高水圧の仁、『来襲』!
昼休みが終わり、午後の授業が始まろうとしていた。
現在晴人たちがいる場所は、校舎から大きく離れた演習エリアである。
演習エリアは周りの多くを森林に囲まれていて視界が悪い。しかしこの集合地点はその中でも視界が開けているほうだった。広場のような役割でもあると言えるだろう。
「よっしゃーお前ら全員集まったな。本日は前々から予告していた通り、魔法を応用した実践演習だ! なんで学院が実践なんて想定してるかなんて細かいことは考えるなー。死なない限りは死なないから、安心して実践するように」
大人数の生徒を目の前にして、演習担当の先生は気の抜けたような声でそんなことを言っていた。
大人数というが、この場にいる生徒は晴人たちのクラスだけではない。ざっと五百人ほど、おおよそ晴人たちの校舎の高等部全員が集まっているのだろう。
さっきとは他の先生が前に立ち、何やら注意事項のようなことを言っているようだが、晴人には気になる点があった。
「リナ、一つ聞いてもいいか」
「駄目だよ晴人君。先生が話してるんだから静かにしないと」
「いや、これは重要なことなんだけど」
「ダーメ」
「……わーったよ」
まるで相手をしてくれない。なんてやつだ。
程なくして先生の話は終わる。晴人は終わったタイミングを見計らってもう一度リナに尋ねようとした、のだが……。
「は・る・ひ・と・くーん! 一緒のチームだね私たち、よっろしくぅー!」
後ろからやたら元気な声を吹っかけられ、思わず振り返る。
彼女は、教室で見かけた……
「んだよ、アリスか」
「えぇ!? なんか冷たくない? 折角同じチームなのに冷たくない!?」
「つーかその同じチームってのは何だ?」
いや、大体わかるんだけどね。流れ的に。
そんなご都合主義な晴人の質問に、アリスは律儀に返す。
「そっかぁ、晴人君は初めてだもんね、魔法演習。だったら知らなくて当然かも。ついてきて」
「ちょ、どこ行くんだよ!」
「こっちこっちー!」
アリスは晴人を先導するように歩き出した。晴人もその後をついていく。
「演習は各チームが所定の位置について、それから一緒に始めることになってるの。私たちもそこに向かわないと」
「あー、そういうことね。どうりで」
リナとエルナがもう見当たらないわけだ。と晴人は続けた。この様子だとあの二人は同じチームではないようだ。
「チームって言ってたけど、それって俺とアリスだけなのか?」
「そだよー。男女問わずの二名がランダムで選ばれてチームになる。だから今回は偶然晴人君と私がチームってわけ」
「チーム、ねぇ……」
晴人は意味ありげに呟いた。
「あたしじゃ不満だった?」
「そういう意味じゃねーよ。むしろアリスみたいにしっかりした奴が味方でよかったって思ってるよ」
晴人の言葉を受け、アリスはため息をついた。そして、ボソッと呟く。
「しっかりしてる、ねぇ……」
「……?」
晴人は意味ありげなその言葉を追及してやろうかと思ったが、無限ループに陥りそうだったのでスルーすることにした。
☆
「あら、私はリナさんとペアになったみたいだね! いろいろと至らぬ点があるかと思いますが、よろしくっ☆」
「え、ええ。よろしくねエルナさん」
演習エリアの一角、リナとエルナはチームとして合流していた。
「どうしたの? リナさんよそよそしいよ? 一度は死線を越えた仲じゃない」
「よそよそしいのはエルナさんのほうじゃない? そんな喋り方をする必要があるんですか?」
「新しいキャラ付けをしようと思ったんだけど……失敗しちゃったかな?」
大爆死である。
「大爆死だよエルナさん。あなたはいったいどこへ向かおうとしているの」
「キミの瞳の向こう側、じゃないかな」
「なんて返したらいいかわかんないんですけど、それ」
「こまったらテキトーに受け流す、それが余が言える最大のアドバイスじゃな」
「あ、戻った」
エルナはいつの間にか腰に差していた刀を抜き、近場の木の葉を断った。肩慣らしだろう。
その剣戟は刹那。検圧を感じるほどのスピードだ。
「して、余は魔法を持たぬ身でどうやって戦えばよいのじゃ。この刀は驚くほど切れる。女子の身である余でも本気を出せば人体など余裕でスパッ! じゃぞ?」
「そうでもないんですよね。むしろそんな甘い考えは捨てた方がいいです。相手を殺すぐらい本気にならないと、殺されるのは私たちになりますよ――ッ!」
リナはエルナの背後にいた敵を風の魔法で吹き飛ばした。
「なっ!?」
間抜けた声を発して敵は宙を舞い、バランスを失って地面に背中から落ちる。
「こんなふうに、ね。わかりましたか? エルナさん」
「うむ。よーくわかったの――じゃッ!!」
ゴッ! とリナの後ろで倒れる敵生徒。エルナの刀の峰打ちである。
「こんなふうにじゃな?」
ドヤ顔で返すエルナに、リナは笑みを零した。
「理解が早くて助かるわ。行きましょうエルナさん! この演習のルールは簡単、勝ったら勝ち、負けたら負け。それだけです!」
前学年別大規模模擬戦闘優勝者と、自在に剣を操る年齢詐欺少女が野に放たれた瞬間である。
☆
ある茂みでのこと。
晴人・アリスチーム。
「四方八方で戦闘が始まったみたい。演習開始だよ晴人君」
「マジでバトッてんのかよ……」
戦場の中で二人は敵に気付かれぬよう身を潜めていた。晴人の提案である。
生徒たちは多彩な魔法を使って敵を排そうと尽力している。というのに二人はスナイパーよろしく隠れているのだ。
「よかったのかよアリスは」
「何が?」
「満足に魔法をぶっ放すことが出来なくて、だよ。俺はこの時間を隠れてやり過ごす予定だから、俺と行動すると何も出来ずに終わっちまうぞ」
「晴人君ってこういったことって初めてなの?」
こういったこと、とは演習のような戦いのことだろう。
今日まで、まあいろいろなことがあったけど、その経験が魔法に対して有効活用できるかどうかは怪しい。根拠のない虚勢を張るより凡人だと思われていたほうがやりやすい。
「初めて、か……まあそんな感じだ。何せ、野蛮なことはしたくないだろ。怪我したらどうするよ」
「だよねぇ、普通はこんなのに慣れちゃいけないと思う。私だって怪我するのは怖いし、できれば戦いたくないよ。でもこれは演習だから、勉強だからちゃんと参加するべきだと思うんだ」
「勉強の一環ってやつか。それもそうだ、ランドレット学院は『魔法』っていうカテゴリーのおかげで成り立っている部分が大きい。この演習ってのは所謂長所を伸ばしているのに近いのかもしれないな」
「そう思うのならちょっとは誰かと戦った方がいいと思うな。チャレンジ精神で一発!」
戦うこともまた勉強。なるほどアリスは晴人にそう説いた。
確かにそれもそうだろう。そもそも、戦わなければ話が進まない。
「……チャレンジ精神で一発、腹を割って話そう。実は――」
その時、晴人の背後に迫る影があった。
「晴人君後ろ!!」
「なっ!?」
「喰らえ! 水圧カッタッ!!」
背後の男は圧縮された水の刃で晴人を狙い打った。
晴人は振り返り敵の姿を確認しようとしたが、それは叶わなかった。
「捕まって!」
アリスに引っ張られて、宙高く飛び上がる晴人。アリスが晴人の首根っこを掴んでジャンプしたのだ。
ただジャンプしているわけではない。人間には到底不可能な跳躍。なんとアリスは晴人を掴んだまま十五メートルは跳び上がったのだ。
「お前、どうやって……って!?」
晴人はアリスの姿を見て驚愕した。
彼女の体には本来あるはずのないモノが生えていた。細く伸びた尻尾と、何より特徴的なのが、頭についた二つのピコピコしている……、
晴人は瞬時に感づいた。これは……国民的青ダヌキの!
「お前は、ド○えもんだったのか――っ!!」
「ネコ耳だよこれは!!」
二人は近くの木に飛び乗った。晴人は改めてアリスの姿を見る。
「もしかしてこれも魔法、なのか?」
「そうだよ。これはベイビーキャットっていう魔物の変身能力。ネコ科の動物にならなんでも変身できるんだ」
「へぇ~、最初見たときはそういったコスプレの類かと」
「そんなわけないじゃん……引くわ」
晴人からそっと離れるアリス。慌てて弁解に入る。
「冗談だからな? 信じるなよ? 今ギャグパートだからな?」
アリスに寄ろうとした晴人。しかしその行動は中断される。
「いつまでそこで遊んでんだよッ!!」
下にいた敵の水圧カッタで足場を切断されたのだ。
「――――――まじ?」
ふわっとした浮遊感があった。それは前兆であり、状況であり、結果だった。
つまるところ……落下だ。
「うわっ! 晴人君!!」
木の枝の外側にいた晴人はそのまま吸い込まれるように落ちていく。
下では水圧カッタを何重にも構えた敵がいるというのに。
「落ちて来い! この高水圧の仁の七重水圧カッタで八つ裂きにしてやんよぉ!!」
「八つ裂きだと!? そんなことしたら死んじまうぞ俺!!」
「安心しな、何とか死なないように加減はしてやんよ!!」
「くそっ、冗談じゃねぇ!」
地面まであと十メートル。どんだけ高い木に昇っていたんだよ!
「何か、何か手はないか……ッ!!」
瞬間、晴人は自分と一緒に落下する木の棒に目が行った。
――加減にはちょうどいい。
晴人は自由落下する木の棒を右手で握りしめた。
その様子を下から眺める仁は嘲笑うように叫んだ。
「まさかそんな棒切れで俺と対峙するつもりか? ざけんじゃねえ、死にてえのか!?」
しかし、晴人にその恫喝は効いていない。むしろ燃え上がらせる導火線に他ならない。
「覚悟しろよ水圧の仁……! 木の棒だってこの状況を利用したら十分すぎる凶器になる。さしずめ、人間大砲ってところだ!!」
瞬間的な爆発力。それを重力という万物にかかる法則が奇跡的に創り出す。
先程の恫喝は晴人をヒートアップさせたが、晴人の攻めの姿勢に仁もまた、燃え上がらずにはいられなかった。
「……面白れぇ」
仁が、上空の晴人に水圧カッタを放つ。こうなったら容赦はしない。絶対に避けられない連続七重水圧が舞い上がる。
「避けきれると思うなよ。俺の七重水圧カッタは、抜け目も隙間も死角も! 何一つないぞ!!」
一連目の水圧カッタ。晴人は肩を使って全身を動かすことで難なく避けた。
「こんなもんか? 拍子抜けだぞ、仁!」
「まだだ、七重水圧カッタの真意を見ろ!!」
仁の言葉と共に、さらなる脅威が発生する。
二連目、今度は今晴人が避けた方に飛んできた。
晴人は避けることが出来ずに水の刃を受ける。その衝撃は最早液体の音ではなく、個体の中でも頑強な部類のそれだった。
「っ!!」
「晴人君!!」
アリスの叫びも虚しく、続いて三連、四連と豪快な水の音が響いた。
留まることなく鳴る衝撃音と水の断層により、晴人の姿を視認するのすら困難になる。
「ハハハハッ!! 解ったか? これが水属性魔法候補生、高水圧の仁の力だ!!」
明かされたのはそこら辺の一般生徒とは違うという証。
彼、高水圧の仁は何を隠そう水属性魔法ランキングが九位、候補生そのものだったのである。
「嘘……晴人君? 晴人君!!?」
アリスの悲痛な叫びが木霊する。自責の念に駆られるのも無理はない。晴人を高い木まで連れてきたのは他でもないアリスなのだから。
そんな彼女に仁は容赦なく牙を剥く。その様はまるで飢えた獣だ。
「降りて来いよ女ァ!! 次はお前がこんなふうに裂かれるんだからよ」
駄目押しと言わんばかりに最後の七連目が晴人の体を裂こうとした。
その時、
「その必要はねえぜ」
「「っ!?」」
アリスと仁が同時にその声を聞き、驚愕を現した。
しかし、驚愕だけでは済まされない。
仁は見た。最後の水圧がただの棒切れに割断されるのを――、
「なっ、何ィ―!? コンクリートだって真っ二つな俺の水圧カッタが木の枝ごときを裂けないだと!!?」
動揺を隠せない仁とは裏腹に晴人は涼しい顔をしていた。
「随分と驚いているみたいだが、俺は一つ目は確かに避けたがそれ以外は全部相殺してたんだが…見えなかったのか?」
「なっ、なな……何だとぉ~~~!!??」
仁の攻撃は潰えた。今更次の行動に移ろうとしたところで弾丸のように落ちてくる晴人から逃れることはできない。
チェックメイト……晴人が空中落下のまま、構えをとる。
「もう一度言っておく。覚悟しろよ、候補生ッ!!」
それはまるで――獣を刈り取る、狩猟者の姿。
「く……くそがぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
激突が、起こった。
☆
「なるほどのう。魔法を前提とした戦闘、ということ以外は特にこれといったルールがない。だからこうやって複数のペアが徒党を組んである一チームを襲うといった行為もアリ、ということか」
流暢に高校生エルナが説明口調で呟いた。
肩には彼女を代表する銀の刀。
「ぐぅぅ……」
「いったぁ……」
「なんなの……こいつ……!」
足元では八人の生徒がうめき声をあげている。皆それぞれエルナ、リナチームによって敗北を喫した者たちである。
「そうね、でも徒党を組んで狙われやすいのは私みたいにいろいろあって目立っている生徒が殆どだと思う。厄介なのを先に皆で潰しちゃおうって考えなんでしょ」
「確か、おぬしの場合は前回の模擬戦優勝という肩書があったのじゃったか。どうりでいたいけな余らが狙われるわけじゃ」
やられた生徒たちの口の端々から「全然いたいけじゃないじゃん」というボヤキがリナには聞こえた。
「……いたいけかどうかは置いておいて、女子が狙われやすいのは当然のことだよ」
「ん? どーゆうことじゃ?」
剥き出しの刀を鞘に納め、エルナが首を傾げた。
「ランドレット魔法学院は理事長の方針で女の子の比率が高いのよ。例えばうちのクラスを思い出してみて」
「んー……そうじゃな。確かあのクラスには晴人を含めて五、六人しか男子がおらんかったのう」
その内四人はモブという残念なことに……、
「でしょ? 他のクラスも学年も、特に高等部は女子比率が顕著ね。あのバカ理事長が就任してすぐ後先考えずに女の子ばっかり入学させた結果が私たちの世代ってわけ」
「ほーう。あのジェシカとやら、女子なのに女子が好きと申すか。今後は対応を考えた方がいいかもしれんな」
身震いするエルナ。その理由は果たしてひとつなのだろうか。
しかし、リナはそれに首を振って異議を唱えた。
「私たちは言わば時効だからあまり関係ないと思う。あれが好きなのはただの女の子じゃなくて“幼い”女の子だから」
「おおなんと! ロリコンとな!」
「アイツの教育方針を教えてあげる。初等部で愛で、中等部まで面倒を見て、高等部では放任よ」
この危険を顧みない演習も、その教育方針からである。
「なんという……ぶっ飛んだ人間じゃのう」
「私も詳しくは知らないけど、そのロリコンも今に始まったものじゃないらしいよ」
「それはどういうことじゃ?」
「あのロリコンは遺伝性らしい……」
「なな、なんと! 遺伝性とな!」
今のジェシカが十三代目理事長。つまり、およそ数百年の歳月、この学院はロリコンが治めてきたということになる。
「嘆かわしいわホント。私たちだってアイツに比べたらまだまだ若いっての」
しばらく雑談していると茂みの奥から視線を感じた。二人は背中を合わせる。
敵襲だ。
「四、六、いや……それ以上か」
「ま、私とエルナさんならわけないだろうけれど」
敵は同時攻撃を仕掛ける。それぞれ別の属性の攻撃だ。そうやって属性を織り交ぜて同時攻撃することで属性に合った対処をさせない寸法だ。
敵の作戦は完璧である。
だが、そんな小手先が彼女たちに通用するはずがない。
「雷鳴の流閃!!」
「エアロ・バースト!!」
圧倒的な質量のサイクロンと一撃必殺の閃光によって、敵の攻撃のすべてが塵となって消えた。
「くっ! だから言ったじゃない! リナを倒すなんて無理だったんだよ!」
「馬鹿やろう!! 諦めるには早すぎる!」
「あれ、行くよ!!」
「「「オオオオオオオ!!!」」」
敵が一か所に集まって、同時に魔法を使用した。
「喰らえリナ!! これが、私たちが編み出した融合魔法の完成系……ミキサーB!! いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
敵全員の魔法がぐちゃぐちゃに混ざった魔法の塊がリナを襲う。
「何あれ……あんなの見たことない!」
「狼狽えるなリナよ。ここは余に任せておけ」
「エルナさん!」
エルナは刀を抜いていた。その刀身には水滴が滴っている。
「何よあの女自分から出てきたわ!」
「関係なしよ! いっけぇぇ!!」
「リナを下せえええ!!」
「フン、野蛮な言葉を話す童には、オシオキじゃ」
この世を前にして視ているのは背後のエルナと来た……笑止。
エルナは剣先をミキサーBへと向け、叫ぶ。
「受けるがよい。余が放つアクアスプラッシュを!!」
水というのは勢いよく発射されると鉄すら切断するポテンシャルを秘めている。この場合の水はアクアスプラッシュ。果たして、その威力はいかなるものか。
答えは何も、である。
エルナの放ったアクアスプラッシュは、勢いよく発射されてはいるが、金属の類を割断する威力など無い。ならば何故エルナはそのような攻撃をしたのか。
それは攻撃する対象にある。
アクアスプラッシュはエルナの剣先から極太の水流となってミキサーBと衝突した。
その時、ミキサーBは洗い流された洗剤のように誘拐して消えてしまったのだ。
「なっ、なんで……」
「私たちのミキサーBが……」
「ただの水鉄砲如きに……」
エルナは刀を収め、言い放った。
「ただの、ではない! あれは七大元素の一つである水属性の性質を付与したものじゃ。どのような性質を持っているかは……わざわざ言う必要もなかろうて」
エルナは敵に背を向けリナとハイタッチした。
「選手交代じゃ」
「まっかせて」
風を身体に纏ったリナが敵生徒群の前に立ちはだかる。その形相は風神のようだった。
「残念だけど、私も候補生を目指す一人だから――」
空を切るような風音が、周囲一帯を凱旋した。
「あなたたち如きで立ち止まっている暇はないのよッ!!」
鎌鼬が敵生徒を呑み込んでいった。
☆
「はっ……はっ……はっ……っ!」
二人の激突の後、息も絶え絶えになっている男が一人。
彼、高水圧の仁は、ギリギリのところで意識を保っていた。
「なんだよ。まだ意識があったのか」
「……へっ! 俺も伊達に候補生やってねえからな」
口では余裕そうにしているが、仁の膝は震え、ふらついている。今にも倒れそうだった。
「晴人君」
「アリス、降りてきてたのか」
アリスは晴人が気付いた時には元の姿に戻っていた。
「私視えたよ。仁は晴人君の攻撃を受ける寸前に水圧の壁を作ってた。ほんの一瞬だけど、それでまだこうして立てているんだと思う」
「なるほどな。すげえなお前、まさかあの一瞬で魔法を使ったなんてな」
さも当然のように敵から評価された仁は、薄く笑った。
「攻防の流用さ。普通攻撃に使う水圧カッタを無理矢理防御に回した。防御力は下がるが、これぐらいじゃないと間に合いそうになかったしな」
「余裕だな、候補生。俺に自分の素性や能力を知られていいのか?」
「構わねーよ。お前に知られた能力はまだ一つだけなんだからな」
「……なに?」
仁の言葉には、明らかな含みがあった。晴人に深い一撃を与えられてもなお揺るがないということは、それほど勝てる確信があるということだ。
「ヤバいよ晴人君。アイツ、何かする気だよ」
「アリスは知らないのか、アイツの魔法」
「その女は知らないだろうよ」
晴人の問いには、仁が答えた。
「何故なら、この能力を実践で使うのは、これが初めてだからさ!!」
仁が勢いよく両腕を広げると、彼の周囲から爆発的な勢いで濃霧が発生した。
「煙幕か!?」
「ゲホッ!! ゴホッ!! ううぅー……」
アリスが煙を吸てしまったらしく、むせて咳をした。
「大丈夫かアリス!? まさかこいつは――」
「安心しろって、毒ガスなんかじゃあないからよぉ!!」
仁は晴人の考えを先読みし、否定した。しかし、その姿は霧に隠れていて見つけることができない。
「至極簡単単純明快! これはいわばただの霧だ!! 名付けて『水蒸霧』!! どうだ!! ハハハハッ!!」
仁が隠し持っていた魔法は、ただの霧を発生させるだけの魔法だった。
「アホくせ……ただの霧なら別に怖くもなんともねーぞ」
「ハッ!! それはどうかな?」
「おま――」
「きゃん!」
晴人が返事をしようとしたとき、彼の耳に小さな悲鳴が聞こえた。
「どうしたアリス?」
…………。
返事は無かった。
「おい、アリス! 大丈夫か!?」
しかし、アリスは応えない。
「どうしたよ。仲間のアリスがどっか行っちまったのか? 不思議だなァ、全く以って不思議だぜ」
「お前……」
「もしかしたら、お前が頼りなさ過ぎて一人で逃げちまったのかもなぁ? ギャハハハハ!!」
霧に隠れて見えないが、仁が腹を抱えて笑っている様子が手に取るようにわかった。
「アリスを出せ、仁」
霧の向こうから笑い声が響く。
「それは無理ってやつだぜ。話したくはなかったが、この水蒸霧には『任意の人間を消す』っていうトンデモねぇ能力があるんだわ。お前の相棒のアリスはその能力で消した。だからもう帰ってくることはねえんだよ」
「ハッタリだな」
仁の言っていることが嘘だということに、晴人は確信を持っていた。
仁が自身の魔法の能力を解説している最中、晴人はかすかに足音を聞いていたのだ。
「大方、この霧に乗じてお前のチームの仲間がアリスを気絶させたんだろ。で、俺にそれが悟られないようにして、二人掛かりで俺を倒そうとした……違うか?」
「いい着眼点だ。だが、それだと満点は上げられないな。八十点だ……出て来い!」
仁が合図をすると、晴人を囲むように複数の足音がした。
「なるほどな。だからペアじゃなくてチームってわけか」
晴人は妙に納得したように呟いた。
晴人を囲んだのは、おそらく五人。仁は初めから他の二チームと手を組んでいたのだ。
「余裕だなテメェ。状況が最悪だってことが理解できてんのか?」
「さぁ……どうだろうな」
口では虚勢を張ったが、ハッキリ言って打つ手がない。いや、打つ手がないわけではない……でもなぁ、これ使っちゃうと魔法(物理)になっちまうからなぁ。
結局、打つ手はない。アリスも行動を起こせない。晴人の周りには霧に隠れて見えないが、皆熟練の魔法使い。突撃していってもまず無事では済まない。
――もう、どうにでもなーれ。
「えいくそっ! 俺の魔法(魔法は銃口から出る)を食らいやがれ!!」
半ば自棄になった晴人は意を決してデュオライフルを手に取った。
「やれ! お前ら!!」
それと同時に仁が号令を下す。各自も、魔法を使おうとした。
双方の魔法が繰り出される、瞬間……、
「――ライトニング」
閃光が、走った。
次回『魔法演舞』




