無尽焔戟
ここで一つ、魔法についてのちょっとした説明をしておこう。
魔法とは、魔界に溢れる魔物が司る属性を、技に昇華させたもの。つまり、人間に与えられた魔法は厳密にいうと『技』のほうであり、『魔法』ではないのだ。
だったら魔物が使う魔法とは何なのか。
この疑問が浮かぶのも当然だ。答えはちゃんとある。
魔物が使う魔法は、技になる前の属性そのものだったりする。
魔界には、六つの属性が存在している。それ以外にも『禁忌』と呼ばれているものもあるが、禁忌は元々どれかの属性に分類されていた魔物の中でも、極めて厄介な者が再分類される収容箱であり、生まれたときから『禁忌』の魔物は存在しない。
この六属性と禁忌を合わせて、七大元素と呼ぶ。
六つの属性の内『火』、『水』、『自然』、『光』、『闇』の属性に分類される魔物は、自分と同じ属性を持つ魔物の『技』を使えないことはないのだ。ただし、向き不向きはあり、技次第によってはかなりの練習などが必要になる場合もある。その属性のあらゆる技をオールマイティに使える魔物はごくわずかと言える。
だから、属性ごとに大量の魔物がいるが、魔物たちの魔法はそれぞれ違っているように見えるのだ。ランドレットの生徒に教えるのも、ただ単に『火を出せる』や『水を出せる』という芸のないものではなく、一つのことに特化したような魔法ばかりなのだ。(例外はあるが)
しかし、六属性の中でも異彩を放っているのが『異常』に分類される魔物だ。この属性は、確認されている属性の中では、群を抜いて数が多い。その理由は、魔物が使う魔法があまりにも現実離れしていて、五属性のどの属性にも分類しきれないという場合があるからだ。つまり、異常属性とは簡易版禁忌なのだ。だから禁忌にもまるで異常属性だと思ってしまうような魔物は少なくないのだ。
ちなみに、そんな隔離の属性なので異常属性の魔物が同じ異常属性の魔物の魔法を使ったり、というのは出来ない。使えないこともないのではなく、使えないのだ。
最後に、本編のどこかで説明があった(これからある)かもしれないが、ここにわかりやすく各属性の性質を記す。
・火属性……その性質は『獄門』
如何なる物質も融かし、存在を許さぬ紅蓮の刑罰。
・水属性……その性質は『浄化』
人の心を清算し、清め、恵みをもたらす蒼。
・自然属性……その性質は『古』
荘厳なる原初の時代、すべてを包み込むは開拓の調べ。
・光属性……その性質は『裁き』
それは輝かしいものなれど、最も断罪を下している事もまた然り。
・闇属性……その性質は『破壊』
己に渦巻く其れは、衝動と狂気で歪んだ初めての願いという形。
・異常属性……その性質は『幻想』
既存の常識から外れた理を象る時、隔絶世界へと踏み入れる。
・禁忌……その性質は『解放』
危険、異端と称され囃され、ついぞ表舞台から姿を消した暗黙の領域。
寮が大変になっていることも知らず、晴人たちはショッピングモールに来ていた。リナとアリスが行先を思案していたときの選択肢にここが出て、エルナが興味を示したのが理由である。
晴人は内心行き当たりばったりじゃねーかとか思いつつも、素直について行った。女の子三人に振り回されるのが満更でもないのだ。
「やっぱ買い物って言ったら洋服だよねー。最近買ってなかったし、奮発しちゃおっかなー」
一見服に無頓着そうなアリスだったが、意外と女の子していることに驚かされた。
「余としてはランドレットの制服は満足なんだけど、このしょっぴんぐもーるにはもっと良いものがあるの?」
「エルナちゃんってこういう店に来るのって初めて?」
エルナはアリスの問いに肯定するように頷いた。
「そうだな。余の記憶にこのような巨大な店はない」
「へぇ~意外だね。新日本都にも超巨大ショッピングモールぐらいありそうだけれど」
「新日本都にはあまり長居しなかったからね。そこんところどうなの? 晴人よ」
ぎこちない現代風で話すエルナが、晴人へとバトンを渡す。
「あったはずだぞ。ここまで大規模じゃなかった気がするけどな」
「新日本都って思ってるより田舎って感じだよね。私が前行った時も周りに何もないような場所だったし」
「あの辺りは特に田舎だな。長いこと住んでいたけど、未開の大地っていっても過言じゃないと思うぐらいには静かだ」
そうやって雑談しながら歩いているとエルナが洋服店を発見した。
「さて、余のトンデモ服装センスを披露するときがきたようだな」
「んだよ。自覚あったのかエルナ」
「当たり前よ、これほどまで壊滅的なセンスの人間はそういないぞ?」
「自覚あるなら直せよな……一緒にいる俺の身にもなれよ」
晴人はわりと本気で驚いていた。エルナのセンスは天然産だと思っていたのだ。
だが、エルナはそれを笑って流した。
「直す、か。それは無理な相談ってやつだ」
きっぱりと言われ、さらに驚かされた。エルナは洋服店に入っていきながら付け足すように言った。
「試しに余が服を選定しよう。晴人はしばし待っているといい」
エルナはそう言い残して店の奥へと消えていった。
「待っててねー晴人君」
「一時間はかかるかもだから、そこんところヨロシク―」
エルナに続くようにリナとアリスも行ってしまう。
「……」
晴人はその場に取り残されてしまった。
「……」
ショッピングモールということはある。人が多いよな、と晴人は一人感心していた。
そして意外と多いのがカップルだ。ここは学生の国だからその十割が学生カップルである。
というかよく見たらこのショッピングモール、客の殆どがカップルである。晴人は一人になって初めてそのことに気付いた。そういった人たちに人気の場所なのだろうか。
「……ふぅ」
近くの壁を背もたれにし、一息つく。
彼の頭にはある言葉が浮かんでいた。
――――――何だコレ。
一時間後。
「どーじゃ晴人! これが余自ら選定した新コスチュームじゃ!」
ようやく出てきたエルナの姿を見て、すごく微妙な顔で瞬きをしまくる晴人。
「……あんさぁ、一時間待ったんだよ? おれ」
「ん、そうだろうね。少々時間がかかってしまったけど、余の選定なのだからこれぐらいはあってしかるべきだよ」
「違うなぁ……俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ」
……言えない。晴人はエルナに感づかれぬようつばを飲み込んだ。言えるわけがない。
あれだけ自分は壊滅的服装センスだと豪語していたエルナが、意外と普通な服装で出てきたものだから『可もなく不可もない。一時間じっくり選べばちゃんとしたのを見繕えるのだからエルナにはちゃんと服装センスあるよ』だなんて彼女のキャラを奪うようなこと絶対に言えない!
出てきた言葉は、
「い、いいんじゃないか? エルナがそれで満足したならいいんじゃないか?」
晴人は結局否定も肯定もせず、エルナの意志の赴くままに委ねることにした。エルナ自身も自分で選んだ服なのだから不満はないだろう。
「そ、そうか? 晴人的にはこのような服のほうが好みか……?」
エルナは服と晴人を交互に見ながら窺うように訊いてきた。慣れないタイプの服を着たからか少し恥ずかしそうにしている。
「そうだな。似合ってるぞ、エルナ」
「そうか! それはよかった」
晴人の言葉を聞いたことでご機嫌になったエルナ。それと同時にアリスも戻ってくる。
「なーにタラシっぽいセリフを吐いてんだか。どうなっても知らないよ? (リナちゃんが)」
「えっ、それってどういう」
ガシっと晴人は背後から肩を掴まれた。とんでもない力だが男のものではない。展開的に誰がやったかは容易に想像できた。
「晴人君はそんなこと言わない人だって思ってたのに……」
声の主は予想通りリナである。だが今はそんなことを予想している場合ではない。
「ちょっと待てリナ! さっきの台詞に特別な意味なんてないからな!? ありのままだよありのまま!」
なんとかリナを落ち着かせようと弁明する晴人。しかし、掴んでいる手は外されることはなく、それどころか逆に力が強くなった。
もう観念ならん、こうなりゃ自棄だ。と晴人は何かを諦めた。
「すいませんでしたァーリナ殿!! 僕がわるぅござんす。申し訳ない、ええ!! だから離して! 解放して!! 肩の骨おれちゃう!!」
周りの人は急に叫び出した晴人に何事かと目を向ける。晴人の狙いはここだ。
「ちょ、リナちゃん。さすがにやりすぎだって。わたしたちめっちゃ見られてるよ?」
アリスナイスぅ~。晴人は心の中でガッツポーズをとった。
晴人は恥を忍んで叫ぶことで恥ずかしいことをしている僕たち私たち状態を作り上げたのだ。そのためには仲間内からもうやめようぜ的な発言が必要だったのだが、アリスが見事にやってくれた。グッジョブである。
「(さぁ、あとはリナが自重して手を離してくれるのを待つだけだ)」
しばしの静寂が訪れる。
リナは、一向に手を離すことはなかった。
晴人たちの周りは、オチの見えない展開のオチを楽しみにしてか、次々と野次が集まってきていた。
なのに、リナは離さない。
「お、おいリナ? そろそろ手をどけてくれよ。流石にずっとこうされてると痛いぞ?」
「……」
リナは言葉を発さない。ちゃんと聞こえているのかも妖しくなってくる。
「どうしたリナよ、そんなに余の服が褒められたのが悔しかったのか? だったら余と一緒に新しい服を選ぼう。それでリナも晴人に褒められるぞきっと」
「(馬鹿かエルナ! 今のリナにそんなこと言ったら逆効果だって!)」
内心でそう思っても口に出せることではない。晴人は黙ってリナが解放してくれるのを待った。
背後からリナに肩を掴まれ、エルナとアリスから見守られ、さらに野次馬たちから見守られるという異常な状況。
一体リナはどうしたというんだ、晴人は本気でリナの身を案じた。
「……何とか言ってくれないと、お前が何を思ってるか、何をしてほしいのか……わかんねえじゃねえかよ。リナ……っ!!」
肩を掴む力はどんどんと強くなっていき、もうあと数秒で骨が砕けてしまう。あれ……強すぎじゃね? そもそも女の子にこんな腕力があるものなのか――、
その時、
「うえっ!? 何があったのこれ!」
野次を掻き分けてくる少女が一人。
どうしてだろう。晴人は今の声とよく似た少女を知っている。
肩にかかるぐらいの真紅の髪に同色の瞳、ややというかかなり慎ましいサイズの胸。
そう、今後ろで晴人の肩を掴んでいるはずのリナ=クレイドル本人が、野次馬群衆を掻き分けて姿を見せたのだ。
「な……」
晴人たちは二人目のリナの登場に驚いて声を失った。
しかし、一番驚いたのはリナ本人だった。
「私が……もう一人の私がいるーーーっ!!」
その叫びに交じって、晴人は背後から自分にだけ聞こえるぐらいの小さな舌打ちを耳にした。
☆
その日、フライヤは緊急火災警報を耳にして動転していた。
「なな、何が起こってるの!? 火事なんてこれまで一度もなかったのに」
フライヤは女子寮にある自分の部屋を出て、一年に一度ぐらい練習した避難訓練の通りに寮の外へと出た。
寮の外、グラウンドではフライヤ以外にも警報を聞いて避難してきた人が集まっていた。各々が心配そうに寮を見ている。
「……どうしちゃったんだろう」
警報では、火は生徒会室から上がったそうだ。真面目な生徒会の人たちが放火したり不注意が原因で発火したりするとは考えにくい。
だからこそフライヤは疑問に思った。いや、フライヤだけではない。ここにいる殆どの人間がフライヤと似たようなことを思っているだろう。それを裏付けるように、周りの生徒は小声で生徒会を心配するような会話をしているのが聞こえていた。
そうこうしているうちに先生が現れた。
「クラスで集まって点呼を取れ! 休日だから遊びに行ってるやつもいると思うが、そいつらにも連絡を入れろ! 取り残された奴がいないか確認するんだ!!」
先生の迅速な対応により、生徒は機敏に行動に移る。
フライヤもクラスの列に合流し、人数確認をした。しかし、昨日演習で猛威を振るったあの少年たちの姿がなかった。
彼らを探してきょろきょろしていたフライヤに、同じクラスの女子が声をかけた。
「リナさんたちなら今日は街に出かけてるみたいよ。あの子昨日嬉しそうに言ってたわ」
「そうなんだ。ありがとうイザリーさん」
フライヤはそれを聞いて安心するとともに少し複雑な気持ちになった。
――僕を散々辱めておいて次の日には別の子と遊びに行ってるなんて、自分勝手な男だよ君は……。
「フライヤ? なんかあなたから邪気みたいなのが噴出してるんだけど……」
「そんなことないよ。ボクは大丈夫……だいじょうぶだよ」
そう言いながら体からは悪に染まった光のようなものが垂れ流れていた。
「フライヤ落ち着けぇぇぇぇ!! 絶対大丈夫じゃないよねソレ!?」
火災という異常事態で動揺している人たちの中、イザリーは違う意味で、動揺を声に出さずにはいられなかった。
☆
『緊急警報、緊急警報。生徒会室で火災が発生。繰り返す、生徒会室で火災が発生。寮に残っている人は生徒会室に近づかないように外へと非難してください』
「ベルちゃん先輩、聞きました? 今の、生徒会室って……」
「ああ……聞いたよ」
二人はジュースを買って生徒会室に戻ろうとしていたときこの警報を聞いた。
「信じられません……何かの間違いですよ。きっと会長と祐くん先輩がアツアツすぎて燃えたとかそんな感じですよね?」
「んなワケあるかよ! 一度でも火災報知機が誤動作したことがあったか?」
冗談半分で言うアシリアに、ベルちゃん先輩は真面目なトーンで返す。
「それは……」
これは例外中の例外だ。現在のランドレットでこのようなことが起こるのは本当に珍しいことで、誰しもが不安や焦りを感じていた。
「悪いけどアシリア、瞬間移動できるか?」
そんな中でも、ベルちゃん先輩は最善を尽くして行動しようとしていた。最年長としての責任感もあるだろう。しかし、アシリアは彼女を見て自分も頑張らないと、と気合を入れなおすことができた。
「行けますよ。生徒会室ですよね?」
「正確には、生徒会室前廊下だ……済まないな」
「いえ、事態は一刻を争います。やりますよ」
アシリアがベルちゃん先輩の手を取り、次の瞬間二人の姿は忽然と消えた。
移動した先、生徒会室の扉からは黒煙が上がっていた。
「クソッ! 会長!! 祐くん!!」
「先輩危ないです!!」
我を失ったかのように二人の名を叫びながら部屋へと入ろうとしたベルちゃん先輩の手を掴んで止めるアシリア。
「っ!!」
しかし、アシリアが触れたベルちゃんの腕は燃えるような熱さだった。
「大丈夫よアシリア。バッドファントムはちゃんと使ってるからこの程度じゃビクともしないよ」
それは彼女の魔法によるものだった。バッドファントム使用時にはある程度の火に耐性ができる。
ベルちゃん先輩は生徒会室の扉を勢いよく開けた。
そして、
「なっ!? お前は!!?」
ベルちゃん先輩が目にしたのは、黒煙のど真ん中で突っ立っていたガスマスクを着けた男だった。
「――っ!!」
ガスマスクはベルちゃん先輩が驚いた隙を突いて突き飛ばすように外に出た。
「先輩!!」
突き飛ばされた先輩に寄り添うアシリア。
それと同時にマスク越しからの高笑い。
「ハハハハハ! 待ちくたびれたぞ生徒会書記のアシリア=エリューゼルと会計、ベルタフィール=レアドリッヒ! お前らの相手はこの俺……」
男はガスマスクを外し、素顔を現した。
「火属性の候補生、ダーミラー=ウェアドルf――」
轟!! と火炎が音を立て、名前を名乗っていた最中のダーミラーを焼いた。
それは彼女、ベルちゃん先輩によるもの。
「私の名前をフルネームで言うならちゃんと言えよ。私はランドレット魔法学院高等部三年、生徒会会計の貴族令嬢、ベルタフィール=ユーディリット・フォン・レアドリッヒだ!!」
「ククク……気合は十分か?」
灼熱に曝されてやられたはずのダーミラーはまるで何事もなかったかのように笑って直立している。
「そんなっ! ベルちゃん先輩のファントムが効いてないなんて!」
「効かないだろうさ。アイツはねアシリア、特殊な魔法を持っているのよ」
アシリアの驚きに、ベルタフィールは当然のように返す。
「ベルタフィールは知っているよなァ俺の魔法の恐ろしさを」
――体は炎で出来ている。
「ああ、知っているとも。お前とは演習のたびにいっつも戦わされたからね、もう嫌ってほど刷り込まされたよ」
――血潮はマグマで、心は溶岩。
「ま、毎回俺の圧勝で終わったけどな」
「馬鹿言え、あれは引き分けだろう。引き分けだからこそ、お前は私に完璧に勝つために何度も挑んできたんだろ」
――幾たびの演習を越えて引分。
「認めたくはないが、そうだ。俺はお前を倒すために何度も戦いを挑んだ」
「私は勝に拘ってなんかなかったけど、断るのも面倒だったから仕方なく戦ってやった」
「違うな」
――ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし。
「違う、違うとも、そうじゃねえだろう。お前は決して仕方なく俺と戦ってたわけじゃあねえぜ」
「……何?」
「お前は心の底では戦いを楽しんでいた。戦いに飢えていた。戦いを欲していた」
――其の者は勝利を求め独り獄門の淵から獲物を狙う。
「欲しているからこそお前は俺の戦いに応じ、勝つことも負けることもない戦いを繰り広げたんだ」
「そんなわけあるか。私は……」
「その証拠にホラ、お前笑っているじゃないか」
「ッ!? なんで、私……!!」
――ならば個の生涯の意味は此処に極り、
「始めようぜ、ベルタフィール。難しいことは何も考えるなよ。お前は、俺と戦いたいだけなんだからなァ!!」
「……認めない。私を戦闘凶みたいに言うその減らず口を、二度と開けないようにしてやる!!」
――その体は、無尽の焔で出来ていた。
次回『拡がるよ戦線は』




