い魔はどこに消えたのだ」
「ここだヨー」
「っ! まだ残っていたのか!?」
使い魔の声は聞こえるが、姿が見当たらない。メルキアは必死になって使い魔を探した。
使い魔にはそれがお見通しだ。
「僕は今お前の服の繊維の間にいるヨー。小さすぎと思った? 残念、僕はミクロまで小さくなれるヨー。だから他のやつらはお前の体の中にもいるんだヨー」
「何故使い魔ごときがそのような性能を有している!? 雑魚に過ぎない筈の、使い魔ごときが!!」
「舐めないほうがいいヨー。――魔物の真髄はこんなものではない」
使い魔が、これまでの可愛い喋り方とは打って変わって、魔物らしいものへと変わる。
メルキアは灼熱の中l背筋がゾッとするのを感じた。異界の瘴気にあてられたような、これまでとは違った緊張感が少しずつ侵食していく。
「それがお前の本性か? フフフ、底が見えたぞ」
メルキアは不可思議の圧に耐えながら続ける。
「体内に潜っていると言ったな、あれはハッタリだ。流石にそこまでは出来ない筈だ。何故ならお前の主人は高校生。高校生如きに人を殺すなんてことは出来ないからだ!」
と、言いつつメルキアは頭の中で縮地の複雑な設定を始めた。
今までの視認できるものをちょっと飛ばすだけの簡単な縮地ではない。
自分の体の中に入っているであろう異物のみを移動させる精密な縮地を行使する為の時間稼ぎをする。
「見くびってもらっては困る。アギトが高校生でも僕は本物の魔物だ。人を殺すぐらいわけない」
「優しいんだな。柊晴人が傷つけられたからそこまで激昂しているのであろう? あの爆発だ、本当なら彼も巻き込む手はずだったのを、今は彼がうまく巻き込まれないように私自身を彼から離してしまおうしている。だがそれはお見通しだ」
メルキアは機転を利かせて縮地を行う。行先は晴人の傍だ。
「どうだ? これで爆発は出来ないだろう、柊晴人を巻き込んでしまうからな。あとはじっくりと使い魔のみを飛ばす精密縮地の調整をさせてもらう」
目を閉じて全神経をフル活用する。一つのミスも許されない。完璧な縮地を行って見せるため、文字通り全身全霊を注いだ。
「ぐっ……」
使い魔の無念の声が耳に入った。そこで漸く縮地に成功したという実感がわく。
しかし、設定にだけ集中したらものの数秒で完遂したのだから、伊達に縮地法の達人ではないだろう。
「さらばだ。柊晴人……!」
後は念のため晴人から距離を取って、閉幕だ。
勝利を確信したメルキアが、脱水の末死にゆく晴人を見届けて縮地しようとした瞬間、
「さらばはてめえだよ……クソ野郎」
乾いた音が連続で空気を震わせた。
晴人のデュオライフルが、メルキアの腹部を重点的に撃ち抜いたのだ。
「なっ……ぜ……ッ!」
意識を失ったメルキアは熱線で煮え滾った灼熱のコンクリートへ倒れ込んだ。
「何故、か……気を失ってなかったことについてなら、答えは簡単だぜ」
空が灼熱色の炎天から本来あるべき冬の空へと巻き戻る。
「……あんな熱いコンクリの真上でおちおち寝てられるわけがねーんだよ。バーカ」
晴人はそう吐き捨てて起き上がった。体が多少火傷した気がするが、そんなのは後でリナにでも回復してもらえばいいかと楽観主義。
メルキアに起きる気配はない。痛みによるショックと脱水からの気絶ではお話にならないということだろう。
「ん? ……あれって」
ふと、メルキアに目をやると見覚えのあるものがあった。
「金箱……オーパーツじゃあねーか! どうしてこいつがこんなものを……」
晴人がオーパーツを手に取ろうとしたとき、
「それには触れるな」
ちょうど晴人ぐらいの年の白髪が目立つ男。顔立ちからしてアジアの人間だと晴人は推測する。
だが、それと同時に仲良くはなれそうにない関係だということも理解した。
「どこから現れた? さっきまで屋上には誰もいなかったはずだが」
「どこから、そうだな……」
男はしばし考えて、口を開けた。
「どこからでも、とでも言っておこうか」
「んだよそりゃ」
男は気絶したメルキアを担いだ。メルキアが軽かったのか、はたまた男がとんでもない力持ちなのか、まるでバッグでも担ぐかのような軽快さだった。
「で、なんなんだよお前は、いや……お前らは」
男は晴人の声色が変化したのを敏感に感じ取った。しかし、だからといって別段態度を改めることもなかった。
「俺はコイツの上司みたいな人間で、コイツはお前を殺すよう俺が送った刺客だ」
「おーおー随分と怖いことをするじゃあねえか。つまりなんだ? 大男も、モブラザーズもこいつも全部お前が俺を殺させる為に送った刺客だったってわけかよ」
白髪の男は肯定も否定もしなかった。だが、睨んだだけで死んでしまいそうな鋭い眼光を晴人に向けた。
「本当なら俺が直々にお前を殺してやりたいんだが、上の命令でそれは出来ないのが残念で仕方がない。しかしよく覚えておけ、お前は必ず殺す」
そして、男は晴人に背を向けた。
直感だった。晴人は慌てて男の行動を止めようとした。
「おい待て! せめてチーム名ぐらい教えてくれよ!」
問いかけた晴人だったが、男はメルキアの縮地のように一瞬で消えていなくなっていた。
「なんてこったい……俺ってあんなやつらから命狙われてんの?」
恐怖よりも先に驚きが出てしまう。あの眼光は只者ではない、晴人は瞬時にそれを感じ取っていた。
オーパーツを持った敵を倒した後に死体? が消えていた現象はあの男が素早く持ち帰っていたからなのだろうか。
一体何故自分の命を狙うのか。
白髪の男の登場によりまた謎が増えた。
「とりあえずは、エルナにこのことを報告しておかないと、だな」
晴人は雪が降り出して冷えてきた体をさすりながらエレベータの中に入り、エルナ達がいるであろう洋服売り場のある店を目指す。
「……あー、あの使い魔どうしよ。なんか爆散したって言ったらアギト許してくれないかなぁ?」
場面は変わってショッピングモールのどこか。
「むー? ここはどこ、余はいずこ?」
何やら意味深なことを言いながらどこかへと歩き出したエルナは迷子になっていた。
「やってしまったなー。本当だったら晴人のピンチに駆けつけていいところを見せてやろうと思っておったのに……」
実際はエルナが迷子になっている間にこの件は解決したのだが、エルナやアリス、リナはそもそも異常気象の原因が存在しているということすら知らない。
いや、エルナは不審な気配に気づいていたようだが、この有様である。
「随分歩いたからもう帰り方もわからぬ……ど、どうすればよい」
ちょっと涙目になるエルナ。周りがカップル同士ばかりなのが寂しさを余計に増幅させている。
すると、
ピーンポーンパーンポーン
「ぬ、なんだ今のは」
店内放送が流れる。
『マエステラ=エリアンヌさん。娘さんが捜していますので、迷子センターまでお越しください』
この放送が流れ、名前が出たときに大声を上げる女の人がいた。
「あんのガキ! ま~た迷子センターで私を呼びつけやがってぇ~! 私が迷子だってことがバレちゃうじゃないのぉぉぉ!!」
女の人は走っていってしまった。
「ほう……これは使えるな」
エルナの頭の中である考えが巡った。
一方リナ、アリスチームはというと、
「あーっ!!!!!」
「なによアリス! 耳元で騒がないでよ! 驚いてパフェこぼしちゃったじゃない!」
「空! リナちゃん空!!」
「はぁ? ……えっ」
二人は二階の飲食店が立ち並ぶ場所で食事をしていた。
一度外に出ては見たものの、あまりの暑さに歩くことは困難だと思って再びショッピングモール内まで撤退していたのだ。
そして現在に至るわけだが、
「これって、もしかして……」
「そうだよ! これ雪だよ! リナちゃん!!」
「パフェ食べてる場合じゃないわ! 外に行くよアリス!」
「合点承知!!」
二人は急いで一階を目指した。
ピーンポーンパーンポーン。
「なにかしら、これ」
「店内放送なんて珍しいよね。それも立て続けに二回なんて」
いちいち聞いてられないので、二人は足を止めない。
放送は流れる。
『迷子のお知らせをします。一見モブッとした新日本都出身の高等部、柊晴人くん。彼女のエルナさんが捜しています。早く迷子センターまで来てください』
「「ズコーッ!!!」」
豪快にヘッドスライディングをかます二人。
「このためにエルナさん洋服店の前からいなくなってたのね」
「ってかなんでエルナちゃんがハルくんの彼女ってことになってるん!? 絶対エルナちゃんワザとだよねコレ!!」
「どうするアリス。外を確認するか、エルナさんを止めるか」
「んなこたぁ決まってんでしょうよリナの旦那ぁ」
「「あの野郎をぶっ叩く!!!!」」
二人の意見は満場一致。晴人は無条件でぶっ叩かれることになりましたとさ。
めでたしめでたし。
「めでたくねーよ!!!!」
どこからともなく晴人のツッコミが聞こえた気がした。




