幕間(シュルツパート) ほのぼのしない話
ボクが死ぬ前に、この日記を残しておこうと思う、と。
シュルツは書き出す。
休憩時間だ。
観測ルームに戻り、シュルツはキーボードの前に座る。
ふー……と深くため息をつく。
初日をともに行動して、
ヒナという少女について色々とわかったことがある。
彼女の底知れなさ。彼女のスペック。
彼女の海よりも深い愛。彼女の目的達成能力。
どれもが一個人が持てるようなシロモノではない。
もっと本格的にヒナについて調べてくれば良かった。
はっきりいって、油断をしていたのだ。
このモニターに挑むにあたって、
シュルツもそれなりに同僚たちと話をしていた。
誰もが様々な時代の少女に会うために、研修を受けていた。
その時代のマナーや情勢、そういったものを勉強してから臨んでいる。
モニターから帰ってきたものたちもいたが、
その誰もが「楽な仕事だった」「チョロい」「遊んでお給料もらえるみたい」「楽しいよ」などと口走っていた。
どこがだよ、と思う。
てめーら全員地獄に落ちろ、とも思う。
こんなに割りが合わない仕事などない。
もしシュルツが会社に戻ったら、彼らにこの記録を見せよう。
始めのうちは笑っていた同僚たちも、
最終的には全員声を揃えて「……ヒ、ナ、さ、ま……」としか言わなくなるはずだ。
その、藤井ヒナという少女。
会社に差し出された事前のレポートが、こちらだ。
『高校2年生:17才
健康状態:問題なし
ストレス:低
学力:良
芸術:並
流行:良
運動:並
気配り:良
魅力:並
恋愛力:53万』
嘘だらけじゃねーか、と思う。
てめーらの血は何色だ、とも思う。
シュルツはタイピングし、内容を書き換える。
真実はこうだ。
『高校2年生:17才
健康状態:頂点は常にひとり
ストレス:必要なし
学力:超スゴい
破壊力:超スゴい
スピード:超スゴい
メンタル:超スゴい
社交性:超スゴい
犯罪性:超スゴい
恋愛力:究極』
そんなことをしたところで、溜飲が下がるわけではない。
実態が知れたところで、今更どうしようもない。
ただ、会社からこんなレポートが回ってきたところで、自分は一笑に付すだろう。
そして一生後悔するのだ。
それにしても、だ。
シュルツは自らの手を見やる。
ヒナに請われて、彼女の頭を撫でてしまったけれど。
あれでヒナがなにか勘違いしなければいいが。
自分は決してヒナに気を許してなどはいない。
ヒナはこの世界を一緒に脱出するための、ただのパートナーだ。
隙あらば、寝首をかくぐらいの勢いでいかなければ、
ヒナに取り込まれて、自身もヒナの一部にされるだろう。
そんな恐ろしいことはだめだ。
シュルツは自我を保つために十分に己を律さねばならない。
ちらりとモニターに目を向ける。
するとそこでは、ヒナが妙に嬉しそうに父親とお喋りをしている。
翔太をツブした後の、一日目のセーブデータを使っているのだろう。
『どうしたヒナ? なにか探しものか?』
『あ、ううん、お父さん。なんでもないの。えへへ』
シュルツの目を意識しているのか、時折天井などを見上げて、
まるで監視カメラを探しているような挙動をすることもあるが。
それでも、基本的にはリラックスしているようだ。
口元がいつもより少し緩んでいる。
あんなことをしておいて、よく呑気にしていられるものだ。
現実とゲームの区別がはっきりとついているのだろうか。
いや、違う。もっとドス黒いものが潜んでいるはずだ。
「……」
しかし、だ。
画面の中に映るヒナは、全力でゲームを楽しんでいるように見える。
そこに邪悪さはまるで見当たらない。
『えへへー、お父さんー』
ただの純粋な、恋をする少女だ。
そう見える。見えてしまう。
さっきのナデナデだって、そうだ。
ヒナは心から恥ずかしがっているようだった。
決して常在戦場の覚悟で恋愛をしている少女ではない。
隙だってあるのだ。
それならば恐らく、弱点も。
そこを突けば殺れる――いやいや、殺さない殺さない。
頭を撫でてもらうと首筋を晒していたときに、
あるいは頸動脈を断ち切れば……いやいや、しないしない。
だが、敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うではないか。
古事記にも書いてあるし。
そのために、シュルツはヒナに取り込まれないために、彼女を知る必要があるのだ。
『あ、あのね、お父さん……その、わたし……』
『ん、どうした、ヒナ?』
『その、あのね……ひ、久しぶりに、その、
ぱ……パパって、呼んでみても、い、いいかな?』
『……ふふふ、まるで昔みたいだな、ヒナ』
『ぱ、パーパ……?』
『こんなに大きな娘が甘えん坊か、ははは』
『えへへ、ぱ、パパぁ――モルスァ!』
『ヒナ!?』
「……」
曇りなき眼で正体を見極めしようとしても、
未だ、その本性は掴めていない。
果たして彼女は悪なのか、そうではないのか。
善なのか、悪魔なのか、女神なのか、死神なのか、天使なのか。
救世主なのか、あるいはこの世界を滅ぼす破壊者なのか。
藤井ヒナ。
一体藤井ヒナとは一体。
シュルツはため息をついて、キーボードを叩く。
記録を締める言葉は、以下のように。
これは17才の少女に翻弄され続ける、
哀れな一匹の黒猫の物語である――と。
584回目。
585回目。
586回目。
587回目。
588回目。
死因:息抜き。(呼吸機能を停止、という意味で)
シュルツより一言:ヒナさんなんかに絶対に負けないんだからね。きり。
明日明後日は更新をおやすみします。
更新しなければシュルツくんが悲しい目に合うこともありません。
わたしはそういうことに喜びを感じるのです。




