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レボリティー・レポート  作者: アルフ
新日本都編
2/55

『新風の訪れ』

 新日本都、赤間町のとある学校に通う晴人は自分のクラスに入ると、なぜか朝から大はしゃぎの友人に声をかけられた。


「おい!! 晴人見ろよ! この記事!」

「なんだよ、朝からうっせーなぁ」


 彼が見せた記事には大きく『田坂総理突然の死去!! 揺れる国会議事堂!!』と書いてあった。

 どうやら騒いでいた理由は今日の朝、テレビであっていた総理の突然死のことらしい。


「これゼッテーただの事故死じゃないよな!? 俺の第六感が言っている、これは事件である……と!」

「事件ってお前……心臓発作なんだからただの事故死だろ?」

「えっ? 心臓発作?」

「そうだろ」


 晴人は目の前の彼の反応のせいで自分の言葉に違和感を覚えていた。

 今、晴人と会話している友人、風見謙太も同時にその違和感に気付いた。


「は? 総理の死因って心臓発作なの?」

「知らねえの? 朝のニュースでやってたぜ?」

「心臓発作だって!? いやいや、そんなはずねえよ! だって――」


 そこでいったん言葉を止めて謙太は晴人にさっきから持っていた記事をもう一度みせる。

 謙太の指が示した部分。それは、驚きの内容だった。


「よく見ろよこれ! 総理はトラックにはねられたんだって!!」

「えー? じゃあ俺が朝見たあのニュースは一体……」

「マジで朝、ニュースで心臓発作って言ってたのか?」

「ああ、亡くなった病院まで取材に行ってたし、間違いないと思う」


 二人でああでもないこうでもないと悩んでいたら、晴人の隣の席の女子生徒が声をかけてきた。


「二人とも何言い争ってんの? 困りごとなら私が占ってあげようか」


 会話に割って入ってきたのは晴人と謙太の幼馴染、高宮秋奈だ。バッグからタロットカードを出していることを考えると今日はタロット占いの日なのだろう。


「別に占ってもらうようなことじゃないよ」


 晴人は手も使って必要ないといった態度をとった。彼女は大の占い好きで有名であり、占いの内容にもよるが、その的中率は、ほぼ百パーセントである。


「秋奈も知ってるだろ?」

「うん?」

「総理のニュースよ。今晴人と話してたのはこの記事と晴人が見たニュースの死因が違ってて、それっておかしくね? っていう話をしてたんだよ」


 謙太のナイスフォローで大体の内容は秋奈に伝わった。普段は役に立たない馬鹿だが、時々こうやってフォローしてくれる。



「物騒な話題だねえ」

「秋奈も何か知らないか? 正直興味なんて全然ないんだが謙太がうるせーからな。何ならでっち上げでもいいぞ」

「オイ」


 晴人のテキトーな態度に謙太が軽くツッコミを入れる。秋奈はその一連の流れを見て数秒間考え、口を開く。


「もしかして、情報操作……とか?」

「それは違うな」


 晴人は秋奈の言葉を某弾丸論破ゲーの苗木○ばりに否定した。


「情報操作ってのは真実を隠すためにやるもんだろ」

「だから真実を隠すために総理を死んだことにしてるんじゃないの?」

「でもさ、死んだことにするのはいいかもだけど死因がバラバラだったら意味なくね?」


 と謙太が疑問を投げかける。


「そっ、それはそうだけど」

「もしかしたら――」


 晴人が何かに気が付いたような口ぶりで話しだす。


「今の俺たちみたいに、あえて情報操作を疑わせることによって情報操作してるとか?」


 それを聞いて二人は、


「晴人……さっぱりわからん」

「ごめん晴人、難しすぎ」

「すまん。俺も言ってて意味わかんなくなってきた」


 二人どころか、晴人までもがわからなくなってしまった。この三人は基本的に馬鹿のようである。


「「「うーん」」」


 結局三人で考えても答えがわかることはなく、朝のHRの時間になってしまった。


「(何か引っかかるんだよなぁ)」


 そう思った晴人だったが、死因の謎は放課後になるまでわからずじまいだった。


「おーい晴人、メシ食いに行こうぜ!」


 放課後になって学校の校門を出たときに待ち構えてました、と言わんばかりに横からひょいっと現れた謙太。


「晩飯なら他をあたるんだな。俺、今腹減ってねーし」

「えー、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからさ!」

「いやー、金持ってないんで、俺」

「じゃあ先っぽだけ! 先っぽだけでいいから!!」

「何がだ!!」


 思わずツッコんでしまう晴人。


「ハァ、俺はもう帰るからな」


 付き合ってられない、といった風に晴人は溜息を吐く。


「あ、ちょっといいか?」


 そのまま帰ろうとしたのだが、謙太の声のトーンが変わったことに気付き振り返る。


「どうした?」

「そのハァってやつもうオワコ――」

「うるせえ!! じゃあな!」


 謙太が言い終わる前にシャウトして晴人はさっさと帰ってしまった。

 すっかり人がいなくなった校門前で謙太が一人。


「何だよー晴人のやつ、つれねーなぁ」


 不意にグギュルルルルと謙太の腹が鳴る。


「……ハラ、減ったな」


 謙太は、誰に聞かせるわけでもなくそうつぶやき、一人寂しくファミレスへと歩いて行った。


                ☆


 六月もそろそろ下旬に入る頃、夕焼けでこの世界は昼とは違った色彩を放つ。

 晴人は自宅へ帰るために何もないような広い道で歩みを進めていた。


 今日も何気ない一日だった、そう思う度、晴人がまだ小さいころに偶然聞いた『あること』を思い出す。


「……いまだにわっかんねえんだよなあ」


 その『あること』とは、三〇〇〇年に何かが起こる、ということである。何か、というのは非常に曖昧な表現だが晴人には何か、としか言い表すことができないのだ。しかし、その何か、はとんでもないことらしい。


「その三〇〇〇年ももうすぐなんだよな」


 そう、現在の西暦は二九九九年六月二十日。三〇〇〇年まであと半年もないのである。



 そうやってダラダラと思考を巡らせていたとき、十メートル先ぐらいのところに何かが見えた。人間だ。


「オロオロ…オロオロ」

「なんだ、あの人?」


 晴人の前方の少し先には、いかにも困ってますオーラを放っている少女が立っていた。ここらでは見慣れない制服だ。


「オロオロ……オロオロ」

「(なんかメッチャオロオロ言ってるぅぅぅぅ!! 可哀想な子ですかねぇ?)」


 あまりにも不憫だったので手助けしてあげることにした。晴人は女性には優しいのである。


「あのー、ずいぶんと困っているみたいなんですが、大丈夫ですか」

「ふぇっ?」


 少女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 そして、次の瞬間。


「やっと人に会えたああああっ!!」


 少女は晴人の顔を見るなり歓声を上げた。


「ずっと人を探していたのに誰もいなかったの!」

「まあこのあたりは家とか全然ないですし」


 周りを見渡しても家ひとつ無い。彼らがいるところは新日本都の中で五本の指に入るぐらい人口密度が低いところだ。


「こんな時間にここを歩くのは危険ですよ。不良がときどきたまってるし」

「じゃあなんで君はそんな危険なところを歩いてるの?」

「俺はこの道が家まで一番近いんですよ」

「ふーん、そうなんだ。ところで君、名前なんていうの?」

「ああ、俺は柊晴人。君は?」


 少女は満面の笑みで答えた。


「私はリナ。リナ=クレイドルです! よろしくねっ、柊君!」

「おう、よろしくな! でも一体なんで外人さんがこんなところに? あと日本語ペラペラじゃん」


 リナは一瞬寂しそうな顔をしたがすぐ笑顔に戻って一つずつ説明していく。


「えっとね、私は一度日本に来たことがあるの。だから日本語はペラペラ。まあご都合主義ってヤツですよ」


 なんとメタな発言を……と晴人がボソッとツッコんでいる間にリナはもう一つの質問に答えていた。


「それとここに私がいる理由は柊君の学校、詳しくはその学校の校長先生に用事があるからなのさ!」


 と、言い終わった矢先にハッとして後ろを向き、頭を抱え何やらブツブツと呟きだした。


「あぁ、しまった! 今のは極秘なのにぃ」                                                    

「……? どうした?」


 どうやら晴人には聞こえていないようだ。


「ううんなんでもない! この辺に学校があるはずなんだけど見つからないんだよねー。近くにほかの学校とかも無いしわかりやすいって聞いてたんだけど……」

「じゃあ何、君迷子だったの? 学校に行こうとしたら道に迷ってこんなところまで?」


 晴人は笑いそうになるのを必死に堪えながら言った。それに対しリナは顔を真っ赤にして反論する。


「しょ、しょうがないじゃん!! こんなとこまで来たことないんだし! 人も全然いないし!!」


 そう言うリナに晴人は両手を横にやってやれやれのポーズを作り、


「だからって、学校に行こうと思ってこんなとこまで来ちまう人は初めてだよ。それにこの辺まで来たら学校が近くにないことぐらい気づくだろ、普通」

「うっ」


 周辺は本当にここが地球か? と一瞬悩みそうになるぐらいに平面だ。


「正直に言うとまあ、その、アホだな」


 晴人はそう言い終わってすぐリナの様子がおかしいことに気付いた。

 簡単に言うと、今から泣きます三秒前。


「…………ぞんなこと……いっだっでぇ」

「(ヤベッ、いいすぎたか)」


 もうすでに半分泣いているリナを見て晴人は後悔した。

 これじゃあ紳士失格だぜ……そう思った晴人は素早く次の行動に移った。


「ごめんごめん、言い過ぎたよ。お詫びに学校まで案内するから、許してくれ、な?」


 手を合わせて謝る姿は、一生のお願い! と懇願する小学生のようだった。


「ほんとに? ほんとに連れてってくれる?」

「ああ本当だ、今ここで嘘をつく道理なんてないだろ」


 そう言うとリナの顔はパァと笑顔を取り戻した。


「ありがとう!!」

「いいってことよ。ならさっさと行こうぜ、日が暮れちまう前にさ」

「うんっ!」

「(やっぱり女の子は笑っていたほうが可愛いぜ)」


 と、そんな常識的なことを晴人は再確認したのであった。


                ☆


 一方その頃柊家では、


「ただいまー、晴人ぉーおなかすいたぁ。はーるーひーとー!」


 へんじがない、ただのむじんのいえのようだ。


「おっかしいなぁ、いつもならこの時間はもう帰ってきてるはずなんだけど」


 晴人姉はその辺に座り考える人のようなポーズをとった。


「晴人がまだ帰ってきていないことから推測すると、まだ学校から帰ってきていないという可能性が高い……カレーライスしかし今日帰ってくるのが遅くなるなどは聞いていなインドカレー。ならば帰ってくるときに何かあったのだローストビーフ、ふ、ふ、福神漬け!!」


 言葉の端々から食欲が垣間見える。今日の夕飯はカレーがいいらしい。


「ああもうダメ、限界!」


 そういうと晴人姉は台所へと向かった。彼女はもう食事以外のことは頭にないようだ。


「お! あったあった、カレー」


 インスタントのカレーを発見し上機嫌になる晴人姉。


「ふんふんふふーん♪」


 それにしてもこの姉、ノリノリである。



 五分後、カレーが出来上がった。


「いっただきまーす!!」



 さらに五分後、完食。


「ごちそうさまでした、っと……」


 何かを探し始める晴人姉。


「みつけた! さて、ゲームタイムと行きますか」


 彼女が始めたのは最近ハマっている『アースライフ』なるゲームである。

 ゲームの趣旨は、地球における第二の人生。言葉のとおり地球という世界の中で人間として自由に行動できる、という超大規模オープンワールド風疑似人生生活モノである。

 非常にハイスペックなのだが、ここ最近やっと開発・発売にこぎつけたのだという。

 ちなみに彼女は何故か主人公に自分の弟である晴人の名前を使っている。


「晴人おそいなぁ」


 晴人が帰ってくるのはもう少し後の話になるだろう。


                ☆


 そろそろ夕焼けも沈もうとしている頃、晴人とリナは学校へと向かっていた。


「お前の制服ってさ、もしかしてあの超有名なランドレ学院のやつだったり?」

「うん、そうだよ。正式名称ランドレット魔法学院。この地球上最大の学院。柊君は高二でしょ? 私といっしょだね♪」

「……やっぱり? いやーなんか見覚えのあるような制服って思ったんだよねぇ! すげぇ!!」


 晴人は何故リナが自分の学年を知っていたのか疑問に思った。

 しかし、そんな疑問は今の晴人には些細なことだった。なぜなら、今の晴人はランドレット魔法学院に全ての興味が向いていたからである。

 学院自体は世界中に星の数あれど、魔法学院はこの世界のどこを探してもランドレット魔法学院ただ一つのみなのである。しかし、晴人が興味を持ったのは世界に一つだけ珍しい学校だからではない。

 晴人が興味を持った理由、それは一つ。


「やっぱさ、魔法とか使えるのか!?」


 実に単純なことだった。中二のときに誰もが一回は思ってしまうこと、魔法。ランドレット魔法学院は名前のとおり魔法を学ぶことができる。


「私は主に風を操ることができるよ!」


 リナは言いながら右手を前に突き出して風を操ってみせた。その現象を例えるなら、いきなり目の前に小さいサイクロンが発生したような、想像よりもはるかに上をいくものだった。


「うおっ、マジかよ!!」


 晴人は風に飛ばされぬよう踏ん張っていた。しばらくするとミニサイクロンは消え、辺りに静けさが戻る。


「まあ、ざっとこんなとこかな」


 エッヘン、とあまりない胸を張っていたが、殺風景である。

 晴人はこんな殺風系少女にも魔法が使えたらあんなにすごいことができるのかと感心していた。


「すげえ、すげえよ! さっすが魔法学院だ!!」


 晴人は小さい子供のようにはしゃいでいた。何を隠そう彼もまた、中二のころに魔法を夢見た男の一人なのである。


「さっき主に風を操れるって言ったよな!? なら、他にも何かできるのか?」

「まあできるんだけど、ここではできない……かな」


 リナはまわりを観察しつつ続けた。


「私は風のほかに木を自由自在に操る魔法とけがを治す魔法が使えるんだけど、ここには木もなければけが人もいないしで、見せてあげられないのは残念だけど、使えないかな」

「マジかー、でもそれなら仕方ないな」



 晴人はそう言うとリナに質問攻めするのはやめて再び学校へと歩き出す。しかし、その足取りはトボトボといった感じだ。

 本当はもっと魔法を見ていたかったのだが、リナができないと言ったので潔く諦めた。

 それに、このままダラダラしていたら夜になってしまう。そしたらリナも困るだろう。姉もそろそろバイトを終えて帰ってくる頃だ。もしかしたらお腹を空かせて自分の帰りを待っているかもしれない。

 それでもまだ聞きたいことはたくさんあったので晴人は歩きながらリナに魔法のことについていろいろと教えてもらうことにした。


「そもそも魔法ってどうやって使えるようになるんだ? 俺にもできたりして」

「アハハ、柊君にはムリだよ。魔界に行ければ話は別だけど」


 非常に聞き慣れない言葉が出た気がした。


「(今魔界って言ったか!? いや、そんな馬鹿な)」

「なあリナさん? 俺の聞き間違いかもしれないんだけどさ、今魔界って」

「ああ、知らないよね。あれだよ、うちの学校は世界的には国って認められているから空間移動装置を保有してるの」

「はい? くうかんいどうそうち? なにそれ」


 全然話を理解できない晴人。今にも頭の上にはてなマークが浮かんできそうである。


「逆に知らなかったの? あっでもこの国は連盟に加盟してないんだったっけ。なら仕方ないよね」


 晴人は自分は常識人だと思っているので、リナの話を聞いて悟った。


「(やっぱり、頭のかわいそうな子!?)」


 そう思った晴人はスッと持って行った手でリナの頭を撫でながら、


「おーよしよし、じゃあさっさと学校に行きましょうねー」


 まるで小さい子供に対する口調である。


「バカにすんなっ!! もしかして信じてない!?」

「んーそんなことないですよー、リナちゃんは何も悪くないですよ~」

「もー!! これを見なさいっ!!」


 そういってリナが晴人の前に出したのは、とても人間には見えない怪物たちとリナが一緒にいる光景を写した写真だった。怪物といっても、全然人を襲いそうではなく、例えば百人にこの写真を見せたら必ず百人全員が「この怪物は安全」とか「フレンドリーだ」とか言いそうなレベルに優しそうな雰囲気の怪物である。さらに写真の右下のほうに第二回魔界遠足記念! と小さく書いてある。


「遠足ぅ!?」


 これはもう魔界の存在を信じざるを得ない。認めたくないが、この写真は本物だ。


「へえー、まさか魔界なんてのが本当にあるなんてなあ。まるでファンタジーの世界だぜ」

「まあ今の科学力ならある程度のファンタジーは再現できるし、魔界だって例外じゃないよ。すごいよねー」


 今の科学力なら、あと二十年あれば最終幻想ふぁいふぁんの再現だって夢ではないらしい。RPGじゃないよ!


「すごいけど、それじゃロマンがないな」


 そうだね、とリナが笑う。晴人は話を続ける。


「結局魔法ってどうやって使うんだよ。魔界に行ったら「はい使えます」って訳じゃねーだろ」

「うん、魔法を使うにはその魔法の使い方を知らないといけないの」

「ほう、つまり?」

「つまり、魔法を使うために私たちは魔界へ行って、そこの魔物たちに直接魔法を教えてもらうの。そこがランドレット魔法学院が『魔法学院』である所以なのです!」


 本日二度目の胸を張るリナ。やはり殺風景なのだがここまで来るといっそ風情がある、など適当なことを思う晴人。


「ほうほう、でも魔物に会ったところで簡単に教えてくれるのか? 相手は魔物なんだろ?」

「それは大丈夫だよ。なんかよくわかないけど魔物は私たちには基本フレンドリーだし」


 なんでも、とリナは言葉を続ける。


「魔界のボスみたいなやつとうちの学院の理事長が仲がいいらしいよ? 私も詳しくは知らないけど」

「いろいろあるんだな、魔法学院も」



 二人はしばらく歩きながら話していたが、リナはため息をしてまだつかないのか、など時々愚痴をこぼしていた。

 それも無理はないだろう。最初に二人が出会った場所から結構な距離を歩いたはずだがいつまでたっても学校につかないのである。

 晴人もこの長い通学路を毎日二時間かけて行ったり来たりしているのだ。リナが愚痴をこぼしたくなるのもよくわかる。



 太陽も地平線の向こう側へほとんど消え、空が薄暗さで包まれ始める。


「すこし急いだほうがいいかもな、ゆっくりしてると日が暮れちまう」

「だね、私ももう歩き疲れちゃったよ」


 リナは晴人の意見に同意するように頷いた。その表情には疲れの色が見える。



「疲れる、よなぁ。うーん、」


 晴人は一瞬考えたが、やがて決心したのか「よし」とつぶやいて懐から何かを取り出した。


「いいかリナ、これから起こることは誰にも話すなよ。俺たちだけの秘密だ」


 リナはいまいち話が見えていなかったが、とりあえず首を縦に振った。


「うん、わかった! 秘密だね、二人だけの……」


 この時、外の薄暗さのせいで晴人は気づいていなかったが、リナは「秘密」という言葉に動揺して紅くなっていた。

 それにリナの言葉の最後のほうがぼそぼそっとなってしまい、


「ん? 何か言ったか?」

 といった具合に晴人がライトノベルによくありがちな鈍感系主人公のようなセリフを吐いてしまった。しかし、晴人にもその傾向があるらしく、


「あれ? お前、顔赤いぞ、大丈夫か……ハッ! もしかしてなんかの病気だったり!?」


 嗚呼そうなのか晴人よ。まさか君も鈍感系だったなんて…私はガッカリです(誰だ私って)

 リナは晴人に全然あてのはずれたことを言われ、さらに動揺を大きくする。


「うう、うっさい! 病気じゃないわっ!! このハゲカスポンポンやろぉぉぉ!!」


 ほほう、病気じゃない、ねえ。でもリナちゃん、私から見たら君は病気のようなものさ、そう、人はその病気をこう呼んだ。『恋煩い』……と(だから誰だ私って)

 リナの思わぬ大声に驚く晴人。今度は晴人が違う意味で動揺する番だ。


「お、おおう。スマン。じ、じゃあ始めるぞ?」


 リナは「まったく」といった様子で晴人が今からやろうとしていることを見守ることにした。

 晴人が懐から取り出したのは黄金色に鈍く輝く小さな四角い箱のようなものだった。当然リナはこの物質を聞いたことも見たこともない。


「柊君、この箱みたいなの何?」

「これな、実は俺にもよくわからないんだ。でも」


 突然箱のようなものの輝きが強くなる。しかしその輝きはあまり良さげな輝きではなかった。どちらかというと妖しく光る、と言ったほうが正しいかもしれない。

 十秒くらいだろうか。少ししたらその輝きも治まった。辺りは再び夜の薄暗さへと戻り、リナは驚くべき光景を目の当たりにする。


 なんと、二人の目の前に、今までなかったはずのバイク、のようなものが出現していたのだ。


「何でバイクらしきものが? それに柊君が持ってた箱が……」


 無くなっていたのだ、箱が。リナもこれには驚きを隠せなかったらしい。

 さきほどバイクのようなもの、と形容したが、このバイクのようなものとは、正しくは現代で言う自転車そのものである。この二九九九年の時代では自転車は失われし遺産(ロストテクノロジー)となっているのである。なので自転車の存在を知らないリナは、自転車を形状のおかしいバイクと思ってしまったのだ。


「あの金箱なら、目の前にあるんだぜ」

「もっ、もしかして」


 リナが「これ」と言いながら自転車を指差す。晴人は大笑いした後に肯定する。


「そうだ。驚いたか?」

「うそでしょ!? そんなこと、あるわけ……」

「これぐらい魔法に比べたら些細な事だよ」


 晴人は自転車にまたがってリナを急かす。


「ホラ、後ろ乗れよ。早くしないと校長が帰っちまうぜ?」

「うん……わかった」


 心配、というふうに答えるリナ。ちょこん、と後部座席にリナが座ると晴人は、


「しっかりつかまってろよ!」


 勢いよくこぎ出した。

 夜の平野を自転車で駆ける姿はまるでカップルのようだ。


「うわあー、これすごい! すごい気持ちいいよ!!」

「当たり前だろ! 俺のお気に入りなんだからな!」


 リナにとってはこれが自転車初体験なのである。晴人が飛ばしていたこともあって、かなり爽快な気分になったことだろう。


「もっと飛ばすぜ! 振り落とされんなよっ!!」

「いっけええええええええええ!!」


 二人のテンションがMAXになった瞬間だった。

 ―――そんな速度で大丈夫か? 大丈夫、問題ない(フラグ)


 ガッ、と不吉な音がした。そう思った時には既に浮遊状態である。


「「えっ」」


 かなりの速度を出していたので、小さな段差でも二人を乗せた自転車が吹き飛ぶには十分だった。


「うわあああああああああああああああああああああああああああ」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああ」


 三メートルはとんだと思う。

 自転車が豪快に地面に落下し、その後を追うように晴人とリナも地面に衝突する。


「いてて、リナ……大丈夫か!?」

「まあ、なんとか。あいたたたー」


「……」


「……」


 二人のテンションがゼロになった瞬間である。


「…ゆっくり行くか……」

「…うん……」


 上空ではアホウドリが嘲笑うかのように鳴いていた。


「……ゴメンな」

「いいよ、別に……うん……」


 そうして二人は安全第一で行くことにしたのであった。


                ☆


 自転車をゆっくり走らすこと十分弱、二人は念願の? 目的地である学校へ到着した。

 もう時間は八時を回っていたがここは赤間町で一番明るいところなので夜でも、昼と変わらないような感じだった。

 リナはここについた時から何やら「この学校が柊君の毎日通ってる学校……」などとつぶやいていた。

 ここまで来ていまさらなのだが、晴人はふと疑問に思ったことを問いかけた。


「学校に来たのはいいけど、お前これからどうすんの。主に今晩とか」


 リナはそのことは最初から決めていたらしく端的に説明した。


「寝床は学院側が用意してくれてるの。詳しいことは言えないけど、私が新日本都へ来ることになったのは学院の命令だし」

「ふーん。ま、そっちもそっちでいろいろ大変だなー。よくもまあ、えんどーはるばるオーストラリア大陸から来たもんだ」

「まっ、まあ、全然余裕だよ。だって、私は――――」


 リナの言葉は二人のそばを通ったトラックの音でかき消されて晴人には届かなかった。


「何か言ったか?」

「……ううんなんでもない。今日は道案内とかほんとにありがとう! お礼にさっきの傷は私が治しておきました!」


 晴人はリナに言われて初めて痛みが完全に消えていることに気付いた。

 実はこけた後の安全運転中にリナは回復魔法でちゃっかり二人の傷を癒していたのだ。


「ホントだ、痛くねえ! ありがとう、リナ!」


 晴人は再び魔法の素晴らしさに感動する。

 リナは校舎を背に晴人に別れを告げる。


「それじゃあ、私はもう行くね。ひぃ君も早めにお家に帰るんだよー」

「じゃーな! またいつか会おうぜ!」


 二人は別れを告げ自分の進むべき方向へと歩き出す。

 晴人はふいにリナのほうを向く。

 彼女は結局何の目的で校長に会いに来たのだろうか、さっきは命令と言っていたが、わざわざオーストラリアからここまで派遣する必要があるなんてなかなかないはず。もしかして、リナはかなり大きなヤマにかかわっているのかもしれない……


「……帰るか」


 ここにいたって埒があかない。

 お腹も空いたしさっさと帰ろう、そう思った。

 晴人はリナと来た道を自転車で戻り始めた。


 快適な速度で自転車をこいでいると、リナとの最後の会話に奇妙な感覚にとらわれた。


「さっきアイツひぃ君、って言ってたよな」


 奇妙な感覚の正体、それは懐かしさだった。晴人はリナが最後に言ったひぃ君、という言葉になぜか懐かしさを覚えていたのである。


「最近わかんねーことばっかりだな」


 今日の朝にあった、総理の死因の情報操作らしきことや奇妙な懐かしさなど、小さなことを数えだしたらキリがないかもしれない。

 それに、


「一番気になるのは三〇〇〇年に起こる事件だ。これに関しては最近すげー胸騒ぎまでしてきやがる、まったくどうなってるのやら」


 晴人は事件、と称したが晴人自身には事件という確証はなく、あくまで最近よく感じるようになった胸騒ぎのせいで事件が起こる、と思い込んでいるだけである。


「考えてもしょうがないし、今日はさっさと帰って寝よう。ってかねえちゃん大丈夫か?」


 自転車をこぎながらケータイを確認する。

 メールが来ていた。


「カレーおいしかったです!」


 姉からだった。晴人は安心した。これで今日はすぐ寝れる。


「さあ、家までもうすぐだ」


 晴人はそう言うと自転車のスピードを上げる。

 彼の長い一日が、ようやく終わった。

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