召喚魔法
「そうこうしている内に、廃ビル前までついたわけだが」
「晴人君誰に言ってるの?」
「……気にするな」
二人は思ったより早く廃ビルへと到着した。しかし、違和感があった。
「随分と静かなんだな。俺はてっきり激しい戦闘が繰り広げられてるモンって思ってたんだけど」
「それ、私も今言おうとしてた」
廃ビルはやけに静かだった。普通なら魔法と魔法がぶつかり合う大規模な戦場のはずの廃ビルがである。
まるで戦っている雰囲気がないそこに、何故か晴人たちは言い知れぬ不安を覚えていた。
「もしかして、私たちが入ってくるのを狙ってるとか?」
「……どうだろうな。その可能性もゼロじゃない」
罠、待ち伏せ、そんな卑劣なことをする連中がいないとも限らない。ここは慎重に行動するべきだろう。
「アリス、廃ビルに入る前にお前の戦力が知りたい」
「どんな魔法が使えるか、ってこと?」
晴人は無言で頷き、肯定の意志を見せる。
若干の逡巡があったが、やがてアリスはぽつぽつと話し始めた。
「……使える魔法は三つ。ネコ科の魔物、ベイビーキャットの能力。ネコ科の動物の身体能力を得ることができる」
「あの時使ったやつか」
あの時、とはVS仁戦のときだ。アリスは、ネコ耳コスプレで晴人と共に高い木にジャンプしていた。
変身の類の魔法の殆どは異常属性に分類されている。
それが一つ。
「もう一つは、さっき見せた怪力の身体強化魔法。単純で強いけど、あんまり好きじゃない能力」
「好きじゃない? 俺は脳筋パワータイプは嫌いじゃないぜ?」
「嫌いよキライ。だってこんな能力可愛くないじゃん」
「……さいですか」
その効果のほどは確認済みだ。思い返す必要もないだろう。(気になる人は前回のレボリティー・レポートをチェケラ!)
「で、最後の魔法だけど……これにはあんまり期待しないほうがいいと思う」
アリスは、説明を躊躇った。そんなに使えない魔法なのだろうか。
しかし使えない魔法であろうともいつか役に立つときが来るかもしれない。
「いや、聞かせてくれ。無駄だとしても知らないよりはマシだ」
アリスは申し訳なさそうに三つ目の魔法を告げた。
「うん……三つ目の魔法は、召喚魔法なの」
「召喚魔法……? それって」
「そう、魔界の魔物を呼び出すことができるの」
召喚魔法。その単語が晴人の脳内を駆け巡る。
召喚魔法って……あの、あの召喚魔法?
……。
……す、
「スゲー!!!! うわーやべえ! ここにきてようやく魔法って感じの魔法が出てきたんじゃねえの!?」
晴人は目を光らせて召喚魔法に食いついた。晴人はまだまだ中二である。
「無理は言わない。だけど一度でいい! 魔物を召喚してくださいっ!」
晴人、それは無理な相談である。
「ちょっと待って! この召喚魔法には欠点があるの!」
案の定、そんな返答が返ってくる。
「やっぱりこういう強そうな魔法にはリスクみたいなのがあるんだな……」
晴人は残念そうに肩を落とした。
納得するしか……ないのだろうか。
しかしアリスが明かしたリスクとは意外なものだった。
「リスクっていうか……私が使う召喚魔法は、誰を呼び寄せるかわかんないんだよね。ランダムってヤツ?」
ちなみに、魔界の魔物であれば誰であろうと問答無用で呼び出すことができる。しかし、強力な魔物は強さに反比例して召喚時間が短くなる仕組みだ。
「へぇー、ランダムか……前にリナに聞いたんだけど、魔界の魔物ってかなり友好的なんだろ? 一緒に写真撮っちゃうぐらい」
なんか前にリナからそんなことを聞いた気がする。
「うん。かくいう私も記念写真を撮ってまして……」
事実アリスもその例に漏れなかった。どんだけ友好的なんだ魔物ってのは。
アリスは携帯を取り出し、晴人に写真を見せる。
五体の魔物とアリスが一緒に扇を作っている。
訂正しよう。どんだけバカなんだ魔物ってのは。
「まるでペットだな……いや、だがこれは使えるぞ」
晴人は、何か思いついたように唸った。
こういったとき、晴人はよく頭が働く。
「使えるってどういうことよ。あと魔物さんたちはペットじゃない、優しい年上みたいなものですぅ」
「アリス、その召喚魔法ってのをやってみてくれ」
アリスのツッコミを晴人はごく自然にスルーして、そんな提案をした。
「……? 構わないけど、どんなのが出てくるか私にはわからないからね?」
アリスはしぶしぶ召喚魔法を使った。
「契約に従って出でよ! 魔界の遣いよ――ッ!」
短い詠唱と共に、アリスを中心として波紋が拡がった。
地面に魔法陣が描かれ、そこから円柱状に光の柱が発生する。その神々しさは如何様にも形容しがたい。
「これが召喚魔法……さすが魔法ってだけはある」
「ちょっとした衝撃が来るから気を付けて!」
晴人が腕を組んで感嘆していたら、アリスからそんな言葉が飛んできた。
「ッ!!」
空高く現出した円柱状の光に、大きな亀裂が入る。それと同時に衝撃が発生して、晴人は飛ばされないように足に力を込めた。
次の瞬間、カッ! と円柱が強烈な光を放った。
「来るのか!? ついに、召喚されるというのか――ッ!!」
亀裂が割れた際に、甲高い音が響く。
――召喚の、瞬間。魔法陣の中央に魔物の影が現れる。
「……わしを呼ぶのは汝か」
魔物の姿は円柱から発生した煙でよく見えない。
アリスは、力強く答える。
「私が召喚した術者、アリスよ!」
魔物は問う。
「汝は何故わしを呼び寄せた」
彼の魔物の言葉には何とも言えぬ威圧がある。ピリピリするような、まるでプレッシャーに近いのだが、本質としてはそれも違うような感覚。
だが、ここで怯んではいけない。術者は召喚した魔物より形式上は上位でなければならない。それが契約の一つだ。
「私の召喚魔法は雑食でね、対象を取捨選択しないって素敵じゃない?」
「フハハハハ! 面白いことを言う……良かろう! わしが直々に汝の力になってやろう」
いまだ見えぬ魔物は豪快に笑った。その迫力に、晴人は自然と笑みが出ていた。
「お、おお! すげえ! 大物みたいな魔物だぜこれは!」
煙が晴れ、魔物が姿を現す。
その姿は……小さいおっさんだった。
「お……っ」
晴人は小さいおっさんを呆然と見つめ、天を仰いだ。
「すぅぅぅぅぅぅ……………」
大きく息を吸い、空を裂かんばかりの轟音で、叫ぶ。
「おっさんじゃねぇぇぇぇぇぇぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
心の奥から湧いた思いを解き放った。喉が痛い。
「大げさな登場しやがって! ちょっとすごいやつ来たんじゃねーか? って期待しちまっただろうが! 何だよ小さいおっさんって、意外すぎるわ!!」
悲しいってレベルじゃない。晴人はちょっと涙目だった。それほどまでに召喚魔法に期待を持っていたのだ。
「ちょいちょい晴人君、そこまで言ったら失礼だよ。せめて小さいおじ様って言おう。オブラートに包もう」
「汝らわしを馬鹿にしておるな? 魔界から召喚されたこのわしを」
「あ、いえいえ! 馬鹿になんてしてないんですよ? これっぽっちも全然。ね? 晴人君!」
「ああ、馬鹿にはしてない。小さいおじ様は正当なお前の評価だ」
「フハハハハハハ!! このわしを前にしても微塵も臆さぬその態度、感服だ」
笑うおっさんは見た目からは想像できないような迫力がある。どことなくそれが違和感だったが、その違和感すら吹き飛ばされる。
「まあ、怖くはないわな。小さいし、おっさんだし」
「バケモノ! って感じじゃないよね~」
改めて二人の評価が終わると小さいおっさんは「で、」と話を切り出した。
「汝らはわしにどのような用があって呼び出したのだ? 早うせんと召喚時間が終わってしまうぞ?」
「わ、ほんとだ! 小さいおじ様あと十分しか召喚していられない」
言われるとアリスは意外な事実に驚いた。
「んだよ、おっさんこっちに留まれる時間とかあるのか」
「ふははは……わしほどにもなるとあまりこちらに長居はできんさ」
小さいおっさんは自慢げに笑った。
晴人はよくわかっていないようだったが、アリスはまるでこれまでと打って変わって神妙な顔つきになっていた。
「晴人君……このおじ様、相当の実力者よ。私の召喚魔法で十分程度しか召喚できないのはS級魔物だけ」
「何だって? いやでもおっさんだぜ? S級なんて大層なもんじゃないと思うんだが……」
困惑する晴人。小さいおっさんは気分がよいのか、柔らかい笑みを浮かべている。
アリスは小さいおっさんの前に出た。
「着かぬことをお聞きしますが、おじ様のお名前を教えてもらってもよろしいですか?」
「それはならん」
おっさんは即答した。
「汝も知っているだろう。召喚した魔物に正体を問うのは契約違反だと。わしの口からは正体を教えてやることはできんのよ」
「ですが……」
「よいのか? こういった無駄な押し問答をしている間にも刻々と時間は無くなっていっておるぞ? さしずめ、あと五分といったところか」
アリスはおっさんの正体を知りたかったようだが、諦めたようで、後ろへと下がった。
「じゃあおっさん。早速だけど廃ビルの中にどれぐらいの人がいるか見てきてほしい。時間がないなら出入り口を確認するだけでも――」
「何かと思えばそんなことの為にわしを呼んだのか」
おっさんは、晴人が言い終わる前に呆れた声を出した。
そして、
「意識があるのが二人……ん? いや、三人のようだ。あとは全員気絶しておるわ」
一瞬だけ迷いを見せたが、おっさんはこれぐらい当たり前だと言わんばかりに廃ビルの中の人間を教えてくれた。
「気絶してるのって、何人いるんだ?」
「四十二だ。それも三階に密集しているな、これは」
またもや即答するおっさん。しかもその数に迷いはない。自身に満ち溢れたその表情が表すのは、自分の言葉に一切の勘や虚言がないからだろう。
晴人は感じ取った。このおっさんは本物なのだ、と。
「お、そろそろ時間のようだな」
おっさんがそう言うと、おっさんの体は淡い光に包まれた。
「えっ、嘘! まだ時間は二分ぐらいあるはずなのに……」
アリスは余程意外だったのか、難しい顔になっていた。
「おっさんお前……消えるのか?」
「ああ、そのようだ」
おっさんは光に包まれながらも、少し残念そうにしていた。
「わしの役目は終わりだ。汝らの往く先に光があらんことを――」
「おっさん!」
おっさんは淡い光に包まれて、魔界へと還っていった。
叫ばずには……いられなかった。
「おっさん……おっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「なんじゃい」
ブォン、とおっさんが姿を現す。
「うおっ! まだいたのかよ」
「汝が引きとめるからじゃろう。何とか踏みとどまっておるのだ、用事なら早うせい」
そういうおっさんは、全然何とか踏みとどまっているようには見えなかった。
折角なら何か聞いておこう。そう思った晴人は口を開いた。
「おっさん……あんたは一体何者なんだ?」
「なんじゃ。汝もそのようなことを気にしておったのか」
おっさんは小さく笑った。
「わしは見た目通り、たいした魔物ではない。そう、わしは名も肩書も失ったただの一魔物にすぎんのさ」
ありったけの含みを込め、おっさんは言った。
「お、おい! それってどういう意味だよ!」
「フハハハハハ! さらばだ、人間界の者たちよ!」
今度こそ小さなおっさんは光に包まれ還っていった。
……。
光が消えた直後、特に何もしていなかったはずの晴人は、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
「……なんでだ? 急に体が軽くなった……のか?」
まるで緊張から解放されたかのような感覚。晴人はその緊張がおっさんから来たものではないのかと推測した。
「俺たちは、とんでもない魔物に遭遇していたのかもしれないな」
晴人が感慨深く頷いていると、先程まで音沙汰なかった廃ビルの中で、複数回の爆発が起こった。
奇しくも、おっさんの言っていた三階付近から、その爆発音が聞こえた。
「晴人君!」
アリスが晴人のほうを見た。
晴人はそれに頷いて答えた。
「三人が戦闘を始めたんだ……行くぞ!」
二人は、ダッシュで廃ビルの中へと足を進めた。
☆
「フハハハハ! フハハハハハハハハ!!」
小さいおっさんは魔界の、自分が元いた場所へと戻っていた。
「んだよ『名無し』様、随分と上機嫌じゃねえか」
小さいおっさんに話しかけるのは自称S級の魔物、闇属性のグレイファントという魔物だ。
「いやいや、今しがたランドレットの生徒がわしを召喚魔法で呼び出してな、少しだけ現界に顔を出しておったのだ」
「ブハッ!!」
グレイファントはその発言を聞いて思わず噴き出した。
「あの『名無し』様がランドレットのガキに召喚されたぁ? 下手したら魔界全土を揺るがす超一大ニュースだぜそりゃあ!! 確かに笑えるな」
「それもすごいんだが、何より驚いたのはあのお方がいたことだ」
「あのお方? 『名無し』様がそんな敬った言い方するのは……まさか!!?」
グレイファントは血相を変えて慄いた。
「まさかわしが生きている間に見かけることになるとは思わなんだ。いや、実際には恐ろしくて出くわしそうになる前に逃げてきたんだが」
何百と生きているのに、おっさんに生という概念はあるのか。それを知る由はない。
「無理もねぇぜ。あのお方だけはマジでやべえよ……『名無し』様ですら足元にも及ばない領域の存在だって」
「そうだなァ。あのお方をどうにかできる奴は一人を除いて魔界には存在しないだろうさ」
小さいおっさんは魔界の風景を遠目に眺めた。
「振り返ると、トーキとの決闘からもう四百と五十の歳月が流れたのか。時間とは恐ろしいものだ。当時はこの姿にされ、このような場所に幽閉され怒り狂ったものだが、慣れるとここも良いと思えてしまう」
「……『名無し』様の牙は、もう完全に抜け落ちてしまったのか」
グレイファントはふと、そんなことを口から洩らした。
逆鱗に触れたわけではない。しかしおっさんは挑発するようにグレイファントを見た。
そして、
「本当に折れたか、試してみたいのか?」
小さいおっさんは優しい声で脅した。
グレイファントは慌てて訂正に入る。
「いやいや! ただ、『名無し』様は今後もずっと名無しなのかと思うと、感じるものがあるんだよ……俺としてはね」
「……」
おっさんは、グレイファントの話を黙って聞いた。
グレイファントはおっさんの前に跪き、続けた。
「……取り戻そうとは思わないんですか? 名前を……魔神という肩書を!!」
今までとは違う、敬意を表した言葉。元魔神である『名無し』の忠実な右腕、神紋征鬼グレイファント=ヴァリアランスとしての発言であった。
しかし、おっさんはグレイファントの下げていた頭に手を置いた。
「仮にわしが再び魔神を目指したとする。そしたら今のランドレットの生徒はどうなる? 魔界の魔物たちは? 何より、そんなことをしたらトーキとの約束はどうなる。わしはな、現状で満足しておるのだ。お前がいて、わしがいて、少数だが過去の仲間もおる。新しくできた馴染みもおる。ほれ、これ以上求めるというのは我が強すぎるというものじゃ」
優しく、諭すようにおっさんは説いた。
その言葉を、グレイファントは否定できるはずがなく、するはずもない。
「俺は、最後まであんたの右腕でいるつもりだぜ? 死ぬときだって一緒だ」
「フハハハハ! 死ぬときか! そんな時が来るなら、ダラダラと生きるのも悪くないというものよ!」
此処は魔界。その最深区域のもっと奥。深淵すら入り込む余地のない裏世界。
此処に住まう彼らは、この場所の本質を知りえる唯一の者たち。
此処を知る普通の魔物たちは「地獄」だの「魔境」だの「異常地帯」だの好き勝手に言い放題だ。そんなことはどうでもいい、好きに呼べばいい。と『名無し』は唱えた。
此処を理解できるのは、自分の目で、足で、体で体験した者のみ。
そして、都のようなその住み心地から、彼らはいつしか此処をこう呼んでいた。
――黄金郷、と。
次回『ヴァルハラの祭禍』




