5限目 メガネ男子に殺されます
シュルツは両手で顔を覆っていた。
再び葬式のシーンである。
先ほどと同じように両親が泣き、三島優斗が崩れ落ちている。
ちなみにこのバッドエンドは、ある程度進むまではスキップができない。
そのうち、お経も一字一句まで覚えてしまいそうだ。
「もうだめだおしまいだ」
自分たちは一生この乙女ゲー牢獄から外に出られないのだ。きっと。
ヒナ幽霊は鞄から取り出したノートに、なにやら一生懸命書き込んでいる。
「大丈夫です、シュルツさん。
わたしは学習することができます。
それが人間というものなのです」
「う、うん……」
今は彼女を信じるしかない。
シュルツはそう思うけれど。
彼女を? 信じる?
いや無理でしょう。
そんなものは、完全に思考停止である。
一秒で我に返るシュルツ。
自分がなんとかしなければ……
しかしヒナは自信ありげだ。
「優斗くん対策は、もう完了しました」
「へえ……」
期待せずに相づちを打つ。
ヒナは微笑む。
「駆け抜けるんです!
エンカウントしなければ、声をかけられることもありません!
わたしは幼なじみから逃げ切ってみせます!」
「う、うん……そっか」
そんなことができたとしても、ただの時間稼ぎだ。
翌日、翌々日以降の出会いは確定しているのに。
と、思ったけれど、シュルツは口に出さなかった。
肝心なのは、ヒナのやる気なのだ。
そうだ。
シュルツは“結果”だけを求めていた。だがそれは間違いだ。
そう、“結果”だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ。
大切なのは『クリアに向かおうとする意志』だと、シュルツの尊敬する人物も言っていた。
向かおうとする意志さえあれば、いつかはたどり着くだろう。向かっているわけだから……
それなのに自分が腐っていてどうするんだ。
シュルツ(猫のぬいぐるみ)は頬を張る。
「……わかった、ヒナさん。
キミに託すよ。ボクたちの運命……」
「はい、任せてください!」
彼女はドンと胸を叩いた。
その笑顔は死からほど遠く、命の輝きにあふれていた――。
◆◆
校門前に降り立った瞬間、ヒナは駆け出す。
スカートを翻しながら、全速力だ。
ヒナは雛を卒業し、ハヤブサになるのだ。
生徒たちが何事かと振り返ってくるが、気にしない。
三島優斗に声をかけられたらおしまいだ。
彼は即死能力者なのだから。
ちょっと声をかけられただけでもうお陀仏だ。
何度も何度も葬式を見る羽目になってしまう。
と、ダッシュ作戦は思いのほか、うまくいったようで。
「よしっ、あと、もうちょっとっ」
無事、そのまま校舎内に入れるかと思ったけれど。
「そこの生徒! 止まれっ!」
「ひっ」
しまった。
ヒナは立ち止まってから後悔する。
怒られて、つい身が竦んでしまったのだ。
ここは現実世界じゃないのに。
ゲームの世界なのに。
だが、誰かに話しかけられて無視するなんてこと、
ヒナにできるはずもない。
ぎぎぎぎと油の切れたブリキロボのように首を動かす。
そこに立ってたのは、青い髪の美男子だった。
切れ長の目。整った鼻梁。肩幅は広いが、色白。
そして、眼鏡だ。メタルフレームの眼鏡男子だ。
なんてことだ。格好良すぎる。
思わず「ほぁぁぁぁぁ……」と声が出た。
バーチャル乙女ゲーは罪作りなソフトだ。
遠くから見ているだけでも恋に落ちてしまいそうなのに。
こんな人が自分に声をかけてくれる?
ここが桃源郷だったのか。
さらに、だ。
彼はこちらに、迫ってくるではないか。
「一体なにを考えている。こんなところで全力疾走だと?
体力が有り余っているのか? それとも愚かなのか?」
「ああ、うう……」
彼の胸元にキャラクター紹介がポップする。
どうやら攻略対象キャラのひとりだったようだ。
『九条椋:九条財閥の一人息子。規律に厳しい風紀委員。成績は常に学年トップです。
最初はあちこちで騒動に巻き込まれるあなたのことを疎ましく思っていますが……』
椋さん。
格好良いよ、椋さん。
その椋さんはなんと、ヒナの襟元を掴んできた。
「なぜ答えない? 僕の言っている言葉がわからないほどに愚かなのか?」
「あうううう……」
ときめき、うなる。
目の前がチカチカする。
これはよくない予兆だ。
あ、ていうかもうだめだ。
かっこよすぎました。
ヒナの意識は闇に落ちて。
と、椋は気づく。
女子生徒の全身から力が抜けている。
「……ン?」
なにかがおかしい。
目の前の少女は白目を剥いていた。
それどころか息もしていない。
これではまるで……
――死体ではないか。
「な、なんだこれは……?」
椋は怯えながら、後ずさる。
少女がどさりとその場に倒れた。
強く頭を打つような音が響いたが、彼女は身じろぎひとつしない。
なんだこれは……
彼の頭は混乱していた。
これまで挫折もなく、思い通りの人生を送ってきたのに。
こんなイレギュラーは初めてだ。
周りには多くの生徒たちがいる。
彼らは口々に叫ぶ。
「こ、ころした……?」
「キャーーー!!」
「そんな、人殺し!」
「いったいどうして……!」
周囲の生徒に騒ぎ立てられて。
椋は狼狽した。
「ち、違う! 僕は、僕はなにもしていない!
ただ、こいつを注意しようと思って!」
だが、抗弁はもはや手遅れであった。
病弱な藤井ヒナという少女を恫喝する場面には、数多くの目撃者がいた。
椋の視界がぐんにゃりと曲がる。
これまでの人生、そしてこれからの未来が走馬灯のように流れてゆく。
財閥の社長となり、トップをひた走り、
いずれはこの国を動かすような大人物になるのだという夢。
その光景は、ガラスのように砕かれた。
たったひとりの少女と関わってしまったばかりに。
「バカな……僕の、僕の人生が……
こんなところで、終わる、だと……?
なぜだ、こんな愚かなことが、あってたまるのか……?」
椋は頭を抱えて崩れ落ちた。
己の人生が壊れてしまった音が聞こえる。
もはや彼にとって、九条財閥の名は何の意味もなかった……
三度目。
死因:九条椋に声をかけられて。
シュルツより一言:椋さんかわいそう。




