38限目 チャラ男に殺される? ありえませんね(笑)
前回までのあらすじ:乙女つらたんエタった。
なんというか、想像する限りの美形をさらに2ランク上に仕立てあげたような美形が目の前にいて。
別に面食いでもなんでもないはずのヒナですら、クラッと来てしまいそうだった。
こちらに軽薄そうに手を振る彼の胸元に、
小さなウィンドウがぽんっと表示される。
『七海光:バンドマンの三年生であり、女の子が大好きな先輩。自称“愛の伝道師”。
ことあるごとにあなたにちょっかいをかけてきますが、その本心は……』
ちょっと待って、と思うヒナ。
絶対に見逃せない一文があった。
>ことあるごとにあなたにちょっかいをかけてきます。
恐ろしい。
恐ろしすぎる。
ヒナの脳内回路がその言葉を自動的に変換する。
つまりこういうことでしょう?
>どこまでもあなたを追い詰めて殺します。
何度殺しても殺しても絶対にあなたを許しません。
繰り返しあなたを殺すことだけに異常な執着を見せ、
愉悦の限りあなただけを殺し続ける殺人者です。
やだこわい、すごくこわい。
関わらないのがベストだ。
逃げよう。全力で逃げよう。
ヒナは転進した。スタコラサッサです。
「あっ、ちょっ」
後ろから声が追いかけてくるが、構わず全力疾走で駆け抜ける。
スカートの裾は乱さないように? 無理、無理。命には変えられない。
◆◆
と、昼休みの遭遇を回避することに成功したヒナ。
五時間目の休み時間である。
ここを乗り切ればあとはもう授業とお掃除が終わって、
そうして帰ることができる。二日目終了だ。
おうちにはもはや亡霊しか残っていない。
心休まる安住の地だ。
二度目の賭けは負けかな、とシュルツは思う。
まあそれならそれでもいい。
自分の力は知らしめてやったし、
ゲームが進むに越したことはない。
ノートをめくる凛子の席の前、
ヒナはシュルツを抱きながらつぶやく。
「大体わたし、ああいうチャラいっぽい人あんまり好きじゃないんです」
「え、そうなの?」
「はい、そうなんです」
あのヒナがはっきりと『あんまり好きじゃない』と言い切るとは。
これはちょっとした事件だ。唯一神ビッチオブ・ザビッチの名が揺らぐぞ。
通常、ビッチとチャラ男だなんて、相性の良いものの代表じゃないか。
ビッチがチャラ男を、チャラ男がビッチを引き立てるハーモニーだ。
いうなれば、恋愛の調和だ。
需要と供給ががっちり合っている。
ウッチャンに対するナンチャン、
高森朝雄の原作に対するちばてつおの「あしたのジョー」っていう感じだ。
そんなシュルツの動揺をよそに、
日本ビッチ級チャンピオンのヘビービッチは我が物顔で語る。
「だってほら、真剣味が足りないじゃないですか。
声をかけている時点でその人の将来まですべて面倒を見る覚悟があるんですか、っていう話です。
ただそんな肉欲の赴くままに女の子を食べ漁るだなんて、はしたないです。
ヤっては捨てて、ヤっては捨てて、ですよ!
女の子の気持ちを踏みにじっているんですよ、ああいう人たちは。
だめだと思います。反省してほしいです。
そうして生まれ変わったような気持ちで人生を歩んでほしいです」
「キミのそれ、ブーメラン召喚魔法かなにか?」
むしろ後半はすべて自分に言っているのではないだろうか。
ほら、凛子が「え、ヤって……? 肉欲……?」とかすごい目でこっちを見てる。
ぬいぐるみになんてことを喋っているのか。
エコビッチカーの平常運転と言えば平常運転だが。
「大体、そういうのに引っかかる女の子もどうかと思います」
「はあ」
ひとつも納得できないシュルツに、ヒナは語る。
「ただ顔がよくて口がうまいだけの人に、
おだてられて褒められたからってコロッといっちゃって。
昔ながらの大和撫子は、
どこにいってしまったのでしょうか。
大体、人は中身なんです。
外見で判断しちゃいけません。
本当の魅力は中身から染み出てくるものです。
そんな、異性を落とすだけのテクニックに特化した人が、
モテるだなんて、そんなの間違っています。
本当におモテになる人は、スポーツでも勉強でも、
お仕事でも育児でも教育でも政治でも経済でも看護でも医療でも、
そういったものを本気で頑張っている人です。
わたしはそういうひたむきな人を応援していきたいと思います。
もちろん、なにかに傷ついている人もそうです。
本当に優しさというお水をほしがっている人は、わたしわかりますもん。
寂しかったり、人恋しかったり。
そういう人たちに声をかけてあげればいいのに。
一時の快楽に身を任せるために、その技能を磨くだなんて。
わたし、わかりません。
なんでお友達じゃだめなんでしょうか。
挙句の果てに、二股三股なんてやっちゃうんですよ。
そんなの、相手の女の子が傷ついちゃうに決まっているじゃないですか。
だめだと思います。反則です。
もし本当にチャラ男さんが女の子に夢を見せようと思っているんだったら、
絶対にバレないように、ひたすら相手に尽くしてあげればいいと思います。
お姫様扱いしてあげたり、それならちょっとは認めますけど……
でも、とにかく相手の子をぞんざいに扱うような、
そんなチャラ男はだめです、許しませんわたし。
大体、顔がいいからなんだっていうんですか。
そんなの、ご両親から与えてもらっただけの才能じゃないですか。
確かにケアするのはちょっとの努力は必要かもしれないですけど、
別にわたし、そんなのに価値を見出したりはしません。
ただしイケメンに限る、だなんて世間では言われてますけど、
ヘンだと思います。イケメンだからなんだっていうんですか。
おんなじ人間です、そんな人たちに騙されちゃだめです。
もっと世の中の女の子たちも気をつけてほしいです。
だって恋って素晴らしいものなんですよ?
それだけで世界が素敵に見えて、いつもと違った自分になれて、
自分が少女漫画の主役になったみたいな気分で、キラキラするんです。
恋って本当にすごいんです。
今の自分を完全肯定することができるようになるんです。
どんなセラピーよりも、気持ちよくて、嬉しくなっちゃうんですよ。
だから、恋なんてそんなに軽々しく扱っちゃだめなんです、ホントは。
そんなとっても大切な、宝石みたいな恋が、
実はとても悲しいものだったなんて、そんなのイヤじゃないですか。
騙されていたり、悲しみに変わっちゃうんです。
そんな災厄を撒き散らすチャラ男さんはダメです、絶対。
永劫に続く宇宙創世の業火に焼かれてDNAの一片までも完全消滅すればいいと思います」
と、したり顔で語るヒナ。
シュルツはもうすでに聞いていないけれど。
とりあえず忠告はしてあげようと思う。
パートナーのよしみだ。
「あのさ、ヒナさん」
「なんですか?」
「後ろ、振り向いたらどうかな」
「え?」
振り返る。すると。
教室の扉の前で、笑顔でこちらに手を振ってくる男がひとり。
七海光。その人だ。
手に――一体誰のだろうか――ハンカチを持っている。
いや、あれはヒナのものだ。
端っこに名前とクラスが書いてある。いつの間にか仕組まれていた小道具だ。
やはり逃げたから。
追いかけてきたのだ。今までどおり。
光は満開の花をバックに敷き詰めているかのような笑みを浮かべながら、こちらに近寄ってきて。
「やーっぱりキミのか。はは。
急いでどこかに行くから、落としちゃうんだよ。
俺は光。七海光。よろしくね、子猫ちゃん」
その笑み、ヒナの網膜に突き刺さる。
電光石火。稲妻が脳内を駆け巡った。
反射的にヒナは立ち上がり、
そうして、両手を胸の前に組み合わせた。
それはもはや人間の、ビッチの、
ヒナの本能であった。
「か、か、か――顔がかっこいいー!!
わー! かっこいいー!! 笑顔もいい!
好きー!! すごい好きー!!」
叫ぶやいなや、だ。
ぱぁん、と眉間を撃たれたようにヒナはひっくり返り。
そしてそのまま、動かなくなる。
ヒナを見下ろしながら、シュルツは思う。
本当に、昔ながらの大和撫子はどこにいってしまったのかな、と。
590回目。
死因:チャラ男のニコポ。
シュルツより一言:予言は成就した。




