天罰の鷲
「フン……現界の技術は脆いな」
壊れてしまった通信機器に向かって一言告げた。
現界のイギリスを統べる王、トロイト=カーツは逃げ回っていたレジスタンスの第四部隊を壊滅させていた。
「しかしレジスタンスなど無駄なことをしおって……これまでにどれ程の面倒があったと思っている。……面倒、面倒だが不穏因子を排除するのは仕方のないことだ……仕方ないついでにアレを使って向かうとでもしよう」
そう言ってカーツは、天界城ギラトンとは真逆へと向かい始める。
レジスタンスに残された時間は、もうあまりない。
「見えたぞ!! 次のフロアへの入り口だ!!」
レジスタンスの誰かが声を上げた。
ジャックはさっきカーツが言っていたことを頭の中で反芻していた。
『間を守護する四人』……と、
「グリフォンは、俺が必ず……」
一人呟き、確固たる憎悪の念で眉間の皺を増やすジャック。
他のレジスタンスの面々も、内心このままいけば革命が成功するのではないか、と淡い期待を抱き始めていた。
処刑広場からの奇襲からここまで。大勢の死者が出てしまったが、まだ負けたわけではなく、むしろ優勢にさえ思える。
これまでの中で友人や大切な人を失った者も多い。理解したくないだろう、納得したくないだろう。しかし、これは戦争なのだと割り切ることで何とか堪えてきた。
それももうすぐ終わりを迎えようとしているのだ。
残す守護者はカーツの言葉が正しいのなら一人のみ。
そこさえ乗り切れば平和が待っている。否応なしにレジスタンス全体の士気は上がる一方だった。
「さあ、開けるぞ。最後の間だ」
レジスタンスをこれまで引っ張ってきたリーダーであるジャックが、その扉を開ける。背中にはいまだ動くことができないアンジェラを抱えて……。
☆
重量感のある音と共に、次なる扉が開かれる。
晴人はその扉の向こうから今までとはまた別な気配を感じていた。
少しずつ開かれる扉の隙間から流れてくる空気、冷気にも似たその感覚は晴人の全身を強張らせ、体温を侵食していく。
この感覚を、レジスタンス全員も感じているのだろうか。晴人はそんなことを考えていた。
しかし、晴人がもしレジスタンスに思っていること、感じている感覚を伝えても、彼らはその問いにノーと答えるだろう。
彼らレジスタンスの気持ちの高ぶりはここにきて最高潮であるのに対し、晴人は今だ燃え上がりきらずにいるのだ。
その理由は晴人自身理解していないのだろう。しかし、彼ら一個人の意志などこの場においてはあまり意味を持たなかった。
「ようこそ『天罰の間』へ。待ちわびたぞ、人間共」
一本の伸びた鉄の頂点に、羽を大きく広げ君臨する男は、晴人を含めたレジスタンス全員がよく知る人物。
「やはりお前も守護者ってやつだったのか――」
ジャックの眼光が、その男を捉える。
「親父の仇――グリフォン!!」
グリフォンの口元は、ジャックの怒りの込められた声を聞いて、ひどく歪んだ。
「貴様がジャック、で合ってるか?」
ジャックはその言葉に眉をひそめた。
しかし、好都合だとも思った。
「そうだ。俺の名はジャック、ジャック=ウィルソンだ!! レジスタンスのリーダーとして、天界に……この国に革命を起こしに来た!!」
「そうか」
グリフォンは一拍間をおいて、ゆっくりと口を開いた。
「――戦師の采杯」
その単語一つで、この天罰の間は瞬く間に戦慄が走った。
「ジャック=ウィルソンよ。天神の間にてクレイモワ様がお待ちになられている。行け」
グリフォンはジャックに一言『命令』した。
「……馬鹿言うなよグリフォン。俺はお前を殺すためにここまで来たんだ……!! 今更そんなこと言われたぐらいで引き下がるわけがないッ……!」
ジャックは額に汗を垂らしながらも、笑ってグリフォンを見上げた。
しかし、その挙動には今までには無かったような不自然さがあった。
その違和感の正体に近づいたのはジャックを除いて二人だけだ。
一人は背中に張り付いているアンジェラ。彼女にはジャックの変化がすぐわかった。
「ジャック……震えてるの?」
ジャックの体は小刻みに震えていた。まるで何かに耐えるように。
もう一人は、晴人。
「お前、まさか……いや、でも……」
晴人は知っていた。ジャックの、見えない力に抵抗する様は、以前自分が経験した状況を彷彿とさせた。
晴人は知っていた。グリフォンには『絶対命令』という特殊な力があること。
晴人は疑問に思った。
「絶対命令って、現界でしか使えないんじゃなかったのかよ……!?」
それを聞いてグリフォンが晴人の存在に気付く。
「貴様、あの時の……」
バサッと背中の羽を大きく羽ばたかせ飛翔し、晴人の前に降り立つ。
「あの現界人と一緒にいた人間か」
「わざわざ覚えててくれてありがとよエセ天使。決着を着けに来たぜ」
「決着だと……? ハッ」
グリフォンが笑みを見せた、
「図に乗るな」
瞬間――晴人の体は自由を失い真横に吹き飛んだ。
「はッ……」
「晴人君!!?」
ジャックとアンジェラの傍を掠めて吹き飛ぶ晴人に二人が叫びかける。
しかし、
(くっそ!! もう声すらまともに出せねえ!? どうなってんだよ……っ!!)
ジャックは身体機能のほとんどが麻痺したようになっていて、動かすことが出来ない状況だった。
「はるっち!!」
晴人がグリフォンに吹き飛ばされたのを見てリリィが駆け寄ろうとした。
「駄目ですリリィさん! 危険すぎます。アレを、グリフォンを一人で相手するような真似は自殺しに行ってるようなものです!!」
シャーリィはリリィの腕を掴み止めようとした。しかし、リリィはシャーリィの手をほどき、怒鳴る。
「危険なんて関係ないでしょ!! それともはるっち一人がやられるのを黙って見てるっていうの!?」
「そっ、それは……」
リリィの言い分に、心ではわかっていても肯定しかねるシャーリィ。
「もういい、あたしだけでもはるっちを助けに行く。ここで助けに行けなくて何がレジスタンスよ、何が革命よ!!」
「っ!?」
リリィの言葉はシャーリィをはじめレジスタンス全員の旨を貫いた。
「自分たちはこれまで強敵は一部の強い人たちに任せっきりだった」
一人の男が懺悔するように呟いた。
「誰かがやってくれる。俺たちの代わりはいくらでもいるんじゃないかって、内心そう思っていた」
そんな俺たちでも、貢献できるのか?
この疲弊しきった心から来る不安は、リリィの言葉が打ち砕いた。
「俺たちは何度も助けられた。だから今度は俺たちで助けるんだ!」
「守護者って言ってもたった一人だし、ここにいるみんなでやっちまえば勝てる!! いくぜレジスタンス総攻撃だァァァァァァァ!!」
「「「「オォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」」」」
リリィを先頭にレジスタンスの総員がグリフォンへと向かっていった。
「グリフォン。はるっちに、手を出すなぁぁぁ!!」
リリィの短剣状の堕天武装が、彼女の意志に呼応するかのように光を帯びる。強く、たくましく、神々しく。
彼女だけではない。
心なしかレジスタンス全体に淡い光が降り注いでいる。
一つになった彼らの意志力に、堕天武装が反応しているのだ。
リリィは、自分の後ろについてくる数千のレジスタンスを感じながら、確信的に勝利を感じていた。
「みんな……ありがとう。行くよ!!」
グリフォンは、そんな彼らを見ながら、再び唱える。
「クラミロストロ・ミルラリオーネ」
その詠唱が聞こえたのはジャックとアンジェラだけだった。
(まずい!!)
「ひッ……!!」
退け、撤退しろ。その言葉が浮かんでも、それを今のジャックは伝えることができない。
「みんな、逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
アンジェラが悲鳴に近い声で叫び、
「貴様等全員目障りだ――消えろ!!」
瞬間、レジスタンスの喝采と怒号。正確に言うと天罰の間からジャック、アンジェラ、そしてようやく息を吹き返して咳き込む晴人以外のレジスタンスは全員、
消えた――
☆
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しん、と恐ろしいまでに静まり返った天罰の間にアンジェラの絶叫が響き渡る。
グリフォンはアンジェラの絶叫を無視して晴人の頭を掴み、持ち上げる。
「ゲホッゲホッ! は、なせ……」
「生意気な現界人よ。貴様もここで死んで逝け……この――」
グリフォンは晴人を掴んでいないほうの左手に持っていたものを晴人に見せた。
「この厄介な金箱ももう使わせん。こんなもの……握りつぶしてくれる!!」
グリフォンが少し左手に力を込めると、晴人のオーパーツ、ミラージュ・スクリーンは粉々に砕け散ってしまった。
「テメェ……俺の、オーパーツを……」
グリフォンはオーパーツという単語に一瞬疑問を浮かべたが、気にすることはなかった。
「次は貴様がこうなる。死ね」
グリフォンが頭を握る力を強める。
「ぐああああぁぁぁ!!」
「もっとだ」
晴人は喉が張り裂けそうになるぐらいの声量で叫んだ。
グリフォンは晴人の様子を不敵な笑みで堪能する。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ジャックの背中に乗ったままのアンジェラが晴人に負けないぐらいの声で叫んだ。
グリフォンは一旦晴人を手放し、ジャックとアンジェラのほうを向いた。
「ジャック。貴様はまだ留まっていたのか。進めと、命令したはずなのだがなぁ」
ジャックはもうまともに思考することすら出来ずにいた。グリフォンの戦師の采杯に逆らうということはだんだんと体から自由が奪われていくことに等しい。
それでもまだ、ジャックはグリフォンを射殺すような目つきで睨んでいる。彼の中の復讐心が、自由や理性を破壊されてもなおこう思わせるのだ。
「絶対ニ、コロス……!!」
「そうか」
グリフォンはジャックの本能の声など聞いてはいなかった。
今の発言は、どちらかというとこの状況の最適解を導き出して納得した時のものだ。
「貴様の上の女が邪魔で、クレイモワ様のところへ行けなかったのか」
グリフォンは一回の羽ばたきでアンジェラの目の前まで肉薄する。そして、
「罰だ。現界人の女」
グリフォンは腰に二本ある剣の片方を抜いて、斬りかかった。
「ん?」
その斬撃は、アンジェラの体を割断することはなく虚空を斬った。そして、
「女……」
グリフォンは、煮え滾る気持ちを抑えながら、いつの間にか移動していたジャックとアンジェラに言った。
「何故現界人風情がその技を使えるのだ!!」
☆
(……寝ていた? いや、気を失っていただけか。いやどうでもいいか。しかしまだ目が見えない……俺はいったいどうなった)
ジャックの意識は先の瞬間移動により多少復活していた。
目は開かず、喋ることは出来ないが思考することと音を捉えることは出来る。
(声……誰の声だ?)
「…………ッ………ア……」
(この声は……)
「止めるんだジャック!! 狙われてるのはお前じゃない、アンジェラだ!!」
ジャックは自分の意志とは裏腹にアンジェラを置いてグリフォンに襲いかかっていた。
(体が思ったように、動かない!!)
「死ね!! 天界かぶれの現界人風情がッ!!」
グリフォンの剣がアンジェラを襲う。
「アンジェラァァァァァァ!!」
気付いたらジャックは声を出せていた。
刹那、晴人はグリフォンの攻撃を一身に受けていた。
「……!!」
目の前で血が舞い、アンジェラは悲愴な表情を見せる。
叫びたくても叫べない。
瞬間移動の疲労が限界を超えていたのだ。
「晴人……お前、どうして!?」
「ジャック……目が覚めたのか。ヘッ……良かっ、た」
「馬鹿言ってんじゃねえ!! そんなことしてたらお前――」
「そんなことしたら、アンジェラが死んでただけだ。ジャック、アンジェラを連れて先に行け!」
晴人はグリフォンに斬られた箇所を服の布で止血ながら、笑った。
「こいつは待ってはくれないぞ、早く行けッ!!」
「その通りだジャック=ウィルソン。女は私が始末しておいてやるから先へと急げ」
グリフォンの二つの羽がゴバッッと開き、晴人の奥にいるアンジェラを狙った。
「そこまでじゃ!!」
グリフォンの羽は、何もなかったところから突然現れた奇怪な服装の少女に引き裂かれた。
驚きに染まるグリフォン。自分にこんなダメージを与えることができるのは誰だと頭の中で反芻する。
その答えは、
「きっ、貴様はァァァァ!!」
白を基調としたドレスに、極東国の伝統的な刀、ババァ臭い喋り。
「来るのがおせーよ。エルナ」
「待たせたな。真打の登場じゃ」
「クソッ!」
羽を失ったグリフォンは後方へと跳躍して距離を取る。
その隙にジャックはアンジェラを背中に抱える。
ジャックはそのまま天罰の間の出口へと走った。
そして、出口の前で立ち止まり、振り返らずに声を上げる。
「晴人!」
「ん、なんだ?」
――天罰の間に、しばらくの空白が訪れる。
「…………頼んだ」
「まかせろ(なのじゃ)!!」
ジャックが扉を開け、その向こうへと進んでいく。
「そうだぜジャック、復讐なんてつまんねー考えは捨てていけ。お前みたいなやつにはそんなちっぽけな野望より、イギリスを救うっつー大役のがお似合いなんだよ」
「女を連れて行っていいとは言ってないつもりだったんだがなァ!!」
エネルギーを剣の形に凝縮してジャックが通っていった扉へ放つ。
「エルナ!」
「わかっておる!」
グリフォンの攻撃は、エルナが一振りすることで塵となって霧散した。
「おのれ……ッ!! 私の攻撃を何度も何度もっ!!」
エルナへ向かって迫るグリフォン。
「なんじゃ? この間よりは多少力が強くなっているようだが、まだまだじゃのう」
「……ふ」
ブチ、ブチブチ。
グリフォンから、血管の切れる音が響いた。
「ふざけるなァァァァァァァ!! 多少、多少だと!!? 私の力はこの天罰の間では現界の三倍だ!! それを……それを多少だとォォォォォォ!!?」
腰の剣を抜いて鬼のようにエルナに斬りかかる。
それをエルナは軽くいなす。
「効かんのう。もっと本気を見せたらどうじゃ?」
「舐めるなよ!! 戦師の采杯、私に天上天下を破壊する……力を!!」
グリフォンに、光の柱が降り注いだ。
そして、その中から出てくるグリフォン。
「パワーアップか? よかろう。かかってこいなのじゃ」
「お前久しぶりの出番ではしゃいでるな?」
「そんなことはない。これでも控えてるほうじゃぞ?」
「嘘つけ。語尾が変だもん」
「まさか」
エルナの刀とグリフォンの剣が交わる。
「決着を着けようじゃないか、現界人。あの時の対決のなぁ!!」
エルナが一際大きく横払いすることでグリフォンに距離を取らせる。
「無論じゃ。しかし、決着を着けるのは余ではない。余は既にお主には勝っているからのう」
エルナは、その身を刀へと変化させ、晴人の腕に収まった。
「決着を着けるのは、俺とお前だぜ。グリフォン!」
晴人は不敵な笑みを浮かべて『天罰の間の守護者』と対峙した。
「いいだろう、現界人。今度は必ず殺してやろう」
「現界人じゃねえ……俺の名は――柊晴人だ!!」




