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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第三章 ワックワク☆素敵な家族は恋の闇路♡
31/103

26限目 もう、殺し……殺せません

 前回のあらすじ:逃げて。翔太くん早く逃げて。

 

 バーチャル乙女ゲーの世界に降り立ったヒナ。

 ジャージに着替えて、ゴムひもで髪を後ろにくくる。

 捻転の技の衝撃で、もしかしたら制服が破れてしまうかもしれないからだ。


 軽く柔軟体操をした後、弟が部屋にやってくる前に自室を出た。


 決めるなら出会い頭だ。

 標的(おとうと)がこちらの意図に気づいていないその瞬間がチャンスだ。

 

 ヒナは深呼吸して、翔太の部屋の前にやってきた。

 もう覚悟を決めるしかない。

 

 可愛くてかっこいい弟をぶちのめすのは気が引けるけれど。

 これもすべてはシュルツのためだ。

 

 恋愛とはビーチフラッグス(ビッチではない)。

 限られた勝者のみが、好きな人と結ばれるのだ。


 ヒナは別に相手に彼氏がいようがなんだろうが気にしないけれど。

 でもどちらかを殺さなければならない状況に陥ったなら、きっと選ぶのだと思う。

 仕方のないことだから。

 

 そして、もうひとつ大事なことがある。

 

 ヒナは無機物に恋をしない。

 相手の精神性こそが、ヒナにとってもっとも大切なことだからだ。

 

 このゲームに登場するキャラクターは、一見、精神が宿っているように見える。

 だが、それはただの非常に巧妙なだけのプログラムだ。

 そこに魂は宿っていない。


 ただの障害だ。ただのスライムなのだ。

 だから倒して進むのは、悪いことではないのだ。


 ……と自分に、言い聞かせる。

 そうでもしないと、つらたんだ。

 


 そろそろ、挑もう。

 殺意を悟られないように声をかける。

 

「しょーちゃーんー、こーろーすー(あーそーぼー)

 

 ノックする。するとドアはすぐに開いた。

 面倒そうに弟が顔を出した。


「あーん?」

 

 ヒナは扉の陰に潜んでいる。

 チャンスは一瞬。


 一撃で決める――。

  

 なにも知らない弟はヒナを探して左右を見回す。

 その場にしゃがみ込んでいたヒナは、伸び上がりながら両腕を伸ばす。

 

 

 人は誰もが体の中に龍を持つ。

 血管のように体内を巡るその経路、『龍脈』と呼ぶ。

 

 ヒナは己の体内に存在している“氣”の流れを循環させ、手のひらに集め、龍穴を化す。

 ひとりの人間では決して到達しえない極地の氣術。肉体の枠に留まらない宇宙の氣を集めて放つ秘儀。

 すなわち――発勁(はっけい)である。


 伸筋、張力、そして踏み込みによる体重移動の乗ったヒナの掌底は、見事に翔太の顎を捉えた――かに見えたが。


 その瞬間、ヒナは見えない壁に阻まれた。

 目の前で電光が瞬く。


「あいたっ」

 

 強く手のひらを打って目を開くと。

 ――バーチャル世界が、赤灯に照らされたかのように、真っ赤に染まっていた。

 

「え、なんですかこれ」

 

 警報が鳴り響いている。

 パトカーのサイレンのようだ。耳が痛い。

 

 その世界で翔太は――停止していた。

 すると、ウィンドウがポップする。


 1ペナルティ。

 そう書いてある下に、説明文があった。


「え?」

 

 読み上げる。


『このゲームはR15指定です。

 ゲーム内の暴力行為、あるいは犯罪行為はプログラムによって禁止されています。ご注意ください。

 それでは強制的にスタート画面に戻ります』


「ええっ」

 

 そうか。シュルツの言ってたのはこれか。

 殴ったり蹴ったり殺そうと掌底を放つのは、だめなんだ。


 乙女ゲーだから。

 システムによって禁止されているのだ。



「そっか、そうなんだ」

 

 プッ、と接続が途切れて。

 ヒナは再び真っ白な空間に戻ってきた。


 シュルツはあくびを噛み殺していた。

 

「まあそういうわけなんだ。

 世の中には、乙女ゲーを戦争ゲームかなにかと勘違いしている人もいるらしくてね。

 ゲームだからなにをしてもいいだろう、って、過激な楽しみ方をする頭のおかしな子とかもね。

 イケメンを傷めつけて畏敬の数値をあげて楽しんだり……」

「そんな人もいるんですね、変わった方ですね」

 

 ヒナが素直な感想を述べると、シュルツは眉をひそめる。


「うんまあ……キミがそう言うのは釈然としないけれど……」

 

 なにやらヒナの言葉を飲み込むのに、ひどく苦労しているようだ。

 それはそうと、話を繋ぐシュルツ。

 

「ほら、乙女ゲーだと相手が男の子だから、力ではあっちが上でしょ?

 だから普通はそこまで問題視はされていないんだけど。

 でも美少女ゲームなんて、登場キャラクターはいかにもか弱い子たちだからね。

 未成年が遊んで、力任せに暴行しようとしたら問題でしょ。

 だから厳重にプロテクトをかけることを、法律で義務付けられているんだ」

「なるほど。依存を防ぐプロテクトと、同じようなものですね」

「そうそう。だからイベント外での、

 特に理由のない暴力がNPCを襲う!のは禁止されているんだ」

「そっかぁ……」


 ヒナはなにかを確かめるように手首を回す。

 それから提案した。


「あの、もう一回だけチャレンジしてもいいですか」

「え?」

「いけるかどうか、だけ」

「え? なにが?」

「できそうな気がするんですよね」

「い、いやだから、な、なにが?」

「別に、アレ(プロテクト)を破壊してしまっても構わないのでしょう?」

「いやいやいやいや構うよ、全力で構うよ。変な男気全開やめなよ」

「わたし女性ですけれど」

「完全に2000%ケンカの王子さまだよ」

「よくわかりませんけど……」


 ヒナは少しの間首をひねっていたけれど。

 拝むように片手を額に当てて、シュルツに頼み込む。

 

「お願いします、一回だけ」

「いや、電子プログラムを内部から破壊できるわけがないわけで……

 もしそんなことができても、変にこの世界が壊れたら、

 ボクたち一生ここに閉じ込められるかもしれないんだからね……」

「そっかぁ……」

 

 シュルツの言葉にヒナは納得した。

 単純に破壊することならできるかもしれないが、それがどんな影響を与えるかはわからない。

 

 先ほど放ったのは所詮、対人用の暗殺(ケイ)だ。

 今度はそれよりも大掛かりな――龍殺しの技を数(フレーム)のうちに連続で繰り出せばあるいは……と思ったのだが。

 シュルツが嫌ならばやらないようにしよう。


 なぜか戦々恐々としているシュルツが、つぶやく。

 

「ま、まあ、だからもっと違うやり方を考えないとね……」

「違う、やり方……」

「殺して解して並べて揃えて晒したりするのはダメ、ゼッタイ。

 とりあえず、物理的な手段はやめておこうよ、ね。

 身内に殺人者が出たら乙女ゲーがどうこうっていうか、

 多分村八分にされちゃうよ。お父さんもお母さんも辛いよきっと。

 やめようよ。その心に一滴でも良識と善意が残っているなら思いとどまりなよ」

「そう、ですね」

 

 どうしてシュルツの言い草が、銀行に閉じこもった犯人に、

 遠くから拡声器で諭す警察官みたいになっているんだろう……、と思いつつも。

 ヒナはうなずく。


「わかりました」

 

 なるほど。

 肉体を傷つけることはできないようだ。

 

 だが、それがどうしただろう。

 だって、ただ殴れないだけでしょう。

 

 やると決めたヒナの前に、そんなものは障害のうちに入らない。

 

 

 基本的にヒナは平和主義者だ。

 争い事は好まないし、人の陰口を言うことだってない。

 もし誰かとケンカをしたら自分から頭を下げる。気まずい空気も好きではない。

 意見のすれ違いがあれば、必ず話し合いで解決する。

 他人を力で屈服させるなんて、絶対に願い下げだ。

 

 ヒナは河川敷に生えたタンポポのように、目立たないけれど穏やかな恋がしたいのだ。

 それこそが本当に幸せなことだと気づいたから。

 他の人を理不尽に脅迫したり、そんなことをするのはもう止めたのだ。

 

 いつか誰かと結婚することになっても、しあわせで、

 収入が安定していて、マジメで、少し不真面目で、欲深くなくて、すこぶる健康な人。

 そんな人と一緒に、植物のように平穏に暮らしていければ、それでいいのだ。

 

 

 だが。

 今だけは別だ。



 ヒナの精神テンションは今、小学生時代にもどっている。

 冷酷、残忍。そのヒナが翔太をたおすのだ。


 ヒナの全神経は今、研ぎすまされている。

 ハダで微妙な空気の動きまでもわかるほどに。

 

 この後の勝利を確信し、ヒナは微笑む。

 その顔を見たシュルツが凍りついたように見えたが、ヒナは構わず告げる。

 

「わかりました。そういうことなら。

 次のわたしはもっとうまくやります」

「こわい」

 

 

 シュルツより一言:ヒナさんこわい。

 

 

※この物語のジャンルは“恋愛”です。

 乙女ゲー世界を舞台にひとりの可憐な女の子が、

 イケメン揃いの攻略対象キャラに、告白されることを目的とした恋物語☆です。

 次回、ついに弟くんを陥落させちゃいます♡

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