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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第八章 ラッブラブ☆ふたりの愛は死に至る病♡
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90限目 エラーエラー・エスケイプ

『キミは、恋をすると死ぬ――。

 ――それも恐らく、本当に、だ』


 そんなことを告げられて――。


 しばらく、ヒナはぽかんとしたままなにも言えなかった。

 その言葉の意味を飲み込むと、途端に彼女の顔は青ざめた。


 そして、叫ぶ。


「えっ、えええええ~~~~~~~~~~~!?」


 ヒナは仰天しながら携帯電話に掴みかかった。


「ちょ、ちょっとシュルツさん! どういう、どういうことですか!? え、なんですかそれ!? 本当に死ぬって!」

『……そういうことだ、日記を見つけて、生き延びてくれ……。ボクも尽力する……』

「さすがにわたしまだ死にたくないですよ! 来週新作乙女ゲームも発売されますのに! わたし16才ですよ! あと100年生きて乙女ゲーやるんですから!」

『ギャーギャーうっせーな!』

「ええ!?」


 逆ギレである。


『だいたい、ヒナさんが精神世界で死んじゃったら、こっちでぶっ倒れてるヒナさんも動かなくなっちゃうから、ボクだって一生ゲーム世界に閉じこめられることになるんだよ! クリア条件はキミが乙女ゲーをクリアすることだからね! そうなったらボクだっておしまいさ! 孤独の海でたゆたうカルネアデスの板となる!』

「そうなんですか!? なにを言っているかわかりません!」


 怒鳴り合うふたり。

 もはや、めちゃくちゃだ。


『ボクだってよくわかんない! とにかく生きて! マジで生きて! なにがなんでも! なりふり構わず! 頼むから!』

「もしかして電話が遅れたのって、わたしを見捨てようとしたんですか!? そうなんですか!? ひどい、シュルツさんひどいです!」

『一時の気の迷いだよ! たったひとりで一生ゲームする暮らしも悪くないって思っちゃったけど! でもヒナさんと一緒にゲームを攻略するほうが、死ぬよりはマシさ! 現実世界に戻りたいし!』

「シュルツさんのバカ! でもそんなところも好きです!」

『うるせー死ねビッチ! いやだめだ、死んじゃだめだ!』


 罵り合う小鳥と黒猫。


 だが――そのとき、だ。


 ヒナの後ろから――先ほどから放置されていた美卯だ――少女がふわりと背中に抱きついてくる。

 

「ひぃッ!」


 身の毛がよだった。

 ヒナの思い描くヒナのための美卯は、そうして耳に唇を寄せてくる。


「ねえ、ヒナちゃん……」


 吐息が耳にかかる。こそばゆい。 


「なななななななぁに? みみみみうちゃん?」

「ちょっと、汗かいちゃったね……」

「――」


 ヒナさぁぁぁぁぁん! とシュルツが叫ぶ。

 しかしその声も届かない。

 クレイジーサイコレズの言葉に、クレイジーサイコビッチは頭が真っ白になってしまっていた。


 そして――。


「一緒に、お風呂、入ろっか……?」

「わあああああああああ!」


 ヒナはじたばたと暴れ、美卯をふりほどく。

 それから机の上にある携帯電話を掴むと、なんとヒナは――意を決してベランダのガラスを体ごと突き破った。

 映画ぐらいでしかお目にかかれないような大胆アクションである。


「わあああああああああ!」


 ガラス片をまき散らしながら、ごめんなさいごめんなさい美卯ちゃん乱暴してごめんなさい、あとで弁償しますから! と心の中で叫びつつ、靴下で外に飛び出した。


 脇目も振らず腕を振り、ヒナは全速力で駆け出す。疾風のようである。


 ――しかし、本当に危ないところだった。

 相手が小学校からずっと一緒にいる幼なじみでもなければ、確実に死んでいた。


 ここで死ねば、もう二度と本物の美卯には会えない。だから我慢しなければ、今度こそ、我慢しなければならないのだ。


 ヒナは髪を振り乱しながら、叫ぶ。


「恋をしたら死ぬとか、つらたんですよーーー!」


 魂の叫びであった。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 恋をしたら死ぬとか、つらたんです

『90限目 エラーエラー・エスケイプ』



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 はぁ、はぁ、と息を切らし、ヒナは立ち止まった。

 塀に手をつきながら、呼吸を整える。


 靴下のまま走っていたはずだが、いつの間にかヒナは靴を履いていた。

 これこそがなによりも、ここが現実世界ではないということの証明であった。

 微塵も疑ってはいなかったが――やはりシュルツの言っていることはウソではないのだ。


 ヒナは暗い声でつぶやく。


「ど、どこまで走ってきたんでしょう」

『さぁてね……』


 辺りはどこか見覚えがあるようなないような、どこにでもある町並みだ。

 もちろんここがヒナの精神世界である以上、彼女が知らない記憶などはありえないのだが。


「そ、それにしても、心臓に悪いですね……この状況は……」

『ボクが言えたことじゃないかもしれないけど、ヒナさんよく死ななかったよね、ボクの通信が入るまで……』

「そりゃあそうですよ。現実世界だと思っていたんですもん。わたし、地味で平凡な女子高生なんですから、現実では自制してますよ。あれは乙女ゲーでタガが外れていただけで……」

『ヒナさんの心を固定するタガって、なんなの? オリハルコンかなにかでできているの?』

「そんなことより! 日記ってどこにあるんですか!?」


 さすがのヒナも真剣だ。

 携帯電話から届くシュルツの声は、普段よりもシャープである。


『位置はまだわからないけど、方角はキミから見て右手側かな……とりあえず、そちらのほうに移動してくれるといいよ』

「はい……」

『いいかい? ヒナさん。ここから先はなにが出てくるかわからない魔境だ。キミにとって都合の良い出来事がバンバン起きるだろう』

「うう……」


 道ばたをおっかなびっくり歩きながら、ヒナはぎゅっと胸を押さえた。

 

『だからヒナさん、命令はただ一つ、見人必殺! 見人必殺だ!! ボクたちの邪魔をするあらゆる勢力は叩いて潰せ! すべての障害はただ進み押し潰し粉砕しろ!』

「言っていることがすごいこわいですけど!」


 シュルツはトーンを落とし、言い聞かせる。


『ここで戦ったって誰も傷つけることはないんだ』

「戦うって、そんな、わたし……」

『やらなきゃ死ぬだけだぞ!』

「愛に殉じるなら、それでも!」

『ええい、このわからずや! 命がかかっているのに! ならば今すぐ愚民ども全てに叡智を授けてみせろ!』

「なんですかそれ?」

『なんでもいいから。ほら、来る、来るよ!』

「えっ」


 シュルツの声に、思わず身構えるヒナ。

 

 曲がり角から、ゆっくりと姿を見せる影。

 ヒナの前に現れたのは――。


「よう、ヒナ――。こんなところでなにしてんだ――」


 ――赤い髪の幼なじみ。

 現実に、いるはずがないその男は、三島優斗であった。



 刹那――。

 

 認識するよりも早く、ヒナの体は動いていた。

 夏の風よりも緩やかに、冬の海よりも激しく、その小さな体は優斗の足下へと滑り込む。まさしく――縮地。


 踏み込みはない。ただ上半身のバネのみを使った掌打。音もなく放たれたその一撃は、暗殺拳のように優斗の顎を貫いた。

 ヒナの瞳は光を映さず、さらなる行動に映っている。優斗が上方へと吹き飛ばされるよりも早く、独特な歩行を用いて彼の背後に回ると、腰を落としその背を打ちつける。

 今度はすさまじい轟音が響いた。


 柔拳からの剛拳――。


 内外を同時に破壊するヒナのコンビネーションは、オートマチックに作用し、優斗をべちゃりと壁に叩きつける。

 無意識の中、体に染みついたその連続技が炸裂し――。



「――ハッ」


 数瞬後、遅れてヒナは気づく。


「わたし! 一体今なにを!」

『実に見事な威力だったよ。パーフェクトだ、ヒナさん。今ばかりはボクも、優斗くんかわいそう、とは言わないよ。これも生きるための戦いだ』

「そんな! 誰も傷つけたくないのに!」


 顔を押さえて苦悩するヒナ。まるで己の戦闘技術に悩む生まれながらのサイボーグのようである。


 しかし優斗の――そもそも優斗だったのかどうかもヒナにはわからなかったが――吹き飛ばされた方を見ると、塀にまるでギャグマンガのような人型の穴が空いていた。

 のぞき込む勇気はないが、恐らく行動不能にはなっているだろう。


「うう、わたし、わたし……」


 ヒナは相変わらず握った拳を見下ろしながら、落ち込んでいた。

 だが、シュルツにとってそのヒナの戦闘力こそが、今は唯一の光だ。


『いいかい、ヒナさん。キミは獣だ、獣になるんだ。近寄るものは咬み殺す地獄の番犬だ。人の姿を捨てることで闘争に特化するんだよ。モード反転・裏コード・獣化第二形態ザ・ビーストだ』

「そんな物騒なことできませんよ!?」

『人ひとりを問答無用でぶっ飛ばしておきながら、今さらなにを!』


 まったくであった。



 しかし、この世界、ヒナに都合の良いことばかり起こるというのは、まったくもって誇張表現ではない。


 一息ついて、さらにシュルツの指し示す方向に歩んでいたその矢先。

 ――曲がり角から出てきたのは、パンをくわえた少女であった。


「!?」


 今度こそ避ける間もなく、ぶつかる。


 どこかで見たような少女はヒナと激突し、軽く吹き飛ばされた。

 尻餅をついた彼女は「いててて」と額を押さえながら、気づき、慌ててスカートを押さえた。


「わ、わわわ……み、みた?」

「え、えと……」


 ヒナは凍り付いていた。


 顔を真っ赤にしてヒナを上目遣いに睨む少女は、男性向け創作のベッタベタな展開さながらに、ぶーと唇を尖らせていたのだが――。


 だが、その彼女の古典的なポーズは通用しない。

 ――その姿が、全身が、荒いモザイクに覆われていたからだ。


 何者かまるでわからず。当然ぱんつも見えていない。

 クリーチャーのようですらある。


 リアルなモザイクがわたわたと手足を動かしながら、さらにドキュメンタリーの取材を受けている人のように性別もほとんどわからない、加工された声色でなにやら「もー、遅れちゃうー!」とか言いながら走り去ってゆく。


 残されたヒナは、呆然とつぶやいた。


「これって……?」


 あれが都合の良いこと? 一体どゆこと? 頭の上に疑問符を浮かべるヒナ。

 答えは、すぐそばにあった。


『間一髪だった……』


 はぁぁぁぁ……とため息をつくシュルツ。

 彼(彼女?)は、改めて告げる。


『ここはなんでもありの世界だからね……。だから、ゲームと違って、ボクが介入することもできるんだよ。タイミングが合って良かった。座標を指定して人物加工を施す。シューティングゲームみたいなものだよ』


 それはつまり――。


「な、なるほど……シュルツさんがやったんですね……!」

『ああ、そうさ。キミに都合の良いことだけなんて、起こさせてたまるもんか』

「しゅ、シュルツさん……」


 生きるために必死なシュルツの声を聞き、ヒナは思わず胸の前で手を組み合わせた。


 恋をすると実際に死んでしまうこの世界において、ただひとり、絶対的な味方がいる。

 どんなに嬉しいことだろう。ヒナは胸がきゅっと締め付けられる感覚を味わう。

 感動だ!


『ボクだって仕事をするんだ。ふたりでなんとか、生き延びよう、ヒナさん。できることはなんでもするから。だから、ボクは絶対にヒナさんをその世界から脱出させてみせる』


 断固としてそう言い切るシュルツ。

 そんな黒猫の言葉に――。


「ああ、シュルツさん、かっこいい……!」


 ヒナは陶酔の顔をしていた。


 言うまでもないことだが――ほぼ死にかけだった。


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