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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第四章 ピッカピカ☆新たな一日は恋の冥土♡
41/103

33限目 友達がいないと死んでしまいます

 前回のあらすじ:握手。

 

 さて。

 授業が終わり、ヒナはにっこりと微笑む。


「三時間目もリンコとともに行動したので、無事に過ごせましたね」

 

 彼女の前の席でひたすら黒猫のぬいぐるみに話しかけるヒナ。

 その様子に怯えながらノートを一心不乱に読み続けるのが凛子。

 

「へー、この時代では、

 ムリヤリ拘束することを『ともに行動する』って言うんだ?」

 

 と、シュルツ。

 そんな皮肉はまあ、この際置いといて。

 

「さ、お昼休みです。昨日と同じように過ごしますからね。

 ねえねえ、リンコー」

 

 ヒナには心強い味方がいるのだ。

 彼女のそばにいれば、決して死ぬことなどない。

 

 シュルツは自分と凛子の固い絆を侮っている。

 まだ会って一日だけれど、乙女ゲーのヒロインと親友キャラには、決して壊れない友情があるのだ。


 確かに彼女は名刺(ノート)を読み終えるまで、自分とはまだ友達ではない“という建前”だが。

 ヒナの中には、もうとても固い絆が結ばれているのだから。

 

 と、振り向けば。

 

 ――いない。


「リンコどこ!?」

 

 驚愕し、机に手をつきながら立ち上がるヒナ。

 彼女の机の上には、手渡したノートがそのままに残っていた。

 

 まさか、そんな。

 信じていたのに、うそでしょう。


 ……逃げられた?

 

「なんて、こと……

 リンコ、わたしを裏切るの、リンコ……ッ!?」

 

 小さな拳を握り、机を叩く。

 ショックだった。こんなに大好きなのに。

 

 シュルツが「そら逃げるわ」とかなんとか言っていたが。

 ヒナは胸を抑えながら、うめく。


「……そんな、だめだよ、このままじゃ……!

 こんなんじゃ、わたし、わたし……!」

 

 そう、顔をあげたヒナの前、

 こちらに笑顔で手を振る優斗の姿が、スローモーションで映る。

 

 あまりの集中状態によって、辺りの時間が遅れて流れて見えているのだ。

 ヒナの危機感が頂点に達したときにのみ発動する能力だ。

 

 やはり。

 このままでは。


 ――優斗に、お昼に、誘われてしまう!


 それはすなわち、彼に殺されるということだ。

 ふたりきりで間が持つわけがない。

 間に椋がいたって、きっと同じことだ。

 お昼ごはんの代わりに、ぺろりといただかれてしまう。


 桃色の妄想の挟まる余地もない。

 だってそうしたら、シュルツとの勝負に負けてしまうんだから!

 

「ふぁぁ……これは、勝負あったかな、って――」


 ヒナは身を翻し、シュルツ人形の頭を掴んで廊下に出る。

 ずざざっと上履きで滑り込むように人の中に紛れて。


「リンコ! 逃さないからね!」

  

 自分への、ご褒美のために!

 ナデナデの、その先に――向かうのだ。

 

 シュルツから、シュルツから……

 あんなことや、こんなことを……

 

「うぇっへっへ……」

 

 思わず笑みを漏らしてしまって。

 なにやら胸の中でシュルツがニヤリと笑ったような気がして、ヒナはハッと気づく。

 

 ブレスレットを見やる。

 この数字が100万になれば死んでしまういつものアレだ。

 

 数値は83万。やばい。

 ちょっと妄想しただけでドキドキが止まらなかった。

 

 ゲーム中でどんなにシュルツのことを想っても平気だけど、

 その結果自分がドキドキしてしまっては意味がない。死んでしまう。


「……最後まで捨てません。

 あきらめたら、そこで試合終了です!」

 

 瞳に炎を燃やし、凛子を探しに向かうのだ。

 ヒナの安住の地は――そこにしかないのだから!

 

  

 

 そのためにも、まずは凛子の行方を探らなければならない。

 ヒナは軽く屈んで、目を細めた。

 

 凛子の身長、体重は目測で把握している。

 彼女の体重移動の様子も、何度か見た。

 

 リノリウムの上の、

 目に見えないほどに細かな足跡を判別するのは難しくはない。


 問題はそこからだ。

 何千何万という同じ上履きが乱れる中、ただひとつ、きょうの凛子の足跡だけを見つけ出さなければならない。

 

 追跡術(トラッキング)は目で覚えるものではない。


 知識、観察力、洞察力、五感をフルに活用する技だ。

 凛子の内面と同調することにより、その足跡を浮かび上がらせるのだ。

 

 しばらく――といっても数秒程度だが――感覚を研ぎ澄ますことにより、見えてきた。

 人の波が途切れることなく続く廊下に、光の道が。

 

「……見つけました、凛子ちゃん……

 今、会いに行きます」

「キミ、三ツ星ハンターかなにか?」

 

 シュルツのつぶやきは、

 ヒナの堂々たる歩きぶりにかき消されるようにして、風に散ってゆくのだった。

 

 

 

 というわけで、凛子がいたのは校舎裏であった。

 彼女はひとりでお弁当箱を抱えて、ため息を付いている。


 どうしてこんなところに。

 ひとりでとっても寂しそうだ。

 

 なんだか胸が締めつけられるような思いがした。

 なにか悩んでいることがあるのなら、話してくれればいいのに。


 そんな凛子の弱った姿を遠くで見守って。

 ヒナは努めて明るく声をかけることにした。


「リーンコ」

「え゛っ」

 

 なにやらものすごい驚いたような顔でこちらを見やる凛子。

 心なしか、嬉しそうにしていないような気がする。


「どーしたの? こーんなところで」

「え、いや、これはその」

「えへへ、一緒に食べようよ、お昼」

「あ、はい……そうですね……」

 

 微笑みながら、ヒナは彼女の隣にゆく。

 良かった、これでなんとかお昼休みを越えられる……

 

 凛子もほら、笑みっぽいものを浮かべてくれているし。

 やはり持つべきものは友達だ。

 

 しかし、どうして校舎裏なのだろう……と思い。

 すると、奥まった場所から男の人がふたりやってきた。

 

 制服を着崩した、ちょっとヤンチャそうな大人びた人たちだけれど、

 なにやらあちこちに怪我をしているようだ。

 肩を押さえながら、校舎の方に歩いてゆく。

 どうしよう、手当をしてあげたほうがいいかな、とかなんとか思いつつ。

 

 すると凛子が眉をひそめた。


「……まさか、あいつ」

「あいつ?」

「あ、いや、えっと……」

 

 口ごもる凛子。

 その後ろからゆっくりと姿を現したのは……


「あン? なんだてめーら」

 

 一ツ橋樹の弟、不良キャラの虎次郎であった。

 

 

 

 彼を見るや否や、凛子が立ち上がった。


「ちょっと虎、またケンカ?」

「あいつらが突っかかってくンだよ。

 マジでうぜーよな」

「あんたが相手するからでしょうが」


 あ、これイベントだ、と気づくヒナ。

 そうか、昼休みに校舎裏に凛子と行くことによって、虎次郎イベントが進むんだ。

 

 まだ虎次郎と凛子は、ふたりで言い争いをしている。

 というよりも凛子が一方的に虎次郎を叱っているようだ。

 

 だが、虎次郎のイライラがどんどんと溜まってゆくのが見える。

 このままじゃ爆発しちゃうんじゃないかな、とか思いつつ。

 

 しかし、虎次郎と凛子、お似合いではあるのだけど、

 口うるさい姉と聞き分けのない弟のようだ。

 虎次郎ルートを攻略するためには、きっと凛子の協力が必要なんだろうな、とかなんとか。 

 

 ヒナは完全に見物客のつもりでいた。

 その瞬間までは、だ。


「あっ、ちょっとあんた怪我しているじゃない!」

「お、おいっ」

 

 凛子が虎次郎の頬に手を伸ばす。

 彼はそれを振り払っただけ、なのだが……

 

「きゃっ」

 

 勢い余って、凛子を突き飛ばしてしまった。

 ヒナが「あっ」と思うと同時、虎次郎もハッとしていた。

 

 校舎の壁に後頭部をぶつけた凛子は、

 しばらく「つぅぅ……」と悶えている。

 

 見たところ、傷にはなっていないようだけれど。

 涙目で虎次郎を睨む凛子。


「あ、あんたね~~~……!」

「……」

 

 虎次郎はなんだか傷ついたような顔をして、

 後悔するように、自らの手を見下ろしていたのだが。

 

 まるで振り切るように、怒鳴る。

 子供のようだ。


「う、うっぜーんだよ!

 てめーも、アニキもだ!

 いちいちオレに絡んでくんじゃねーよ!

 このブスが! もう二度とオレに近づくな!」

「――っ」

 

 凛子の顔が一瞬で真っ赤に染まる。

 怒りか恥辱か、かーっと。

 

「あ、あんた……」

「……チッ!」

 

 盛大に舌打ちし、虎次郎は歩いてゆこうとする。

 ヒナは「うーん」とうなった。

 

 凛子に。

 自分の友人に。

 

 なんて口を。

 そりゃあ虎次郎も、ツンツンしてて可愛いけれど。

 

 でも、凛子が悲しそうだから。

 大切な大切な、自分の友達が悲しんでいるから。

 

 それなのに、謝りもしないだなんて。

 この子、ちょっと見過ごせないな、なんて。


 そう思ったヒナは、

 彼の行く手を阻むように立ち上がった。


「……あんだよ、てめーは」

 

 顔を歪めてこちらを睨んでくる虎次郎に。

 ヒナは困ったように眉を寄せて。

 

 しかし苦笑いをしながら、

 軽く拳を握って、告げる。



「――ちょっと、頭、冷やしましょうか?」

 

 

 

 シュルツより一言:初のヒナさん以外の、死者が出るかもしれない……。

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