叫べ、復活の呪文! ヒイラギ・クエスト~そして『レジェンド』へ~
話は、少し前に遡る。晴人たちが知る由もない補完の話だ。
「……これは」
少女は死体の傍にあった本を手に取った。
「やっぱりこれが今回の原因ってわけ、か」
原因、というのはRPG化したことに対する。
「じゃ、私がやることはただ一つだね」
少女は、魔導解読書を開く。
「えーっとRPGにおける魔導と戦闘時の制限解除。システムの全権限の譲渡」
その言葉の終わりに、きゅぴーんという音が聞こえた。
「よし。これで大丈夫!」
ゴォォォォォォォォン………―――
城下の町へ響き渡るほどの大音響。その正体は、
「ふーっ。たかが岩のくせにデカすぎるんだよ」
「そういうな晴人よ。目的は達成されたのじゃ、あとは大手を振って城下町まで凱旋するだけじゃ」
「そうだな。勇者様はめでたく世界を救いましたっと」
晴人はひょいっとこの城内部への出入りを強制的に禁止させていた巨大な岩の瓦礫の上を軽快に渡った。
そして今は墜ちた城、エンドゲイダンス城の大門をくぐりぬけた。
「久しぶりの外じゃ!」
「改めて見返すとここ、なかなかの光景なんだな」
エンドゲイダンス城は中央の魔王の部屋・その他と、外郭であり今まで侵入を試みた冒険家(エールスランディア州民)たちを返り討ちにしてきた通称『戻りの廻廊』の二つからなっている。
そして今晴人たちがいる場所は『戻りの廻廊』と中央を繋ぐ広場である。
広場であるが故にここからは情報の町、エールスランディアのすべてを見ることができる。
「ん? 誰だ……女?」
晴人は倒れ伏している善玉の側にいる何者かを発見した。
「あやつは……」
その何者かは晴人が善玉の傍に置いていた本、今回の事件の大元と言っても過言ではないキーアイテムの片割れ――EXオブジェクト・魔導解読書を手に持っていた。
「あれが他人の手に渡ると危険じゃぞ、晴人」
「わかってるって」
晴人はエルナに待つように言い、何者かのもとへ歩いた。
「おーいそこのあんた、その本俺のでさー。いや~拾ってくれてありがとう」
嘘で固められた言葉を躊躇いもなく相手に向ける晴人。仮初の笑顔も相手を騙すには十分自然に見えた。
しかし、晴人に返ってきた言葉は予想だにしないものだった。
「君のじゃないことぐらい知ってるよ、この本。いや、オーパーツは」
オーパーツ、と彼女は言った。
「オーパーツ……だって……? てかお前――!」
晴人はその単語を前にも聞いたことがあった。
それは遡ること数週間前。
新日本都に突如現れ、世界一の魔法学院の生徒・リナや新日本都に住んでいた晴人を殺そうとした謎の大男。
その大男は確かに言っていた。
『こいつはA級宝物庫に保管してあった最高級のオーパーツだ』
そして、晴人はオーパーツの発動を止めることができずに、大男をさらに大男にさせてしまったのだ。
「おーい晴人。どうかしたのじゃー?」
話し込んでいるようだったので待ちきれず、エルナが晴人らのもとに来た。語尾が相変わらずだったが、今はそんなことは気にならなかった。
「軽快な嘘をついておったというのにちょっと目を離せば石像のように固まっておるとはの。そのような小僧に救われたのであっては一般市民もガッカリじゃぞー?」
ブツブツと文句を垂れるエルナ。
「やあ職業無職のエルナ君。無職の割には最後まで勇者のパーティに加わってたんだね」
「余が無職じゃと!? 馬鹿にするでないぞ下郎っ!!」
「アハハごめんごめん。軽いジョークだよ。ねっ! 保守的な勇者様♪」
目の前にいる謎の少女はエルナのことを無職と呼び、晴人のことを保守的、と呼んだ。この情報を知り得る人物はこの町には片手で数えられるほどしかいない。
そもそも、これは文章に起こしているからそれとなくわかんないですよ感を出してはいるが、実際にエルナと晴人は目の前にいる少女の顔はもう見えている。つまり、既に彼女が何者かは理解しているのだが、あえて説明させてもらおう。
そう、晴人たちはRPGでのステータスを開いて、それを他人に見せる行為を行ったのは一度のみ。そして、その時その場に顔を居合わせたのは三人だけ。
エルナと晴人は当然。
では残りの一人は……晴人たちのステータスをよく知っている目の前の少女。
「改めましてお疲れ様! 私は君たちなら絶対に倒せると信じていたよ」
晴人たちに善玉悪玉の対峙を依頼した、情報のスペシャリスト。
通り名は――FR。
「好き勝手言ってくれるよのうFRよ。こっちは大変じゃったというのに」
「本当に助かったよ。君たちがいなかったら今頃大変なことになっていただろうさ」
FRは両手を広げて全身で感謝の意を示した。
「――おい」
日常パートに戻っていた会話に、依然としてシリアスな面持ちで割って入る晴人。今の彼は善玉や悪玉との戦いの時より真面目な顔をしていた。
「その本がオーパーツってどういうことだ。そもそも、オーパーツってなんなんだ。それに」
「ストップストップすとーっぷ! 一気に聞かれても答えられないよ」
FRは手で止まれのポーズをとり、促した。
「私は情報屋だけど、その前に普通の女の子なんだよ?」
「……悪い、焦りすぎた」
ばつの悪そうに晴人が謝った。
しかし、
「ここで妥協するわけにはいかない。どうしても聞きたいんだ……見てくれ」
晴人は懐にしまっていた金色の箱を取り出した。
一つはバイクらしき乗り物。もう一つは敵の感覚をずらす、ミラージュ・スクリーン。
「これは……オーパーツ……? 何故君がこれを」
FRは嬉しそうに金色の箱、オーパーツを眺めていた。
「これは俺の故郷で偶然拾ったものなんだ。どうだ、何ならこれを交換条件に出してもいい。お前の知っていることを教えてくれ」
FRはしばらく考えた後、笑顔で晴人に返事をした。
「仕方ないね? 本当はこんなこと駄目なんだけどね? 君がどうしてもって言うからね。今回は特別だからね???」
早口で答えた後、晴人からオーパーツを受け取るFR。受け取ったのはバイクのようなもののほうだ。
「交渉成立だよ、なんでも聞きたまえ。ここからの私は情報屋としてのFRだよ」
「…………」
ずっと黙っていたままだったエルナが晴人の肩を叩いた。
「ん? 何だよエルナ。俺は今から重要な話をするんだ。用があるなら後にしてくれないか」
「いや、用と言った用はないのじゃが……」
エルナは言いにくそうにしていた。
「言いたいことがあるならさっさと言えよ」
「……ならば申すが、周りを見よ晴人」
「あん?」
ぐるっと視界を一周させて、ここに有るべきものが無いことに気付いた。
「善玉の死体が……無くなっている!?」
善玉は音もなくこの場から消え去っていたのだ。
死んだ人間は動くことはない。
「一体どうなってやがる……?」
「覚えがあるんじゃない? この現象に」
独り言だったのだが、返事が返ってきた。
FRだ。
「前にも一回あったはずだよ、死体の消失。私の知るところではこれで二度目かな」
「……」
晴人は押し黙っていた。
「おぬしは知っておるのか? 情報屋とはまことに耳が早いようじゃな」
「これが情報屋だよ。まあ消えたのは死体だけなんだし、そろそろ本題に入ってもいいんじゃない?」
――死体の消失。それに俺が身に覚えがあるだと?
正直な話晴人にそのような記憶はなかった。
――本当に放置したままでいいのだろうか。
「……よし。じゃあまずオーパーツについて聞かせてくれ」
しかし、これ以上のことは現状で判断しかねる。今考えても時間の無駄だ。
「おっけー。オーパーツってのは許されざる禁断の技術で、一般の人はその存在すら知らない。しかもオーパーツに関する研究は禁忌中の禁忌。ダメ、絶対ってやつ。それなのに君はその禁忌を二つも所持していたってわけ」
「この金箱が……禁忌……!? しかも研究はもっと禁忌ときた。でもおかしいな、前に戦った大男もこの金箱を持ってたんだが」
「ならその大男さんと善玉・悪玉はグルってことになるのかなー?」
そう、FRはさっき善玉が持っていた魔導解読書のことをオーパーツと呼称した。FRがそう言ったのだから間違いない。
「アイツらが……グル……」
「そ、まだ断言はできないけどね。まあそんなことは今はどうでもいいよ。今のところ解明しているのはオーパーツには広範囲を支配する能力があるってだけ。世界のどこかでこっそりオーパーツの研究をしている奴がいるみたいだけど詳細はわかんなかったよ」
「そうか、ならまだオーパーツについてはよくわかってないのか」
「そうなのよー圧倒的情報不足ってやつ。だからオーパーツについてはこれでおしまい。他にも訊きたいこと、あるんだよね?」
「当たり前だろ」
第二の質問に移る。これが一番聞きたかった情報だ。
「三〇〇〇年について訊きたい」
三〇〇〇年という言葉にピクリと反応するFR。そして彼女の雰囲気がガラリと変わった。
「私もそこまで詳しいことは知らない。だけどここ数年で世界がどんどん悪い方向に進んでいるとこはわかる。だからこれは可能性の話」
FRはきっぱりと言った。
「――――戦争が起こる。ちょうど三〇〇〇年頃に」
戦争。
それは国と国とが争う最大の戦いだ。
晴人は戦争自体見たことはないが、過去にそのような事態になったことがあることは知っている。
百年ほど前の話だ。
アグレシアという国があった。アグレシアはその昔アフリカの地にて繁栄の限りを尽くしていた。人々は活気に満ち、アグレシアの歴史は無尽蔵に続いていくように思えた。
そしてある時、アグレシアは有頂天になり、ついに戦争に乗り出した。
……結果は凄惨なもので、アフリカの大陸は敵国の軍事力によって焦土と化した。
同時に敵国もアグレシアの決死の反撃により国土の三分の二を失い、国民の撤退を余儀なくされ、痛み分けという形で戦争は終結した。
それから戦争は一度たちとも起こらなかった。本来戦争など起こすべきではなかったのだ。人類もこの戦争で痛いほど理解したことだろう。
しかし、それからまだ百年しか経っていないというのに、あと一年もしないうちに再び繰り返そうとしているというのだ。
「戦争……」
昔聞いた言葉がふと脳裏をよぎった。
『いい? これから少し先の未来に『何か』が起こるの。そう、ちょうど三〇〇〇年に』
FRの言った可能性は確かにゼロではない。むしろ背筋を駆け巡る寒気がそれは確定事項是であると肯定しているように晴人には思えた。
「戦争か……あまり良い響きではないのう。余には戦争がどのような規模のものかは理解しかねるが、起こってはならないということは容易に想像できる」
エルナは厳しい表情をしていた。ここまで心中が顔に現れるのは珍しい。余程「戦争」という言葉が気に食わなかったようだ。
「あくまで可能性の話だよ。未来は常に不確定だからね、それがわかる人は神とか予言者の類だ。私には専門外だ」
とりあえず、と彼女は続けた。
「私が知り得る情報はこれだけ。あと、情報の町の危機を救ってくれてありがとう。お礼といっては何だけど」
FRはケースのようなものを晴人に渡した。
「これは……」
「その中にはお父さんの大事な武器が入ってるよ。ちなみにもうオーパーツによるRPG化は終わっているから、これはファンタジーな模造品じゃないよ」
つまり、このケースの中には本物の狂凶器が入っているということだ。
「じゃあ私はもう行くよ。オーパーツありがとう! 実物があるとないとじゃ全然ちがうからね」
FRは広場の出口まで行き。晴人たちに振り向いた。
「最後にお父さんの伝言。ありがとう、だってー」
「ああ、じゃーなFR。また会おうぜ!」
「またねーっ!」
元気に手を振ってFRは行ってしまった。
「晴人よ、これからどうするのじゃ。アメリカ旅行の期限はそろそろなのではないか?」
「そうだな。あとどれくらい日数が残ってるんだろう……」
そういって晴人はパンフレットを確認した。
確認した。
……、
晴人はどっと汗が流れるのを感じた。
流れたのではない『あっ、これは汗が流れるな』と感じ取ったのである。
「…………あれ? これ、日数が載ってないぞ!?」
「なんと! して、それは一体どういう意味じゃ?」
エルナはきょとんと首をかしげた。
対する晴人は激しい動機に襲われていた。
日数が記載されていない。それが意味するのは、
「わかんねーのかっ! つまりこの旅行には、帰りの飛行機はねーんだよ!!」
「なん……じゃと……」
気のせいでは済まされないほどの、予感。
急に孤島に一人取り残されたらこんな気持ちになるのだろうか。
諦めて絶望しかかった晴人に、エルナが救いのような一言を告げる。
「しかし、自腹で戻ることはできぬのか? 新日本都に飛行機が一つも出てないということはなかろう」
「それだっ!!」
事態は急展開の序章へと向かいだしていた。
☆
――エールスランディア国際空港受付。
「スイマセーン。シンニホントヘノエアープランハトリアツカッテナイノデース」
「何……だと……」
まさに絶望。この国に故郷への帰り道はないらしい。
「デスガ、アルオカタヨリアナタアテニアズカッテオリマース」
受付嬢はとある紙を晴人に差し出した。
「これは……?」
「ひらがながたくさん書いてあるのう」
「ソレハ『復活の呪文』ダソウデス。オフタリデオヨミクダサイ」
「……ここで?」
まわりにはエールスランディアに来た人や、逆にどこかへ行こうとする人で溢れ返っていた。
ちょっと恥ずかしいぞこれは。
「イエース!」
しかし、受付嬢は営業スマイルのとびっきりの笑顔で肯定と取れる返事をする。
「……仕方ない。読むぞ、エルナ」
「気は乗らぬが、致し方あるまい」
二人は紙に書いてある文字を一緒に読み始めた。
「「ゆうて いみや おいきむ こうほ りいゆ うじとり やまあ きらぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺ」」
「って、これまるっきしド○クエのふっかつのじゅもんじゃねーか!! ふざけn――」
言葉は最後まで紡がれることはなく、晴人は忽然と途切れた。
「なっ!? 晴人! どこへ行っt――」
エルナも同様。
二人はその場からいなくなってしまった。
「ニメイサマ、ご案内しまーす♪」
受付嬢の手には、例の金箱。オーパーツが握られていた。
「せいぜい足掻くんだな、柊晴人……」
「あのーすいませーん。ユーラシアへの便ってありますか?」
「ハーイ、トリアツカッテオリマスヨー」
受付嬢は一瞬悪魔のように笑みを浮かべたが、東洋の客が来た時には営業スマイルへと戻っていた。
「ありましたか、よかったー! 久しぶりに故郷に帰ろうかと思いましてね。いやーほんと助かるなぁ」
三十代半ばのややボサボサの髪が特徴的な男はそう言って空港の中へと消えていった。
☆
とある王宮の一室。
「本日のメインディッシュでございます」
「おう、ご苦労」
彼は召使いに労いの声をかけ、食事に移る。
しかし、王宮に住む人としてその作法は非常に汚いものだった。
豪快。彼のマナーを一言で表すにはぴったりな言葉だった。
「ふうー。いい湯だった」
次に彼は王宮内の温泉へ向かった。
この王宮は非常に大きな造りをしているようだ。
そして彼は自分の寝室へと足を運んだ。
寝室のドアは自動式で、近未来的な低い音で扉を開いた。
自動ドアのネームプレートには彼の名前が刻まれていた。
『トロイト=カーツ』
そう、彼はイギリスの総統。
つまりここはトロイト=カーツの本拠地、キャッスルオブグレートヴリテンでありイギリスという大国の中央に位置する。
「あん? 誰かが部屋に来たのか……」
トロイト=カーツは部屋に入ってすぐに、ちょっとした雰囲気の相違に気付いた。
それはベッドのしわ、開きっぱなしの棚、靴で歩き回ったような痕跡……。
「ってこれ確実に侵入者じゃねえか! 一体誰が……」
王宮内の人間に侵入者がいると伝えるために、カーツは部屋を出ようとして後ろを振り向いた。そのときカーツはこそこそと部屋を出ようとする二人組を目撃する。
「やっ、やあダンディなお人。今日もいい天気ですね!」
なははーと、その男は笑った。額には尋常ではない量の汗が滴り、ポタポタと大理石の床を濡らしていた。
「おい主、その程度の会釈で誤魔化しきれる訳なかろう。どれ、ここは余に任せておれ……あのーすいませーん彼がどうも用を足したいらしくて、トイレに行きたいのですが…失礼なのは重々承知でお聞きしますがこの家、ここ以外にトイレあるんですか?」
「台無しィ!! 最後の一言で全部台無しィィィ!!」
「なんと、余の名演技のどこが悪いと申すか」
「こんな時までボケてんじゃねェェ!! むしろ悪いのは俺とお前の会話だよっ!!」
二人組の男の方は女に連続的にツッコミを捲し立てる。
「……」
カーツはその光景を黙って見ていた。
「って、こんなことしてる場合じゃねえんだった。すいません! 俺たちこれで失礼します!!」
「許せ、名も知らぬ金色の紳士よ……いや」
女はニヤッと笑みを見せた。それに気付いたのはカーツだけだった。
「女ァ!! まさか俺の――」
「逃げるぞ主よ! あの者に捕まったらどうなるか知れん」
「わーってる!! 見せてやるぜ、かつて『ダッシュの貴公子』と呼ばれた俺の全速力をッ!!」
彼の者、百メートル走、十一秒五。
「余を置いていくでなーい!」
女は、その言葉を最後に姿をくらませた。一瞬のうちに消失したのだ。
「クソッ、どうやって侵入したっていうんだ。門番は何してやがる……くだらねえ」
カーツは王宮内では必ず常備している携帯機の起動ボタンを押した。
『えー聞こえるか、俺だ。どうやらこの王宮にガキが二人入り込んでいる』
カーツの言葉が王宮内にいるすべての人の耳に届く。
『どうやって侵入してきたかは知らねえが、構わねえ』
当然、絶賛逃亡中のバカ二人にも聞こえている。カーツは彼らがこの放送を聞いているという前提で続ける。
『見つけ次第、殺せ』
☆
「おいおい……どうなってんだこれ……」
目を開いたら、晴人とエルナは軽く億単位はかかりそうなゴージャス部屋に横たわっていた。
「さっきまで空港にいたよな……? 俺たち」
あまりの唐突さと部屋の神々しさで晴人は開いた口が閉まらない。
「晴人、この部屋は新日本都とはかけ離れておる。かといってアメリカとも違うようじゃ。一度落ち着くがよい」
こんな状況でもエルナは冷静さを失わない。
「して、ここにあるものはいくつまでお持ち帰り可能なのじゃ?」
エルナは冷静なまま室内物色を開始していた。
「他人の私物に触ってんじゃねーよ。無論お持ち帰りはなしだ」
「ばれへんばれへん」
「馬鹿! 戻せって!」
何がエルナをここまで奮起させているのか、その手際は怪盗のそれと同等のものだったように思える。
しかし、
「……おいエルナ。なんか足音聞こえないか?」
カツ、カツ、カツ……と、ゆっくりだが確実にこちらへ近づいてくる。
間違いない。この音の主は必ずこの部屋へ入ってくる。そう仮定してからの晴人の行動は早かった。
「隠れろ! 隙を見てここから逃げる。時間が無い、早く!」
「りょ、りょーかいしたのじゃ。隠れれそうな場所は――」
エルナは部屋を見渡した。その時には晴人は既にどこかへ身を隠していた。
「なんという早業じゃ……ならば余は、ここじゃ!」
エルナはクローゼットの中へ隠れることにした。
カツ、カツ、カツ。規則的な音は晴人たちがいる部屋の目の前で止まった。
まもなく機械的な低音を出して自動ドアが開いた。
「あん? 誰かが部屋に来たのか……」
おそらく部屋の主であろう男の懐疑的な声が聞こえた。
「(今だ!)」
二人の息はピッタリだった。
男が部屋の奥に移動した瞬間に二人は隠れていた場所から音もなく這い出て、男が気付く前に部屋からの脱出を図った。
だが、男は晴人たちが部屋を出る前に後ろを振り向いた。
――そして今に至る。
「どうなってんだこの家はっ! 走っても走っても玄関どころかトイレすら見つからねえじゃねーか!」
長い廊下を全力疾走する晴人。
「「「待て侵入者ぁぁぁぁ!!」」」
後方には複数の追手。
一人一人ナイフだったり鉈だったり薙刀だったりで武装しているので、捕まればまず死ぬことになるだろう。
「うおおおおおおおおおおお! まだ死にたくねぇぇぇぇ!」
止まることなく走り続けているなか、ふと晴人の耳にエルナの言葉が届いた。
「ここはひとつ、あやつ等をのしてしまってはどうじゃ? さすればゆっくりここから脱出できるじゃろうて」
しかし、晴人はその提案にはあまり肯定的ではなかった。
「それが出来れば楽なんだけどな……相手はモノホンの使用人だ。一対一ならまだしも多対一じゃ俺に勝ち目ねえよ」
「ならば余が奴等の視覚を奪う。その隙に晴人は奴等の意識を奪え」
「視覚を奪うって……そんなことできんのかよ? 俺そんなこと聞いてないんですけど」
「教えてなかったのじゃから晴人が知らないのは当然じゃ。……準備はよいか、それっ!」
エルナの掛け声とともに、晴人の後方だけが眩い光に包まれた。
「うわっ! 何だこれ!? 前が見えん……!」
「くそっ、目眩ましかっ!」
「目が、目がぁ~!」
追手はエルナの出した光によってちょっとした混乱状態に陥った。
「チャンスじゃ晴人!」
エルナが叫ぶ。
「わかってるよ……っ!!」
一瞬の間に晴人は追手を気絶させた。
「安心しろ……峰打ちじゃ」
「そうそう、一度言ってみたかったんだよねその台詞…………ってお前が言ってんじゃねーよっ!!」
「それにしても今日は冷えるのう」
「………………」
晴人渾身のノリツッコミである。
☆
「あのガキ共はまだ見つかんねえのか!? 使えねえなぁ。それでもお前ら天の使いか!!」
「申し訳ございません! 必ずや見つけて然るべき刑に……」
怒り心頭のカーツは天の使いと称した部下を怒鳴りつけていた。
「一番手で侵入者を追っていた部隊は侵入者の反撃にあったらしく、気がついた時には姿を消していたと」
「そいつらに言っておけ。次しくじったら、死刑だってな。必ず逃がすな!!」
「はっ!!」
「……チッ、そろそろだってのに面倒くせぇ」
天の使いが部屋から出ていくのを見送りながら舌打ちをする。
「報告があります!」
新しい天の使いが部屋に入ってきた。
その顔は、心なしか焦っているように見えた。
「どうした」
「はい、どうやら――」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――。
「その件はわかった。お前は引き続き侵入者を探せ」
話の一部始終を聞いてカーツはある作戦を考えた。
「あっちから動いてくれるなら話は早い。フフフ……楽しくなってきたじゃねえか」
☆
「見ろ! エルナ、外だぁ!! やった……やったーー!!」
「黙らんか」
「……はい」
晴人たちはやっとの思いでキャッスルオブグレートヴリテンから脱出した。
追手を気絶させてからはもっと大変だった。
唐突の落とし穴。急に壁から襲いかかってくる竹槍。飾ってある鎧が突然動き出したり……。
「っ……すまねぇ。つい……ッ!」
近くを見回っている監視人にばれぬよう声を殺し嗚咽をこらえる晴人。
彼は数々の難関を超えてきたことに感動を覚えていた。
「もたもたしている暇はないぞ。……今じゃ!」
エルナはすすり泣く晴人の手を引いて、この場から離れるために走った。
しばらく走っていたら町に着いた。
「エルナ、ここは……」
「ああ、晴人が思っておるとうりじゃ」
落ち着きを取り戻した晴人がエルナに訊ねる。
パッと見、廃れて人が寄り付きそうにない雰囲気を出しているその町は、しかしながら確かに以前の華やかな街並みの名残があった。
晴人がエルナに聞いた理由は単にエルナの方が自分よりこの町に詳しそうだったからだ。
二人は知っている。ここは、
「ここはさっきまでいたアメリカなんかじゃねえ」
英国。イギリス。
正式名称『グレートヴリテン連合皇国』
「なんで俺たちはこんなところにいるんだ? イギリスは侵略させないために全方位に結界的なものがあったはずなんだけど……」
それについては教科書にも載っていた。晴人もアメリカ旅行前に勉強したばかりだ。
蟻一匹の侵入すら許さないはずの絶対防御。晴人たちはいつのまにかその絶対防御の中に侵入していたようだ。
「あの時の呪文でここに飛ばされたのではなかろうか。あれより後のアメリカでの記憶が余には無いのじゃが」
「俺もだ。あの空港で気を失ったと思えば気付いたらさっきの部屋だった」
ならば何故今晴人たちはここにいるのか。
「イギリスに飛ばしたのが誰かの陰謀ならその誰かは一体何の目的で俺たちをここに飛ばしたんだ」
「あの空港の受付嬢が呪文を読ませたということは犯人はあの受付嬢じゃろうか……」
「わからねえ。全然現状が理解できねえ。どうなってんだよちくしょう」
まるで人のいる町とは思えないような寂れた町に、もうじき夜の帳が訪れようとしていた。晴人たちはこれからどうなってしまうのか。
物語は、時計の針を進める。
二九九九年 七月四日。イギリス革命編に続く。
お久しぶりです。私です。
私的には今回の話からレボリティ―・レポート本編が始まったという具合です、はい。
実際、今回のアメリカでの話は次のイギリス革命編の前座にすぎません。言うなればレボリティ―・レポート序章ですか。
序章とはよく言ったもので、善玉や悪玉はこの物語ではそれこそドラ○エのスライムみたいなものですから、晴人君にはワンパンで倒すぐらいに頑張ってインフレしてほしいものです。
次回
『イギリス革命編』の
『間章1』と
『第三章 レジスタンス』の
一節『託された武器、立ち向かう武器』
お楽しみに!




