45限目 生きて帰ります
というわけで、一ツ橋虎次郎と帰ることになってしまったヒナである。
自分から誘っておいてなんだが、この展開には正直ビビっていた。
「い、生き残れるでしょうか、この帰り道……」
「ま、まだあわてるような、あわわわててるあわてるような時間じゃない」
シュルツの声も震えている。
佇むヒナに、虎次郎は泰然と。
「ま、行くかね」
「は、はい」
ぽかーんと口を開けたままの凛子を置いてけぼりにし、ヒナと虎次郎は連れだって教室を出る。
その様子は、不良と付き合う清純派少女、といったもので、なかなか人の目を惹いていた。
肝心のヒナがびくびくとしているので、余計に犯罪の香りがすごい。
廊下を一緒に歩きながら。
「ね、ねえ、虎次郎くん……ど、どうしてわたしなの?」
そんな乙女ゲーの主人公のような台詞を吐くヒナ。
虎次郎は、鞄を肩に担ぎながら顎をさする。
「ん……別に、理由とかはねえよ。気が向いたからだ。
……つか、それおまえから聞くことか?」
「う、うん、そうだよね」
だいたい、誘ったのはヒナだ。断ってくれると思っていたのに、とは言えるはずもない。
鞄を両手で下げて、ヒナは縮こまる。
「……」
「……」
自分からなにかリアクションを起こすのは怖かったため、ヒナは押し黙りながら歩く。
虎次郎はなにを考えているかわからないような無表情で顔で歩いていた。
ちなみに自分たちの後ろから、身を隠しつつ凛子がぴょんぴょんとついてきていたりするが、ヒナは意図的に無視をしていた。
話しかけたら、虎次郎を含めた三人イベントがまた始まってしまいそうな気がしていたからだ。
凛子に対してこんな雑な扱いをしているが、今は仕方ない。友達なんだから許してほしい。
家についたらセーブをしてからフォローのメールを送るつもりだ。凛子も友達だから許してくれるだろう。
恋人と友達、どっちが大切? という質問があるけれど、ヒナはそれを愚問だと思う。
恋人は恋人であり、友達は友達、だ。両者を比べることなどできるはずがない。
もちろん、もし予定がかぶったら絶対に恋人を優先するし、恋人にはあらゆるものを捧げてもまったく惜しくはないし、預金通帳だって印鑑だって連帯保証人だって生命保険を相手名義でかけられるのだって、恋人ならなんでもオッケーだ。
だからといって、ヒナが友達を軽んじているという理由にはならない。
友達は友達で、すごく大事なものだ。
なぜなら、彼らはそのうち恋人になってくれるかもしれない相手なんだから!
むげにできるわけがない。
全人類は皆、ヒナの恋人たる資格があるのだ。
そんなことを考えながら、ヒナは学校のゲタ箱で靴をはきかえる。
虎次郎がそばを離れている隙に、ヒナはシュルツにささやいた。
「……えへへ、シュルツさん……わたしってば、もしかしたら八方美人かもしれないです」
「ヒナさんはもっとおぞましいなにかだと思うよ」
シュルツが「八方というか、さしずめ東西南北中央美人・マスターヒナかな……」なんてことを続けていたけれど、
虎次郎が戻ってきたから相づちを打ってあげることができなかった。
と、それはさておき。
校門前についたところで、ヒナたちは異世界へと連れ去られる。
後ろから「ああっ!」と声がするが、気にしない。きっと空耳だ。
すると突然――。
『――アフタースクール・モード』
ヒナとシュルツの前にウィンドウが浮かび上がった。
そこには、説明文がつらつらと書き連ねてある。
『アフタースクール・モードとは意中の男性とふたりっきりで好感度を高めることができるモードです。
毎日の放課後、積極的に男子を誘って一緒に帰っちゃいましょう。』
シュルツがぽつりと、
「日替わりで違う男と一緒に帰るとか、完全にビッチ育成プログラムだ……日本のビッチ教育はこんなところから根付いていたのか……」
とかなんとか言っていて。
乙女ゲーに対する身も蓋もないツッコミを聞いて、ヒナが少し眉をひそめる。
「……シュルツさん、いくらなんでも、これはゲームですよ?
現実とゲームの区別くらいは、ちゃんとつけないと」
「う、うん……そ、そうだね……
……あ、あれ……ヒナさんに、ボクがヒナさんに指摘された……?
し、しかも正論を、指摘された……?
……なんだろうこの気持ち、なんだろうこれ……言葉にできない……!」
シュルツが苦悩している間に、さらにウィンドウが次のページを開く。
『また、アフタースクール・モードでは二種類のモードが選択できます。
ひとつは自由に男子とお喋りすることができる、普段同様のマニュアルモード。
さらにパラメーターによって話題をチョイスし、選択肢を選ぶカジュアルモードです。』
マニュアルとカジュアル。こんなものがあったのか。
なんだかすごく今さらな感じだが、そういえばまだ二日目だったとヒナは思い出す。
どうやらカジュアルモードなら、バーチャルではない乙女ゲーのように、
システムが恋愛の補佐をしてくれる、ということなのだろう。
おそらくは口べたで男の子と一緒に過ごすのが苦手な女の子でもクリアーできるように、との配慮だ。
誰もがヒナのように恋愛の手練手管を納めているわけではないのだから。
『それではモードをお選びください。』
「決まっているよね」
とつぶやき、ヒナは目の前に浮かび上がってきたウィンドウに指を伸ばす。
迷うことはない。カジュアルモードだ。
自分でトークをしたらどんな言葉を引き出すかわからないけれど、
選択肢から選ぶタイプなら、相手の反応もそこそこに予想はできるはずだから。
すると今度は、
『勉学、芸術、流行、運動、気配り、魅力』の六つの項目が出現する。
これらは『乙女は辛いデス』の主要6ステータスだ。
もちろん今のヒナの能力はどれも最低値に近い。昨日の夜、少し勉学のパラメーターをあげた程度だし。
それで、このうちのひとつを選ぶと、会話イベントが発生するようだが……。
気配りステータスでのトーク内容って、どういうことだろう。
魅力もちょっとよくわからない。容姿やおしゃれに関係するものだろうか。
まあでも、選んでみればわかることか。
決して大げさなことにはなるまい。ヒナは『魅力』をチョイスする。
すると――。
ヒナの口元から突然言葉が発せられた。
『虎次郎くんって、ずいぶんと個性的な格好をしているよね? それって先生になにか言われたりしないの?』
うわあ、とびっくりするヒナ。
喋っていないのに自分の声で相手に告げるのは、なかなか気味が悪い。
口を抑えても声は止まない。腹話術のようだ。
そして、魅力コマンドはどうやら相手の外見に関することらしい。
それにしては、ずいぶんと突っ込んだ問いをするものだ。
虎次郎は首に手を置きながら――寝違えでもしたのだろうか――口を開く。
「ああ? 別に、なんも聞かねえな。
まあ陰では言っているかもしんねえけどよ……」
後半は少し自信がなさそうな声色だ。
その一言を受けてさらに、ぽわんと選択肢が出現した。
A:『自分を貫くってかっこいいね』
B:『センスはいいと思うけど、でも校則には従ったほうが……』
C:『虎次郎くん、そういうの気にするんだ?』
わあ、と声をあげる。
乙女ゲーのようだ。
手を叩いて喜ぶヒナ。
どれを選ぶか、しっかり考えないと!
「このゲームを遊んでいて今、初めてこれが乙女ゲーだったんだなあって思いました!」
「ヒナさん以外の人がプレイしていたら、ちゃんと乙女ゲーになっているんだよ……」
なぜか辛そうに、シュルツがうめいた。
シュルツより一言。
全盛期のヒナさん伝説。
・ヒナさんにとって友達は恋人のなり損ない(New!)




