86限目 六実陸の不幸体質
さて、葬式である。
頭に幽霊のような布を巻いたヒナなどは、最前列の席に座り、今か今かとそのときを待ちかまえている。
「おっそうしきっ、おっそうしきっ」
不謹慎も極まればここまで来るのか……と戦慄してしまうような、お葬式コールである。
彼女以外の誰にも――正確には、部屋の隅っこで頭を抱えてうずくまる黒猫以外には――聞こえていないことが、不幸中の幸いだった。
ともあれ、お葬式である。
前方には、死んだヒナが「イェーイ☆」とピースサインをしている遺影がでーんと飾られている。
それもまた端から見れば奇妙な図なのだが、不思議とこの厳粛な雰囲気にはマッチしていたりした。
例によって例のごとく、もはや説明不要なヒナのご家族が悲しみを抱いている中。
本日の主賓は、その後ろで、ボロボロと涙を流していた。
そう、桃色の髪を持つ美少年、六実陸だ。
彼はその瞳から大粒の涙をこぼしていた。
手の甲で拭い、それでも拭いきれず、泣きじゃくる。
「ぼ、ぼくが、ぼくの、ぼくのせいで……えぐっ、ひっぐ……ぼくが……」
声にならない嗚咽を漏らす陸。
悲壮な姿であった。
そんな彼に影が落ちる。
見上げる先にいたのは、緑色の髪をした青年だった。
藤井翔太。ヒナの実弟だ。
彼もまた、ひどい顔をしていた。
「……六実」
「あっ、しょ、しょうた……くん……」
翔太は拳を握り固め、だがなにも言えず、その場に腰を下ろした。
正面から見つめられ、陸は顔を逸らす。
俯き、歯を食いしばる陸を前に、翔太は感情を見せなかった。
「おまえが、姉ちゃんにぶつかったんだな」
「……っ」
詰問するような――あるいは拷問するような、口調の翔太。
陸はびくりと体を震わせ、そしてなにも言えなくなる。
「……姉ちゃんは、体が弱かった。だからって、ぶつかっただけで、死ぬはずがない……おまえが、なんかやったんじゃねえのか」
「…………」
唇をわななかせながら、陸は床を涙で濡らす。
「ぼくのせい、なんだ……ぼくが不幸体質だから、だから、他の人を巻き込んで、しまって……。僕の周りに近づくと、みんなが不幸になって、だから、僕は……」
彼の周囲の人がざわめく。
誰もが少しずつ陸から離れてゆく。孤立した輪の中、陸と翔太だけが取り残された。
ぐすぐすとはなをすする陸の胸ぐらを、翔太が掴んだ。
「てめえ、なめてんなよ……」
「え……えっ」
翔太は歯を食いしばりながら、陸に顔をつきあわせた。
「なにが不幸体質だ。んなもんで人がひとり死んだっつーのか……? くだらねえ言い訳してんじゃねえぞ!」
翔太にとってそんなものは、到底信じられる話ではなかった。
怒鳴りながら陸を突き飛ばす翔太。
胸を押された陸は後ろに転がったと思いきや、並べてあったイスの角に頭を強打してストップした。
「~~~~っ!」
身悶える陸。その彼にさらに立てかけられていた長机が倒れてくる。
いくつもの下敷きになって、美少年はぴくぴくと手を伸ばしながら痙攣をしていた。
彼がなんとかよろよろと這い出てきたところで、たまたま前を通りがかかった催場の職員に手を踏まれて「うぎゃあ!」と悲鳴をあげていたりする。
その様子を翔太も、まるで毒気が抜かれたように眺めていた。
――六実陸は不幸体質である。
「う、うう……ごめん、ごめんなさい……ぼくが、ぼくのせいで……」
「お、おう……」
引き気味につぶやく翔太に、陸はボロボロになりつつやってくる。
「ぼくは、昔っからずっとそうなんだ、ずっと、そうで……だから、だめなんだ、いつかはこんなことになるって思ってた……思ってたから……誰とも関わらないようにして、生きてきたんだ……」
「……おまえ」
不幸体質の少年はうちひしがられたように、語る。
「それなのに、どうしてぼくなんかと……だめなんだ、ぼくが、ぼくが死ねばよかったのに……ひっ」
「おまえな!」
翔太は陸を片手で持ち上げ、再び怒鳴りつける。
青年は彼の言葉を許さない。
「できるんだったらそうしているさ! 姉ちゃんが帰ってくるんだったら、てめえを引き裂いてやるよ! でもそんなの無理だろ! できねえことをウダウダ抜かしやがって、てめえは自分を許してほしいだけだ!」
「ぼ、ぼくはそんなこと……」
すっかり怯えた陸。
翔太の言葉には、まるで手加減がなかった。
そこにやってきた優斗が、翔太の肩に手を置く。
「やめろよ、翔太」
「で、でも! 優斗兄ちゃん! こいつは!」
「……いいんだ、こんなことをしても、ヒナは戻ってこない。あいつが悲しむだけさ」
「……っ」
翔太は俯いた。自分の思いを持て余しているのは彼も同じだ。
誰かに怒りをぶつけて、そしてこの心を鎮めたいのは、翔太もなのだ。
静かに遺影を見つめる翔太。「イエーイ☆」と舌を出しているヒナは、なにも答えてはくれない。
誰もが悲しみも海の底にいた。地上に出ようともがくけれど、水圧はあまりにも重く、皆の体を押し潰す。
深海で苦しみながら、一寸先も見えない皆は、それでも互いに身を寄せあい、今は水の冷たさをなんとか堪え忍ぶのみだ。
だが、そこに――光が射す。
「失礼します」
その少女のような声に、斎場にいた皆が入り口を振り向いた。
そこにいたのは、空色の髪を持つ、制服を着た少年。
二子玉空だ――。
「……空ちゃん……?」
誰よりも先に声を上げたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにして踏まれた手を押さえている、陸だった。
空はそちらを一瞥することなく、頭を下げた。
「僕は二子玉空と言います。そこにいる六実陸の、双子の兄です」
「どうして、空ちゃん、ここに……」
あっけに取られる陸。
翔太が前に歩み出た。
「知っている。おまえはなにしに来たんだよ」
「……故人のご冥福をお祈りします」
「おまえには関係ねえだろが!」
掴みかかろうとする翔太を「やめろ」と優斗が止める。
しかし空は肩を震わせながら、翔太を見据えた。
「……関係ないことはないよ。陸は僕の弟だ。陸のしたことは、僕のしたことと、一緒なんだ」
「――空ちゃん」
はっとした顔で陸は顔をあげた。
「どうしてそんなこと……空ちゃんは、だって、僕のことを疎ましく思っていたんじゃ……」
「誰がそんなことを言ったんだよ」
「だって、いつも、僕のことを邪険にして、バカにして……それに、不幸体質だし……だから、僕は……」
「ばか言うなよ!」
空は陸に怒鳴る。
「僕と君は、たったふたりの兄弟だろ……。君が本当につらいときに、そばにいないで、なにが兄貴だよ……。ったく……こんなときぐらい、連絡しろよ。頼ってくれよ、陸……」
「……空ちゃん……」
空のさしのべた手を、陸はこわごわと握る。
わずかな笑顔が、空の顔に浮かんだ。
「ごめんな、陸。僕はずっと、ガキだったから……素直になれなくて。でも、君を大事に思っているんだ。ようやくそのことに気づけたよ」
「空ちゃん……空ちゃん……」
空は陸に抱きつく。
双子のその姿を見て、翔太は苛立ちながら舌打ちをしていたが。
しかし優斗は涙の奥に、微笑を浮かべている。まさに「これでよかった」とばかりに。
葬式の雰囲気は、少しずつだが――空がやってきたことによって、光に照らされた。そんな気がした。
知人の死によって、彼らはこの生がどんなに儚くて、そしてだからこそ、助け合わなければならないということに気づいたのだ。
凛子もまた、目の端の涙を拭い、つぶやいた。
「……そうよね、ヒナちゃん。あなたの死によって、誰かが不幸になるなんて、ヒナちゃんは耐えきれないはずだもんね」
憎たらしいほどの満面の笑みを浮かべた遺影のヒナに対し、凛子は微笑む。
「あたしたち、がんばるね、ヒナちゃん。残された人たちが幸せになれるように……今はまだ難しいかもしれないけれど、でも、がんばるから。ヒナちゃんも天国から、見守っていてね」
空と陸は抱き合いながら、双子の絆を確かめていた。
彼らは確執を取り除き、きっと、ここからまた始めるのだろう。
ヒナの死によって、前に進むことができるのだ――。
凛子が上手にまとめたことによって、葬儀はなんとなく幸せな感じのムードで終わった。
翔太もついには泣きじゃくり、優斗に慰められている。
椋や凛子らは、最後まで葬儀の手伝いに加わっていた。
そして陸や空もまた。
「……ふう」
お手伝いが一息ついて、外の空気を吸いにきた凛子は、割烹着で手を拭きながら、空を見上げた。
「いい天気、ね」
どこからか、リンコ、リンコ、とヒナの小鳥のようなささやき声が聞こえてくるような気すらした。
不思議な気分だった。
外は春の心地よい風が吹く、快晴。
それはまるで、お陽さまが、空から見守ってくれているようだ――と、凛子は思った。
彼らの命は、これからも続いてゆく。
ヒナの居ない世界で生きてゆかなければならないのだ。
残されたものは手を取り合い、そして絆をさらに強固なものとするだろう。
それを教えてくれたのは、――誰にでも優しく、素朴で、心豊かな、藤井ヒナだったのだ。
付き合いは短かったけれど、彼女のおかげで一同は人の大切さを知ることができた。
ありがとう藤井ヒナ。
ありがとう藤井ヒナ。
私達はきっと、君のことを忘れないだろう。
ありがとう藤井ヒナ。
Thank you 藤井ヒナ。
Forever 藤井ヒナ。
これからも迷ったり、悩んだり、苦しんだり、時には傷つけ合ったりする私達を――。
――どうか、天国から、見守っていてください。
六実陸ルート Normal END
~双子の絆~
シュルツより一言:終わった! 終わったぞ! 『乙女は辛いデス』完結! これにて完結! 完結! 完結! さあみんなも! ご一緒に! 完結! 完結! 完結! 完結!(※続きます)




