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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第四章 ピッカピカ☆新たな一日は恋の冥土♡
48/103

40限目 もうだめ死ぬ

 

 ヒナは死んだ。

 七海光が他人としゃべっている、その姿を見ただけで。

 

 真っ白な空間の中、

 ヒナとシュルツの間には、重苦しい沈黙があった。

 

 なにを言おうか、とシュルツが迷っていると。

 ヒナは静かに口を開く。


「……違うんです」

 

 俯いたまま首を振る少女。

 自信と慈愛に満ちたいつもの笑顔はそこにはなかった。

 

 まるで羽をもがれた鳥のようだ。

 なんともまあ、痛ましいその姿。

 

 明らかに気落ちした声で、

 ヒナはぼそぼそと抗弁する。


「そんなつもりじゃなかったんです、わたし……

 ちゃんと、光センパイを克服しようと思って、三年生の教室にいって……

 隙あらば弱み……じゃなくて、その、弱点でも見つけ出そうって思って……

 それなのに、気づいたら体が、この目が、センパイを追って……」

「う、うん……」

 

 確かに七海光はかっこいい。

 シュルツの目から見てもそう思う。

 

 髪型や服装でごまかしていない、真のイケメンだ。

 現代日本人の理想を注ぎ込んで作り上げたような、そんな存在だ。


 だけど、それはゲームのキャラだからだし……

 正直、シュルツにしてみれば、優斗も椋も樹も虎次郎も光も全員カッコイイし、容姿の上ではそこまでの差はないように思える。

 

 けれどきっとヒナにはわかるのだろう。

 開発者が心血を注いだ、その些細な違いが。

 

 感受性が高すぎるから、人を見る目がありすぎるから。

 だからこれほどまでにわかってしまうのだ。

 

 わかるからこそ、これほどに強く惹き寄せられて。

 そして、苦しんでいる。


「ほんと違うんです……

 わたし、面食いじゃないですし、

 イケメンなんかにコロッといくような単純な女じゃないんです……

 これはなにかの間違いなんです……

 違うんです、わたしは、もっとこう……

 地味な女の子を目指していて、だから、タンポポで……

 違うんです……もうラフレシアみたいなのは、やめたんです……」

 

 ヒナは心の底から悔しそうに語る。

 

「だいたい、イケメンだからなんだっていうんですか……

 そんな、顔の造形がどうのこうのなんて、

 大したことじゃないですよ……

 美醜の価値観なんて、時代によっても変化するものですし、

 だから絶対的な美形なんていないんですよ……

 わたし、だまされているだけなんです。

 これは、脳のエラーなんです……そうなんですよ……

 わたしもうだまされないです……

 自分を貫いてみせます。

 そうです、しっかりするんです、わたし。

 変わるって決めたじゃないの、ヒナ。

 こんなところでくじけてちゃだめよ……しっかりするのよ……

 あなたが負けちゃダメよ、ヒナ……

 お願い、もう一度立ち上がって、ヒナ……」

「ついに自分になにか言い聞かせ始めた……」

 

 そこまでの強敵か。

 涙ぐましい努力を続けるヒナは立ち上がる。


 そうして小さな手のひらを握りしめ、

 決意するのであった。


「わたし、絶対に美形になんて、負けません!」

 

 

 

 ◆◆

 

 


 しかし、このヒナが逆転することはなかった。

 凛子との死闘に全てを出し尽くした彼女は、

 続く七海光戦、イケメンにウソのようにボロ負けした――。



 克服しようとしても、彼の前に立ったその瞬間、

 ヒナはまるで借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう。

 

 光を見ては死に、光を見ては死に。

 光を見ては死に、光を見ては死に。


 輝きに照らされた雛鳥は、

 羽ばたくこともできず、その心地よさに浸って死に続けた……

 

 ただ、顔が良いだけの男に。

 性格もよく知らないのに、顔が良いだけなのに。

 

 ひどく、残酷なことだが。

 その事実は、藤井ヒナのアイデンティティをも破壊してしまいかねないほどの、屈辱であった――。


 

  

 ◆◆

 

 

 

 再びバーチャルルーム。


「……わたし、小学4年生の頃に、アイドルにハマっちゃったんです」

「う、うん」

「芸能界は幻想なんだ、彼らも同じ人間なんだ、って知らなかったんです。

 やっぱり子供だったんです、あのころのわたし……」

 

 すっかり気力を失った瞳で、ヒナは床に“の”の字を書いていた。

 まるで老いた恐竜だ。ビッチザウルス帝国の崩壊だ。


「テレビの中のキラキラした人たちに会いたくて、お話ししたくて、

 わたしは手を尽くしました。なんとか事務所とか、なんとかベックスとか」

「それ以上いけない」

 

 慌てて止めるシュルツだが、

 膝を抱えて頬を押しつけながら語るヒナは、まるで聞いていないかのように続ける。

 

「どうやったら会えるかなって考えて……

 とりあえず、サイン会とか握手会かなって思ったんです。

 思い立ったら即行動です。

 あんまりお小遣いもなかったので、会場にはヒッチハイクで向かいました」

「ヒッチハイク(物理)?」

 

 それは一般的にはカージャックと呼ぶ。

 しかし、ヒナにしてはまともな方法だとシュルツは思う。

  

 彼女のことだから、芸能人の住所を割り出して、

 親兄弟を人質に取って無理矢理呼び出す、ぐらいのことをするかと思ったのだ。


 ヒナは唇を尖らせたまま、つぶやく。


「一番最初にいったのは、某有名グループの、握手会でした。

 やっぱりすごく素敵でした。あんなイケメン見たことないっ、って思いました。

 今まで付き合っていた人たちが、急に色あせたような気がして……

 ……わたし、ほんとにミーハーだったんです。

 とりあえず、その場のスタッフの人をひとり籠絡して、マネージャーさんに会わせてもらいました」

「……ん?」

 

 なんだろう、急に雲行きが怪しくなってきた。

 

「マネージャーさんも幸い女の人だったので、

 あまり警戒心は抱いていないようでした。

 ここぞとばかりにわたしは疲れた心の隙間に入り込み、

 その場でマネージャーさんの身と心を骨抜きにして、

『この子のためならなにをしてもいい』と思わせることに成功し、

 その結果、アイドルの人と一対一で会う機会を得ました。

 直に会うその人はテレビで見るよりもとってもカッコよくて、

 話しぶりも軽妙で、わたしはすぐに虜になってしまったんです」

「う、うん……」

 

 あれ、さっき小学4年生のことだ、って言ったような気がする。

 小学4年生って、9才か10才だよな……? と思うシュルツ。


 全力でこれ以上聞きたくないけれど。

 でも今のヒナを止めるのは、戦車を持ってきても無理のような気がする。


「連絡先を交換して、そのアイドルの人とは何度も会いました。

 わたしは付き合っていると思ってましたけど、でも、どうでしょうね。

 小学4年生だから、相手は遊んであげているような気だったのかもしれません。

 その人が本当に付き合っている人は他にもいたみたいですし……

 呼び出して、呼び出されての、お互い様の割り切った関係です。

 それでもわたしは、楽しかったし……それに多分、恋愛とはちょっと違う、優越感のようなものも抱いてしまっていたんです。

 あの人の素顔だとか、どんな風に恋をする人なのか、とか。

 今思えば、あの頃のわたしは本当に悪い子でした。

 そんな風に、テレビの中の有名人と実際に恋ができる楽しみを知ってしまって、

 ……もう、止まることができなくなったんです」

「お、おう」

 

 ヒナの言葉を黙って聞く以外にはもうなさそうだ。

 というかシュルツも――ひどく不本意なことだが――ヒナの語るストーリーに引き込まれつつある。

 

「あとはもう、すごく簡単で、芋づる式でした。

 そのアイドルの人はたくさんの芸能人さんを紹介してくれましたし、

 同じ事務所や他の事務所でも、いつしかわたしが望めば会えない人はもういなくなってました。

 どんな偉い人も、大御所と呼ばれる人にも会いましたし、

 政財界の大物の方々もわたしと遊ぶことをすごく望んでくれていたんです。

 もうわたしじゃなくて、あっちが順番待ちの列を作ってくださっている状態でした。

 すごく豪華で、きらびやかで、目の眩むような世界を見せてもらったんですけれど……

 でも、不思議と、どんどん最初の感動は薄れていったんです。

 なんだか違うな、って思っちゃって。

 クラスで友達がキャーキャー騒いでいるあの人も、

 実際は悩み事があって、毎日苦しんでいたりする、普通の人よりちょっとだけスペックが高いだけの、ただの人なんだな、って急に気づいちゃって……

 その途端、わたしは自分のしていることが急に恥ずかしくなっちゃったんです。

 ……多分、あれもわたしの中二病ですね。

 アイドルに憧れて、恋焦がれていた、わたしの幼い心です」


 ンな中二病ねーよ、とツッコミたいけれど。

 今はとりあえずそっとして、嵐が去るのを待とう、と思うシュルツ。


「全部終わった後で、あれっていったいなんだったんだろう、って思いました。

 今ならわかります。

 テレビの中は異世界みたいなもので、

 そこに出てくる人をわたしはマンガの中のキャラクターみたいに思っていたんです。

 勝手に自分で憧れて、物珍しさにひっかき回して、勝手に自分でゲンメツして……

 今まですごく色々な失敗をしてきましたけど、

 ……たぶん、これがわたしの中では、最大級の失敗です」

「ヒナさん……」


 そんなクズビッチ武勇伝をボクに語ってどうするんだよ、と思うけれど。

 そんな風に十分に軽蔑の念を込めて見つめてみるけれど。

 

 シュルツの気持ちは伝わらなかったようだ。

 心配されたとでも思ったのか、ヒナは微苦笑する。


「もちろん、その芸能人の方々とはひとりひとり、ちゃんとお別れをしてきました。

 まだお付き合いのある人も、何百人かはいますけど……

 でも、あの頃みたいな浮ついた気持ちでお話はしてません。

 ちゃんと、自分も相手もひとりの人間として接しています。

 わたしは最初からそうするべきだったんです」

「……えーっと」

 

 結局、と続けて。

 ヒナは寂しそうに笑った。


「わたしは……ずっと、ミーハーなままなんです。

 一緒です、あの頃と。

 だから顔が良いだけの人に、こんなチョロっと転んじゃうんです」

「そっか……」


 そこまで語って、ヒナはすっきりしたようだ。

 聞きたくない話を聞いたかいもあった、とシュルツは思う。


 

 ヒナは両手で頬を張り、

 生まれ変わったような顔で決意する。


「わたし、変わるって決めたんです。

 失敗しないなんて無理だけど、でも、

 それでも自分にできることはひとつひとつしていこう、って。

 わたし、がんばりますから、シュルツさん。

 なんでもしますからね、わたしにできること。

 光センパイをどうにかするために」

「……うん」


 うなずくシュルツに、

 ヒナはにっこりと微笑んだ。


「だから潰します――自分の目を」

「待って」



  

 592回目。

 593回目。

 594回目。

 595回目。

 596回目。

 597回目。

 598回目。

 599回目。

 600回目。

 601回目。

(中略)

 726回目。

 727回目。

 728回目。

 729回目。

 730回目。

 731回目。

 732回目。

 733回目。

 734回目。

 735回目。


 死因:イケメン力。


 シュルツより一言:落ち着いて。まだ道は残っているから。ほら、そんなこと考えたら実家のご両親も心配するから。やめて、ヒナさん。手を下ろして。ね、馬鹿な考えはよそう。そんなことをしても誰も喜ばないよ。落ち着いてマジで。お願いです。やめて。許してください。ボクにできることならなんでもしますから。

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