黒炎の邪眼
晴人とエルナは、二階でリナ、アリスと合流して廃ビルから出てきていた。
「エルナちゃんてスゲー! 刀になれるjkなんて生まれてこの方一度も聞いたことないよ私!」
エルナの変身初対面のアリスは、魔法とは違ったそれに興味津々だった。
「あれって私の変身魔法と同じなの? だとしたらなんで魔法みたいなことできちゃうの? エルナちゃん」
「んー、考えてみると余の変身能力は魔法のようなものなのじゃろうな。お主の化け猫変化を見てそんな気がした」
「やだなぁエルナちゃん、化け猫じゃなくて可愛い可愛い子猫ちゃんだよあれは」
「いやいやアリスさんよ。あれはどう見てもライオn」
「こ・ね・こ・ちゃん。いいね?」
アリスは晴人に笑顔で言った。目が笑っていないように見えたのは晴人の見間違いだろうきっとそうだ。
晴人は生命の危機を感じ、コクコクと無言で首を縦に振った。
「……ねえみんな、あれ……なんだろ?」
リナが空を指して問いかけた。
四人は、天高く舞い上がる硝煙を目撃したのだ。
「うわぁ、あれ火事だよリナちゃん! ど、どうしよう!」
「やっぱ火事だよね!? こんなこと初めて……早く消化しないと!」
「まてまて、落ち着けってお前ら」
慌てふためくアリスとリナの間を割くように晴人がなだめる。
「晴人君こそなんで落ち着いていられるの!? ヤバいよ、これは超ヤバいよ!」
「あのねひぃ君、演習区域は七割が森なの! そこで火事が起こったらたちまち一帯が焦土と化すわ! だから早く止めないと!」
「罠かもしれないぞ? ああやって火事を装って、集まってきたお前らみたいなのを袋叩きにするっていうな」
晴人が言い終わると同時にエルナが「余からも一つ」と言い、一本の木の前まで歩いた。
「余の見た感じじゃと、この一帯に生えている木は少々特殊なものに見える。なんというか、自然のものではなく外部から手を加えられている感じじゃな」
エルナは右手を振るい、刀を作り出した。その刀からは熱気を感じられる。
「ちょ、エルナさん何を!?」
エルナは、灼熱の刀で目の前の木を断ち切った。
木は、斬られた部分から音を立てて地面に倒れた。
しかし、起こるべきことは起こらなかった。
「木が……燃えてない……?」
木は焦げてはいたものの、発火はしなかった。ただプスプスと焼けた跡のような音だけが鳴っている。
「これって……」
「どうやら演習区域の木という奴は燃えないように加工されている。そう考えるほかないじゃろう」
エルナは刀を消し、三人のもとまで戻ってきた。
「つーかお前らは今までずっとこの演習区域で魔法を使って戦ってきてたんだろ?」
と、晴人がアリスとリナに問いかける。
「う、うん」
「だったら何だっていうのよ」
二人はいまいち理解できていないご様子。
晴人はやれやれと呟いて、続けた。
「考えてもみろよ、これまで森だらけの演習区域で火事が起こったことあったのか?」
「――あっ!」
リナはさっき自分が言ったことを思い出した。
――こんなこと初めて……と。
「まあ無かったんだろうな。もし火事の危険性があるなら初めから火属性使いが森林地帯で戦えるわけないってことだよ」
「えっ、じゃああの硝煙って……」
アリスが確かめるように言った。晴人は頷いて答えた。
「罠だろうな。他に燃えるものがあれば別だが」
第一、硝煙が発生しているということはそこには誰かが既にいるということ。罠である可能性がある以上、わざわざそこに無防備で向かうのは、もしそれが罠じゃなかったとしても得策ではないだろう。
「なるほど……罠の可能性があるからむやみに行くのは危険ってことだね。晴人君が言いたいのは」
「そーゆーこと」
晴人はフラフラ―っと硝煙のほうへ歩き出した。突然の行動にリナとアリスは驚きを隠せない。
「うえっ!? ちょっと待ってよ晴人君、どこ行くのよ!」
と、リナが言う。
晴人は振り返らずに、
「罠かどうか確かめてくるだけさ。なに、心配なさんな。俺があんなカスなんかに負ける訳ねーからよ……後は頼んだぞ」
「任せておれ」
「ちょっと晴人君!」
アリスが晴人へ向かおうとしたとき、一歩先の地面はスッパリと切り裂かれる。
雰囲気は既に日常のそれから大きく逸脱していた。
「ここを通りたくば余を倒してからにしてもらうぞ」
「……邪魔しないでよエルナちゃん。私と晴人君はチーム同士なんだよ?」
「チーム同士、か。じゃったら尚更ここを通すわけにはいかんというものじゃ」
「どういうこと……?」
エルナは不敵に笑い、言った。
「余とお主は元より敵チーム同士じゃろうて」
「上等だよエルナちゃん! 私を甘く見たら痛い目見るよ!!」
アリスは、ここにきて久しぶりに本気で戦ってやろうと思っていた。理由はわからなかった。しかし、ふつふつとわき上がる何かが、アリスを舞い上がらせるのだ。
臨戦態勢を整える二人だったが、
「……じゃ、エルナさん。あとは任せたわ」
リナは、ちゃっかり晴人を追おうとしていた。しかし、それは一体の魔物に阻まれてしまった。
その容姿はまるで人間と魔物のハーフを思わせるような、どちらの特徴もある強靭な体躯の持ち主。
「呼ばれて飛び出て参上仕った! 我は魔の獣人族! 詳細は言えぬが、召喚者より預かった命は汝の行く手を阻むこと! この獣人、一筋縄で通すと思うな!!」
「このっ! 召喚魔法ですって!? ありすぅぅ……!!」
「リナちゃんだけ先に行かせるわけないでしょー!! ちなみにその魔物さんはA+級だから、人間が勝てると思わないほうがいいよ~」
「A+!?」
A+といったらそれ以上はSしかないランク。しかもS級に分類される魔物の殆どは測定不能が理由だ。つまり、A+とは純粋に強さの最高位を証明するのと同義なのだ。
「ふんふんふんっ! 滾る、戦場を懸けたあの頃を思い出すぞーッ!!」
獣人族さんは両手に持った斧を打ち鳴らして興奮していった。その挙動に無駄な動きは一切ない。戦闘力だけでなく、戦闘技術もかなりのものだと判断できる。
しかし、リナは負ける訳にはいかない。晴人を追いかけないといけないのだ。
「いいじゃない。私のエアも使いようではA+にだって劣らないわ!」
「エアか! 汝は相当物好きを捕まえたようだな! しかし、エアは所詮B級。我の足元にも及ばん!!」
「勝負よ! 獣人族!!」
エルナVSアリス。リナVS獣人族さん。二つの戦闘が繰り広げられたのだった。
☆
硝煙の上がっていた地点。そこはざわざわに支配されていた。
集まった生徒たちの大半は、その犯人を見て関わるのを躊躇って、傍観するのみだった。
その犯人は、ランドレット随一の曲者……鏡利だ。
「そろそろだと思うんだけど……」
鏡利は、ある男の到着を待っていた。今日知り合ったばかりの男、忌々しくて仕方ないあの男。
男を呼び寄せるために鏡利はわざわざ自分の魔法を使用していたのだ。
「あぁ……疼く、疼くぞ……僕の邪眼が殺せ、殺せと疼いているぞ!! まだなのか? 柊晴人はまだなのかッ!?」
鏡利の左目は黒炎が揺らめいていた。
その揺らぎが、一層強さを増したとき、晴人は姿を現した。
「またせたな。ナルシスト」
「柊……晴人……ようやく来てくれたね。僕は待っていたよ、お前が僕の前に再び現れるこのときを……!」
「奇遇だな。俺もお前と戦うのを楽しみにしてたんだぜ? なのにお前は手下ばっか使ってよぉ。どっちかっつーと、ようやくって言いたいのは俺のほうなぐらいだ」
「ククク。笑わせるね、柊クン?」
「ハハハ。面白かったか? 俺の渾身のギャグ」
二人の言葉が交差する。両者とも笑顔である。
まわりの生徒たちは、晴人は鏡利に喧嘩を売った馬鹿みたいに見えただろう。しかし、生徒たちが鏡利を恐れるのは、鏡利よりその取り巻きが怖いからである。鏡利自体は大した強さではない。が、その弟をはじめ、取り巻きたちを合わせると違う。途端に恐ろしい集団となる。
つまるところ生徒たちは、鏡利グループが怖いのだ。だからこの二人の対話に割って入るような生徒はここにいない。
「鏡利って言ったっけか。お前の考えはこうだ。硝煙で観客を呼んで、俺に屈辱的な敗北を与えて、大勢に見てもらいたい……違うか?」
「わかっちゃった? 正解だよ正解。でも不思議だな。もしかしたら来ないかもと思ってたよ。僕が怖くなって、怖気づいて逃げるか、って」
「逃げる? ハッ! その言葉はそっくりそのままお前にお返しするぜ。弟がやられたのを知っててよ~く逃げずに俺の前に立ったなぁ、お・に・い・ちゃん?」
ピクッ、と鏡利のにやけた頬が一瞬引きつった。
「竜真をやった? お前が?」
その事実に、周りの生徒にも動揺が広がる。
竜真は、この学院随一の力を持った生徒だ。鏡利グループの脅威は、八割竜真といってもいい。
その竜真が、ここにいる普通の高校生にやられたというのだ。
「|ああ。俺が竜真を倒した《・・・・・・・・・・・》」
再度、強調するように晴人は言った。それにより鏡利の笑みは消え去り、無表情が鏡利を支配した。
「どうした? 顔が優れないぞ? 具合でも悪いのか? おにぃ」
「うるさいっ!! しかし竜真がやられたことに衝撃を受けたのも事実……」
鏡利の表情が、みるみる怒りに満ちていくのがわかった。しかしそれは弟がやられたことから来た怒りではなく、鏡利という名前に泥を塗られたことに対する怒りだった。
そうだ。別に弟がやられたからどうということはない。そんなこと鏡利は既に既知だった。
言うなれば、既成事実だ。
「竜真、痛かったろう。辛かったろう……お前の仇は僕が打つからねぇッ!!!!」
轟!! と黒の炎が吹き荒れた。
「弟の仇だ。殺してやるッ!! 柊晴人―――ッ!!」
黒炎を纏って晴人に突進する鏡利。
「殺してやる、か……やっと本心が聴けたかな」
刹那、ランドレットの生徒には聞いたこともない乾いた音が空気を振動して、此処にいた全員の耳に届いた。
鏡利の左肩がデュオライフルで打ち抜かれた音だ。
「あっ……! ガッ……ッ!!」
魔法を使う余裕もなく、鏡利は打ち抜かれた箇所を反対の手で押さえた。
息を荒くし、魔法では感じたこともない無機質な痛みに目を丸くしていた。
「鏡利さんよ、こんな言葉を聞いたことないか。『人に殺すっていう奴は自分も殺される覚悟をしろ』。お前にさっき殺すっていわれたから俺も殺そうと思ってやってみたんだが、どうだ? わざと急所から外されて、生かされている気持ちは」
「……ハッ!」
鏡利はプルプルと唇を震わしながら、言葉を発する。
「殺される覚悟? 笑わせるなよ。僕が欲しいのは柊晴人を潰すという結果だけ。そこに僕の死が付属されることは有り得ない、絶対にだ! なんだその見たこともないような玩具は? そんなもので僕を殺せると考える時点でお前の頭はハッピーな」
パァン!! と虚空に弾丸が飛び、鏡利を黙らせた。ついでに尻餅をついて鏡利はその場に倒れた。
晴人は鏡利の前まで歩いていき、手を差し出した。
「テメェの目的はなんだ。俺に何の恨みがある? 関わったのなんて理事長室前での時ぐらいじゃねえか。正直、俺もここまでやるのは嫌なんだよ。俺が悪いことをしたなら謝るからさ、こんな無益なことはやめようぜ?」
しかし、晴人の差し出した手は鏡利の手にはじかれた。
その行動には、不要だというちょっとしたプライドや羞恥ではなく、明らかな拒絶の意志が込められていた。
「謝る? やめる? 笑わせるなって言ってるだろ柊晴人。僕が血だらけになったのは誰のせいだ。先に手を出したのはお前じゃないか。この時点でもう後戻りなんてできないんだよ」
鏡利は自分の力でその場に立ち上がり、少しずつ晴人から距離をとった。
「この学院の……少なくとも僕のお膝元の人間は僕に刃向っちゃダメなんだよ。後悔させてやる。僕に逆らった、その罪を!!」
鏡利の背後から邪悪な瘴気が立ち込める。
魔法だ。鏡利の魔法が、この場で展開されるのだ。
「僕にこれを使わせたことを不幸に思うがいい。この技で僕は前回の模擬戦で五位に成ったんだ!! 開帳せよ――魔界の扉よ!!」
「……!!」
鏡利の背後からくる瘴気は、魔界そのものだった。
鏡利のとっておきの魔法。この魔法の名は『魔道具召喚』その名の通り魔界の道具を自分の手に召喚する魔法だ。だが出せる道具は自分で選ぶことはできない。まあ当然と言えば当然である。こういった便利そうなものは特に規制が厳しい。自由性が高すぎる魔法はその大半がランダムなのだ。
「フフフフ、アハハハハハハハハ!!! 終わりだよ柊晴人! お前はもう生きて帰れない!!」
「……そうかよ」
良くない流れだ……晴人はデュオライフルを鏡利の背後の瘴気に向かって放った。
しかし、手応えはない。
「無駄さ!! 実体が幻影に当たるわけがないだろ!! お前が放ったソレは、あっちの世界へと吸収されるのさ!!」
「だったら、お前を直接叩けばいいってことだな!!」
晴人は鏡利に向かって走り出した。
距離はざっと十メートル。一気に間合いを詰める為、全力を出す。
「おっせーんだよ!! バァーカ!!」
鏡利は、晴人の見たことない武器を構えていた。これが、魔道具召喚で召喚された魔界にしかない武器だ。異様な見た目も、魔界の物と言えば納得のデザインだ。
両手で構えるそれに、晴人は気にせず突っ込む。
その晴人に、鏡利は貪欲な笑みを見せた。手に持った武器が紫炎の光を上げた。
光は、弧を描きながら晴人を狙う。
晴人は避けきれないと思い、向かってくる光に飛び込んだ。
「馬鹿が! 光に触れたら即お陀仏!! だけどまだだ!」
鏡利の背後の瘴気に、煌びやかな黄金色が拡がる。
そして、瘴気のいたるところから武器のようなものが顔を出す。
この技……どこかで見覚えがあるような?
「僕の魔道具召喚はランダム性はあれど、回数制限・連続使用制限はないッ! つまり一瞬のうちに億千の魔道具を召喚することも不可能ではない!! いわば、魔界なんてものは僕の宝物庫と同じよ!! ククク……そうだな、とある叙事詩の彼に習って、この技をゲートオブファントムと名付けようではないか!! ハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ!!!」
慢心の限りを尽くして愉悦に浸る鏡利。
しかし、止めを侮る男ではない。
「魔道具召喚には、こんな使い方もあるのだよ」
鏡利の号令一つで、億千の魔道具が射出される。
鏡利の眼下はみるみる内に魔道具が刺さっていく。
「ハハハハハ!! ひれ伏せ!! 雑種が!!」
気分はまさに英雄王。歓喜の声を上げ、腹がよじれるほど笑った。
だがしかしそれは慢心でもある。
「おいおい。そんな露骨なパクリしていいと思ってんのか」
「っ!?」
鏡利の耳は、確実に殺したはずの男の声を聞きとった。
「お前、……なんで生きて!?」
「……えっ?」
「え?」
鏡利の顔には驚愕の二文字が刻まれている。対照的に晴人は涼しい顔をしている。血も出ていないし、それどころか元気である。
「えっ?」
「えっ」
ごく短い言葉を、ニュアンスのみで交わす。なんとなく意思疎通できているのか、鏡利はどんどん冷や汗を増していく。
「気付かなかったの? お前」
「……は?」
晴人の言葉を理解できず、挙句の果てに出た言葉がそれだった。鏡利の脳内のキャパシティーは先の殺し合いで既に摩耗し切っていたのだ。
晴人はやれやれという挙動をして、仕方ないので説明してあげた。
「いや、君が愉悦しきってるところをスーッと横切ったんだけどね」
「は……は、はあああああああああああああああああああああああ!?」
「ついでに弧を描いて飛んできたあれ、真ん中が死角になってて簡単に避けれたぞ。なんなんだ一体」
「う……あ、っ」
鏡利は、晴人に壮絶な恐怖を抱いていた。自分の最大の魔法を完膚なきまでに攻略され、なんなのだと一蹴される始末。まるで自分のすべてを否定された感覚だった。しかし、すべてを否定されたことなどあるはずのない鏡利には、この感覚が非常に恐ろしく、そして惨酷なものに思えていた。
――この男は危険だ。逃げろ、生きたければ逃げろ。
鏡利の精神が叫び狂う。一刻も早く、この男から離れろとのた打ち回る。
「ああああぁああああぁぁぁぁぁああああああぁぁぁああああああああああ!!!!!!」
銃で撃たれた傷口を抑えながら、鏡利は人生で初めての逃亡に至った。
羞恥をかかせるはずが、逆にかかされてしまったことに鏡利が気付くのは少し後になる。
「……演習も終わりだな」
意外と魔法なんてなくてもいけるもんなんだな、と晴人は心の中で思った。
そして、押し寄せる観客たち。
「あんた。すげえよ! あの鏡利を退けるなんて!」
「そうだぜ! なんでもあの竜真を倒したのもお前なんだろ?」
「おっほー! 今回のMVPはあんたで決まりだなぁこれは!!」
「え、いやあの」
完全勝利した晴人に群がる生徒たちの群れ。
「見たことない顔だけど、名前なんて言うんだ?」
「どんな魔法使ったんだ?」
「わかってる、教えたくないのは重々承知だ。しかし竜真対策は皆でするべきだ! それぐらいアイツには困らされてるんだ。なぁ!?」
「ちょ、お前ら!」
やめさせようと声を荒げた晴人だったが、そのさらに上をいく竜真対策の同意の声に揉み消されてしまう。
「あーもう! うっせーんだよお前ら!」
「「「「ガヤガヤガヤガヤガヤ!!」」」」
前言撤回だ……晴人は心の中でそう思った。
――こいつらを黙らせる魔法が欲しいぃぃぃぃぃぃ………!!!
結局、晴人は演習が終わるまでずっと囲まれてヨイショされていたのであった。
次回『寒すぎて、熱すぎて』




