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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第五章 ウッキウキ☆初めてのデートは死の香り♡
71/103

63限目 それいけブルーメ!~決着の終曲(フィナーレ)~

『あ、あ、あ……』


 大型ウィンドウの中では、恐怖に顔を引きつらせて凍りつくブルーメがいた。

 ヒナの一撃でその手に捕らえられた白猫のぬいぐるみだ。

 

 明かりに照らされて、浮かび上がるのはシルエットたち。

 猫やウサギ、犬、羊、クマ、様々なぬいぐるみたちが思い思いのポーズを取って、その映像を見上げている。


 それぞれが薄ら笑いを口元に浮かべながら、

 ゲームの中にいるブルーメの無様な姿を語る。


「あーあ、やはりダメだったのですのーん」

「ククク、所詮ブルーメなど、我らの中では一番の小物でござる」

「ええ、17ページ目におりますぞ」

「ホーホホ、オペレーター陣の面汚しなのじゃー」


 そう、後光差す彼らこそがオペレーターナンバーズ――。

 伝説の1ページ目に名を連ねる、AIである。

 

「――まあ、待ちなさいよ」

 

 ハッと彼らが振り返ってくる。


「ボクの見立てたブルーメちゃんが、これくらいでやられるはずがないよ」


 レザーチェアーに腰掛けた黒猫のぬいぐるみが、

 膝の上に自分よりも二回りほどデカいペルシャ猫を乗せて(というか、のしかかられて)いる。

 シュルツである。


「彼女のこれからを、見てみようじゃないか」

 

 その言葉に、オペレーターナンバーズは静まり返る。

 チーフが言うのならば……、と。

 

 ペルシャ猫を撫で、片手にワイングラスを揺らしながら、シュルツは微笑んだ。


「さあ、ヒナさんをせいぜい苦しめてもらおうじゃないか。

 ボクはキミに期待しているんだからね、ブルーメちゃん」


 その言葉が届いたわけではないだろうが。

 画面の中では、ブルーメが再び戦意を取り戻そうとしていた――。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「これで、わたしとお喋りしてくれますよねー?」

「……」

 

 壊れ物を扱うように、ゆっくりと床にブルーメを下ろすヒナ。

 にぱにぱとした笑みを向けられながら、ブルーメはしばらくその場に俯いている。

 ときおり、ピクピクと痙攣するブルーメの反応はそれだけで。

 まるで魂が抜け出てしまったようだ。


「あのー」

「……」

「ブルーメちゃんー?」

「……」

 

 ブルーメは、もともと自分が白猫で良かったかもしれない、と思っていた。

 さもなくば、先ほどの恐怖で全身の毛が真っ白になってしまっていただろうから。

 

 しかし……。

 時が経つにすれ、徐々に恐怖は薄らいでいった。

 

 それよりも脳裏をよぎったのは、疑念。

 ブルーメの意識は浮上してゆく。


 いや、ちょっと待てよ。

 そうだ、おかしいのではないか。 


 先ほどのことを思い出してみれば、どうにも腑に落ちない。

 自らの胸に手を当てながら、ブルーメは静かに首を振った。


「……今のは、違うのです」

「えっ?」

「偶然なのです」

「ええっ?」

 

 ブルーメは、間抜けな顔で口元に手を当てるヒナを見上げる。

 相変わらず、鈍臭そうなコムスメだ。


 こんな女子高生が超反射能力を持っている? ありえないだろう。

 そうだ、今ならハッキリとわかる。


 恐らく自分がヒナの手に飛び込んでしまったのだ。

 むしろ捕まえられに行ってしまったのだろう。


 考えれば考えるほどそんな気がしてきた。

 軌道演算に失敗したに違いない。自分のミスだ。


「偶然なのです!」

「えっと」

「ワタシはやり直しを要求するのです!

 今のは、ホンの手違いだったのです!

 このままでは目覚めが悪いのです!」

「つまり」

 

 ヒナは唇を尖らせながら、視線を斜め上に向ける。


「再戦、ということ、かな?」

「イエスです! やってやるのです!

 こんなことでワタシの戦意はくじけないのです!

 ワタシは鋼のメンタル、ミス・ブルーメ!

 ブルーメの本気を見るのです!」

「でも、わたし、もうブルーメちゃんに勝ったよ?」

「そ、それは……それは、でも!」

「ということは、次にわたしが勝ったら……。

 えへへ、ナデナデさせてくれてもいい、ってこと?」

「え゛」

 

 ブルーメの表情が固まる。

 ヒナはなにを妄想しているのか、とろけるような笑みを浮かべていた。

 

 それはまるで、ブルーメにとって、

 獲物を前に舌なめずりをする肉食獣のように見えた。


 ――だが、ブルーメは引かない。

 

「い、いいのです! やってやるのです!

 ええ、ええ、今度ワタシが負けたら、

 ナデナデでもなんでもさせてやるのですよ!

 ご主人サマみたいな縄跳びを飛んだら縄に絡まっちゃって、

 昭和のマンガみたいになりそうなコムスメに、

 二度も敗北するようなブルーメじゃないのです!」

「えへへー、じゃあもう一回だねー」

 

 小さく手を鳴らすヒナ。

 かくして、再び戦いのゴングが鳴った。

 

 ブルーメは跳躍する。

 勝機は見えていた。

 

 冷静に挑めば、問題は、ない――。


「両手に爪を伸ばして、2倍のパワー!

 いつもの2倍のジャンプが加わり、さらに4倍!

 そして、いつもの3倍の回転を加えれば、12倍の、

 サイコビッチウーマン! おまえを上回る1200万パワーなのですーっ!!」

 


 あっさり捕まった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ダメ! ゼンッゼンダメ! ダメなのです!」

「えっ」

「さっきのはワタシの立体機動に致命的なエラーがあったのです!

 このままじゃ終われません! ワタシの出世街道はまだまだこれからなのです!

 もう一度! もう一度チャンスを! ワタシにチャンスをくださいなのです!」

「うん、いいよー」

 

 へらへらと笑うヒナ。

 彼女は早くも、勝利後の条件を突きつけてきた。

 

「じゃあ今度はねえ……えへへ。

 ナデナデの次に、ぎゅ~っとしてもいい?」

「ヘッ! なんだって望むがいいのです!

 ワタシはブルーメ! オペレーターにその人ありと謳われた、白猫のブルーメなのです!」


 ヒナは間違いなく、すでに勝利を確信している。

 そこがブルーメの付け入る隙だ。


 正面から戦ったところでブルーメの敗北はありえないことなのだが、

 その予期せぬ事態が二度も続いているのだ。

 念には念を入れるべきだろう。


『相手が勝ち誇ったとき、そいつはすでに敗北している』


 その言葉の意味を、

 ブルーメは藤井ヒナに思い知らせてやろうではないか。


「これは体への負担が大きく、ワタシも使うのをためらうほどなのですが……。

 ワタシにここまでさせたのは、ご主人サマが初めてです……!

 ……光栄に思うといいのですよ!」


 カッと目を見開くブルーメ。

 その体から赤いオーラが立ち昇ってゆく。


 戦闘力が一気に20倍に上昇する奥義。

 まさかここで使うことになるとは思わなかった。


 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすのだ。

 白き狂猫は、今ここに雛を微塵に引き裂くであろう。


 その愉悦の中、ブルーメは跳んだ。


「藤井ヒナ!

 ここがおまえの墓場なのです!

 ――死ねえ!!」



 あっさり捕まった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ていうか今の、ノートが地上に落ちる前だったと思うのです!」

「えっ」

「よく考えたら戦いは始まってませんでしたのです!

 成立してやがらないんだから、勝負も敗北も不成立です!」

「ええっ」

「ノーカウント! ノーカウント!」

 

 白猫はヒナに首根っこを掴まれたまま、腕を振る。


「ノーカン! ノーカン! ノーカン!

 ノーカン! ノーカン! 皆さまもご一緒に!

 ノーカン! ノーカン! ノーカン!」

「えーっと……」

 

 ヒナは困ったように左右に視線を走らせる。

 それからおずおずと、つぶやいてきた。


「そうしたらもう一回、しちゃう?」

「ハッ! 仕方ないのです!

 そっちのミスでしたけど! でしたけど!

 それならトクベツに再戦してやるのです!」

 

 したり顔で告げながら、ブルーメは心の中でほくそ笑む。

 

(バカめ! やった、やったのです!

 ノーカウント宣言が生きやがったのです!

 なら今度こそ、今度こそ、この藤井ヒナを八つ裂きにしてやるのです!

 三度も続けて敗北しましたけれど、四度目はないのです!

 跳んだ瞬間に分身して、四方向から同時に襲いかかってやるのです!

 どれがワタシの本体かなんて、ご主人サマにわかるはずがないのです!

 この空間におけるワタシは無敵なのです!

 最大稼働数である16匹のワタシが今度こそ、

 この地味で平凡なコムスメを八つ裂きにしてやるのです!!)


 パッとブルーメを離したヒナは、両手を合わせて。


「あ、でもそしたら、わたしの条件ももうワンランクアップさせてもいい?」

「む~ん……苦しい条件だけど、仕方ないのです」

「なんでもいいんだよね?」

「しょうがないのです。

 このブルーメ、大抵のことは受け入れてやがるのです」


 ブルーメは渋るフリをする。


「本当に、なんでもいいんだよね?」

「いいって言っているのです!」


(ああもう、うざいのです。

 さっさとバトルを始めるのです。早くお願いを言うのです!)


 ばかめ、だ。どっちみちブルーメの勝利は確定している。

 なんだって言えばいい。今だけは夢を見せてやろう。


「じゃあ、わたしの膝の上でゴロゴロして、

 そのあとにわたしが色々とブルーメちゃんにちょっかいを出すので、

 ブルーメちゃんは嫌がりながらもまんざらではない顔を見せて、

 そのあとにわたしが『ごめんね、ブルーメちゃん』って謝ったら、

 ブルーメちゃんはそっぽ向くけれど、でも耳をぴくぴくと動かしながら、

『べ、別に、謝ることないです。……もっと、構ってもいいです、し』

 ってお顔を赤くしながら、言ってくださいね」

「えっ」

「言ってくださいね」

「えっ」

 

 

 そしてやはり、

 ブルーメはあっさり捕まった。

 



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 あっさり捕まること12回。

 すでにブルーメへの要求はかなりの高みへと登っていた。

 

「ああ、もう、どれからしてもらおっかなあ……。

 えへ、えへへへ、えへへへへへへ……」

 

 まるで札束を舐めるように、要求を書いたメモをペラペラとめくるヒナ。

 その前、ブルーメは指先ひとつ動かせずに横になっていた。

 

 どんなことをしても、どんなことをしても、

 そうあれかしとブルーメが爪を伸ばしたところで、ヒナの手はブルーメを捕らえた。

 

 コムスメはその白い小さな手のひらで、

 笑う死神のように、猫の希望を刈り取るのだ。


 もはやごまかしや、言い訳はきかない。

 彼女は偶然や奇跡ではなく、実力でブルーメを凌駕しているのだ。


「ねえ、ブルーメちゃん、楽しかったね。

 これでわたしたち、いっぱい仲良くなれたかな?」

 

 ヒナの微笑みを、もうブルーメは見ることができない。

 それはまるで恐怖の象徴だった。アンゴルモアの女帝はここにいたのだ。

 

 敵うはずがない。


 ブルーメはただのオペレーターであり、スーパーキャリアウーマンだ。一般人なのだ。

 出世街道を順調に進み、年収一千万クラスのイケメンBOYをゲットするというささやかな夢を持つだけの白猫だ。

 

 そんな自分が、藤井ヒナ(だいまおう)に勝てるはずがない。

 知らなかったのだ。大魔王からは逃げられないことを。

 

 だけど。

 それを知ってなお、ブルーメは。


「……」

 

 小さく口を動かす。

 

「え?」

 

 聞き返すヒナに、ブルーメは。

 まるで世界を破壊し尽くす巨人に石を投げる子どものように、抵抗をする。


「負けて、ない、もん……」

「ブルーメちゃん?」

 

 屈服すれば、心は楽になるだろう。

 だがそれは、生きている意味を失うことに繋がる。


 己ではいられなくなってしまうということだ。

 時には命よりも、プライドのほうが遥かに大切なことだって、ある。


「やだ、やだ……やだ!」

 

 ブルーメは耳を伏せ、大きく尻尾を振りながら、もう一度起き上がる。

 体全体で怯えをアピールしながらも、それでも、叫ぶ。


「やだ、やだやだ、やだやだやだ!

 ブルーメまけてない、ブルーメまけてないもん!!

 ほんきじゃないんだもん、こんなのまだまだなんだもん!

 やだ、やだやだやだやだやだやだやだ!

 ワタシやればもっともっとできるんだもん!

 こんなコムスメあいてに、ワタシがまけるはずないんだもん!」


 もはやキャラ設定も順守する余力メモリーすらもなく。

 しかし、涙の浮かんだ瞳で精一杯ヒナを睨むブルーメ。

 

「もっと、もっともっとがんばるんだもん!

 しゅっせするんだもん! ずっとずっともっとえらくなるんだもん!

 おいしいものいっぱいたべて! かっこいいひととつきあって!

 しあわせになるんだもん! ワタシけっこんするんだもん!

 こんなところでつまづかないんだもん! 

 やだやだやだやだやだ! やーだー! やーだー!

 もういっかい! もういっかいやるんだもん! 

 ワタシ、まけて、まけてない、んだもん……!

 まけてないんだもん!! ぐすっ、ぐすっ……」


 泣き叫ぶブルーメを前に、ヒナは――。


「ブルーメちゃん……」

 

 鼻をすする彼女に、ヒナはゆっくりと手を伸ばす。

 ビクッと震えたのもつかの間、指先はするりとブルーメを頬を撫でた。


「あっ……」

「ブルーメちゃんは、とってもがんばっているよ」

 

 今度は、ブルーメはもう、抵抗できなかった。

 いつものように威嚇もせず、ただヒナに撫でられている。


 それは賭けの結果の履行ではなく、

 まるでブルーメ自身、そうされることを望んでいるような雰囲気すら、あった。


「ブルーメちゃん、頑張り屋さんだよ。

 大丈夫だよ、ブルーメちゃん。

 ブルーメちゃんは、ちょっぴり考えすぎちゃうだけだよね?

 それだからなんでも真剣で、それがブルーメちゃんのいいところ、なんだよね。

 大丈夫だからね、一緒に、ゲームを進めていこう?

 ね? ブルーメちゃん」

「ぐすっ…………ぐすっ…………」

 

 ヒナは赤子をあやすようにブルーメの頭を、背中を撫でながら、

 包み込むような声で、心の不安を取り除いてゆく。


「ここは、なんにもこわいことないんだよ、ブルーメちゃん。

 へいきだから、ね? さっきのだって、ただのお遊び、だよ。

 ここにはブルーメちゃんをいじめるような人は、いないよ」

「………………」

 

 小さく顔をあげて、ちらりと上目遣いにヒナを見やるブルーメ。


 ヒナは先ほどまでの熱に浮かされたような表情とは打って変わって、

 静まり返った夜の水面のように、微笑んでいた。


 それは、意地を張っていたのが馬鹿らしくなるぐらいに。

 敵意のまったく感じられない笑顔だった。


 ――自分は一体、なにと戦っていたのだろう。


 そんな疑念が、ブルーメの胸中に雫のように落ちて、波紋を広げる。

 ヒナの声は、優しかった。


「おいで、ブルーメちゃん。

 ……ね? こわくないから、ね?

 わたし、ブルーメちゃんのこと、大好きだよ」

「……」

「えへへ……友達に、なろ?」


 差し出されたその手を、ブルーメは――。



 

「……うん」 


 ブルーメより一言:…………別に、デレたわけじゃないんですけど。ゼンゼン違うんですけど……でも、もしかしてワタシ……今までコムスメのことを誤解していたのかもしれないのです。

 シュルツより一言:オワタ。

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