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レボリティー・レポート  作者: アルフ
イギリス革命編
35/55

トロイト=カーツ


「殺した……だと……」


 ジャックが最も危惧していたシナリオが、最も避けたかった結末が、現実のものとなった。

 カーツは嬉しそうにそのときの心境を語った。


「簡単な話、あの螺旋階段にいるってことは俺がレジスタンスに仕向けた守護者共を殺すなりうまく逃走するなりして生き残ったやつだけだ。ジャック……お前みたいになァ」


 顔を狂気的に歪ませながら、彼は続ける。


「あの女もうまく逃げたはいいが、俺が見つけたときにはもう疲労困憊で死ぬ寸前だったな。階段を昇るにも邪魔、視界に入ることすら癇に障る女だった、だから殺した! 胴と脚を二分割にして内臓を引きずり出した、文字通り血祭りってやつだ!! ハハハハ!!」

「カーツ……言いたいことはそれだけか」

「あん?」


 ジャックは、アンジェラを殺した張本人を目の前にして、ある一点の感情を昂まらせていた。


 それは憤怒。


 一瞬、彼の脳はジャックを落ち着かせようと全力で信号を送った。

 しかし猛り狂った今のジャックには、その程度の制止など無いものと同じだった。


「言いたいことはそれだけかと、言ったんだァァァァァァァァァァ!!」


 ジャックは既に己の目的も、ここまで来た過程も何もかも忘れ、ただ一人、目の前の巨悪を撃滅せんと駆けた。


「トロイト=カーツ! てめえだけは絶対に、何があっても確実に、俺が殺す!! もう誰かの仇なんて綺麗ごとは言わない、理由作りなんて必要ない!!! ……てめえを単純に、本能的に、殺戮衝動のまま、排除する!!」


 ジャックの怒りの怒号と共に、全力の助走をつけた拳が、カーツの頬を抉る。



 かに思えた、


「何だァその軟弱なパンチは……もうじき世界の王になるこの俺にその程度の攻撃が効くと、本気で思ったのか?」


 カーツはまるで微動だにしていなかった。

 彼はその悠々とした態度のまま、ジャックの首を掴み、その体を宙に浮かせた。


「まあそう焦るなよジャック、言いたいことならまだまだたくさんあるぜ? 俺としても、計画の進行に大いなる狂いを来たす原因となった張本人である貴様にいろいろと聞いてほしいと思っていたんだ」


 カーツは、殺してしまわないように慎重に、息を出来るか出来ないかのギリギリのラインでジャックの首を絞めながら、語る。



「よく聞け。俺はその昔、貴様等現界人が初めて天界にやってきた頃、天界の三柱である……まあ貴様等がよく使っていた『天界三賢者』の一人だった。その当時俺が司っていたのは統治の力。要約すれば俺は当時から無敵と呼ばれる類だった。世界のすべては自分の手の中に在ると思っていた。だがどうだ! この世には俺の測り知ることができない世界がまだ残っていた……その時だった、俺の中に明確な意思として征服欲が生まれたんだ。あのウズウズとした感覚は衝撃的なものだったぞ。骨の髄から蛆が湧いてるような、ゾクゾクする感覚だ。頭の中に響いてくるんだ……全てを、自分のものにしてしまいたいんじゃないか? お前にならそれを達成できる武力がある、支配しろ……支配しろ!! ってなぁ。ジャックよ、俺は自分の欲望に忠実に生きたい。そのためにはもう、貴様は邪魔でしかないんだ。その意味、理解できないほど貴様も愚かではないだろう?」



 カーツの目は本来の色から変色し、赤みを帯びた禍々しいものになっていた。


「……っ!! カー、ツ……!!」

「だからよぉジャック――」


 カーツは、ジャックを上空に放り投げた。若干の滞空時間ができる程に、

 いくらかの間をおいて、カーツはジャックに最後の言葉を言い放った。


「この俺、トロイト=カーツの栄えある未来の為の――礎となれ!!」


 カーツの拳に、メキィ、という骨の砕ける感触が伝わった。

 ジャックは、たった一人で天使軍全員の筋力の合計以上の力を備えたカーツ全身全霊のパンチが顔面にクリンヒットし、錐揉み回転をしながら天神の間の壁と、激突した。

 カーツは、レジスタンスとの戦いの勝利を確信した。


「ふはは……これで俺の計画を阻害する虫けらどもは片づけた……ほぼ、なぁ!! クレイモワ!! 次は貴様だ!!」


 螺旋階段の前で絶望して何もかも諦めきった様子のクレイモワは、カーツに殺害宣言をされて我を取り戻した。


「カーツよ。儂を殺すか?」


 クレイモワは顔を俯かせていた。そのせいでカーツはクレイモワの表情を読み取ることが出来なかった。

 しかし、たかが老いぼれ一人、カーツはクレイモワの心境など気に留めようとは思わなかった。


「殺す、必要はないんだがな。これまで通り傀儡政権みたいなことをする必要ももうなくなった貴様は既に用済みだ。強いて理由をつけるならそんなところだ。『後顧の憂いの芽になりかねん存在を予め始末する』ってな」


 だから、死ね。


 カーツはクレイモワに向かって歩き始めた。

 ゆっくり、一歩ずつ。


「今思えばここまで本当に永かった……現界の存在を知ってもう何年経ったか。完璧とは言い難いが、ようやく現界を征服する準備も整ったと言っていい。最後に、天界の象徴である貴様が『自害』という形で死に絶え、俺がその後を継ぐ……それで天界の征服は本当の意味で完結を迎え、そこから新たに現界への進撃が始まる。現界の征服を完了させたら今度は魔界なる世界の征服だ! フハハハ、これからが楽しみすぎて、胸が躍るぞクレイモワ!!」


 カーツは、クレイモワの目の前まで到着し、その高身長を利用して見下した。


「永遠となったはずの余生の終焉だ……言い残すことがあるなら言えよ。遺言として天界の民に俺が直々に伝えてやろうじゃないか」


 これが、カーツ最大の慈悲。


 死にゆく天界の一市民に対する最後の情け。

 クレイモワはカーツから表情を隠したまま、遺言になるであろう言葉を発する。


「カーツよ……このクレイモワの創造を司る能力、あまり侮るでない」

「ハッ、何を言い出すかと思えば……貴様の力はただの飾りじゃないか。創造の力はとっくの昔に失っているってことは天界の民の誰しもが知っていることだ。この俺も例外ではない」


 クレイモワはかつて、天界の民に自分の力は失われた、と大々的に発表したことがあった。市民たちはそれを見てクレイモワにはもう創造の力はないと知っていた。


「貴様はもう、ただの年老いたジジィなんだよ!! 何の力もない、ゴミクズだ!!」

「……しかし天界三賢者とはよく言ったものじゃ。武力、統治、想像……確かに、この天界にはなくてはならない存在じゃ」

「何をごちゃごちゃと……」

「ふぉっふぉっふぉ……話は変わるがのう、最近よく思い違うことがあってうっかりしていることが多々ある。お互い、年はとりたくないものじゃ」

「……? 何が言いたいクソジジィ。命乞いか?」


「思い返してみんか……例えば――」


 クレイモワはここで初めてカーツに表情を見せた。

 それは、勝ち誇った……笑み。




「もし儂が本当に何の力もないとして、誰が想像の力を司っておるというのじゃ?」




 刹那、カーツの体は後方に大きく吹き飛ばされた。


「懐かしい感覚じゃろうて。カーツよ、貴様の体が吹き飛ぶ衝撃波を儂が創造した。この意味、よもや解らぬわけがなかろう」


 カーツは空中で仰け反り、背中で地面に着地した。

 しかしすぐさま起き上がり、明らかな動揺を見せる。


「ばっ、馬鹿な……ジジィに創造の力はもう、無くなっていたはず……」

「儂の最後の秘策じゃ。この時、この瞬間の為だけに天界の民全員にひた隠しにしてきた……全ては貴様、トロイト=カーツの暴動を止めるためにの」


 この時の為……それを聞いてカーツはわなわなと体が震えるのを感じた。今の彼にはこの震えが、クレイモワに対する恐れから来たものなのか、新たに自分に立ち塞がった難関に対しての武者震いなのかが判別できなかった。


「ふ……」


 その震えがだんだんと大きくなっていくのを実感し、ついには感情を爆発させるに至らしめる。


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 俺を、無敵であり最強のこのトロイト=カーツを騙したか!! 称賛に値するぞその行い! そうかそうか……つい自分はすべての生命体の頂点に君臨していると勘違いしていたが、俺にも足りないものがあったようだな。貴様のその狡賢さ!! 尊敬の念すら感じる……だが死ね!!」


 カーツはかつてMSS小隊の一人の身体を貫いた、髪の射撃による攻撃をクレイモワに放った。

 だが、カーツの放った髪の毛は、カーツの手から離れた瞬間に、ひらひらと地面に落ちていった。


 その現象を目撃して、カーツの思考は無に還元された。


 髪の毛を投げるモーションで石像のように硬直してしまったカーツ。徐々に事の異常さに気付き始める。


「……はは、俺としたことが、凡ミス。謝ろうクレイモワ、貴様の最後がこんなにグダッてしまったことに……だがそれも次でラストだ。せいぜい一、二分延命できたことを喜んで逝け!!」


 強引に髪の毛を毟り取り、乱暴にクレイモワに向かって投擲する。

 しかし、髪の毛は無残にも無い上がってその場に落ちていく。


「な、なな……」


 カーツは、目をひん剥いて狼狽えた。



「何故だぁああああああああああああああああああああああああ!! 何故、ナゼあの技が使えない!!? 何をしたクソジジィ―――ッ!!」



 カーツは余裕や冷静さなど捨て、衝動に駆られるままクレイモワに向かって走り出した。

 その途中に、いままで感じたことも無いような息切れや疲れなど、気にならないぐらい、

 そしてクレイモワに助走をつけた蹴りを炸裂させる。


 しかし、


「軽いのぉカーツ……最強がこれしきの力しか出せんのか? これならまだまだ儂も負けておらんぞ!!」


 蹴りだした右の足をクレイモワに掴まれたカーツは、そのまま体を空中に投げ捨てられた。


「有り得んんん!! 絶対的に最強であるはずの俺が……この程度のクソカスにィィィ!!」


 カーツは地面と激突した。彼の顔には今だ状況が理解できていないのか、疑問の色が見えた。


「フフそうか、これは確率論だ。俺がジジィに押し負ける確率が、ゼロではない限り起こり得る事態……偶然、偶然起こってしまったハプニングだ!! じゃないと……無敵であるはずの俺の力が、偶然でも! 負ける訳ねええええだろうがぁぁぁぁぁぁ!!??」


 天井を仰ぎ、喉が張り裂けるのすら構わずに叫びまくる。


「クレイモワ……その復活した創造の力で何かしたんだろ? なあ……おい……そうだと言ってくれよ!!」


 勢いよくクレイモワのほうに目を向けるカーツ、その眼が捉えたのは、クレイモワがカーツに指をさしている姿だった。


「いや俺じゃない……あれは、っ――!!」


 クレイモワが指差していたのは、カーツの後ろから迫りくる、ジャック本人だった。


「ごっ、パァァァァァッッ!!」


 カーツは振り返りざまにジャックの拳をモロに顔面に受け、十メートルは離れたクレイモワのところまでノーバウンドで吹き飛んだ。


「きっ、さまァ……何故ッ……生きて……っ!!」(この力は何だ一体!! ジャックのどこに俺を吹き飛ばすだけのパワーが……有り得ん、有り得ん有り得ん!!)


 ジャックは何も語ることなく、頬に付いた血をカーツを殴った方の拳で拭き取った。


「ゴホッ! ゼェ……ゼェウァァウ!! (何だ何だ何だこの呼吸のし辛さはァァァ!?? 息切れ!? まさかこの俺が、息切れを起こしているとでもいうのかッッ??!)」


 両手で体を支えながら、なんとかその場に起き上がるカーツ。額からは汗をダラダラ垂らしていて、今までのカーツを知る人が見たら軽く失神するレベルだ。


「クレイモワ……ジャックが生きてるのも、腕力が強くなってるのも……お前が創造の力を取り戻したのもッ!! 全部、貴様の仕業かァァァァァ!!!!」


 カーツ渾身の叫び、しかし告げられた言葉は非情である。


「いや全く」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「ついでに儂が創造の力を使えるのは決して復活したわけではなく……ってもう何も聞こえぬかの」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 絶叫だ。


 カーツはそろそろ、完全に精神が狂ってしまいそうになっていた。

 そこに、追い打ちをかけるような、いや、カーツからしてみれば、すべての事柄に辻褄が合う最悪の出来事が発生する。

 無線だ。――ジャックの懐に仕舞われていた無線が、誰かと繋がった。

 ジャックは無線を取り出し、相手の呼び出しに応答する。


「こちらジャック……要件は何だ」


 気が付けば、カーツの絶叫は止まっていた。叫び疲れたのか、この会話を自分も聞こうと思ったのか……、

 無線の先から聞こえてきたのは、女性の声だった。


『こちら第三部隊、隊長のハリエナ!! 天界の市民及び残存している天使軍との和解が成立しました!! 繰り返します――』


 和解――第三部隊の隊長、ハリエナは確かにそう言った。

 その言葉を聞いて、ジャックは少々疑問に思ったが、確かこの無線はこちらからの声を相手には遅れないことを思い出したので、開きかけた口をすぐに閉じて、ハリエナの言葉を聞き続けた。


 カーツも、この無線の内容が耳に入った。

 彼が大きな反応を見せたのも、ジャックと同じ和解という言葉だった。しかし、ジャックとはその言葉の受け取り方が全然違った。


 無線は続く、


『私たちがいるここ、サラトリアには天界の一般市民の九割がいるようですが、最初こそ違えど、もう全員私たちの味方です。天使軍、天界市民は今やっと諸悪の根源が誰か、理解したのです!!』


                ☆


 時は少し遡る。


 サラトリアは、天界一広大な街である。

 ここは、いざというときのシェルターが存在していて、危なくなったらとりあえずサラトリアに行こうという考えは、天界に生きる市民全員が思っていた。

 そんなときに、レジスタンスが天界に攻め入るという大事件が起こった。今回の革命騒動である。


 天界の市民は押し寄せるようにサラトリアへと集まった。

 いくら避難に最適な場所といえど、数に限界があった。シェルターが人数オーバーになってしまったのである。

 シェルターに入りきれなかった人たちは、今更別の場所に逃げるわけにもいかず、サラトリアに留まった。

 勿論、天界の兵士たちも、ここサラトリアにたくさんの住民がいることは知っているので、最重要でここを守るようにしていた。鉄壁の要塞である。


 まあこれだけ人が集まれば嫌でもレジスタンスの目に留まる。サラトリアの重要度に気付いたのが、ハリエナ率いる第三部隊だったのである。

 第三部隊はサラトリアに猛攻を仕掛けた。しかし天使軍の決死の防衛に遭い、敗北を喫し、生け捕りにされてしまっていた。


 話はその時の同時刻の、別の場所へと移る。

 飛び入り参加でレジスタンスに加わり、最前線で戦い続ける少年がいた。

 彼は、天界城への道中兵士でもないというのに自分へと向かってくる天界人と遭遇した。少年は、彼らの勇姿を見て悟った。彼らもまた、人間なのだ、と。未来の子供たちの将来を案じて自分へと向かっていける崇高な魂を持った、ヒーローなのだと――、


『お願いしますッ!! おれっ、私の話を聞いてください!!』


 少年は向かってくる彼らに土下座をし、自分たちの目的と、これまで現界人がカーツ達にされてきた仕打ちの数々を赤裸々に語った。

 結果、少年と天界人たちは解りあうことができたのだ。



「あの少年は、真っ直ぐな目をしていた。私は、私たちは少年が言っていたことが嘘だと思えなかった……敵だろうが味方だろうが関係ない。理不尽に傷ついている人がいたら、迷わずそいつの助けになるというのは、何もおかしいことじゃない」


 少年の訴えを真摯に受け止めた彼らは、サラトリアで捕えられ、殺されそうになっていたレジスタンスたちを庇いながら、天使軍やこの様子を見ていた一般市民に向けて、少年の言葉を伝えようとしていた。


「こいつらは統治を司るあの、トロイト=カーツに両親を殺され、家族を殺され、友達や大切な人をたくさん失ってきた人たちだ。悲しかっただろう、苦しかっただろう!!」


 それに、天使軍の一人が反論する。


「ちょっと待ってくれよ。カーツ様といえば……寛大で、おおらかで、決して民衆をないがしろにしないあの!? あの人がそんな残虐な行為をするわけがない!」

「そ、そうだそうだー!」

「カーツ様は俺たちの希望だー! そんなのはその現界人が適当なことを言ってただけじゃないのか」


 まわりの天界人はカーツを信じて疑わなかった。


「クソッ……やはり駄目なのか……!!」


 少年に説得された彼らも、心が折られ、諦めてしまいそうになった。

 そのとき、


「ちょーっと誰かアシ貸してくんなーい? 天界の、外側までさ」


 そこに忽然と現れたのは、ガーナード=エルリックだった。


「って、何やってんのあんたら」

「お前こそ……どうしてこんなところに……!」


 天使軍の一人が露骨に嫌そうな声音で言う。


「あはは、随分と嫌われたもんだねこりゃあ」


 エルリックはケラケラと笑った。


「そいつら、詳しく言うとそいつらが出会った晴人って少年が言ったことは本当だぜ」

「馬鹿をいうなっ!! カーツ様がそんな残虐なことを「するんだよなぁこれが」


 天使軍の男の言葉を遮るようにエルリックは言った。


「お前ら、俺が曲りなりにも聖霊の間の守護者だってことは知ってるよな?」

「あ、あぁ」

「じゃあ聖霊の間の守護者が間から外に出たときの制約を言ってみな」

「聖霊の間から出た彼の守護者は、真に心の内から思ったことしか口にすることが出来ない……ハッ!!」

「いえーすいえすいえす! よぉーくわかってんじゃん。まあその制約は天界の中でだけなんだけどね」


 エルリックは、軽く拍手をしながら男の傍に寄った。


「まあこれで俺が本当のことを言ってるってわかってくれたよね?」


 ニコ―っと笑顔で男に問うエルリック。


「ぁ……ぁあ………」


 男はガクガクと震えることしかできなくなっていた。


「ったく、使えねーなぁ」


 エルリックは舌打ちして、男に手を伸ばした。

 その手が男に触れた瞬間、男は小さな悲鳴を上げた。

「彼らは、本当のことを言っています。ので、カーツは天界の皆を騙していた。おーけぃ?」


 エルリックは、男の顎と頭を手で持ち、強引に首を縦に振らせた。


「はいつまりはそういうことなんでぇ!! トロイト=カーツはこの騒動が起こってしまった根本的な原因です!! みんなカーツに騙されてアイツの力の源に気付かないうちにされてたんだよ~!!」


 エルリックの言葉を聞いてついに天使たちはカーツが悪者なんだと理解したのだった。


「……あんた、なんで私達の為にここまで……」


 縄を解かれたハリエナが、エルリックに問う。

 エルリックは二言で返事をした。


「善行を行うってのは、いつでも気持ちのいいことだからな」


 エルリックはハリエナに後姿を向け、手でお別れの挨拶をする。

 言いたくも無かった寒気のするようなきれいごとだが、これがガーナード=エルリックの中に存在している本当の気持ちであり、彼は本当はとても優しい人間なのかもしれない……。


                  ☆


「そうだったのか……周りがおかしくなったんじゃなくて、俺だけが変わってしまった、というわけか」


 カーツは自虐するように呟いた。

 彼はすべて悟ってしまったのだ。


(だが、まだ勝機はある……なんとかここを乗り越えて……)

「ジャック=ウィルソン! 話をしよう、争いはもう終わりだ!」

「……」


 ジャックはもうカーツと喋ろうとは思わなかった。無言で、コイツを殺そうという感情の荷が頭の中で渦巻いていた。


「じゃ、じゃあこうしよう! お前が欲しい物、したいこと、全部お前に与えよう!! どうだ? 悪い話じゃないだろう!」

「……ほう。それはいい提案だな」


(乗った!! ちょろいな。所詮ただのガキよ)

「何でも言ってくれ。叶えてやろうじゃないか」

「だったら……」


 ジャックは、カーツの目の前まで行き、言った。


「俺がしたいこと……それは敵討ちだ」

「あぁあぁいくらでもしてくれ!! (フハハあとはこいつをぶっ殺して……)」


 もう既にカーツはジャックの言葉など聞いていなかった。そんな余裕はどこにもなくなっていた。

 そのとき、カーツの腹部に、猛烈な痛みが押し寄せた。


「なあああぁあぁあああぁあぁぁああ!! 貴様ジャック!! 何をしたァァァァァ!?」

「みっともない姿だ。大総統が聞いて呆れるな」

「ぐぅぅぅぅ……おの……れッ!!」


 カーツは堪らず、地面に体を落とした。

 ジャックの手には、ガラス片のような刃物が握られていた。堕天武装の失敗作だ。


「敵討ちだよ。俺がしたいのは」

「そうか俺がお前の家族でも殺したか、悪かった!! 謝る!!! だから俺だけは――」


 カーツは言葉を言い終わる前にはもう事切れていた。

 ジャックが切り裂いたのは、股関節の男の急所だった。栄華を誇ったトロイト=カーツには、華々しい最期など送らせはしない。


「テメーが殺したのは俺の家族なんかじゃねえだろ……」


 ジャックは、カーツが死んでから、ようやく涙を見せた。


「アンジェラ……俺、やったよ……全部終わったよ……ねえアンジェラ」


 笑ってくれよ。

 俺の目の前でさ、

 もう一度でいいからさ……、








 お前と、もっと一緒にいたかった――――









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