24限目 弟に戦いを挑んで殺されます
ナデポ、という言葉がある。
ニュアンスとして、頭を撫でる→ポッ、の流れを省略したものだ。
頭を撫でるだけで相手を惚れさせる能力を持つ男性。
あるいは、撫でられただけで相手に惚れてしまうチョろいヒロイン――略してチョロインのことを指す。
似たような言葉として、ニコポというものがある。
これは微笑むだけでポッと(する・させる)ものである。
と、そのナデポ・ニコポ。
少女漫画や乙女ゲーなどではおなじみだが、現実的にはほぼありえないであろうその現象。
そんなものに引っかかるチョロインが、ここにいた。
藤井ヒナ。極度にホレっぽい高校二年生の乙女だ。
彼女はゲームの中の弟に撫でられて死亡した。
即死だった。
まるで頭部を手刀で斬り落とされたかのような威力だった。
◆◆
後悔の念に押し潰されてしまいそうだった。
翔太は(以下略)。
とまあ、葬式シーンはいいとして。
「しっぱいしっぱいです」
葬式の最中、額に手を当てて「てへへー」という笑みを浮かべるヒナ。
ぺろっ☆と舌でも出していたら引っこ抜いてやろうかと思ったシュルツだったが、
ヒナはそんな、いかにもあざといようなことはしないようだった。
存在自体がビッチなのにまったくビッチ臭が漂わないのも、そのあたりでうまくファブリーズしているからなのだ。
だから一見さんは騙される。巧妙な脱臭ビッチ炭だ。アロマの香りかもしれない。
「ま、それじゃあ気を取り直しまして」
「うん、そうだね」
やり直す。
セーブ地点からの再開だから、気は楽だ。
だが、
それから一時間後。
どんな方向に話を持っていっても、必ず最後には頭を撫でようとしてくる翔太に、危機感を抱いたのは、
――すでに8回死亡した後のことだった。
◆◆
「やばくね?」
問題提起するシュルツに、ヒナはいつものように笑顔。
まるで動じていない。
泰然自若だ。動かざることビッチの如し、である。
ヒナは自信満々に胸を張る。
「わかりました。じゃあ今度はちゃんと身を守ってみます!」
「お、おう……」
「撫でポなんかに、絶対に負けないんだからねっ!」
「あ、これ前見たことある」
キリッ! と眉をあげるヒナに、ぼそっと漏らすシュルツ。
しかもそのときはキッチリと死んでいた気がする……
◆◆
「よー」と部屋に遊びに来た翔太。
髪を後ろで結んだヒナを見た彼は、怪訝そうな顔をした。
「……なんでジャージなん?」
「おねーちゃん、ちょっと運動するからね!」
「はあ」
眉をひそめる翔太の前、ヒナは軽く体を前後に揺らす。
意外にも軽快なステップを踏む。
ヒナは微笑を浮かべながら、弟を挑発する。
「わかっているよ、しょーちゃんの目的は」
「いや、体調が……」
「わたしの頭を撫でたいんでしょう。
撫でくり回したいんでしょう、どうしても!
嫌がるわたしを押さえつけて、無理やり!」
「大丈夫かな、って……」
「このきちく弟っ!
ならかかってきてよっ! 栄光は自分の手でつかみ取るんだよ!」
しゅっしゅっ、と口でつぶやきながらシャドーを行なうヒナ。
うーん、と首を傾げる翔太。
「……おまえ、んな無茶なことをしてマジで平気なのか?
バカなことして、熱出して寝込んだりしねーよな」
「あ、うん、それだけは絶対に平気」
ヒナは自信をもってうなずく。
熱を出して寝込むことだけは、絶対にないだろう。
その真意をきっと翔太は知ることはないだろうが……
まあそれならいいか、と翔太は両手を広げた。
「で、なにしたらいいん」
「そうだね。五分以内にしょーちゃんがわたしの頭を撫でられたら勝ち。
もし撫でられなかったら、一生わたしに近づかないで」
「理不尽な話じゃね!?」
「さあかかっておいでっ」
「すっげーやりたくないんだけど……
俺にトクがひとつもねーし」
「じゃあわたしの頭を撫でられたら、
わたしの遺産をすべてあげるから!」
「遺産……? よくわからねーけど、お小遣いってことか……?」
「うんまあそう、それ」
「ったく……」
まだ冗談かなにかだと思っているのだろう。
首を回して近づいてくる翔太。
しかしヒナは本気だ。
この勝負に命を賭けているのだ。
「よくわかんねえけど、わかったよ」
「じゃあ始めるからねっ」
――ファイトクラブ、開幕。
ヒナの目に稲妻が走る。
彼が一歩を踏み出したその瞬間、
ヒナはその出足を右足で払った。
「え?」
翔太の視界が上下逆さまになる。
衝撃はなかった。頭から地面にぶつかる寸前に、
ヒナが翔太の手首を掴んで支えてくれていたのだ。
「な、なんだこれ」
「あのどんくさいねーちゃんが……」と続けようとして。
言葉の途中で、翔太はさらに手首をねじりあげられた。
腕を背中側に引っ張られ、そのまま床に押し倒される。
真綿のクッションの上に落下したかのように、体のどこにも痛みはない。
だが、身動きだけがぴくりともできなくされていた。
「ちょ、おい、おま」
あっという間に、両腕と肩関節を極められた。
俗にいう、ハンマーロックである。
警察官が暴漢を取り押さえる際に用いる、あの拘束技だ。
電光石火の早業を披露したヒナは、笑いながら告げる。
「あーとー、四分ー」
「いやいやいやいや、
これなんかちがくね!? こういうのちがくね!?」
「乱暴なことをして、ごめんねしょーちゃん。
でもわたしの頭に異常執着するしょーちゃんが悪いんだよ?」
「意味わかんねえええええ!」
叫ぶ翔太。
180センチの体格でもがくが、ヒナは微動だにしない。
まるで万力のように固定されてしまっているのだ。達人のような技術だ。
「ほら、護身術はか弱い乙女のたしなみっていうでしょ?
それに全然痛くなかったよね?」
「痛みがないのが逆にこえーよ!
どんだけ熟練してんだよ、離せ!」
「あ、だめだめ、無理に抵抗しないほうがいいよ。
ポキってなっちゃうよ、ポキって」
「ぬおあああああ……」
もはや極まった技術の前に、
筋力など通用するはずもない……のだが。
ハッ、と。
ヒナは気づいた。
気づいてしまった。
翔太の背中に、のしかかっている自分がいる。
Tシャツ一枚隔ててもわかる彼の筋肉質な肉体には、うっすらと汗がにじんでいた。
密着して、体を押しつけているようなものではないか、これは。
薄皮一枚隔てたところに、弟の、肌が。
やばい。
これはやばい。
ていうか、なにげに手首も掴んでいるし。
このゼロ距離状態はやばすぎる。
時計を見る。
あと2分半。
だめだ。
とても持たない。
「……しょーちゃん」
「あんだよ!」
怒鳴る弟に向けて。
ヒナは悲しそうに微笑んだ。
「わたしの、負け……」
「ああ!?」
全身から力が抜けてゆく。
拘束をほどいた翔太が身を起こした。
それから自分に向けて、なにかを叫ぶ声が聞こえるけれど。
もうだめだ。意識が遠ざかってゆく。
ああ、せめて……
「おねーちゃん……
……打撃技にしておけば、よかったよ……」
「ヒナあああああああ!?」
翔太の耳慣れた悲痛な叫び声は、
ハンマーロックを粉々に打ち砕くような声量で家中に響いていた……
559回目。
560回目。
561回目。
562回目。
563回目。
564回目。
565回目。
566回目。
死因:ナデポ死(Over Kill!!)
567回目。
死因:再起不能。
シュルツより一言:ぅゎひなさんっょぃ。




