SADAKO-戦慄のお肉スペシャル!-
「災難な一日だった」
長く感じた一日が終わった放課後、晴人はため息をつきながら家まであと少しの道を歩いていた。
いつも通りの道。そう思ったが、いつも大音量で音楽を流している不良たちの住処である小屋から今日は物音ひとつしない。
「珍しいな」
彼らがこの時間帯にここにいないのは九割方喧嘩だ。それでも普段、必ず一人は番をしているはずなのだが。
「もしかして、総力戦かな」
一番可能性のある考えに至る晴人。しかし総力戦をするにしても相手などいるのだろうか。この平和な新日本都でそういった不良たちの抗争など聞いたこともない。
「まあいいや。今日はもう面倒事はごめんだ」
さっさと歩き出す晴人。
今日じゃなかったら小屋に入ってこの件を調べたりしたかもしれない。基本、行動力はあるほうだ。多分。
しばらくして家についた。
「ただいま、あー疲れたぁ」
靴を脱ぎ棄てて部屋へ行くが電気がついていないことに気付いた。どうやらまだ姉は帰ってきてないようだ。
それなら、晴人のすることは一つだった。
「よし、晩御飯作るか」
もし帰ってきたときにご飯が出来ていなかったら姉はおそらく泣く、多分泣く、いや絶対泣く。それはぜひとも回避したい。
「何にしようかなー」
口ではそう言ったが実際は肉をふんだんに使った料理にしようと決めていた。
簡単な話、今日頑張った自分へのご褒美だ。
晩御飯の内容を決定したら晴人はすぐ作り始めた。うーん、なかなかの手際。
☆
「ただいまぁー」
いかにも疲れてますといった声と共に晴人姉が帰ってきた。
「お疲れさん、もう晩飯の用意できてるよ」
疲れ切った姉を出迎える晴人。もう支度が終わったとは……やはりなかなかの手際!
「ふぃー、今日の晩飯何?」
「聞いて驚くな、伝説の、お肉スペシャルだ」
「マジ!? っしゃああああ!!」
解説しよう! お肉スペシャルとは、普段四日分の食費を生贄として作られる諸刃の料理である。しかし、その味は格別で、何種類かの肉を用意しそれぞれで一つずつ別々に消費者に提供することができる。それゆえ、消費者は「飽き」という概念をその時は消失するのだ!
さらに料理スキルがあればあるほどお肉スペシャルはその威力を増大させる!
もし、肉料理の達人がお肉スペシャルを一度も食べたことのない一般人に振舞ったらあまりの素晴らしさに昇天してしまうだろう!
「早く食べましょう!」
目を輝かせて姉が急かす。もちろん、晴人も早く食べたくてウズウズしていた。
「はいはい、俺も腹が減って死にそうだよ」
二人は久しぶりのご馳走を心行くまで堪能したのであった。
☆
現在時刻十一時半過ぎ。あと数分で一日が終わろうとしていた。
晴人らは食事を終え、各々の時間を満喫していた。
晴人はソファーの上で横になりテレビを見ていた。その内容は「最恐!? 怪奇現象捜査ファイル! ~ありのまま全部見せちゃいますSP~」というものだ。
晴人はホラーに耐性があるわけではないが、他に見たい番組がなかったのである。
なら見なければいいじゃん。
そう思う人もいるだろう、しかし晴人には見ない、という選択肢はなかった。
理由は単純だ。他にすることがなかった、だから仕方なくテレビを見た。それだけで特に深い意味は無い。
この時の晴人は何もしなかったら確実に眠ってしまう確信があった。それは何となくもったいなかったのだろう。
「……」
真剣にテレビを見る晴人。そのお陰か眠気などすでに吹っ飛んでいた。
今、テレビでやっている内容はいわゆる「呪いのビデオ」だ。それを見たものは呪い殺されてしまう、などというが実際に呪い殺されたりするのだろうか。
もう一度言っておくが、晴人はホラーに耐性があるわけではない。
テレビの中では幽霊らしき物体「SADAKO」が蠢いている。その幽霊らしき物体「SADAKO」はビデオがブラックアウトした一瞬の間に近づいてくるのだ。ブラックアウトしては近づいて、ブラックアウトしては近づいて……次の瞬間!
晴人の視界がブラックアウトした。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
正確に言えば停電なのだが、タイミングが悪かった。
「ヤバいって! これヤバいって!!」
明らかに冷静さが失われた晴人。「呪いのビデオ」を直前まで見ていたせいで、すぐそこに「SADAKO」がいるような錯覚に襲われていた。
「(落ち着くんだ! 冷静になれ、考えろ……)」
普通なら一番に考え付く答えにたどり着くまで、停電してから三分もかかってしまった。
――ブレーカーだ。
「それしかねえ!!」
解答に至った晴人は行動に移った。
一刻も早くこの状況から脱出するため。
ブレーカー目指して家の中を駆ける晴人。
その動きに迷いはない、部屋の配置などとうの昔に把握していた。そして、
「勝った――」
ブレーカーの前に立ち、勝利を宣言する。
その相手は「SADAKO」か、それとも自分の弱い心か……
「フハハハハハハハハハハ!!」
高らかに笑い、レバーを上げようとした。だが、触れてみて初めて
「ん? すでに上がっている? 何故だ」
おかしい。頭にその言葉が浮かんだ。
電気が消えたのにブレーカーが落ちていない、これは本来ありえないことだ。
しかし、そのありえないはずの現象が、今確かに自分の身に降りかかっている。
「……」
ここで晴人はある一つの仮定を立てた。いや、立ててしまった。おそらく、最も恐れているはずの仮定。
「呪いのビデオ」
この状況は先程のブラックアウトとあまりにも酷似していたのだ。
「ありえない、よな?」
いくら状況が似ていようが、最恐生物「SADAKO」なる存在はいるわけがない。
「ま、まあフィクションだし」
この仮定はさすがに無理か、
「実在の人物、団体、事件とは一切関係ありま――っ!!?」
瞬間、肩に手を置かれた感触があった。非常に冷たい。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
唸り声のようだったが、もうそんなことはどうでもよかった。
「…………(あぁ、死んだな)」
悟りを開いていた。それは死ぬことへの覚悟であり、もう助からないという諦めであり。
最後に自分を殺すヤツの顔を拝もうと瞼を開いた。
その目に映ったのは、
「ね、ねえちゃん!?」
月明りでうっすら見えたのは姉の姿だった。どういうわけか姉は悲愴的な顔をしていた。
「どうか、したのか……?」
「吹っ飛んだ……」
「え?」
「吹っ飛んだの! 私のセーブデータ!!」
「あぁ」
今日は据え置きをやっていたのか。この半狂乱の様子からしてかなり吹っ飛んだのだろう……
「何なのよ一体! 早く電気つけてよ!!」
「いやいや、なんかつかねぇんだよ。ブレーカーも落ちてないぞ」
「使えないわね!! そこかわれっ!」
「無駄だって、無駄無駄」
姉はレバーを激しく上げ下げするが電気がつくことは無かった。
「どういうことなのよおおおおおおおお」
姉のイライラは最高潮に達していた。
「(何が理由だ?)」
さすがに電気がつかないままは不味いので、停電の理由をもう一度よく考えることにした。
「(電気の使い過ぎ……ではないよな)」
「なあ、ねえちゃんはどう思う」
「え? なんだって?」
風が強い。窓ガラスが外の風のせいでガタガタうるさいので、晴人の声は姉にはよく聞こえなかったようだ。
「いや、停電のこt」
「あん!? なんだって?」
「いy」ガタガタガタガタ
晴人が話すときだけ窓ガラスがガタガタ鳴る。どんだけしまりが悪いんだと。
「聞こえないんだけどー」
「だからぁ!」
「きこえないー!」
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。
「「うるせーよ!!!!!!」」
二人は原因の窓を解放した。瞬間突風が二人を襲った。
「「うがぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」」
瞬時に窓を閉めた。だが、窓を閉めるとガタガタうるさくて声が聞こえなくなる。
仕方なく二人は紙に言いたいことを書いて伝える、という方法を使って意思疎通を行うことにした。
姉が『さっきの突風何?』という紙を見せる。晴人は『ちょっと気になるから見てくる』と答えた。それに姉は『おk、ムリすんなよ』と了承した。
「ん? 音、止んだな」
「あら、そうね」
晴人姉の言うとおり風はピタッと止んでいた。それはもうさっきまでの豪風が嘘だったかのように。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃーい」
姉の言葉を背に玄関を開ける晴人。そこにまた急に強い風が襲ってきた。
「っ、異常気象かよ」
しかしいくら風が強くても、それが停電の原因にはならない。その証拠に、電気を供給するための電線もちゃんとつながっている。
「……あれ何だ?」
暗くてよく見えないが、やや離れたとこで竜巻のようなものが発生していた。
「もしかして……」
晴人はその竜巻のようなものには心当たりがあった。
このあいだ迷子になっていた不思議な魔法少女、リナだ。彼女ならあんな竜巻だって起こせるのではないか、晴人はそう思った。
しかし、
「それにしてもどうしてあんな規模の竜巻を……」
そう、前見せてもらった時とは威力が桁違いだったのだ。晴人が見せてもらった時は手のひらサイズしかなかった。
数キロ離れている遠くの家まで届くような風を使わないといけない理由でもあるのだろうか。
「嫌な予感がする……!」
言い知れぬ不安を感じた晴人は竜巻の発生地点へと急いだ。
☆
「まったく、何だこりゃあ」
竜巻の発生地点まで来た晴人は自分の勘の鋭さに少しうんざりした。そう、晴人の嫌な予感は見事に的中したのだ。
晴人の前に広がっていたのはリナと、謎の大男が対峙している光景だった。
「えっ、何でこんなところにひぃ君が!?」
明らかに動揺を隠せないリナが驚きの声を上げる。
晴人はめんどくさそうな顔をしながら答えた。
「風が強すぎてうちの窓をガタガタいわせてうるさかったんだよ。で、外に出ると竜巻が発生してたもんだからもしかしてと思って来てみたら、案の定お前の仕業だったってわけ」
晴人はため息を一つ吐き、続ける。
「それに、何してんだお前。なんかの撮影か?」
「……」
リナは目を逸らし黙っていた。どうやら他人には話せないようなことらしい。
晴人は呆れた、といった風にやれやれだぜ。と言い、そして大男に問う。
「おい、そこのあんた。一体何者だ?」
「……」
大男は晴人の方を向いてすらない。彼は聞く耳を持ち合わせていなかった。ただ、
「あぁ、すまねぇなぁ。折角誰にも見つからない様にしたんだがなぁ」
口元を歪ませ、リナに対してのみ談じる。
「おい、無視してんじゃねーよ」
晴人が大男に歩み寄る。
体格差は歴然のはずなのだが、晴人はいたって普通の面持ちだ。むしろケンカ腰である。
「危ないよ柊君! 私に任せて逃げて!!」
大男にやられたのか傷だらけになっているリナが必死で止めようとする。
しかし、晴人は止まらない。
「そんな状態のやつに言われても説得力ないっつの」
大男の目の前まで来た晴人いつもと変わらない口調で告げる。
「最後にもう一度聞く。あんた一体、何者だ」
大男は答えない。代わりに口元をひどく歪ませて笑った。
大男の目はまるで、新しい獲物を得た狼のようだった。
「うるせえガキだなぁおい」
言葉とは裏腹に、面白くてたまらない。といった声色。
そして、
「こりゃあイイ実験材料になりそうだ!!」
叫び、服から何かを取り出した。
「悪いが! 俺の存在を知ったからには生かしておくわけにはいかねえ、ここでぶっ殺されろや!!」
刹那、大男の手に光るものが見えた。間もなくその光は辺りを包み込んだ。
「!?」
晴人は知っていた。
この怪しい光のことを。大男の手にあった金色の箱のようなものを。
リナにも見せたではないか。あの大男の手にあるものを。
そう、あれは、
「金――箱っ!」
晴人の認識が正しいならこの光が治まったら、あの箱に何らかの変化が生じる。
それがどういった効果を生むかはわからないが、確実にこちらが不利になるとは断言できるだろう。
「クソッ!」
晴人はバックステップで大男と距離をとる。
自信満々だった晴人も、さすがに銃器の類が出てきたら敵わないと思ったのだろう。
「柊君!!」
晴人の耳にリナの叫び声が聞こえた。
「ハハハハハハハハ!!!! てめえら二人とも地獄送りだ!!」
妖しい輝きが収まり、金箱による現象が露になり、怒号が二人の耳を劈く。
「ガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!」
大音響。この心臓にまで重く響く音が大男によるものだと気付くのに晴人は五秒を要した。
結果だけ言おう。晴人の認識は正しかった。しかし、金箱が銃器などに変化して晴人を襲うことはなかった。
ただ、
「怪物だ……」
大男はもはや人間と呼べないレベルの化物に変化していた。呼吸は荒く、目は血走っている。体も以前より二回りは大きくなっているように感じた。
「ふうううう。いい感覚だ。無限に力が湧いてくるみたいだ。―――なぁ?」
ギロリ、と晴人を睨みつける。それだけで晴人は、蛇ににらまれた蛙のように動けなくなる。
「(ヤバい、このままじゃあ)」
死んでしまう。晴人は本能的にそれを感じ取った。そして怪物となった大男から想像通りの言葉が放たれる。
宣言。
「ぶっ殺してやるぜ。恨むんなら、この場に居合わせた不運を恨むんだな」
大男はゆっくりと腕を上げた。まるで繊細な割れ物を扱うかのように。
「死ね」
晴人は歯ぎしりする。動きたくても体中が痺れてしまっているのだ。だが、
「やれるもんならやってみろよ、デカブツ筋肉野郎」
あろうことか晴人は殺される寸前にもかかわらず大男を挑発したのだ。
晴人に帰ってくる言葉は無く、ただ無慈悲な暴力による一撃が返事だと言わんばかりに晴人に、下る。
――直前、誰かの叫び声が木霊した。
「ひぃ君!!」