28限目 遠隔攻撃でも死にかけます
二番目の空き欄にセーブして、と。
ヒナは振り返り、両手を合わせてにっこりと微笑む。
「やりました、シュルツさん。
わたし、成し遂げましたよ」
しかしシュルツは浮かない顔だ。
「う、うん、そうですね」
「え、どうして敬語なんですか」
「なんでもありません、ヒナさま」
「さま付け!?」
シュルツが目を合わせてくれない。
ヒナは彼の首元を撫でてみる。
「シュルツさん~?」
「……ヒナさま、ぱねえっす」
「そ、そのヒナさまっていうの、やめましょうよう」
口をとがらせてねだる。
するとシュルツは、ようやく我に返ってくれたようで。
「いや、まあ、ボクにはある意味、
ちょっと刺激が強すぎたかな、って……」
「でもこれで、物語を進められますよ?」
「うん、そうだね……
そう、だね……いいことだよね……
間違っていない……ボクたちは、なにも……
まちがって、いな、い……」
ぶつぶつとつぶやくシュルツは、まるで自分自身を洗脳しているように見えた。
シュルツは先ほどの作戦の手助けをしてくれたのだ。
ヒナは一度ごとに成長し、学習してゆくAIの性質を逆手に取った。
本来、彼らNPCは記憶を引き継ぐはずがない。そんなことをしたらゲームが成り立たないからだ。
だからヒナは『物理的』にではなく、『精神的』にプログラムを破壊した。
与えた多大な過負荷は、学習するAIの記憶に“デジャヴ”として留まった。
決してリセットしきれない爪痕を残したのだ。
それがあの結果である。
ヒナはNPCを打ち破ったのだ。
その中でも、シュルツは扉に傷を残してくれる役目だった。
彼は時間や扉をすり抜けるシュルツ専用の開発者コード――恋愛のフラグを立てる上ではなんの役にも立たず、むしろゲーム進行に差し障るものだが――を用いて、死に戻りするごとに正の字を刻んでくれたのだ。
悪の片棒を担いだ、などと思っているのかもしれない。
大丈夫かな、と心配になるヒナ。
「あのー、シュルツさんー」
「は、はい、なんでしょうヒナさま」
「また……」
「あれっ、なんでかなっ」
身悶えする黒猫。
それは見ているこっちが身悶えしそうなほどにかわいかった。
けれど、シュルツがつらそうなときに、そんなことは言っていられない。
「シュルツさん」
ヒナはぬいぐるみを優しく抱き上げる。
膝の上に置いて、その頭を丁寧に撫でた。
「一緒に脱出、しましょうね。
わたし、誰かを落とすために、がんばりますから。
ですから、サポートお願いしますね」
「う、うん……」
「どんな困難が待ち受けていても、
わたし、一生懸命やりますから、シュルツさんのために。
だからシュルツさん、わたしを信じてください。
きっと、どうにかしてみせますから……ね?」
「うん……」
シュルツは戸惑っていたようだけれど、うなずいてくれた。
やはり誠意を持って話せば、気持ちは伝わるのだとヒナは思う。
しかしその後。
「……これがこのファッキンビッチの手なんだ……
まず畏れを与えてから、懐柔する……よくできてやがる……
それにのっちゃいけないぞ、シュルツ……
冷静に事実だけを認識しろ……クールだ、クールになれ……」
とかなんとかシュルツがつぶやいていたのは、一体なんのことだろう。
◆◆
と、再びバーチャル世界である。
夜行動で、ヒナは勉強をチョイスした。
するとウィンドウがポップし、ティロリンという軽快な音とともに、
パラメータの『勉学』数値が上昇したのだ。
「へー。てっきりノベルゲータイプかと思ってましたけど、
パラメータがある感じの乙女ゲーだったんですねえ」
「まあね、ていうかこれ初日だからね。
まだボクたち初日のままだからね」
「たくさん遊べてオトクなゲームですね。
わたし買っちゃいたいなあ」
「クリアしたらあとでキミんちに届けてあげるよ。
ちゃんと本体つきで」
「わ、ホントですか? うれしいなあ」
にまにまと微笑み、頬に手を当てるヒナ。
しかしシュルツの狙いは他にある。
ヒナをそのままバーチャル乙女ゲー空間に閉じこめることにより、
外の世界の人間たちから隔離しておけないものか、と思ったのだ。
ヒナが世間に出回れば、今は無事でも、
将来的にきっと地球がやばい。ヒナの愛で地球がやばい。
このビッチにかかれば、地球という星は狭すぎるような気がする。
どうせなら月にでも送ってくれればいいんだ。
かぐやビッチだ。早くひとりで帰ればいいのに。
竹取物語のビッチ姫は、きょろきょろと辺りを見回す。
と、そのときだ。
手元のケータイ電話が震え出した。
「わ、これなんですか」
「いや、落ち着いて、メールだから」
「あ、これメールなんですね」
「えっと……」
シュルツは念のため、確認する。
「この時代って、もう携帯電話を持つのが当たり前だよね?」
「あ、はい。でもわたし今は持ってないんですよ」
「なんでまた。世界で一番キミが持っていそうなのに」
「いやあ、実は小学生の頃に21台持っていたんですけれど……
お恥ずかしながら、管理があまりにも大変になっちゃって、手放したんですよね」
「うん、もういい。わかった」
「4台は妻子のある男性用で、2台は旦那さまのいる女性用で……」
「わかったっつってんだろぉ!」
怒鳴る。当然ヒナは気にしない。
気にするはずもない(確信)。
ヒナはちょっと頬を紅潮させながら、ちらちらとシュルツを伺う。
「あ、あの、わたしこれ、見てもいいですか?
見ちゃってもいいですか?」
「誰から届いたのさ」
「えっと……あ、三通も来てます!
優斗くんと、リンコちゃんと、樹先生です!」
「そうか……」
シュルツはとても悲しそうな顔をしたけれど。
でもそこで、ヒナが指を振る。
「あ、シュルツさん。
今、『じゃあこの子、三回死ぬんだな』って思いましたね?」
「うん、まあ……」
500回以上死んでいるくせに、どの口で言うのか……というところだが。
ヒナは含み笑いをした。
「うっふふ、わたしだって成長しているんですよ。
直接攻撃じゃなかったら、そうそうドキドキしません」
「うーん……まあ、やってみたら?」
投げやりに告げるシュルツ。
どうせ直前でセーブをしているのだ、思う存分死ねばいい。
一方、ヒナは元気いっぱいだ。
まるで五次会になってもまだ騒いでいるうっとうしいノリの新入社員のようだ。
「ヒナ、それじゃあ読みますね」
ぽちぽち、とケータイを操作。
優斗の文面は簡素だった。
『転校初日、どうだった?
同じクラスになれてよかったな。
明日からまたよろしく、ヒナ』
横からのぞきながら、うんまあこれなら、とシュルツは思う。
どこにも死ぬ要素はないように思えた。
「大丈夫そうだね」と声をかけようとしたその瞬間。
ヒナが凄まじい勢いで自分の腹を殴打していた。
腹パン(自爆)だ。
すごくびっくりした。
自分自身に腹パンする女の子とか、見たことも聞いたこともない。
しかも結構な威力だ。
「ちょ、ヒナさんなにやってんの」
慌てて声をかけると。
脂汗を浮かべたヒナが、ひきつった顔で笑顔を作っていた。
「ね、ほ、ほら……へ、へいき、でしょう?」
「まるで平気そうには見えないんだけれど……」
シュルツを安心させようと、必死に笑顔を浮かべるヒナ。
人によってはそれは『健気』だとか『努力』だとか言うのかもしれないけれど。
シュルツの頭に浮かんだ二文字は『狂気』だった。
ちなみに樹からのメールは、
『こんばんは、藤井さん。
こんな時期に転校をしてきて、わからないこともたくさんあると思うけれど、
なにかあったらなんでも担任の僕に相談してね。
言っておくけどこれ、社交辞令じゃないからね』
で、ヒナはさらに一撃腹を殴っていた。
そして、一番の難関かと思っていた、凛子からのメールは……
たった一行。
『よろしくね』だけだった。
……名刺を読み切っていないから、まだ友達ではないのかもしれない。
凛子封じの作戦は今のところ十全に機能しているようだが。
果たして乙女ゲーの友人キャラの扱いがこんなものでいいのだろうか、と。
シュルツは釈然としなかった……
エリザビッチ女王ヒナさまの支配するこの世界で、
釈然とすることなんて……
もうたぶん、二度と、ないんだろうな……と思っていた。
シュルツより一言:凛子ちゃん……




